案ずる心君知らず




「おい、総司!」

屯所の廊下から。
新選組副長の部屋のすぐ近くから。
大きな怒声が響き渡る。

普通の平隊士ならばその場で萎縮して震え上がりそうな程の圧力を持った声。
鬼副長と呼ばれる土方歳三のその声。

しかしその言葉に臆すどころかおどけた表情を見せる新選組一番組組長の沖田総司。

いつも言う事を聞かずやたらと手のかかる男を前にして、土方は普段より色濃く眉間に皺を寄せていた。

「てめぇ……大人しく寝てろとあれ程言っておいただろうが!何で部屋の外でうろついていやがんだよ!?」

苛々が募っている。
ものすごく。
自分の言う事を聞かない沖田に対しての怒り。
それもある。
しかしそれよりも土方が感じているのは焦りなのかもしれない。
だがそれを知る者はおらず、土方のやり場のない心苦しさは彼の胸を締め付けた。

「何度も言ってるじゃないですか。土方さんは過保護すぎるって」

土方のそんな気持ちをまったく理解していない沖田の反論。

「ずっと寝込んでいたら気が滅入りますから。少しは外の空気に触れた方がいいんです」

そう言ってふらりと土方の元から離れて行く。
向かっているのは、自分の部屋……
というわけでもなさそうで。

まったくもって土方の注意を聞こうとはしていなかった。

「おいちょっと待て、総司!」

本人がいくら大丈夫だと言っても、傍から見ていてとても大丈夫なようには見えず。
平気だと言いながら苦しげな咳を何度もするし、歩く足元はいつもふらついているし、頬は赤く染まり、時には目も潤ませて屯所の中を動き回っている。

土方としてはそんな沖田を部屋の外へは出したくなかった。

「……っ、人の気も知らねぇで……」

土方の元を去って行こうとする沖田を追いかけて。
その腕を掴む。

あっさり捕らえられてしまう沖田はやはり体調がよくないのだろう。
逃げても俊敏な動きは出来ず、ふらついていて。
更に腕を掴めば、最近食が細いからか以前よりも痩せたようで、日々剣を振るっていた頃と比べると大分細くなってしまっていた。
土方が軽く掴んだだけで、振り解く事が出来なくなってしまう。

