剣の天才は一日にして成らず







京の町を行く。
良くも悪くも人目を引く浅葱色の羽織を翻しながら。
組長の沖田を先頭に一番組の隊士たちが巡察を行っている。



「新選組だ」



ざわりと声を上げる人々。
町の人々が避けるように通り過ぎながら怯えたような目で隊士たちを見た。

「ありゃ噂に聞く一番組の……」

先頭を歩く沖田の姿を見るなり皆が震え上がる。
今や京の町で新選組を知らぬ者はいない。
そんな新選組の中でも凄腕の剣士として名を知られている沖田。
大分有名人となってしまったようだ。

「まあ僕の顔を見ただけで逃げ出してくれるようになるならそれはそれで楽だけど」

沖田は巡察中、自分に向けられた視線を他人事のように流しながら歩く。
それはどこか楽しげでもあり、寂しげでもある表情で。

「手ごたえがなさすぎてつまらないな。たまには歯向かって来てくれないと」

そんな事を呟いた。

沖田の後ろを歩く一番組の隊士たちはそんな呟きなど聞こえなかったかのように嬉しそうな顔をして。

「いや〜さすがですね、沖田組長は。やっぱりすごいお人です」

などと褒めまくっていた。
まるでそれが自分の事のように喜んでいて。
沖田の率いる一番組に所属している事を誇らしげに思っているような感じだ。

けれど沖田は胸を張るでもなく、少し笑みを浮かべるだけ。
ぽろりと零れ出た言葉は決して自惚れたものではなく。

「僕なんてまだまだだよ。今の新選組があるのは近藤さんの力のおかげだし、近藤さんに比べたら僕なんて全然大した事ないんだ」

己を過大評価するのもどうかと思われるが、沖田はそのように自分を評価していた。



その日の夜。

月明りを頼りにこっそりと邸の外へと出る。
夕餉の時間も終わり、皆が床に付く刻限。
こんな時間に外を出歩いたりしている所を見つかったら怒られるであろうと思いつつも。
だからといって部屋で大人しくなどしていられない。
沖田は己の刀を脇に差して壬生寺の境内へと忍び込む。

誰もいないその場所はしんと静まり返っていて。
時折吹く風の音がやけに大きく耳に響いた。

「最近僕に歯向かって来てくれる人が少ないから剣を交える機会も減っちゃったしなぁ……」

誰もいない境内で。
一人星空を見上げながら呟く。

「腕が鈍ったら困るしね」

誰も聞いてなどいないであろう言葉が漏れて風に乗って消える。
その直後。

空を切る音が辺りを支配した。
何度も何度も。
その音は繰り返し響き。
静かな境内に流れる唯一の音となる。

誰もいない夜の寺の境内の空気はとても冷たく全身に纏わりついた。
それでも身体を動かしていると汗が流れ出す。
激しい素振りを繰り返しながら。
沖田は何度も脳内に描く架空の浪士たちを斬り伏せていた。

こんな想像だけの捕り物なんてつまらないな。

と思いながら。
それでもこのまま何もせず、寝てしまうなんて嫌だったのだ。

ここ最近。
生身の人間を相手に本気で斬り合う事がなかった。
皆沖田の顔を見るなり逃げ出す者ばかりで。
手ごたえのある浪士たちと遭遇する機会なんて滅多にありはしなかった。

それをいい事だと他のみんなは嬉しそうに言うけれど。
沖田自身からしたらちょっと複雑な思いであった。

確かに名が知られて。
悪さを働こうとする者が減り、新選組に逆らおうとする者たちがいなくなるのなら。
きっと近藤たちにとってもいい事なんだろうと思う。

だけど。
それでは新選組の“剣”として生きる沖田の活躍の場はどんどん減って行ってしまう。
剣を振るう機会が減れば減るだけ。
その腕は鈍ってしまう気がした。

だから。
このままじゃ駄目だと思った。



僕はもっと強くならなくちゃいけない。
新選組のためにも……
近藤さんのためにも……
もっともっと……!



