芽生えた気持ち





今日もチナミはゆき達と行動を共にしていた。
朝から歩きまわっていたため仲間の中には疲労が表情に見られるようになり、休憩をとるこ とになった。
それぞれ好きな時間を過ごす中、チナミは何気なく辺りを見渡すと、同じように見渡しながら 歩いているアーネストがいた。
何をしているのだろうと思う前に、腰かけられる場所を探しているのだろうと理解した。
(アイツは体力ないからな)
背は大きいが体力は仲間の中でも低い。なにかと休みたがるし、やる気を感じないことも多 い。移動中も疲れているのが分かる程だ。
以前はその態度に怒りを感じていたが、最近ではそれも仕方ないことだろうと思えるようにな った。幼い頃から鍛練を欠かさない自分とは違い、彼は頭を使うことを仕事にしているのだ。 得意分野が違う。

「チナミ、何を見ているのかな?」
突然声を掛けられて驚いて振り向くと、小松が不適な笑みを浮かべていた。
「特には何も……」
「そう? サトウ君を見ていると思ったけれど違ったのかな」
その笑みを見て、分かって言っているのだと気付く。どうやってこの場から逃げようと思考を 巡らせた。『用がある』という言い訳はゆきと同行している時点で通じないだろう。とても信じ てもらえそうにない。他に何かないか考えていると、小松の声がした。
「あ、サトウ君が……」
アーネストの名を聞いた途端に何があったのかと視線向けた。けれどそこには座って休んで いる彼の姿があり慌てて視線を外すが既に遅く、笑い声が聞こえてきた。
「……何がしたいのですか」
小松の笑顔を見ていると、見透かされているような気持ちになる。
「別に? ただチナミはよくサトウ君を見ていると思ってね」
「……そんなことは」
ないと言おうとしたが、それよりも早く言葉を遮られてしまった。
「ないとは言わせないよ。彼のことをどう思っているの?」
訊ねられて彼のことを考えてみる。初めて会った時には武器を向ける程に嫌っていたが今は 嫌悪感を抱くことはない。
「嫌いではないと思いますが」
「なら好き?」
嫌いではないが、彼に抱いている感情をどう表現したらいいのか正直自分でも分からない。
「……それは……」
返答に困っていると、再び問いかけられた。
「なら、もしサトウくんが誰かと親しく話していたらどう思う?」
「どうと言われても……」
彼が誰と親しくしていても自分には関係ない。口を出す資格もないと思う。
「オレには関係ありません」
そのままこの場を離れようとした時、腕を掴まれた。
「……そう? 龍馬がサトウくんに用があるみたいだね」
あまりに都合よくことが運ぶなと感心したが、彼の名を出されると反応してしまう自分が恨め しい。視線の先には休んでいるアーネストに話しかけている龍馬の姿。その光景を見ている と苛立ちを感じている自分がいる。
眉間に皺が寄ってしまい、はっとして小松を見るとじっとチナミを見ていた。彼は自分のアー ネストに対する反応を見て面白がっているのだと漸く分かった。
「サトウくんが誰と親しくしていても関係ないのでしょ? 私の用は終わったから好きにしてい いよ」
小松はそう言ったが、アーネストの隣には龍馬が座り話をしている。彼が誰と仲よくしていて も自分には関係ないと思う。そう思うが落ち着かない。視線を逸らしなるべく見ないようにしよ うと努めるがどうしても気になってしまい、何度も見てしまう。
「そんなに気になるなら、もっと近寄ればいいと思うけれど?」
「え?」
「何を話しているのか気になって仕方ないのではないの?」
「……そんなことは」
ないと言いたい。けれど本心では二人の声が聞こえないことが余計に気になって仕方ない。
「ほら」
「オレは……」
小松に手を引かれアーネストの声が届く位に近づいた。すると二人が話していたことは異国 のことや船のこと。普段と変わらないことだった。
安心したチナミの隣で小さくため息をついた小松に何を期待していたのかと疑問に思ったが あえて聞かないでおくことにした。ろくなことではないと想像出来るからだ。
近づいたことで二人に気づいた龍馬が声をかけてきた。
「どうしたんだ? 珍しい組み合わせだな」
「そうですね。何かあったのですか?」
龍馬の言葉にアーネストが頷いた。自分でもそう思う。心の中で頷いていると、突然龍馬が アーネストの肩を叩いた。
「なあ、さっきの約束忘れるなよ?」
「ええ、分かっていますよ」
安心していたチナミは気を抜いていて、思いがけない言葉に反応が少し遅れた。
(約束って何だ?)
二人の話声が聞こえていない間になにか約束が交わされていた。自分には関係ないと思う ものの、気になって仕方ない。
「チナミくんどうしたのですか?」
アーネストに声を掛けられて体がビクッと反応してしまった。
約束のことを聞ければいいのだろうが、それを聞いてしまうことは自分には出来ない。
「お前には関係ない!」
いたたまれなくなりその場を走り去った。



