舞い散る桜のような泡沫の夢だとしても…
俺は一人。
冷たい風が身体を貫くように吹きつける中。
静かにこの大地に立つ。
今までこの手で大事に作り上げて来たものがすべて泡沫の如く消えて行った。
近藤さんを上へと押し上げようと必死に走り抜けた時間はもう過去のもの。
多くの仲間を失い、生き残った者がどれ程いるのかもわからぬ状況で。
それでも俺は今、ここで生き続けている。
函館で銃弾を受けた俺は既に死んだ事にされていた。
本来ならば生き延びる事など出来なかっただろう。
だが、運よく一命を取り留める事が出来た俺は。
腕利きの医者に匿われ療養したおかげで、奇跡的に助かったのだった。
近藤さんを失い、新選組を失い。
俺たちの目指したものが失われて。
新しい時代が訪れようとしている。
俺がここに生きる理由がどこにあるのか?
何故皆と共に逝けなかったのか?
どうして俺だけが生きてこの地に立っている?
今の俺にはもう何も残されてはいないというのに……
そう思って目を閉じると、ふと一人の男の顔が浮かぶ。
そいつは大人になったというのにいつまで経っても子どものようで。
時に弟のように可愛がり、時に上司と部下の関係で厳しく接し、時に想い人として甘えたり甘やかしたりした。
病が悪化して最後まで共に戦う事が出来なくなり、江戸へ一人残してきてしまった。
大切な俺の恋人。
すべてを失い呆然と佇む俺の脳内にはっきりと総司の姿が蘇ってゆく。
あいつは最後まで俺たちと共に戦いたいと。
思い通りにならない身体を引き摺りながら必死で付いて来ようとしていた。
そんな総司に俺は足手纏いになるからと冷たく言い放った。
近藤さんが優しく諭してその場を収めたが。
俺と二人きりになった時。
耐え切れずにあいつは涙を流していた。
俺に出来る事はその震える身体をそっと抱きしめてやる事だけだった。
「泣きたい時には泣けばいい。
……その後で笑顔を見せてくれるのなら」
そう言って頭を撫でてやるとあいつは別れ際、静かに微笑んでくれた。
いつも人を食ったような皮肉な笑みを浮かべる事も多いが。
あの時の総司の微笑みは純粋に優しく綺麗だった。
俺はあいつの辛さをどれだけ理解してやれていたんだろうか?
少しでも支えになれていただろうか?
今もまだ……
あいつはこの空の向こうで一人、病と闘いながら生き続けているのだろうか?
それとももう……
俺を置き去りにして近藤さんの元へと旅立ってしまったのだろうか?
総司の事を想う度に痛む胸。
戦の最中は戦う事に精一杯だったけれど。
こうして戦が終わり、一人になるとあいつの事が頭から離れなくなる。
いても立ってもいられず俺は不意に駆け出した。
北の大地から江戸は遠い。
それでも。
今俺が生きる理由。
それはあいつのためでありたいと思ったから。
生きていても既にいないのだとしても……
ただ俺はあいつのために今出来る事をしてやりたかったのだ。
************
「ねえ土方さん」
「何だ?」
「僕はずっと江戸で一人、最期を迎えるんだろうなって思っていました」
「………………」
「それなのに、もうすぐ最期かなってうとうとし出した時になって土方さんが突然現れて……びっくりしてまた目が覚めてしまいました」
「……そりゃ間に合ってよかったぜ」
「あはは。不思議ですね。もう駄目かなって思ったのに、土方さんの姿を見たらまた力が湧いて来て、もう少しだけ生きてみようって思えるんです」
「そうか。なら俺はずっとお前のそばにいてやるよ。これからはずっとな」
総司が療養している部屋から見える庭には立派な桜の木が立っていて。
精一杯生きろとでも言っているかのように満開に咲き誇っていた。
あっという間に散ってしまうだろうけれど。
この桜はまた来年、美しく咲き誇るために散ってゆくのだ。
何度散っても再び……
人々の心を惹きつける美しい花を何度でも……
「土方さん。今年の桜はまた綺麗に咲きましたね」
「ああそうだな。来年はもっと綺麗な花を咲かせるかもしれないぜ」
「来年かぁ……僕は見られるかな……?」
「ば〜か。見たけりゃ死に急がず生きろよ。最期まで生にしがみついていろ。病は気からって言うしな」
「気力だけじゃどうにもならない事ってあると思いますけどね?でも……精一杯土方さんといられるこの時を大切に生きていたいと思いますよ」
はらりと舞い散る花びらが部屋の中に迷い込む。
いつ果てるとも知れぬこの命。
だからこそ今生きているこの時が愛おしい。
手のひらから零れ落ちそうになった時、俺に掬い上げられる力があるのならば。
足掻き続けよう。
一片の花びらを静かに拾い上げて呟く。
「己が生きる事で、誰かが笑ってくれるなら……それだけで生きている意味はあるんだろう。だから総司。お前も俺のために最期まで諦めずに生きてくれ」
そのために俺はここにいる。
大丈夫だ。
近藤さんも、新選組のみんなも。
この桜が咲き誇る大地の下、花びら舞い散る青い空の上、春を告ぐ暖かなそよ風の中。
どこかで見守ってくれているだろうから。
俺はまだすべてを失ったわけではないんだ。
みんな俺の心の中で生き続けている。
忘れたくない思いをこれからも胸に刻んで、俺は総司と共に最期まで生きてゆく。
「来年の桜も一緒に見られたら……とても幸せですね……」
「ああ……」
それがたとえ泡沫の夢だとしても。
願わずにはいられない。
Fin.
「桜」をテーマに書いた拍手お礼SS。
最初は土方さん羅刹設定で書き始めたのですが…
その設定は途中でやめて普通の人間設定に直しました。
何となく土方さんは長生きするけど沖田さんは…な雰囲気にしたかったみたいです。
あんまり伝わらないかもですが…(苦笑)
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