沖田はがむしゃらに刀を振るった。
誰もいない無人の境内で一人。



次の日も。
また次の日も。

夜、隙を見ては屯所を抜け出した。
誰にも見つからないよう。こっそりと。

しかしさすがに何日も連続で抜け出していれば気配に鋭い隊士たちに気づかれないはずはなかった。



ある日。
しんと静まり返った廊下を歩き。
外へと出ようとした所。

「おい。どこへ行くつもりだ?」

声をかけられた。
低く小さな声。
振り向かなくても誰の声かはすぐにわかる。

「ちょっと眠れないから散歩でもしようかなと思って……」

相手の顔も見ずにそう沖田がおどけながら言った。

「散歩だと……?」

呆れたような声音で吐き出された言葉。
その後に続けられたのは鋭い問いかけ。

「本当にそれだけか?」

簡単には言い逃れ出来そうになかったので仕方なく沖田は振り向いた。
そこには相変わらず眉間に皺を寄せた土方がいる。

「そうですよ。少し身体を動かせば眠れるかなと思って……」

嘘は言っていない。
このまま何もせずに眠るなんて出来そうになかったのだ。

毎日のように京の見回りをして。
不逞浪士を相手に刀を振るう。
そんな風に斬り合いが日常になっていたはずの沖田だったというのに最近はどうも手ごたえがなさすぎて物足りなかった。
一日でも鍛錬を怠れば腕が衰えてしまうんじゃないかと。
不安が押し寄せて来て焦りが生まれる。

土方はそんな沖田の焦りに気づいているのだろう。
毎日のように夜、境内で一人、こっそりと鍛錬している事も。

剣の天才と言われる沖田には努力という言葉はあまり似合わないと思われがちであるが。
ここまでの才能を発揮するに至るまで、人知れず力を尽くしているのだという事を土方は知っていた。

近藤を慕い、強くなる事を望み、この新選組の“剣”として生きる事を決意した沖田の覚悟はきっと相当なものなのだろう。

土方はそんな沖田の事を心配しつつも、彼の気持ちがわかるからこそ。
止めろとは言えなかった。

ならばどうしてやるのが沖田のためになるだろうかと考えていた時。

「俺も寝付けなかった所だ。付き合おう」

土方の後ろから声がかけられる。
突然静かに現れた影を見遣れば。
それは斎藤だった。

「は、一君?」
「斎藤……」

二人が同時に名を口にする。

目を瞬かせて首を傾げる沖田とちょうどいい所に来たと言わんばかりの表情をした土方がいた。
毎日無茶な稽古ばかりしている沖田に斎藤が付いて行くというのだから土方も少しは安心したようだ。
沖田本人は何故斎藤が付いて来ると言ったのかよくわかっていないようだが。
斎藤もおそらく沖田がここ最近人知れず境内で激しい稽古をしている事に気づいていた人間の一人だろう。

土方以上に沖田と行動を共にする事も多い斎藤である。
気づいていないはずもない。

「一君も付いて来るの?」

沖田は少しばかり困惑気味に問う。
今日もこっそり稽古をしようと思って抜け出そうとしていたのだから。
誰かに付いて来られるのは都合が悪い。
そう思ったのだろう。

けれど。
斎藤はふっと笑って。

「ああ。一人よりも相手がいた方がいいだろう?」

と木刀を掲げたのだった。

それを見て沖田がきょとんとする。
斎藤はつまり沖田の稽古に付き合うという意味で言ったのだとようやく気づく。

しかも木刀を既に手に持っている辺り、そのつもりでここへ現れたのだろう。
沖田が壬生寺の境内で一人稽古をしている事がばれているのだと。
やっと本人も気づいて内心恥ずかしくなっていた。
土方も木刀を持って来た斎藤に何も疑問を持たない所を見ると同じくばれているんだろうと悟る。
隠しているつもりだったのに土方にも斎藤にも見抜かれていたんだと思うと頬に熱が籠り思わず俯いてしまった。

けれど差し出された木刀に、少し間を置いて手を伸ばすと。
照れ隠しのように笑って。

「ふ〜ん。一君から手合わせに誘ってくれるなんて嬉しいな」

などとおどけながら受け取った。

「あまり遅くならない内に戻ってこいよ」

と土方に見送られ。
何だかなぁ…と思いつつも一人で稽古をするよりも相手がいた方が鍛錬になっていいだろうとも思い。
沖田はいつもより楽しげに境内へと向かうのだった。



