可愛い人





怪異を解決するため情報を集めることにした龍神の神子と八葉。
しかし肝心の蓮水が体調を崩してしまったことにより、保護者である桐生と八雲は彼女のそばを離れず、夢の屋は気付くと姿を消していた。
新撰組の方に行ってしまった沖田を除き、行動できる者は五人。
効率と長州という土地柄を考慮した結果、二組に分かれて行動することになった。



時折立ち止まり、風景に見入っている姿。
かすかに微笑んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
嫌いだと言っているが、彼がこの国をどれだけ気に入っているのかは見ただけでわかるようになっていた。
「…何を笑っているんですか?」
こちらに気づいたのか、振り向き問いかけてくる。
「興味深そうに見ているように思っただけだ。」
一瞬見せた驚いた顔。
「以前来た時には、それどころではなかったので。」
告げられた皮肉は、やけに子どもっぽく聞こえた。
「そうか…」
「な、何ですか?」
「貴殿と初めて出会ったのはこのあたりだったか。」
無断で上陸してきた異人に玄武をけしかけたものの、力を押し返されたことに驚いたのを覚えている。
(あの時はこのような関係になるとは思ってもいなかったが…)
口には出さず、じっと見つめる。
すると目をそらされてしまった。
笑うと、不愉快そうな表情を見せる。
わかりやすくなってきた感情変化を楽しんでいると、怒鳴り声が飛んできた。
「何をしている!」
もう一人の同行者の声。
「ここがどこなのか分かっているのか!」
息を切らしているチナミの声に、いつもの調子を取り繕う。
「なぜ私だけに怒るんですか。迷子になったのはチナミくんの方でしょう?」
「そ、それは…」
正論を口にされ、目線をさまよわせているチナミ。
彼の言いたいことは分かっている。
幕府を倒す力を得るための協力とはいえ、異国を敵視する感情が消えたわけではない。
異人である彼が標的にされるかもしれないと思い、焦っていたのだろう。
(チナミもずいぶん成長したようだ。)
攘夷派であった彼が異人であるサトウ殿を案じていることに、まるで子どもの成長を喜ぶ親のような気分になる。
「そうか…チナミくんは私のことを心配してくれたんですね。」
「な…」
「心遣いに気づかなくてすみません。」
「お前は…!」
「仲の良い兄弟のようだな。」
二人のやり取りを見ながら浮かんだ言葉を口にする。
「た、高杉殿っ!」
「冗談はやめてください。」
同時に発せられた言葉。
あまりにも穏やかすぎるため、一瞬怪異のことなど忘れてしまいそうだった。



背後から駆けてきた人物に気づいたのは、それが隣を走り抜けた直後。
まるで突風が吹いたように髪や外套が揺れた。
「え…」
いきなり引っ張られ、チナミが驚いた声を上げる。
「な、何ですか一体…!」
同じように腕をつかまれたサトウ殿が問いかけるが、彼は何も答えず、そのまま二人を連れていってしまった。



一人残され、何が起きたのか理解できずその場に立ち尽くす。
「あれは…龍馬か?」
別行動をとっていたはずの彼が、なぜ二人を連れて行ったのかわからない。
問いかけに答えなかったことから、よっぽど切羽詰っていたようだ。
「行ってしまったね。」
背後から聞こえてきた声は、同じく別行動をしていた小松殿のものだった。
「龍馬に何かしたのか?」
背を向けたまま聞くと、小松殿は隣に来て立ち答える。
「特に何かはしていないよ。いつも通り。」
「…そうか。」
何があったか大体の想像はつく。
いつまでも立ち止まっているわけにも行かず歩き出すと、同じように彼も歩きだした。
「ずいぶん機嫌が悪そうだね。」
「……」
「サトウくんを連れてかれたから?」
「当然だ。」
今度の問いにははっきりと答える。
自分の事情とはいえ、行動を共にできないことが多い。
宿で同室になることは多いが、会話をすることはほとんどなかった。
天地の玄武という絆だけでは飽き足らず、何度も深い繋がりを交わす。
時折見せる年相応の姿がとても愛おしいと思った。
「今、彼のことを考えてるのかな。ずいぶん柔らかい表情だね。」
「さあな。」
その姿を思い浮かべるだけで、からかいも全く気にならなくなる。
「金の髪に白い肌、背も高い為人の目を引き付ける。」
「まあ、確かに。」
「この国を嫌いだと言いながらも下手な日本人より知識があるのも、仕事のために覚えただけではないだろう。」
次々と口をついて出る言葉には、自分でも驚くほどだった。
「これは重症だね。罪悪感のかけらもないみたい。」
罪悪感という言葉に引っかかりを感じ立ち止まる。
「攘夷派である長州の中心人物が、排除するべき異人と恋仲になっている…なんてよく思わない者も多いんじゃない?」
「他の者がどう思おうと関係ない。」
再び歩きだしたが、背後から投げかけられた言葉。
「君がよくてもサトウくんはどうだろうね?この国を思う彼だからこそ、友好のため自らを犠牲に…」
その言い方だと、まるで嫌がる者を脅して従わせているように聞こえる。
苛立ち睨みつけるが、呆れたような顔をされただけだった。
「恋は盲目…と言ったところかな。」
「それは貴殿も同じだろう。」
「…まあ、否定はしないよ。」
薩摩の家老という立場を使えば手に入らないものはないと思う。
それをしないのは、自由を奪ってまでそばに置きたくはないのだろう。
からかったり翻弄したりでさまざまな表情を引き出したいという気持ちはよくわかる。
(結局、同じなのだろうな。)
そんなことを考えたが、口に出す気にはならなかった。



