君の隣で
初めは変な奴だと思った。
素直じゃないし、人を散々馬鹿にしてきやがるし…
どんな育ち方をすればあそこまで捻くれるのか…そんな風に思ってた。
それなのにどうしてか目が離せなくて、気がつけば俺は何時もあいつを追ってた。
それから…あいつが本当は寂しがりやで、脆い部分もあって酷く不安定なんだって気付いた。
その時から、俺はもうあいつを放っておくことなんて出来なくなっていた。
「沖田、その…大丈夫か?」
ぐったりと布団に沈んでいるそいつに声をかけるが返事はない。
けれど、まだ眠っている訳ではないようで、こちらに背を向けたまま小さく身じろいでいる。
「俺、初めてだったからどうしていいかわからなくて…大分無理させて、その…だから…」
必死に言い訳染みた言葉を並べていると、やがてクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
「そんなに言い訳しなくたって大丈夫だよ。確かに身体中痛いけど、その…うれし…かったし…」
やっとこちらを振り向いてくれた沖田は頬を赤く染めていて、釣られるように俺も赤くなってしまった。
二人して顔を真っ赤にしている事がなんだかおかしくて、次の瞬間俺達は同時に吹き出していた。
起き上がって身なりを整えながら、ふと沖田に視線を送ると何か違和感を感じる。
「あれ?今日はずいぶんきっちり着るんだな」
そうだ。いつもだらしなく着崩されている胸元が、今日はきちっと整っている。
「…しかたないでしょ。誰かさんが見えるところに痕付けるから…」
「あ…」
一瞬で血の気が引くのを感じる。
すっかり失念していたが沖田の保護者はそれはもう過保護だ…
沖田に手を出した事がばれれば、最悪殺されるかもしれない…
「なぁ沖田…俺、かなりヤバくないか?」
情けない事に声が震えてしまう。
心のどこかでは否定して欲しいと願っていたが、沖田からの返答は予想通りの物だった。
「覚悟はしておいた方が良いかもね…あの人達、煩いから…」
がっくりと肩を落とす。立ちふさがる壁はあまりにも大きかった。
「でも、出来る限り庇ってあげるから。その、僕は君の事…すき…で、ちゃんと同意した上での事だから…」
「沖田…」
「っ…ほら、こうしてても仕方がないし、早く行くよ!!」
振り返ることなくさっさと歩きだした沖田を追って、俺もまた部屋を後にした。
朝餉の席。
いつもならば何かしら声が飛び交い、朝っぱらから騒がしい食卓になるはずだ。
だと言うのに今は沈黙が痛い。
そして皆の視線はそろって沖田の胸元へと注がれている。
「…皆して何なんですか?言いたい事があるのならはっきり言ったらどうです?」
沖田の口調はいつも通りだ。もくもくと箸を口に運ぶ手も特に不審な点はない。
俺もそれに倣い、いつも通り振舞えていると思う。
「総司…今日はやけに行儀が良いじゃねぇか…」
「あれ?いつもきちんとしろって言うのは土方さんじゃないですか。なのにたまにきちんと着てみたら怒るなんて、随分自分勝手ですね」
沖田はへらりと笑うが、土方さんの顔は険しいままだ。
他の連中も黙ってはいるが、やはり険しい顔をしている。
「総司…誰がお前を誑かした…」
「誑かすって…そんなのじゃないですよ」
「いいから相手を言えって言ってんだ!!」
恐らく何があったかなど疾うにばれているのだろう。
だが、このまま沖田が責められると言うのはお門違いだ。
確かに沖田の言うとおり同意の上だったが、それでも先に手を出したのは俺なのだから。
…素直に名乗出よう。
そう決意し、俺はコトっと音を立てて箸を置いた。
突然立ち上がった俺に一斉に視線が集まるが気にしない。
「井吹君…」
傍に歩み寄ると、沖田の少し不安げな瞳が俺を見上げる。
そんな沖田に大丈夫だと言う代わりにニッと笑って見せ、俺は土方さんと向き合うように腰を下ろした。
「俺がやった。俺から沖田に触れたんだ」
自分でも驚くほどの淡々とした声が出た。
けれど心臓はバクバクいっているし、背中には嫌な汗が伝っている。
更には一瞬でつり上がった土方さんの目に少し怯んでしまうが、俺はもう覚悟を決めたんだ。
「俺、沖田の事が好きだ。傍にいたいし、俺には何の力もないけど…それでも、守りたいって思ってる」
まるで見定められるかのように上から下へと鋭い視線が突き刺さる。
土方さんだけじゃない。斎藤も、原田も、平助も、永倉も。
皆が真剣な目で俺を見つめている。
沖田は何も言わない。
ただ、少しだけ驚いたような素振りを見せ、それから小さく微笑んでくれた。
広間は長い沈黙に包まれ、俺の心臓の音だけが響いているような気さえする。
だが、徐々に変化はあった。
睨むような視線は何時しか少しだけ穏やかなものになり、ピリピリしていた空気も落ち着いてきた。
原田や永倉にいたっては、既にいつも通りの笑みすら浮かべている。
やがて、その場には土方さんのため息が響く。
「…まさか…お前みたいなやつに持っていかれるとはな…」
