恋の牽制は無自覚に





「おい、これは一体どういう状況なんだ?」



緊張しながら開けた襖。
その室内を見て。
湧き上がったのは大きな疑問だった。



長州征討という名目で将軍警護を任された俺たち新選組は今。
長州にある河原宿に身を置いている。

突然とんでもない殺気を感じた俺は。
この宿内に将軍を狙う刺客か怨霊や陽炎の類が現れたのではないかと思い、慌てて駆けつけたわけだ。

しかしその殺気の発信源を確認するためにやって来た俺が見たものはといえば。

誰かが暴れた形跡もなければ怨霊や陽炎が入り込んだ様子もないいたって普通の部屋。
あえて言うなら畳の上に本らしきものが一冊、落ちている程度。
その他は特におかしな点はない。
そんな静かな室内に男が二人、ぴくりとも身動きせずにそこにいたのだった。

ただいるだけならば問題ないのだが……
そこにいる二人の様子は徒ならぬ雰囲気で周りの空気がえらく重い。

おそらく二人の間で何か問題が起きたのだろう。

畳に尻をつけたまま壁に追い込まれ動きを封じられている坂本龍馬に対し。
鞘から抜かれた刀を突き付けて立っている総司がいたのだ。

つまりとんでもない殺気を放っていたのは総司だったわけなのである。

当然それを見た俺は疑問に思うわけだ。
一体何があったのだと。

そもそも総司という奴は他の者に比べ感情表現に乏しい。
上からの命令に忠実に従うだけの人形のような奴なのだ。
もちろん人間なのだからまったく何も感じないというわけはないと思うのだが。
総司の場合、感情がわかりにくい。
物事に無関心で何ものにも興味を示さない。
無表情では周りの者が気味悪がるため、波風立たぬよう普段は作り笑いのようなあいまいな笑みを浮かべているが。
喜怒哀楽の変化というものはあまり見られないような奴なのだ。

そんな総司が別の部屋にいてもはっきりわかる程の殺気を放っている今の状況。
余程の事があったに違いないだろう。

しかしその矛先はどうやら土佐藩士坂本龍馬ただ一人のようだ。
他にこの部屋には誰の姿もなかった。
怨霊や陽炎、その他敵が襲撃して来た様子もないのだから、総司を怒らせたのは明らかに坂本龍馬であろう。

殺気を惜しげもなく放っている今の総司がどんな顔をしているのか。
気にはなるものの、それを見る事が出来るのは刃を向けられている男ただ一人だ。
俺の位置からでは怒気を纏う総司の背しか見えない。

総司が怒りの表情を見せているのであればかなり貴重な顔であろうし。
この殺気を放ちながら無表情ならばそれはそれで恐ろしい気もする。
もしも笑顔でだとしたら……
いや考えてもわかるわけではないのだが。

とにかく今のこの状況を理解するためには当人たちに説明を求める他ない。
だからもう一度、二人に向かって問いかける。



「一体何があってこういう状況になってるんだ?」



一度目の時よりも気持ち大きめの声でゆっくりと。
やや冷たい命令口調で言った。
坂本はともかく総司は俺の命令に従うはずである。
問われれば必ず何かしらの答えは返って来るはずだ。

「……土方さん……」

二度目の問いかけでやっと俺の存在に気づいたかのように総司が振り返った。
刃はそのままであったが総司の意識が俺の方に向いた瞬間、坂本は隙を見て剣が振り下ろせる間合いから抜け出す。
その素早い動きは見事だと思うが、今の俺にはどうでもいい事だった。

どちらでも構わない。
この状況に至った経緯を説明してくれ。
そう視線で伝えれば、先に口を開いたのは坂本の方だった。

「いや、俺は別に何もしとらんぜ?」

何も悪い事などしていないのに刃を向けられて困ったというような態度で文句を言い始める。
その間も総司からは殺気が放ち続けられていたが俺の方を振り返った時点ではいつもの無表情だった。
俺の姿を認めると総司は刀をゆっくり鞘へと収める。

「感情が読めん奴だとは思っていたが、まさかここで怒るとは予想外だったな」

そう愚痴を零しながら、畳の上に落ちていた本らしきものを拾い上げる坂本。
大事そうに懐に仕舞おうとした。
がしかし。
総司が突然その腕を掴み捻り上げる。

どさりと再び本が畳の上に落ちた。

「いててっ……何するんだいきなり!?無関心そうな顔して意外と怖いな、お前さん……」
「おい、総司!?一体どうしたんだ!?」

坂本も総司の行動に驚いているようだが、それ以上に俺の方が驚いている。
今の行動のどこに総司を怒らせる要素があったのだろうか。
何を考えているのかわからない奴だとは思っていたが本当に俺は総司の行動がわからず駆け寄った。