特にめぼしい情報はなく、三人が帰ってくる気配もない。
そんな時、声をかけてくる者がいた。
「チナミを知りませんか?」
別行動をとっていたというのに、第一声がそれで。
彼も同類なのだと思っていると、小松殿は気にせず聞き返していた。
「何か急ぎの用事でも?」
「いえ、ただ顔を見たかっただけです。」
迷いなく発せられた返事に言葉を失う。
小松も同じかと思っていたが、彼は何かを企んでいるように見えた。
「チナミなら、連れて行かれたよ。」
「連れて…」
その言葉を聞いた瞬間、総司の顔がこわばる。
張りつめた空気があたりに漂い、刀の柄には手が添えられていた。
知っているのに、なぜ止めなかったのか…そう言いたげな瞳がこちらを見据えている。
面白そうだと言わんばかりの小松殿にため息をつき、沖田の方に向き直る。
「冗談を言う相手は選ぶべきだと思うが…連れて行ったのは龍馬だ。」
「坂本さんが…?」
先ほどとは一転、きょとんとした表情に変わる。
「小松殿が龍馬をからかったことにより、逃げ出した龍馬がサトウ殿とチナミを連れていったというだけだ。」
「そうだったんですか。」
安心したのか、ようやく刀から手が離れた。
その後しばらく待ったものの、三人が帰ってくる気配はない。
戻っていることを期待しながら三人で宿を目指すことにした。



「そう言えば、総司はチナミのどこを気に入っているのかな?」
暇を持て余していたらしい小松殿が沖田に問いかけている。
「気に入っているところ…ですか。感情豊かなところでしょうか。」
「へえ…」
うたがうこともせず答える沖田。
普段まとっている鋭さは隠れ、表情も和らいでいるように見える。
「怒っている顔、笑っている顔、泣いている顔…どんな表情も見ていたいと思います。」
あまりに純粋で素直な感情…きっと心に浮かんだものをそのまま口にしているのだろう。
自分自身狂気を演じている時以外は思ったままのことを口にしているが、天然にはかなわないのだとすら思ってしまった。



(生まれや立場、思想などは想いの前に意味は成さない。)
そんなことを考えていると、ようやく目的地が見えてきた。
宿の前に立つ三人の人物。
日が落ち薄暗くなっていたため判別しづらいはずなのに、見間違えることはないと断言できる。
「すまん!」
名前を呼ぶのを遮ったのは龍馬だった。
いきなり二人を連れていったことを悪く思っていたらしい。
「…気にする必要はない。」
実際文句を言うつもりでいたが、彼の眼がかすかに赤いのを見るとその気が失せてしまった。
「それよりも…」
彼の後ろに立っていたサトウ殿に目を向ける。
素早く近づき、その手を取った。
「何をするんですか…!」
耳元に顔をよせ、そっと囁く。
「他の者にさらわれる前に、さらっておこうと思ってな。」
返事を待たず、そのまま二人で部屋に戻ることにした。





Fin.






「泡沫の夢」の紫泉遙様からいただきました。
以前日記で書かれていたネタをリクエストしたところ本当に書いてもらえて嬉しいです。
多分日記で書かれていた時には高サトがメインな話ではなかったと思うのですが…
わざわざ高杉さん視点にしていただいたみたいで…
素敵なSSを本当にありがとうございました。
亀更新なサイトですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。