とんだ伏兵がいたもんだ…
そんな風に呟かれた言葉は少しだけ寂しげに聞こえた。
「総司…お前はどうなんだ」
土方さんは視線を沖田へと移すと、優しい口調で問いかける。
その表情はいつも以上に兄…もしくは父親のようで、あいつへの想いが溢れていた。
「僕も…好きです。井吹君が好き」
沖田は少しだけ戸惑いがちに…それでもはっきりとそう口にした。
改めて聞いた沖田の想いに、胸に熱い物が込上げる。
初めて見つけた…本当に大切なもの…
「…わかった」
土方さんはゆっくりと頷くと、そっと沖田の髪を撫でる。
「総司、お前は食い終わったら部屋に戻ってろ。俺は井吹に大事な話がある」
「え、でも…」
「大丈夫だ。悪い様にはしねぇ」
口調こそ優しげなものだが、そこには有無を言わせない何かがある。
俺も沖田も頷くしかなかった。
それから…食事の後片付けが済まされ、広間には俺と沖田以外の幹部連中が揃う。
悪い様にはしない…土方さんはそう言っていたが、いったい何が起こるのだろうか…
「井吹…これからお前に幾つか約束事をしてもらう」
「約束事?」
「ああ。破れば切腹とまでは言わねぇが、その時は即総司の事を諦めてもらう」
いいな?そう言って睨みつけた土方さんの目はいつも以上に鋭いもの。
俺はごくりと唾を呑み込み、大きく頷いた。
「いいか、まず一つ―――
「それから―――
「そして―――
「あと―――
どれくらい時間が経っただろう…
いまだに喋り続ける土方さんの言葉は右から左へと抜けて行ってしまう。
幾つか、なんてものじゃない。
一生かかっても語り終えないんじゃないだろうか…
要するに、彼等はどうしても沖田を手放したくないと言うことか…
いい加減足も痺れたし、昼餉の時刻も疾うに過ぎているだろう。
それに、あんたら巡察行かなくてもいいのかよという疑問がわき上がる。
けれど今の俺はそんな事を口にできる立場じゃない。
「井吹!!聞いているのか!?」
「あー…うん。聞いてるけど…その約束事ってあとどれくらいあるんだ?」
既に最初の方は忘れたし、後半は聞き流してしまっている。
それに、言い方は違うが結局は同じ内容の物がほとんどだったように思える。
「あんたらの言いたい事はわかってるつもりだ。あんたらにとって沖田が大事な存在なのも、もちろん沖田にとってのあんたらが
同じように大切なのも。いきなり俺みたいなのが横から入るのが気に入らないのもわかってる。それでも俺は本気だから」
守りたいなんて言ったけど、俺にそんな力はない。
戦いにおいては寧ろ守られてばかりだ。
けど、それでも…
力で支える事は出来なくても、心を支える事は出来る。支えてみせる。
うまく言えてるかわからないけど、全部俺の本当の想い。
「絶対、あいつを悲しませたりしない」
「…」
先程と同じ鋭い視線が突き刺さる。
俺は負けじと真っ直ぐに彼等を見据えていた。
「…お前の覚悟、確かに見せてもらった。だが、少しでもそれが揺らげば…」
「わかってるよ」
俺はまた大きく頷いて見せる。
彼等はまだ少しだけ複雑そうな表情を浮かべながらも、小さく笑ってくれた。
そんなこんなで俺達の仲は一応認められた。
が、二人きりになれる時間など殆ど無いに等しい。
彼等は尽く邪魔しにやって来た。
原田や永倉に至っては悪意を隠そうともしない。
それでも、奴等が馬鹿やってる時のあいつは本当に楽しそうに笑うから、それも悪くないと思える。
この先、浪士組の行く末がどうなるのかはわからない。
それ以前に俺自身がこの先どうなるのかなど見当もつかない。
…いつまでもこうしている事は出来ないかもしれない。
俺達の時間は限られているのかもしれない。
だけど…
「龍之介君」
あいつは…総司は笑ってくれるから。
だから、俺も笑っていたい。
今はただ…傍にいたい。
そして俺は今日もあいつの隣へと駆け寄った。
「σεληνη」の薊桜鈴様との相互記念。
『総司に手を出してしまった龍沖で、総司大好きな幹部メンバーに龍之介が睨まれているお話』でした。
いろいろと滅茶苦茶な文章になってしまい申し訳ない限りです…
改めまして、ヘタレサイトですが相互ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
「ちいさなはっぱ」の夕輝様から相互記念にいただいてしまいました。
突然龍之介とかリクしてしまいスミマセン(苦笑)
龍之介に頑張ってもらいたいですなんて言ってしまったんですが、本当にかっこよく書いていただいて…
素敵なSSを本当にありがとうございました。
こちらからもいずれお礼の作品を書かせていただきますのでのんびりお待ちいただけたらと思います。
亀更新サイトで申し訳ないですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
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