母子草
暖かな日差しが落ちてくるある日の事。
珍しく静かな廊を歩いていた源九郎義経は少し先に落ちている見覚えのある黒い布を見付けた。
丁度曲がり角のところにある、それ。
黒の布、で連想する人物がいるのは九郎だけではない。
八葉ならば皆、同じ人物を連想する。
源氏の―――九郎の軍師で、薬師の弁慶。
その弁慶が、普段から身に纏う外套の色が黒。
今九郎の視線の先にあるのはその外套その物だった。
だが、弁慶が普段のように身に纏っているにしては随分と下の方にある。
けれど、置き忘れではないだろう。
戦を離れたところでは、少しばかりぼんやりしているところのある弁慶だがいくらなんでも身に纏っている外套が落ちて解らぬ程ぼんやりはしていない。
それに、外套は少しこんもりと山になっている。
山の形と、広がる外套の大きさを考えれば丸まっていての山ということもないであろう状況。
まさか、倒れているのかと脳にその考えが到達した九郎は歩いていた足を速めた。
盛大な足音が廊に響く。
「弁慶!」
「…九郎、煩いです」
角まで一直線、駆け込んだ九郎へ投げられた声は外套の持ち主のもの。
声に不調は滲んでいない。
それは九郎にも読み取る事が出来たのだろう。
九郎が勢いよく首を廻らせると、庭に足を下ろすようにして座っている弁慶の姿がそこにある。
外套はしていない。
日差しに照らされて蜜色の髪が普段よりも明るくなっている。
「…弁慶?」
「はい」
訝しげに名を呼ぶ九郎に、弁慶が首を傾ける。
「お前…? ヒノエ?」
何故廊に座り込んでいるのか、外套は何なのか。
問いかけようとした苦労は口を開きかけたところで、弁慶の膝―――腿の上が赤くなっている事に気が付く。
その赤さに、一瞬九郎の心臓が跳ねる。
だが、よくよく落ち着いて見るとそれは人の髪。
弁慶の対の少年の緋色の髪が弁慶の膝の上に散らばっている。
髪だけではなくて、頭自体が其処に乗っている。
弁慶の膝を枕にして転がっている少年の体の上に、弁慶の外套が掛けられている。
想い人の膝を借りて眠っている少年の姿に九郎は言葉を飲んだ。
九郎の想い人は、弁慶。
白龍の神子一行の中でそれを知らぬ者はいないだろう。
はっきりとでもうっすらとでも殆どが知っているはずだ。
解っていないのは、龍神さまと―――肝心の本人。
「何、してるんだ…?」
九郎が、動揺を何とか努力で飲み込んでやっとの思いで口を開く。
弁慶の膝を借りているのがヒノエではなかったら、九郎もここまでは動揺しなかったはずだ。
ヒノエも、九郎と同じ想いを弁慶へと向けている人間。
九郎は色恋に疎いが、以前ヒノエから正面きって告げられているから知っている。
此方に関しても、弁慶は気が付いていない。
「天気が良かったから、庭を見ていたんです」
「二人でか?」
「いいえ、一人で。そしたら、ヒノエが来て…隣に座って、一緒に見ていたんですけど…いつの間にか寝てしまったみたいで」
「……それで?」
どういう体勢で隣にいたら、膝枕の状態になってしまうというのか。
「気が付いた時は肩に寄り掛かっていたんですけど、ずるりと落ちて…」
冷えたらいけないと外套を掛けた、と弁慶は続けた。
ヒノエの頭が膝にあるから立ち上がる事の出来ない弁慶は首を持ち上げるようにして九郎を見ている。
だから、弁慶は己の膝の上が見えていない。
視線を落としている九郎には見えた。
弁慶の膝の上のヒノエの瞼の下の紅玉が、一瞬ちらりと覗いたのを。
―――起きている。
ずっと起きていたのか、九郎の足音で起きたのかは定かではないが、今のヒノエは起きている。
今は既に瞼の下へと紅玉は隠れたが、確かに覗いた。