「離して下さい土方さん」
「おめぇが部屋で大人しく寝たら離してやる」

土方は掴んだ腕を引っ張りながら沖田の部屋へと連れて行った。
抵抗しようともがいている沖田だったが土方は決して腕を離そうとはしない。

「暴れるな。腕が痛くなるのはお前だぞ?」
「腕の心配をするなら離して下さいよ」
「離したら逃げるだろうが」

部屋へと辿り着くまでに軽い口論が繰り広げられて。
沖田がなかなか抵抗を止めずにいた。

「大人しくしやがれ総司!」

土方が一段と大きな声を張り上げた時。
ようやくぴたりと抵抗が止んだ。
しかしそれは沖田の意思で土方の言う事を聞く気になったからというわけではなかった。

「……っ…けほっ」

暴れていた沖田が蹲り、そのまま立っている事が出来ずに崩れ落ちる。
慌てた土方が床に倒れる前に何とか支えてやった事で、沖田は膝をつく程度で済んだ。

「おい総司大丈夫か!?だから無理するなって言ってんだろう!?」

尚も止まらぬ咳をする沖田の背をさすりながら叱咤する。

「とにかく今日は部屋から出ずに大人しく寝ていろ!」
「…………」

沖田の咳が落ち着くまで土方は悪態をつきながらも、優しい手つきで背をさすっていた。

「……もう……大丈夫ですよ……」

そう呟く沖田に土方はさする手を止めて、ため息をつく。

「おめぇの大丈夫は当てにならねえよ。とにかく部屋へ行くぞ」

土方はそう言って沖田の身体を支えながら促した。
けれど、土方の言う事を素直に聞けない沖田はこのような状態になっても再び抵抗を始めていた。

「……僕は一人でも大丈夫だから離して下さい」

だが沖田のその抵抗は弱々しいものでしかなく、簡単に抑え込めてしまう程度で。
土方からすればほとんど無駄な抵抗だった。

「何が大丈夫だ。ふらふらじゃねぇか」

沖田の部屋の中まで引きずるように連れて来れば、沖田もやがては大人しくなっていた。
ここまで来たらもう逃げられないと諦めて。
促されるままに布団の中へと潜った。

「大人しく寝ていろ。いいな?」

有無を言わさない厳しい声に仕方なく沖田は頷いて従うしかなかった。



**********



「はあ……やれやれ……。寝かしつけるのが大変だったぜ……」

結局沖田が目を閉じて寝息を聞かせてくれるまで目を離せずにいた土方は、その時間に片づけるはずだった仕事を後回しにしてしまった。
自分の部屋へと戻り、机の上の書類を見つめてため息を吐く。

今日中に仕上げなければならない仕事が今、目の前に山ほどあるのだ。
ため息の一つくらいはつきたくもなるだろう。
陽が大分傾いて来ている。

早く終わらせなければ……と。

焦る気持ちが募り、いつも以上に仕事に没頭し始めた土方だった。

普段から激務をこなしている土方だ。
時間を浪費してしまった分を取り戻すのは容易ではない。
気が急いてしまうのは仕方がない事だ。

土方が夢中で机に向かっていた間、部屋の外の様子など全く気にする事もなく。
ただひたすらに書状に目を通し、紙面に筆を滑らせ書き物をし、書類を整理してゆく。
その繰り返しの作業が続いた。

やっと仕事が片づき、一息つけるようになったのはすっかり陽が落ちて外が暗くなる頃の事である。

「ふう……」

一時は間に合うかどうかと心配もしたが。
何とか終わりそうで安堵する。



忙しなく文字を綴っていた筆をやっと手放して置いた。
そんな時、まるで頃合を見計らったかのように廊下の方から足音が近づいて来て、土方は顔を上げる。
暫くして部屋の前に誰かがやって来て声を掛けられた。

「副長」

静かに呼ばれて「どうした」と返事を返せば。
「夕餉の支度が整いました」と告げられる。

もうそんな時間かと立ち上がり障子戸を開けると、そこには土方を呼びに来た斎藤の姿。

「わざわざすまねえな」
「いえ。ところで副長」
「何だ?」
「総司の食事はいかがいたしましょう?」

今まで仕事の事で頭がいっぱいだった土方が、その言葉で思い出す。
沖田が今寝込んでいる事を。
そのせいで仕事をため込んでしまったわけだが。

「…………」

仕事が一段落すれば途端に心配になる。
大人しく寝ていろと土方は言ったはずだが、沖田が素直に言う事を聞かない性格なのはよく知っているから尚更。

不安が込み上げた。

「とりあえず様子を見て来る……」

そう告げて外見上は落ち着きを見せつつ、内心では焦りながら沖田の部屋を目指した。
沖田の部屋まで酷く長く感じてしまうのは、心配な気持ちが大きいせいだろうか。

陽が落ちて、月明かりと瞬く星々だけが頼りの夜。
歩く廊下は闇色に染められて先がよく見えず、不安を増長させる空間になっていた。



「総司……」

やっと辿り着いた沖田の部屋。
中は闇に満ちていて物音もしない。
そんな部屋の前で障子ごしに名を呼ぶ。

だが中からの返事は返って来なかった。
眠っているのならそれでいい。
しかし、嫌な予感がした。
土方はそのまま無遠慮に戸を開け放つ。



バンッ―――



もしも沖田が眠っていたとしたなら、かなり迷惑な音であろう。
乱暴な戸の開け方に文句を言われそうだ。

けれども。
沖田の部屋には布団が敷かれたまま、誰の姿もなく。

「……あの馬鹿が……」

軽く眩暈を感じた土方はそのまま頭を抱え、絞り出すような低い声音で呟いた。

そこへ少し遅れて斎藤がやって来る。

「副長、どうされましたか?」

問いながら沖田の部屋を覗き込み、斎藤は土方の心労の原因を悟った。
土方に迷惑ばかりかけている沖田にため息を吐いて。

「総司は俺が捜しますので副長は先に広間で待っていて下さい」

そう進言する。
斎藤は仕事に追われて疲れているであろう土方を気遣ってそう言ったつもりだった。
けれど土方は斎藤の言葉を受けて首を横に振る。

「いや。総司は俺が捜す」

斎藤の気遣いに礼を言いつつも、苛々とした気持ちを隠す事が出来ず。
刺々しい物言いで土方はそのまま沖田の部屋の障子戸を閉めるのも忘れてずかずかと廊下を歩き出していた。