別に坂本を助けてやろうと思ったわけではない。
俺には坂本がどうなろうが知った事じゃないのだ。
ただ総司が怒っている理由については知っておきたい。
一応これでも総司とは長い付き合いなのだから。
総司が坂本に不快な思いをさせられたのであれば俺もそれなりに対処しようと思う。
お姫さんの仲間だからと見逃しはしているが、元々坂本龍馬は新選組が捕縛対象としていたお尋ね者であるのだ。
場合によっては斬り捨ててやるつもりである。

「落ち着け、総司。まずは何があったのか説明しろ」

そう言って俺は坂本に掴みかかった総司の腕にそっと手を添えた。
珍しく感情的に動く総司が俺の言葉に渋々力を抜いて坂本から手を離す。

「何故そんなに怒っているんだ?お前にしては随分珍しいじゃねえか」
「……怒っている……?」
「ああ。総司、今怒っているだろ?」
「……これが怒りというものなのでしょうか?だとしたらどうしてでしょう?」
「は?」
「……よくわかりません……」
「わからないって……おいおい……」
「でも、何だかとても嫌な気持ちが身体の奥底から湧き上がってきて……」
「…………」
「気づいたら身体が勝手に動いてしまっていたんです」

自覚はないが何かがきっかけで感情が爆発したといった所なのだろうか?
自覚がないからこそ突然すぎてわけがわからない。
周りの者はもちろん、本人さえも理解出来ない行動。

ふと俺の視線が下へと降りる。
無意識だったが気になったのは畳の上に落ちた本らしきもの。
坂本が大事そうに拾い上げて懐に仕舞おうとした時に総司は怒りの感情を見せていた。
だから何となく総司が不快に感じた原因はその本にあるのではないかと思ったのだ。

俺がこの部屋を訪れた時にも落ちていたそれ。
坂本が拾い上げた所に総司が掴みかかったため再び落ちたそれに目を落とす。
落ちた拍子に本が開かれたのか、視線を落とせばその中身が見えた。



「おい……何だ、これは……?」



俺の目に本の中身が見えた瞬間。
どきりとする。

本だと思っていたその中に。
お姫さんの仲間で八葉の一人に選ばれたという異人がいたのだ。
キラキラ輝く金色の髪に、くるりとした宝石のような翠の瞳。
そこに描かれているのがまるで生き写しのようで、俺は息を呑む。

絵にしてはあまりにもそのままの姿すぎて現実味がありすぎた。
かといって写真ではこのように色まで映し出す事は出来ないだろう。
それは本当に色鮮やかに、今にも動き出しそうなくらいに、はっきりとしている。

まさかとんでもない事態になっているのではないかと心配になった。
何かの呪詛や呪いで彼が本の中に閉じ込められてしまったのではないかと。
何者かがこの部屋を襲撃して来た様子などないと感じたのは間違いで。
実際はここで大きな事件が起きていたのかもしれない。
俺の知らぬ間に。

「こりゃあ何かの怪異で本の中に吸い込まれちまったのか!?」

焦って思わず二人に向かって怒鳴るような声で問いかけた。
俺にこの大変な事態を解決出来る力などないだろうがそれでも、何か手助け出来る事があるならば手助けしてやりたいと思う。
何せこの異人は総司の心を動かした貴重な人物であり、今の総司にとって特別な人間であるのだから。
本人はまだ恋心というものを理解していないため自覚がないようだが、俺の目から見て間違いなく総司は恋をしている。
総司のためにも何とかしてやらなければと、まるで弟を心配する兄のような心情で必死になっていた。

しかし俺があたふたしている様子を二人は静かに見つめるだけであった。
特に二人が慌てている様子はない。
お互い彼の事は大事に想っているはずなのにこれだけ冷静なのは何かおかしい気がする。
これじゃあ俺一人が混乱して馬鹿みたいじゃねえか。