休憩が終わりまた町中を歩きまわった。その間、なるべくアーネストの側には近寄らないよう にした。顔を見ると龍馬と交わした約束が気になって仕方ないから。視線を感じて振り向くと アーネストが見ていて慌てて視線を逸らした。
今日も一日を終え、皆で宿に泊まることになった。アーネストとだけは同室になりたくないと 思っていて警戒していたが、部屋を決める時には彼の姿は見えず沖田に決まって内心ほっ としていた。
部屋に入ったチナミは一日神経を使っていたためか疲れを感じていた。一刻も早く休みたく てすぐに腰を下ろす。共に来た沖田は立ったままで、どうしたのか気になって声をかけた。
「何してるんだ?」
「……チナミは休んでいてください。僕は用があるので」
少し疑問に思ったが「ああ」と頷くとそのまま部屋を出て行った。彼にも新撰組としても仕事も あるだろう。深く追求することもなく、そのまま横になった。
一人でいると色んなことを考えてしまう。頭に浮かんでくるのは昼間小松に聞かれたことだっ た。

(アイツのことどう思っているか)

考えてみてもやはり答えは出ない。
それから少し時間が経って襖が開き背を向けたまま「用は終わったのか?」そう声をかける が反応が返って来ない。いくら沖田でも何かしら言葉が返って来るだろう。そう思い、振り向 いた先に見えたのはアーネストだった。
「どうしてお前が……!」
驚いてしまってうまく言葉にならない。少し口調がきついものになってしまったが、それに怒 ることもなく返ってきた声は優しいものだった。
「昼間のチナミくんの様子がおかしかったので、協力していただきました」
沖田が部屋に来てすぐに出て行ったのはこのためかと理解した。
「何かあったのなら話してください。それとも何か怒らせることしましたか?」
気にしてくれていたことに嬉しく感じているし、何より真剣なアーネストの視線にはぐらかすこ とをするのをしないで正直に話すことにした。
「……約束って、なんだ?」
あんなに拘っていたのが嘘のように、すんなりと聞きたいことが口からでたと自分でも思っ た。
「約束? 龍馬さんとのことですか? 今度彼が見たいと言っていた船に乗せてあげることで すよ」
「……そうなのか? ……なら坂本殿のことどう思っているんだ?」
「どうと言われましても。仲間、ですかね」
昼間は小松にからかわれてしまい冷静な思考ではなかった気がする。アーネストから返って きた答えに心底安心している自分に気づいた。
「オレの心配ごとはなくなったから大丈夫だ」
「そうなんですか」
「ああ」
小松にどう思っているのか聞かれたが、好意を持っているのだと答えが出た。それが仲間へ の物とは違うことも多少は理解している。
彼のことが気になって仕方ないのは全て好意がもたらすものだと思うからだ。
自分以外の誰かと親しく話しているのを見て苛立ちを感じるのも。これからはなるべく近くに いようと心に決めた。



翌日アーネストの隣にいると、小松が声をかけてきた。またからかいに来たのかと警戒して いると、案の定そうだったようだ。
「サトウくん今度私の邸に来ない? 君が興味ありそうな品がたくさんあるのだけど?」
「ええ、是非」
アーネストを会話している間にもちらっとチナミの表情を窺って来る。
「な、何ですか?」
何を言って来るのだろうと身構えていると「サトウ君のこと好き?」そう耳打ちされて顔が赤く なる。
「……なっ!」
「ふふっ」
言葉では絶対に敵わない。昨晩部屋で何かあったことも見抜かれていると分かり、笑みを浮 かべながら去って行った小松の背中を睨むしかなかった。
一人状況が理解していないアーネストは首をかしげていた。





−終−










リクエストは第三者の誰かにからかわれているチナミ、ということでしたが 相手と誰にしようと考えていたところ小松さんになりました。

一番しっくり来ると思ったんですが、少し嫌な感じの人になってしまった気 が…。歳の離れている少年をからかって遊ぶって大人としてどうなの?っ て感じですが、そこはまぁ…ご家老なので。笑

ご希望通りになっているか不安ですが、薊桜鈴さんに捧げます。
よろしかったら貰ってくださいませ。
それではリンクありがとうございました!
よろしくおねがいします!









「猫月邸」の雫様から相互記念にいただきました。
リクエストしてもよいと言われ、迷った挙句にチナミくんをお願いしてしまいました。
年下攻も可愛くていいですよね。
素敵なSSを本当にありがとうございます。
更新はのんびりなサイトですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。