斎藤は戸惑いつつ。
土方の苦々しい表情を見て。
放ってはおけないと部屋の戸を閉めて土方の後を追う。

沖田の事ももちろん心配なので共に彼を捜す手助けをしたいと思ったのだ。



しかし斎藤は土方が沖田に部屋で大人しくしているようにと言った理由をきちんと理解してはいなかった。
土方は純粋に体調の優れない沖田の身体を心配しているのだと。
そう捉えていた。

土方が焦って早足で屯所内を捜し回るのもすべては総司の身を案じての事。

斎藤は土方の為にも早く沖田を捜さねばと思い、土方がまず幹部の部屋を確認して回っているのを見て、自分は別の方を捜しに行こうと歩を進めた。

目指したのは平隊士たちが使っている大部屋。

あまり頻繁に沖田がその場所を出入りしているわけではなかったが、いそうな場所を土方が捜すのならばと思ったのか、何か勘のようなものが働いたのか。

斎藤は迷わずそこを目指したのだった。

すると平隊士たちが何やら騒いでいるのが聞こえてきて眉を顰める。
夜、静寂に包まれる時間帯にこんな大きな声で騒いでいる所を土方に見つかったら鬼の形相で怒鳴られそうだ。

斎藤は多くの隊士たちの騒ぎ声が聞こえる部屋にそっと近づいて襖の隙間から中を覗いた。
どうやらその部屋では平隊士たちが屯していて、一人の人物を囲っているようだった。

多くの視線を集めている人物に目をやれば。
それは今ちょうど捜していた沖田で。

本人に自覚はないのだろうが。
へらへらといつものように笑う無邪気な笑顔は、微熱のせいで染め上げられた頬と虚ろな瞳によって濃艶な姿として他者の目に映し出される。
それだけではない。
沖田はどうやら風呂上がりといった感じの姿で、普段は結い上げている髪を下ろし、その髪はほんのりと湿っていて行灯に照らされ妖艶に揺れている。

寡欲で色恋沙汰にはあまり興味を示しそうにない斎藤でさえその姿は色っぽく見えて思わず息を呑む。

いつも肌蹴させている胸元が余計に性欲を刺激しており、もしもこの場に二人きりであったなら勢いで押し倒してしまいそうだ。

斎藤にさえそんな邪な想いを抱かせてしまうくらいなのだから、おそらくこの場にいる平隊士たちの心中はさぞかき乱されている事だろう。

さすがに上司にやたらと手を出すような愚かな真似はしないだろうと思うが……
欲情して我を忘れ、愚行を犯す者がいないとは言いきれない。

現に身体を揺らして覚束ない動きをする沖田の身を案じるようにその身体に触れている手がいくつかあったのだから。
これは放っておくとまずいと感じた。

「総司」

慌てて名を呼ぶと。

斎藤は部屋へと入り、平隊士たちの輪の中で腰を下ろして座り込んでいる沖田の腕を掴んだ。

「こんな所で何をしている」

突然現れた斎藤に、隊士たちはびくりと肩を揺らし、緊張した面持ちに変わる。

「斎藤組長……」

おろおろとしながら、何か悪い事をしてばれてしまったといったような気まずさを纏い隊士たちが縮こまっていた。

沖田の身体に触れていた手が一斉に引込められ、斎藤はやれやれといった顔で彼らを見下ろす。

やはり後ろめたい感情があったのだろう。
隊士たちは皆、斎藤の鋭い視線に耐えきれずに俯いた。
そんな中一人だけ斎藤を見上げる目があった。

沖田が瞳を潤ませながら上目づかいで斎藤を見つめる。
掴んだ腕から沖田の熱が伝わり、濡れた髪を垂らし、肩を揺らしながら息を吐く姿は何とも言えず。
視線が交わった瞬間、斎藤の鼓動がどくどくと大きな音を立てて脈打っていた。