「……そのままではお前の足も辛くなるだろう、俺が運ぼう」
「…無理だと思いますよ?」
弁慶が小さく笑って視線を落とす。
その後、弁慶の手が示したのは弁慶の膝の上。
ヒノエの手がしっかりと弁慶の袴を掴んでいる。
「ね?」
「……」
「九郎?」
立ったままだった九郎が、ヒノエとは逆側の弁慶の隣に腰を下ろす。
「良い天気だな」
「…ええ、眠たくなってしまう気持ちも解ります」
「そうだな」
ヒノエは寝ていないが。
それをいっそ弁慶へ告げてしまえば良いのに、九郎は告げない。
九郎の性質故に告げられないのだろう。
「ふふ」
「何だ、急に」
「いいえ? ヒノエがこうやって珍しく懐いてくれて、君も隣でのんびりしていて…いい日だなと思ったんです」
弁慶の片手が、ヒノエの髪をさらさらと撫でる。
「弁慶…」
「僕は、君とヒノエは仲良く出来そうだと思っていたんですけど…結構仲悪いというか…、何でしょうね」
「別に仲が悪いわけでは…」
「解ってますよ、この子がすぐに突っかかるからですよね」
「…いや」
弁慶の言っている事は確かだ。
しかし、その理由も元々は弁慶が理由だ。
決して弁慶が悪いわけではないが。
「弁慶」
九郎と弁慶の付き合いは長い。
それと同じように、ヒノエと弁慶の付き合いも長い。
はっきりとした関係を二人は口にしないが、身内だとは言っている。
どちらも、弁慶を想っている時間は長い。
勿論、時間は関係ないけれども。
だから、お互い決して譲らない。
どちらも、多少相手に分があると思っている分、余計に。
「はい?」
「…俺もお前の肩を借りて良いか」
「…ええ、良い…ですけど」
突然、話を遮って言い出した九郎に弁慶は瞳を丸くする。
しかし、それでもゆるりと笑みを浮かべて小さく頷きをひとつ。
それを見るなり、九郎はぽすりと弁慶の肩へと寄り掛かった。
「そうか」
ぽす、と九郎の頭を肩に預かって弁慶は宙へと視線を舞わせる。
九郎の頭があるのとは別の方向へと首を倒して暫し沈黙。
「…僕はいつまでこうしていれば良いんでしょうかね」
弁慶が小さく呟くも、それに応える者はいなかった。
一刻程後。
暇を持て余した白龍の神子姫さまが庭へ出てきて、三人を目撃する。
弁慶の膝枕で眠ったヒノエと。
弁慶の肩を借りて眠った九郎と。
九郎に少しだけ寄り掛かって眠る弁慶。
おわり
薊さま、リンク有難うございました!
猊下か、弁慶か…いっそ那岐か、と脳内であれこれ考えたんですけど…弁慶で。
しかも、折角なので九郎+ヒノエ→弁慶。
VSにしようとしたんですが、失敗…。
親子→弁慶も考えたんですけど、たんぞーくんにあまりに不利っぽいネタしか出なかったので…こちらで。
複数→は久しぶりなので…うまく書けていません…、気合いが空回った感じです。
薊さまの書く弁慶さんはとても、不自然ではない範囲で愛らしいので…それを目指してみたんですが…明らかに失敗しております。
玉砕です。
可笑しいな…。
ともあれ、薊さま今後もどうぞ宜しくお願い致します。
高本香鈴様からリンクのお礼にと頂いてしまいました。
しかも九郎+ヒノエ→弁慶とは……
的確に私の萌ポイントついてきてますvvv
この組み合わせ大好きなので☆
でも親子もちょっと気になりますね(笑)
失敗だなんてとんでもないです!
私の弁慶さんは偽物っぽいので……(汗)
高本様の素敵な弁慶さんにほくほくしておりますv
本当にありがとうございました。
こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。
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