誰もいない静まり返った壬生寺の境内は闇に染まって真っ暗だ。

そんな中。
二人は木刀を持って激しくぶつかり合った。
その音が大きく境内に響く。
夜だからこそ尚更その音はどこまでも遠く空まで響いているように聞こえた。

こんなに騒いでいたら屯所にいる者が何事かと様子を見に来るんじゃないだろうかと心配になる程だ。
それ程二人の打ち合いは激しく熱い。

「やっぱり一君は強いね」
「総司もますます腕を上げているようだな」

瞬きする暇さえない程の速さで木刀がぶつかり合う。
それでも二人とも楽しそうに笑いながら言葉を交わしていた。

最近。
対等に戦える者が少なく、剣を思う存分振るう機会が減ってしまった沖田にとって。
斎藤との手合わせは心が躍る程楽しいものであった。
久しぶりに生き生きとした沖田の姿を見て斎藤も無意識に笑みが零れる。
ああ、よかったと。
たまにはこうして二人で稽古をするのもいいものだと感じていた。



そんな時だ。



ぽつり。



一滴の雫が頬に落ちて来る。

斎藤が眉を顰めながら打ち合いを止めたため、沖田もどうしたのかと木刀の動きを止めた。
空を見上げ斎藤はため息をつく。

「雨か……?」

最初はぽつりぽつりとわずかに空から落ちて来た雫。
徐々にその量を増し、やがていくらも経たぬ内にざあっという音を立てる程の雨になった。

「うわっ……すごい降って来ちゃったね」
「急いで屯所に戻るぞ」

打ち合いをしていた身体は熱が籠っていたが。
冷たい雨に打たれ、更に時折吹く夜風がどんどん体温を奪っていく感覚に斎藤は焦り、沖田の腕を掴んで走り出す。

「ちょっと待ってよ、一君!まだ稽古の途中……」
「こんな雨の中続けられる訳がないだろう?」
「このくらい平気だってば」
「身体が冷えている。風邪をひくぞ」
「大丈夫だって」

稽古を切り上げた斎藤に頬を膨らませながら沖田は不満を漏らした。
沖田は雨が降り出したくらいでは鍛錬を止める理由にはならないらしい。

斎藤は内心思った。
俺が一緒にいてよかったと。
きっと一人であれば雨が降ろうとお構いなしで稽古を続けていたのだろうから。

不満を漏らす沖田の腕を引きながら急ぎ足で屯所へと戻るとそのまますぐに手ぬぐいを用意する。
濡れた身体を丁寧に拭きながら沖田の様子を気にかける斎藤。
皆既に就寝の時間を迎え眠っているのか屯所内は暗く静かだった。
雨音のせいで小さな音が掻き消されているせいもあるだろうが人の気配はしない。
ただ毎日遅くまで仕事をしているらしい土方が心配したように二人を出迎えた。

「二人共ずぶ濡れじゃねえか。たく、ちゃんと乾かしてから寝ろよ」

そう言って沖田が使っていた手ぬぐいを無理矢理奪うと。
いいかげんな拭き方しかしていなかった沖田の髪の雫を丁寧に拭ってやる。

「ちょっと土方さん、止めて下さいよ。子どもじゃないんですから」
「うるせえ。黙ってろ。適当な拭き方してやがったくせに生意気言ってんじゃねえ」
「過保護すぎですって」
「おめえがいい加減すぎなんだよ。いいからちゃんと乾かせ」

そんなやりとりをしながら何とか濡れた身体を乾かしたのだった。



しかし。
これが原因なのかはわからないが。

次の日目を覚ました沖田は喉の痛みに顔を顰めた。

「……けほっ」

我慢出来ずに咳が出た。
身体は気怠く頭はぼーっとしている。
寒気を感じて思わず布団に包まった。

ああ……
まずい事になったな……

昨日土方に散々風邪をひかないよう濡れた身体を乾かして暖かくして寝ろと言われたのだ。
稽古を切り上げると言った斎藤にこのくらいの雨なんて大丈夫だと言ったのも覚えている。
それなのに。
見事に風邪をひいたとあってはまた小言が飛んで来るに違いないとげっそりしてしまう。

何とかごまかせないだろうか?