今までこんな沖田の姿を見せられて他の隊士たちはよく我慢出来ていたと感心してしまう。
うっかり手を出してしまいそうになり、ぐっと堪えながら。
兎に角これ以上この場にいるのはよくないと判断して腕を引っ張りながら沖田を立たせた。

「総司、副長が捜していた。すぐに戻れ」

しかし、斎藤が腕を引いて立たせたその次には。
沖田は何度かよろめき、力を失ってその場に再び崩れるように座り込んでしまった。

「んあ……?」
「総司!」
「沖田組長!」

さすがに斎藤も他の隊士たちも心配して皆が沖田の身体を支えようと手を伸ばす。

その時だった。



ダンッ―――



怒りの拳を柱にぶつけ。



「おいてめぇら!!何してやがる!?」



次には地響きが起こりそうな程の怒声が響き渡った。

「ふ、副長……」

斎藤が何とか声を絞り出したが、平隊士たちは目の前の土方のあまりの形相に声も出せず固まってしまっている。
斎藤がやって来た時以上の怯え様だ。

それも仕方がないだろう。
鬼の副長と恐れられている土方が、今までに見た事のない程の怒りに満ちた真っ赤な顔で怒鳴り散らしているのだから。

「総司に気易く触ってんのは誰だ!?表へ出ろ!!」

あまりの恐ろしさに平隊士たちは皆震え上がり、沖田に触れていた者たちは慌てて沖田から距離を取り始めた。

唯一人。
斎藤だけは沖田の腕を掴んだまま。
静かに怒り狂う土方を見つめていた。

斎藤は気づいていないのだ。
土方が斎藤に対しても叱咤しているのだという事に。

「おい斎藤……」
「は、はい……」
「おめえもだ」
「は?」
「総司から手を離せ!」

土方が部屋へと入って来て斎藤に詰め寄る。
そこで慌てて斎藤が沖田から離れた。

「も、申し訳ありません副長。……ですがこれは……その……」

自分は別に疾しい事はしていないと言いたかったが、確かに今の沖田の姿を見て僅かでも邪な気持ちを抱いてしまった斎藤だったので、土方の怒りの矛先が自分に向けられても言い訳は出来ない。

斎藤は鬼の形相で詰め寄って来た土方に狼狽えていた。

そんな斎藤の手から解放され、平隊士たちの注目の的であった沖田は座り込みながら呆然と土方を見上げる。

何故土方がそんなに怒っているのかわからなかった。
怒りの矛先が、言う事を聞かずに部屋の外を出た自分に向けられるのならともかく、どうして他の隊士たちを叱責しているのか。
沖田は熱に浮かされる頭で考えた。
だがやはりわからない。

瞳を揺らして見つめた土方と目が合えば。

「……総司……」

怒りに震える声で小さく名を呼ばれ。

「……土方さん?」

首を傾げながら沖田はその顔を覗き込む。
すると突然屈んだ土方は皆から沖田の身を隠すようにその身体を己の方へと引き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「へ?」