「ああ……別にこれは怪異でも何でもないぜ」

頭を掻きながら若干気まずそうに坂本が言う。

「これは写真なんだ。お嬢の世界では色までそのまんま写せるらしくてな」
「これが……写真だと?」

言われて俺は再び畳の上に落ちている本らしきものに視線をやった。
俺の知っている白黒の写真とは全然違う、色のついたそれ。
本物がそのまま小さくなってそこに吸い込まれてしまったように感じる程、美しい姿のままはっきりと映し出されている。

「俺もお嬢の家で“あるばむ”ってのを見せてもらった時は感動したもんだ」
「ある……ばむ?」

聞き慣れぬ言葉に首を傾げながらも、俺はじっと色鮮やかな写真を凝視していた。
こんな綺麗に人や景色を映し出した写真を見るのは本当に初めてなのだから、目が釘付けになるのも仕方のない事だろう。

「“あるばむ”には色のついた写真がいっぱいあってな。俺もぜひ写真を撮りたいってお嬢に言ったら……こう、小さな四角いもんを取り出してな。パシッと簡単に色のついた写真を撮ってくれたんだ」
「……よくわからんがお姫さんの世界は随分すごいもんがあるんだな?」
「ああ。それでその感動を瞬の奴に話したら、“でじたるかめら”ってもんを貸してくれてな。お嬢の世界は今危機に瀕しているせいで電気もガスも使えんとか言ってたんだが、病院って所には“じかはつでん”ってのがあるらしくてさ。写真を“ぷりんとあうと”出来るって言うから色々撮ってみたんだ。“ぷりんたー”の使い方もばっちり教わったから俺一人でちゃんと写真を印刷出来るんだぜ」

坂本の奴が目を輝かせながら楽しそうに語り出したのを見ながら俺はその話について行こうと必死で頭を働かせたが、どう頑張っても理解出来ない。

「おい総司、こいつが何を言っているかわかるか?」
「いえ……まったくわからないです」
「だよな……」

ため息をつき、半ば坂本の言葉を理解するのを諦める。
大体お姫さんの世界へ行った事があるらしい総司でさえわからない事をこの俺が理解出来るはずもないのだ。
さて。次は何を質問すれば今の状況の説明に繋がるのやら。
俺が言葉を探していると、途切れたと思っていた会話を総司が続けようと口を開いた。

「ただ……」
「ん?」

珍しく憂えた瞳で呟いたのを聞き、俺はどうしたのかとその顔を覗き込む。

「坂本さんがあちらの世界の写真機でサトウさんをたくさん撮っているのだという事はわかります」
「…………何だって?」
「坂本さんが持っているその小さな“あるばむ”というものにはサトウさんの写真がたくさんありましたから」
「…………」
「むしろすべてがサトウさんの写っている写真だった気がします」
「……へえ……そいつはまた……」
「聞けばサトウさんの許可なく勝手に撮っているものばかりのようでしたし……それを聞いたら何だか嫌な気分になってしまって……それで……」

言葉の途中で総司が俯いた。
言葉の続きが出て来ないようだ。
不快になった理由がよくわからず答えを探しているかのように見える。

だがまあ俺には無自覚の内に総司が気分を害した理由がわかり、やれやれとため息をついた。

「成程な。それで怒っていたわけか」

落ちているその“あるばむ”というものを拾い上げると、俺もその中身を確認させてもらう。

日常生活のあらゆる場面を何枚も写しているようだった。
柔らかに微笑んだ姿、真剣に考え込む姿、何かに驚いている様子の姿、少しむっとして不快の表情を見せる姿、ぼんやりとした寝起きの姿、日本の料理を珍しそうに口に運ぶ食事中の姿。
よくこれだけ隠れて撮ったもんだと感心してしまうくらいに色々あった。

しかしだ。
さすがに肌を露出させている着替え中の姿やら濡れ髪で風呂上がりらしき姿やら無防備な顔で眠っている姿やらの写真まで出て来ると俺も思わず坂本をぎろりと鋭い眼差しで睨みつけてしまう。

こりゃ本人にばれたら何て言われるかわかったもんじゃねぇぞ?
俺でさえここまで見せられるとまずいだろうと思ってしまうのだから。
無意識で自覚がないとはいえ、この異人に好意を持っている総司が怒るわけだ。



「なあ、そろそろ返してくれよ。俺の大事な宝物なんだからな」

坂本が不満げに俺の方へと手を伸ばして来る。
これだけの写真を撮るのにどれだけ苦労した事かとぶつぶつ呟いていた。
返してやるべきかこのまま取り上げてしまうべきか。
考え込んでいる間にも坂本がさっと俺の手から奪うようにその“あるばむ”とやらを取り返していた。