そう思い、重たい身体を起こした。

とにかく朝餉の時間に遅れたら色々勘ぐられそうだと急ぎ着替えを始める。
着替えをしている間も意識が朦朧としていて、何度も二度寝をしてしまいそうになっていた。

ここで眠ってしまったら次に目を覚ます時には土方さんのお説教がつらつらと聞こえてきそうだ。
何とか朝餉の時間は乗り切らないと。
食事の時間さえごまかせば後は幹部のみんなと顔を合わせる必要はないし。
何とかばれずにすむよね。

そんな事を考えながら気怠い身体を必死で動かし身支度を済ませる。

そういえば、同室者であった斎藤はどうしたのだろうかと疑問に思い部屋の中をぐるりと見回した。
八木邸はそれ程広くはないため、幹部の者でも一人部屋を使っている者は少ないのだ。
大体沖田は斎藤と一緒にされる事が多く、同じ部屋で寝起きしていた。
しかし今。
沖田の布団の隣には既に布団がない。
随分と早起きだなと思いながらはっとした。

そういえば今日の朝は食事当番だったと。

「一君……何で起こしてくれなかったんだろう?」

沖田は慌てて部屋を飛び出すと台所へと向かう。
外の空気は冷えていて部屋の空気より更に気温が下がったため思わず身震いしたが、それどころではない。
当番をサボったらきっとまた文句を言われるだろう。
気怠い身体に何とか鞭を打つ思いで台所を目指した。

既に台所からはいい匂いが立ち込めていて、食事の支度はほぼ終わりに近い事が廊下からも何となく感じ取れた。

今更行った所で膳を運ぶくらいの仕事しか残っていない気がする。
とは思ったが、当番である自分が行かないわけにはいかないだろうと台所へ足を踏み入れた。

何事にも生真面目に真剣に取り組む斎藤は料理にも色々こだわりがあるようで。
味付けにも細かく注意を払っていた。
沖田がやって来た時にはどうやら味噌汁の火加減の調節に精を入れていたようだ。
沖田が姿を現すと、斎藤は味噌汁に注がれていた視線をそちらへ向けて。
ぴくりと眉根を上げた。

やっぱり食事当番なのに遅れてしまった事に対して怒られるんだろうなと身構える沖田。
しかし斎藤はしばらく無言で沖田の姿を見つめた後。
呆れたようにため息を吐いて再び味噌汁の方へと視線を戻した。

「もう殆ど支度は出来ている。一人では少々時間がかかってしまったが、いつもより早めに取り掛かったので何とか朝餉の時間には間に合うはずだ」

遅れた事に対する説教は何もなく。
そんな風に言われた沖田は若干肩透かしを食らう。
けれど体調が優れない今の状況で説教されるのも面倒だからよかったと安堵した。

それにしても同じ部屋で寝ていたのに、どうして起こしてくれなかったんだろう?

真剣な顔で味噌汁の味見をしている斎藤の姿をぼんやりとした頭で眺めた。
こんな体調では起こしてもらってもすぐには起き上がれなかったかもしれないとは思うが。

「……ねえ、一君。何か手伝う事はある?」

遅れて来た文句を言うどころか沖田の存在を殆ど無視した状態で黙々と料理をし続ける斎藤に問いかける。
少しくらいは手伝わなければと思っての事だ。
しかし。

「いや。もう終わる。お前は先に広間へ行っていろ」
「え?でも膳を運んだりとかしないと……」
「……それは問題ない」
「一君一人じゃ全員分運ぶのは大変でしょ?」
「大丈夫だ。いいから総司は何もするな」

何もするなと言うのは何だか追い払われた気分になってむっとする。
けれど身体はそろそろ立っているのも辛くなり。
渋々斎藤の言葉に従って先に広間へと向かったのだった。

いつもなら遅れた事に怒るはずだし、こっちから何も言わなくてもあれをしろこれをしろって指示するくせに。
何で今日は何もするななんて言うんだろう?
何だか腑に落ちない。

そう思いながらふらつく足取りで広間へと向かった。
そこには既に土方がいて。
沖田は慌てて気怠げな表情を正す。

だが何かを察したのかぴくりと土方は眉を動かして苦い表情をした。

「総司」
「な、何です?」
「今日は確か一番組が巡察の当番だったよな?」
「はい?そうですけど……」
「斎藤が明日の三番組の巡察と交換して欲しいと言って来たんだが……」
「え?一君が?」
「ああ、明日は都合が悪いらしい。他の平隊士たちにはさっき知らせに行ったから後はお前の了承だけだ」
「…………」
「入れ替えても問題はないか?」
「ええ……まあ、僕は全然構わないですけど……」

土方の頼みに頷きながらも。
斎藤が突然仕事を交換して欲しいだなんて言い出すのは何だかおかしい気がして。
沖田は首を傾げた。
今日の朝、寝坊した沖田を起こしもせず朝食当番を一人でこなしたりした事も何だか気になる。