予期せぬ土方の行動。
沖田は何の抵抗も出来ずにそのまま土方の胸に凭れかかり、腕の中に収められていた。

「いいか、てめえらよく聞け!」

土方は腕の中にいる沖田の身体を抱きしめながら、部屋の中にいる者たちを睥睨する。

「こいつは俺のものだ!誰であろうとこいつに手を出す事は許さねぇ!」

眉間にはいつも以上に深い皺が刻まれて、腹の底から吐き出されたような低い怒声が迫力満点に響き渡った。

「……ひ…じかた…さん?」

沖田が戸惑いながら土方の腕の中で身じろぐ。
それでも土方はその腕に抱く力を緩める事はせずに鋭い眼光で周りの者たちを刺すように睨みつけていた。

「人のもんに勝手に手を出したらただじゃおかねぇからな!!わかったか!?」
「は、はいっ!」

幹部の斎藤でさえ土方の怒りの圧力に押されているのだから平隊士たちが逆らえるはずなどないだろう。
冷や汗をかきながらただ頷く。

そんな隊士たちを見て土方もため息を吐いて少しだけ落ち着きを取り戻すと、沖田を抱えながら部屋を去っていった。

暫くその場にいた隊士たちは恐れながら頭を下げていたが、土方の姿が見えなくなると盛大に安堵のため息を吐いたのだった。

そのため息を聞きながら立ち尽くしていた斎藤は一人、放心状態だった。

土方の為にと思って、沖田を捜す手伝いをしたはずなのに。
逆に土方の怒りを買ってしまった。

土方の悩みに気づけなかった斎藤は、後悔していた。
あのような沖田の姿を見てしまった事に。

これから沖田を見る度にあの艶めかしい姿を思い出しそうで恐い。
それはまさに土方の案じている事なのだろうと思う。

土方を尊敬している斎藤としては、彼に心労を掛けたくはないのだ。
斎藤は頭を抱えながら平隊士たちの部屋から去るのだった。



**********



「ったく……」

沖田が土方に抱えられ部屋に連れ戻された後。

「総司。おめぇも言う事を聞かずに出歩いてんじゃねぇよ……」

震える声で呟かれ。
沖田もそんな土方の様子に悪い事をしてしまったと反省していた。

「……ごめんなさい」

自分の身を心配してくれるのは嬉しいと思うが、それでも寝ているだけの日々は不安で。
つい反抗してしまう。
放っておかれると孤独を感じてしまうから。
反抗する事で構ってくれる土方に安心していたのかもしれない。

まさかここまで怒らせてしまうとは沖田も予想外だったようだ。

しかもその怒りの矛先は自分ではなかった。
だからこれ程までに怒った理由がまだよくわかっていなくて。
沖田は問う。

「土方さん……どうしてそんなに怒ったんですか?僕に対して怒るならわかりますけど……」

土方は抱えていた沖田の身体を敷かれた布団に横たえてやりながら彼の頭を一撫でした。
暫く無言で沖田の瞳を見つめて。
やがて気まずそうに口を開いてその問いに答える。

「お前は気づいてないのかもしれねぇが……お前は色香を振り撒き過ぎなんだよ」
「はい?」
「おめぇが無自覚だから俺は困ってんだ」
「…………」

思ってもいなかった返答に。
沖田が目を丸くして土方を見上げる。

「ただでさえ色んな奴から色目で見られてやがる癖に、熱で弱った姿をやたら人目に晒しやがって……」
「……色目で見られてるって……僕がですか?」
「ああそうだよ、気づいてねぇのか?」
「……土方さんの方が容姿端麗に見えますけど?」
「だからおめぇは無自覚で困るって言ってんだよ。熱で頬を染めて濡れた髪を垂らして虚ろな瞳を揺らして、弱った身体でやたらとふらふら出歩きやがって……」

土方が唇を噛みしめながらそう漏らして。
横たえた身体に覆いかぶさった。

「襲ってくれって言ってるようなもんだぜ?」
「……は?」

沖田の顔の横に両手をついて真上から見下ろす土方。

「俺は……お前のそんな色っぽい姿を他の誰にも見せたくはない……」

少し悲しげな土方の瞳が、熱に濡れた沖田の瞳を捉えてお互いの視線が絡まる。

「土方さん……?」
「そんな姿を晒すのは俺の前だけにしてくれ」

切実に懇願するように紡がれた言葉。

言葉と同時に。
口づけを落とされて。
沖田は驚きながらも目を閉じた。



土方が部屋で大人しく寝ていろと口煩く何度も言うその理由。

もちろん沖田の身を心配しての事だ。
けれどそれ以外にも。
土方には案じている事があるのだ。

沖田の艶めかしい姿を他の誰かに見られてしまう事。
邪な感情を持たれるような姿を他の者に晒してしまう事。

もしも弱った沖田の姿を見て理性を失った何者かに襲われでもしたら……

気が気ではない。

叶うのなら部屋に閉じ込めて。
誰の目にも晒さずに。
自分だけのものにしてしまいたい。

そのような感情が土方の中に渦巻いていた。

だから土方は何度でも言う。
たとえ過保護だと言われても。
“部屋で大人しく寝ていろ”と。

沖田が土方の想いを少しだけ理解して、愛されている事を実感した。
寝ているだけだなんて退屈で、寂しくて、何も出来ない自分が嫌になるから。
何かしていないと落ち着かなかった沖田だったけれど。