「これさえあれば、本人に会えない時でもすぐそばにアーネストの存在を感じられるし、恋しくなった時にいつでも姿が見られるしな」

ぱらぱらとその“あるばむ”を眺めてはにやにやとしながら。
坂本はとある写真の彼にちゅっと口づけをする。

こ、こいつ……

いくら写真とはいえそんな行為を人前で、しかも総司の前で堂々とするとは。
流石に俺もいらっとしてしまう。
今この場で斬り捨ててやろうかと本気で思ってしまった。
俺がそう思うくらいだから総司が無意識とはいえ刀を抜いてしまったのも頷けた。

そして俺は、写真に口づける場面を見せられて再び殺気を膨らませた総司に恐る恐る視線を移す。
はっきり言って無表情がこれ程恐ろしいものだと思ったのは初めてだ。
凄まじい殺気を放っているのに表情からはほとんど読めない怒り。
それでも総司をよく知っている俺からしたら目が据わっているような気がして思わず後退る。
総司をここまで怒らせるとはある意味すげえな。

普段感情を見せない総司が感情を見せている。
それを喜ぶべきなのだろうか。
判断がとても難しい。

ただ総司はどこまでも無意識でこの殺気を放っているのだろうから。
無自覚ゆえ、何をしでかすかわかったもんじゃねえ。
何だか恐ろしくて身構えてしまう。

まあ怒りの矛先は坂本龍馬だ。
総司の怒りが爆発して斬りかかられようが何をされようが俺の知った事ではないし。
ここで始末する口実が出来るならそれはそれで俺は構わない。

さて。
総司はこの後どういった行動に出るんだろうか。
行動が予測出来ず、ただ普段の総司とは違う様子に何となく恐ろしいと感じてまた一歩後退りする。

鞘へと収めた刀の柄を総司がぎりりと掴んでいた。
総司は細身で中性的な雰囲気があるためあまり武芸に秀でているようには見えない。
だがこの見た目に反して新選組随一の剣の腕を持つ。
刀を振るう時の素早い動きと凛とした気迫はそんじょそこらの剣士では太刀打ち出来ないだろう。
そんな総司を本気で怒らせたら、いくら坂本龍馬であろうとただでは済むまい。
もちろん坂本龍馬も剣術に優れている上、普段から拳銃を扱っているため侮れないので、本当に勝負をする事になった場合どちらが勝つかはわからないのだが。

二人が本気でぶつかり合うような事があれば凄まじい争いになる事だろう。
坂本がどうなろうが俺には関係ないが、万が一総司の身に危険が及ぶような事があれば問題だ。
嫌な汗が額に流れる。

更に巻き込まれぬよう一歩後退りした所で部屋の外から足音が聞こえてきた。
俺には誰の足音かなどわからなかったが、総司の殺気がすっと消えて行くのを感じてもしやと思う。
坂本も手にしていた“あるばむ”とやらを慌てて懐へと仕舞い込んだ。
そして案の定、襖が開かれる音と共に姿を現したのは、今まさに二人が睨み合うきっかけとなった原因の異人だった。



「......What happened?みなさん、どうかしたのですか?」



部屋にいる俺たちの様子を見てすぐに目を瞬かせながら首を傾げた。
まあ新選組と坂本龍馬の組み合わせで部屋に籠っていては何か厄介な事が起こったと思われても仕方がない。
総司の殺気を感じてここにやって来たというわけではないようだが。
睨み合う総司と坂本の様子を見れば何か問題が起きている事はわかるだろう。
その原因がまさか自分であるとは微塵も考えてはいないだろうがな。

「いや、何でもないぜ。お嬢たちが休んでいる間、俺たちもここで休んでいただけだ」
「…………」

坂本の奴はあくまで何もなかったと言って誤魔化す気らしい。
まあ本人にあの写真の存在を知られたらどうなるかわからんからな。
最悪嫌われ兼ねないだけに必死に隠そうとしている。
そんな坂本を見ていると俺は逆にばらしたくなってしまうんだが……
何とかぐっと堪えた。
これは総司と坂本の問題であって俺には関係のない事だ。
ここは総司の出方を窺うべきだろうと俺は口出しせず成り行きを見守る。
しかし肝心の総司は無言のまま俯いていて何も言葉を発しない。