何だろう?
一君、今日はどうしたんだろう?
まあ、体調が悪い僕にとってはありがたい事なんだけど……
何だか都合がよすぎるな。

などと思考を巡らせた。
が、あまり深く考えると頭が痛くなるのでまあいいかと大人しく腰を下ろして食事の膳が運ばれるのを待つ事にする。
土方に体調不良を悟らせないように、なるべく視線を合わせないよう眠たそうにわざと欠伸をしながら目を擦り俯く。

やがて何故か当番でもない原田や永倉や藤堂が斎藤と一緒に膳を運んで来た。

沖田はびっくりして呆然とした。
当番の自分には何もするなと言っておきながら当番でもない者に膳を運ばせるなんて。
本当にどういう事だろうと。

もしかしたら体調が悪い事に気づかれている?

そう考えたが。
いや、それでも寝坊した所を起こされなかった事に関しては説明がつかない。

もやもやする頭で目の前に運ばれた膳を見つめる。
今日の朝食は斎藤が一人で作り上げたものとなるわけだが。
随分と消化のよさそうな食事ばかりだった。
正直食欲がなかった沖田であったが。
これならば何とか食べられそうな気がして来る。
米などはどうやらおかゆにしたらしい。
まるで風邪をひいた者に出す食事のようでこれを作った斎藤をまじまじと見遣る。
しかし沖田の視線にも素知らぬふりをして黙々と部屋に膳を運んでいた。

これが沖田のためを思って作られた食事である気がして。
やはり体調不良に気づかれているのではないかと感じた。

昨夜雨に降られた事もある。
最近ずっと夜中に抜け出して、睡眠時間を削りながら鍛錬をしていた事もある。
疲労した身体に冷たい雨水を全身に浴びて、身体が丈夫とは言えない沖田が体調を崩す事は予想出来る事だったのではないだろうか。

朝、無理やり起こさなかったのは最近の疲労を知っていたからだとしたら。
一君って随分お節介だな。と思う。

そうなると今朝の食事をわざわざいつもより早い時間から一人で作り始めたという事も、突然巡察を代わって欲しいと言った事にも合点が行く。

つまりは体調不良がばれているのだ。
隠そうとしていた自分が少し馬鹿らしくなったが。
あまり心配されるのも困るので少しでも平気なふりは続けようと思い、食事を口に運ぶ。

元々食欲旺盛な方ではないが、沖田は体調を崩すと本当に食べなくなる。
だからあんまり残すと絶対不調を悟られてしまうのだ。
けれど。斎藤が気を回したおかげで今朝の食事はとても食べやすいものばかりで。
何とか食べきる事が出来た。

お節介だとは思いつつ。
そんな気遣いが嬉しくなり、心の中でそっと「ありがとう」とお礼を言った。

一日鍛錬を休むのは腕が鈍りそうで悔しかったけれど。
これ以上無茶をして倒れてしまったら、新選組の役に立つどころではなく逆に迷惑をかけてしまうだろう。
だからせっかく気を回してくれた斎藤のためにも。
今日一日はゆっくり休もうと沖田は決めたのだった。





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「まったく。あいつは具合が悪い時でも無茶しようとするから困る」
「はい」
「斎藤が知らせてくれて助かったよ」
「寝ている間も息苦しそうにしていましたから。俺ももっと気にかけるようにします」
「ああ、ありがとな。お前に任せれば安心だ」
「総司は俺にとって大切な存在ですから」
「たく、最近夜中に無茶しすぎで疲れが溜まっていたんだろう。そこに昨日の雨だからな。あいつが身体を壊すのも当然だ」
「これからはなるべく共に鍛錬をしようと思います。その方が総司も喜びますし、無茶をしようとしても止められますし」
「そうだな。あいつの事は頼んだぜ、斎藤」
「はい、副長」
「あいつの剣の腕は一流だが、身体は丈夫な方ではないからな」



そんなやり取りが食事中あった事を同じ広間で食事していたはずの沖田は知らない。





Fin.





10000hitリクエストの斎沖+土方SS。
『沖田さんが新選組一番組の組長として活躍してる陰で近藤さんや新選組のために人一倍努力しているお話』というリクなのですが。
うまく努力している所を書けずに申し訳ありません。
まだ労咳になる前の沖田さんです。
一応過労による風邪です。
無理をしている沖田さんの不調に気づいてフォローする斎藤さん……という希望をいただいてましたがこんな感じで大丈夫でしょうか?
お待たせした挙句に駄文という代物ですが……
めい様に差し上げます。
本当に遅筆ですみません。