自分の身を純粋に心配してくれている土方と。
独占欲の強い子どもみたいな一面を持つ土方と。
どちらも愛おしくて自然と笑みが零れた。

「たく……何笑ってんだよ」

土方は唇を離してそう呟くと、

「俺がどんだけ心配してるかわかってんのか?」

と呆れたように沖田の上半身を起こしてやった。

「僕はただ汗を掻いたから一風呂浴びていただけなのに……」

特別な事は何もしていない。
そんな主張をする沖田に、細めた目を据わらせて土方が問い質す。

「それで何で平隊士たちに囲まれてんだよ?」
「え?まあ……僕がふらついていたから心配されちゃったのかな?」

沖田は苦笑しながらそう漏らし。
土方は頭を抱えて嘆いた。

「あいつらがどんな目でお前を見てたのかわかってんのか?しかも斎藤まで……」
「斎藤君が僕に?まさか」
「たく……本当に無自覚で困るぜ」

困ったような脱力したような笑みを浮かべながら視線を逸らして。
土方は部屋に置いてあった手ぬぐいを手にした。
それを沖田の頭にそっとかけてやると、丁寧に濡れた髪を包んで乾かしてやる。

「濡れたままにしてたら冷えてまた体調が悪化するだろう?それに色香が増すから他の奴らに変な気を起させる原因にもなる。ちゃんと乾かせよ……」

口調は面倒くさそうに。
けれど沖田の髪に触れるその手つきは優しく。
愛おしそうに扱うから。
心地よさを感じて。

「土方さん……ありがとうございます……」

恥ずかしがりながらも珍しく素直に礼の言葉を口にした沖田だった。



それから暫くして。
部屋の外に人の気配を感じる。

襖の向こうから。

「……副長」

斎藤の声が聞こえた。

「先程は申し訳ありませんでした」

謝罪の言葉を告げて来たという事は、つまりは少しでも疾しい気持ちを持った事を肯定したという事だ。

土方は襖ごしの声に眉を寄せながら眼光を鋭く光らせた。
しかし、咎める言葉はなく。
隠しもしないため息を吐き。

「無自覚とはいえ、あれは総司も悪かったからな……」

土方は沖田を一瞥してから閉めたままの襖を見つめてそう言った。

「……もう気にするな」
「しかし……」
「いいからもう忘れろって言ってんだ」
「……はい……」

斎藤は開かれる事のない襖に土方はまだ許しているわけではないのだと感じていた。
だがこれ以上しつこくこの話題を口にするのもよくない事だと悟り。
静かに斎藤は頷く。

そして。

「……では、改めてお聞きしますが」
「何だ?」
「食事はどうされますか?」

斎藤がそもそも土方の部屋を訪れた理由は本日の夕食の当番が彼だったからであり、食事の時間を知らせる為であったのだ。

「ああそうだったな」

土方は思い出したように顔を上げ、布団に座り込んでいる沖田を見つめた。
何事か考えた後、沖田に向かって微笑むと。

「総司は今日は部屋で取らせる。それと俺もここで食う事にするから膳はこの部屋に運んでくれ」

そう告げていた。



こんな姿を出来るなら誰にも見せたくはない。
部屋から出したくなどない。
けれどそれで沖田が寂しさを感じるなら。
自分が沖田の側にいようと。
そう思ったから。

たまには二人きりで食事を取るのも悪くはないだろうと。
土方は沖田の布団の横に腰を下ろしたのだった。





Fin.





5000Hit記念リクエストSS。
リクエスト内容は「体調がすぐれない沖田を気に掛けながら、土方がはらはらしているお話」でした。
何だか上手くまとめられていない気もしますね……
はらはらしている理由も単に体調を案じているだけではないという感じにしてしまいまして。
こんなんでよいのかと心配ですが。
リクエストありがとうございました。