「そうですか。でも何だか総司くんの様子がおかしいですね……」

殺気はなくなっているがいつもと違う様子の総司を見て彼は心配そうに見つめていた。
ゆっくり部屋へと入って来ると総司に近づきその顔を覗き込む。

「Are you okay?総司くん、大丈夫ですか?」

背の高い彼が総司の顔を覗き込むために大きく屈んで問いかける。
まあ異国の言葉の意味はわからないがおそらく後に続けた日本語とほぼ同じ意味の言葉なのだろうと雰囲気から予想出来た。

「もしかして具合が悪いのですか?Well, then......瞬さんに診てもらった方が……」

心底総司を気遣っているのだろう事がわかる声音で。
優しくかけられた言葉。
俯く総司の顔を覗き込みながらそっと総司の肩に手を置く。

彼の手が触れた瞬間。
びくりと肩を揺らし。
そのまま総司が顔を上げた。

いつもは総司の顔よりずっと高い位置にあるであろう彼の顔。
今は総司の顔を覗き込むために屈んでいて目線はほぼ同じ高さにあった。
総司が顔を上げればお互いの鼻が触れ合いそうになるくらい距離も近く。
総司はそのままその距離を縮め、互いの唇を重ねたのだった。

「Huh......?」

見ているだけの俺も坂本も驚いていたが。
当然唇を奪われた本人も目を大きく開いて驚き、何が起こったのか理解出来ていないというように固まっていた。
しばらくして口づけをされたのだとわかると慌ててその身を引き、総司と距離を取った。

「Uh......Whaaat!?」

今起こった出来事が現実である事を確認するように己の手で唇をなぞる。
白い肌がみるみる内に紅く染まってゆくのを見て総司がにこりと微笑んだ。
慌てふためく異人の彼に対し、何事もなかったかのようにけろりとしてやがるとはある意味とんでもない奴だな。

「うをぉぉぉい!!沖田ぁぁぁっ!!今何しやがったぁぁぁっ!?」

冷静な総司に向かって絶叫する坂本。
まるで先程と立場が逆になったかのようにもの凄い剣幕で総司に掴みかかっていた。
普段から喜怒哀楽の感情は豊かな方だがあまり人に対して怒りの感情をぶつける事はなさそうな坂本が勢いよく総司の胸倉を掴み、睨みつけているのだから相当ご立腹なんだろう。
俺には坂本の気持ちが痛い程わかる。
わかるが生憎と奴の味方になるつもりはない。
ただあまりの出来事にさすがの俺も開いた口がなかなか塞がらなかった。

「……坂本さんが先程写真にしていたので僕も急にしたくなってしまったみたいです。何か問題でもありましたか?」
「問題ありすぎだぁぁぁっ!!」
「そう……なのですか?何がいけなかったのでしょう?」
「お前本当にわかってないのか!?」
「はい?」
「この野郎……無自覚のくせして意外と手が早いみたいだな」
「何の事でしょう?」
「お前の事だぜ!」
「はあ……?」

坂本はあの異人に対する好意を自覚した上で積極的に話しかけたりちょっかいを出したりしているようだったが……
無自覚である総司は自覚がないからこそ本能のままに動く所があるようだ。
だからこそ好き勝手やっているようでいてそれなりに分別を付けているらしい坂本よりもある一線を越えるのは総司の方が早いらしい。

この恋の勝負。
坂本の方が分があると思っていたが、こりゃわからねえな。
もしかすると大胆にも総司が何かやらかしてくれるんじゃないだろうか。
そんな気さえするのだから、無自覚とは恐ろしいもんだ。

さて。
肝心の異人の兄ちゃんの反応は……?



「……総司くん……どうして、いきなり……?」

あんまりな出来事になかなか復活出来ていないらしく、やっと絞り出したといったような掠れた声で問う。

「龍馬さんが……何か、したのですか?」

先程の二人の会話の内容。
本人には何の事だかさっぱりのようだ。
まあ当たり前だろうけどな。
あの写真も隠れてこっそり撮影しているらしい。
本当に何も知らないのだろう。
この二人に恋慕の情を寄せられているなどと考えた事すらないはずだ。
まさか総司に接吻させられる事になるなど予想出来たはずもない。

