叶わぬと知りながらも見る夢は…







芹沢さんがいつものように島原で酒を飲んで帰って来た後。
俺はようやく布団に入って眠る事を許され床に就いた。



しかし。

やっと休めると思った矢先。
前川邸に嬌声が響き渡った。
はっとして閉じかけた目を開く。

芹沢さんの低く威圧のある声と妖艶な喘ぎ声が混じり合い俺の部屋にまで届く。
俺の部屋は芹沢さんの部屋の隣だから、聞き耳を立てればすぐに何が行われているのかわかってしまう。
そしてこの嬌声が誰のものなのかも。
容易に想像出来る。

だから俺はこの声を聞いていたくなくて。
布団を被り必死で己の耳を塞いだ。

どうせまた芹沢さんが一方的に襲ってるんだ。
そう思うと悔しくて唇を噛み締める。

俺にあいつを助ける力があれば。
今すぐにでも芹沢さんの部屋に駆け込んで、無理やり犯されているあいつを救い出してやれるのに。
俺が行った所で何も出来はしないのだ。
ただ殴り飛ばされて、俺はボコボコにされるだけだろう。

お楽しみを邪魔されれば、ご立腹だろうな。
酷い場合その矛先が俺だけではなく、あいつの方にまで行っちまうかもしれない。
そうなったら救うどころじゃなく、悪化させるだけだ。
徒でさえ乱暴な抱き方が、ますます獣の如く荒っぽいものになっちまう気がする。
そんな事になったら申し訳なさすぎるだろ。

無力な自分を思い知らされ、耳を塞ぐ両手に力を込めた。
布団を被った俺の目には何も見えてはいない筈なのに。
頭の中であいつが芹沢さんに襲われている姿が鮮明に浮かび上がって来ちまう。
まるで助けを求めるかのようなあいつの姿が脳内を支配して。
無駄な行為であったが思わず強く目を瞑った。



どれだけそんな状態が続いただろうか?



やがて、辺りには静寂が満ちた。
響き渡っていた声は消え、夜の静けさが戻ったようだ。



終わった?



そう思って布団からゆっくりと這い出る。
そのまま静かに自分の部屋を出ると芹沢さんの部屋の前に立ち様子を窺う。
ずかずかと部屋に入り込めるわけはない。
ほんの少し、襖の隙間から中の様子を窺う事が俺に出来る精一杯の事。

僅かな隙間からそっと芹沢さんの部屋の中を覗き込む。
そこには布団の上に横たわる二人の男の姿があった。

俺の思った通り、芹沢さんの相手は沖田だった。
わかっていた事だが、俺は自分の予想が外れてくれた方がどんなに嬉しかった事かと思う。
いや別に他の奴ならいいってわけでもないが……
それでもどうして芹沢さんが選んだ相手が沖田だったのだろうかと問いたくなる。
まあ俺も沖田を気に掛けているんだから、芹沢さんと好みが似ているのかもな。
何故沖田なのかなんて愚問なのかもしれない。

何も出来ない俺はただ拳を握り締めて二人の姿を見つめた。


芹沢さんの腕の中にいる沖田は酷くぐったりとした様子で身を預けている。
芹沢さんは自分の腕の中の存在を見つめながら満足そうに嫌な笑みを浮かべて沖田の髪を撫でていた。

自分で手荒な真似をしておいて行為が終わると壊れものを扱うかのように愛おしそうな手つきで沖田に触れている芹沢さんが憎らしい。
つい無意識に芹沢さんを睨みつけてしまう。
射殺すような鋭い眼光を向けて。
ただただ立ち尽くすだけの俺。
俺は情けないと嘲笑されても仕方がない男だろう。

そんな時。
脱ぎ散らかされた衣が隙間風に揺らされて。
次の瞬間。
芹沢さんと視線が交わった。

心臓が鷲掴みされたようにどくんと波打つ。

叱られる。殴られる。最悪殺されかねない。

そう思った。
声にならない声を上げ一歩後ずさる。

けれど芹沢さんは覗き見していた俺には構わず。
沖田の髪を梳いていた。
俺から視線を外さずににたりと口の端を釣り上げ。
まるで俺を見下すような嘲りの笑みを浮かべる。

ただ見ている事しか出来ない俺を馬鹿にしているのだろう。

芹沢さんが「お前はそこで邪魔をせずに黙って見ていろ」とでも言っているようで。
悔しくて唇を噛み締めた。

ああそうさ。
俺は何も出来ない。
どんなに悔しくても今の俺は無力なんだ。

嫌という程思い知らされる。

芹沢さんがそんな俺の姿を見て、頷くと。
力なく横たわる沖田の唇に芹沢さんのそれを重ね合わせた。

カッと頭に血が上るような感覚。
怒りが込み上げて来て、今すぐ芹沢さんの腕の中から沖田を奪ってやりたかった。
それが出来ない俺は唇を重ねる二人から目を逸らしたくなって顔を背ける。

見ていたくない。
芹沢さんが沖田に口づける所なんて。
芹沢さんの腕に抱かれている沖田の姿なんて。

惨めな俺が浮き彫りになるだけなんだ。
どうすればいいかわからない。

芹沢さんに犬呼ばわりされて反発していたが……
こんな時、何も出来ない俺はきっと負け犬なんだろうな。



居た堪れなくなり、そのままこの場から逃げるように、踵を返し己の部屋へと戻る。

部屋はしんと静まり返っていて、夜の静寂が闇の中を支配していた。
もう今は聞こえない嬌声が俺の頭の中にまだ響いていて。
なかなか離れない。

いつも辛辣な言葉ばかり並べる生意気な態度の沖田からは想像出来ない艶めかしい声。
だがそれは望まず無理矢理抱かれて喘ぎ啼く声。

どうでもいい相手だったらここまで悩んだりはしなかっただろう。

何だかんだで惚れちまったんだ。
最初はいけ好かない奴だと思っていたのに。
いつの間にか気になって。
無意識に追いかけていて。
気づいたら後戻り出来ないぐらいあいつにご執心だ。



だが俺は惚れた相手一人、救ってやる事が出来ない情けない男なんだ。
別に沖田自身誰かに助けて欲しいなんてこれっぽっちも思っちゃいないだろうが……

隊士でもないくせに芹沢さんを口実にいつまでも浪士組に居続けて。
沖田のそばに居たいだなんて卑しい望みを抱いてここに居る。

成り行きを見守る事以外、俺に出来る事なんてないかもしれない。
それでも。
俺はあいつのそばに居たいと願って止まないんだ。
無力だと知りながら諦めきれない何かが俺を突き動かす。

無理だと思っているはずなのに。
いつか芹沢さんからあいつを奪い去ってしまいたいだなんて。

自分自身で笑い飛ばしたくなる願いだ。



俺は未だに消えない脳内に響く嬌声を打ち消すように布団へと潜り込み、目を閉じる。

今はただ、布団に潜り込んで目を逸らす事しか出来ない自分に憤りを感じ、悔しさを感じ、無力に震えて。
僅かな可能性を夢見るように俺は眠りに落ちてゆく。





Fin.





黎明録プレイで突如書きたくなりまして。
芹沢×沖田←龍之介です。
会話が全くないSSですが……
突発的にやらかしてしまいました。