「お、俺は何もしとらん!しとらんぜ!」
「……そう…ですね。あの時はとても嫌な気分でしたが、今は何だかすっきりしました。だからもう大丈夫です」
「何が大丈夫なんだ!?ちっとも大丈夫じゃないだろ!?」
「……いけなかったでしょうか?」
「お前なあ!!いけないに決まっとる!!」
「では、坂本さんのその写真は……していい事なのでしょうか?」
「うっ……そ、それは……」
「疾しい気持ちがないのでしたらサトウさんにお見せしてはいかがでしょうか?」
「ううっ……」

異人の兄ちゃんは真っ赤になりながら口元を押さえ、二人の会話に首を傾げている。
そんな彼の様子などお構いなしに二人はお互い睨み合い言い合っていた。
坂本龍馬相手に総司も負けてはいないようだ。

というか今の状況。
ある意味総司の方が有利なようにも見える。

「……あの……お二人共、一体何の話をしているんです?」
「な、何でもないぜ!!気にしちゃいかん!」

いつも通り冷静な態度の総司。
それに対して今の坂本は慌てふためいている。

無意識なのかわかっていて牽制しているのか。
ある意味脅しているようにも見える。
彼にこれ以上余計な事をするなと。
あまりにも目に余る行動をすればあの写真の事を本人にばらすと。



「……自覚があろうがなかろうが、こりゃあ総司を怒らせたら本当に恐ろしいな」



誰にも聞かれる事のない俺の呟きが部屋の片隅に小さく零れ消えて行く。
総司は坂本に対してふっと鼻で笑うかのような顔を見せた後、異人の兄ちゃんの方に向き直り、柔らかな声で言葉を紡いだ。

「サトウさん、突然すみませんでした。ちょっと気分が悪くてふらっとしてしまって……でもサトウさんの柔らかい唇にふれたら気持ちが落ち着いたのでもう大丈夫です」
「……や、柔らかいって……総司くん……何を言って……?」

本当に無自覚なのだろうかと疑いたくなって来るような台詞をさらりと総司は言う。
何の躊躇もなく放たれる口説き文句のような言葉に異人の顔がまた更に紅くなって口を押さえていた。

「……よくわかりませんが、問題がないのでしたら私はこれで失礼します!」

口づけをしたにもかかわらず表情も変えずけろりとしている様子の総司。
そんな総司とは反対に誰の目から見てもわかる程動揺している彼。
この場にいるのも恥ずかしくて居た堪らなくなったのかとうとう我慢出来ずに耳まで紅く染めながら部屋を飛び出して行った。

普段は坂本の方がべたべたと付き纏っている印象だが。
接吻という強烈な出来事により、あの異人は坂本よりも総司を意識する事になっただろう。
一気に形勢逆転したかのような展開だ。
確実に総司は恋の道を一歩大きく進んだ気がする。

これは本当にどうなるかわからない。

「あんなに真っ赤になって可愛らしいですね」

ふふっと笑った総司に自覚があるのかどうか。
坂本があんぐり口を開けて意外そうに総司を見た。

「坂本さんのおかげで何故か不快にもなりましたが、今はそれよりも気分がとてもよくなったので感謝しています。ありがとうございました」

そう言うともうここに用はないといった風に総司も部屋を出て行く。
残された坂本は悔しそうに指を噛みながら総司の背中を無言で見送っていた。

本当に意外な展開になったぜ。

若干坂本に同情しつつもいい気味だと笑って俺も総司の後に続き部屋を出る。
総司を怒らせたらとんでもない事になるんだとよく胆に銘じておくんだな。
そう心の中で忠告してやりながら。





Fin.





以前書いた拍手SS、龍馬さんと総司さんによるアーネストの取り合いをもう一度という事で。
『さらに手を出してきた龍馬さんにぶち切れする総司さん』というリクでした。
手を出してきたというより変態ストーカー行為な気がしますが……
写真ネタはいつかやりたいと思っておりましたのでこうなりました。
本当は写真を見ながらにやにやしてる龍馬さんを呆れながら見つめる中岡さんというイメージがあったんですよ。
でも総司さんが絡むとなると中岡さん視点は書きにくかったのでまた土方さん視点になってしまいました。

総司さんは嫉妬すると相手と同じ、もしくはそれ以上の事をするらしいので……
龍馬さんが写真にキスしたら総司さんは本人にやっちゃうという展開に。

駄文ではありますが村雨様に差し上げます。
リンク本当にありがとうございました。
遅筆で亀更新なサイトですがどうぞこれからもよろしくお願いいたします。