クリスマス禁止令





「クリスマスのお祝いをするのを禁止するなんて……風紀委員も横暴だよね」

教室内で声を潜めるでもなく堂々と不満を漏らしたのは沖田だった。
クラスメートたちが同意したように頷きつつも、風紀委員に意見するのは怖いらしく誰も口に出そうとはしない。

何でもクリスマスを禁止にしたのは風紀委員の一員である薫らしいのだが。
クリスマスの『ク』の字を口にしただけで失点を付けるという何とも厳しい取り締まりをしているのである。
当然生徒たちは不満でいっぱいだった。

風紀が乱れるのをよしとしない土方もクリスマスで生徒たちが浮かれるのはよくないと判断したようで、薫の提案に賛成していた。
期末テストの成績もあまりよくなかったらしいので他の先生たちも反対意見を言いにくいのだろう。
結局この薄桜学園で今年クリスマスを祝う事は許されない事らしい。
あんまりな事態に他の生徒を代表したように沖田がぽろりと意見を零したのだ。

「目の前に風紀委員がいるというのに堂々とその話をするとは……失点を付けられてもよいのか?」

あまりに堂々と不満を漏らす沖田に呆れたような口調で返したのは斎藤だった。
斎藤は風紀委員であり生徒を取り締まる側の人間である。
土方も認めた規則であるため斎藤はそれを破るつもりもないようで、定められた以上しっかり取り締まるつもりであるらしい。
たとえそれが恋人の沖田であっても。

「別に今更失点なんて付けられても僕はちっとも困らないからいいよ」

沖田も風紀委員を恐れている様子はまったくない。
斎藤が複雑そうな顔で眉間に皺を寄せている事に気づいているのかいないのか。
沖田の不満は更に続く。

「クリスマスって言ったら恋人にとってはすごく重要なイベントなのにさ。それを禁止するなんてあり得ないよね」

目の前の恋人に対して刺々しい口調で漏らしながら、据わった目で斎藤を見遣る。

「一君は恋人同士が一緒に過ごす大事な日を中止したいみたいだし、それって僕の事全然大事に想ってくれてないって事だよね?あ〜あ……誰に慰めてもらおうかな……」
「……おい、恋人の前で堂々と浮気の予告か?」
「だって一君、クリスマスは禁止なんでしょ?せっかくの特別な日なのに恋人の僕を蔑ろにするなんて冷たすぎるよね?」
「別に蔑ろになどしていない」
「でもクリスマスはないんだよね?」
「…………」
「もう一君なんて知らないよ!」
「おい総司!?」

拗ねたように頬を膨らませ教室を去って行く沖田。
斎藤は慌ててすぐに追いかけようとしたがそこへ薫がやって来てそれは叶わなかった。

「今『クリスマス』の話をしていなかったか?禁止しているはずだけど誰かな?堂々とそんな話をしている奴は……」
「……聞き違いだろう。誰もそんな話はしていない」
「ふ〜ん?まあいいけど。まさか斎藤自身が規則を破るつもりじゃないだろうね?」
「俺は規則は守る。だが……」
「ふははっ、規則に煩いあんたでも恋人の事となると随分甘いんだね」
「何の事だ?」
「隠さなくてもいいよ。どうせ禁止って言ったってそれは学園内の事であって外に出れば関係ないんだから。あんたはそれをわかっていて沖田と二人で甘い夜を過ごすつもりなんだろうけど……俺はそんなの許さないから覚悟しとけよ?」
「は?」
「あんたたちの幸せは俺がぶち壊してやるって言ってるんだ」
「……総司に何をするつもりだ?」
「さあ?でも沖田も今なら簡単に落とせそうだし面白そうだから俺が口説いてやろうかな」
「お前などに総司は渡さん」
「さっきの様子だと案外他の男に靡きそうじゃない?」
「……クリスマスの日は俺が先約だ……」
「今『クリスマス』って言ったね?俺の前で言ったね?風紀委員のくせに言ったね?斎藤、あんたに失点を付ける事になるとは思わなかったな。あははっ」
「……好きにしろ。だが総司の事は諦めるんだな。あいつは既に俺のものだ」

薫に対して牽制すると先程すぐに追いかける事が叶わなかった斎藤は教室を後にした。
去って行った沖田を探して廊下を早足で歩く。
流石規則に煩い風紀委員なだけあってこんな時でも廊下を走る真似はしない。
そんな斎藤の姿を楽しそうに見つめる薫。

既に恋人として付き合っている事は知っているが。
薫はどうやら沖田に興味があるらしく時々本気か遊びかわからないちょっかいを出す事がある。
主に斎藤に対してどこまで本気なのかわからない宣戦布告をするのだ。

沖田はまさか薫に好意を持たれているなど微塵も思っていないだろう。
だが斎藤は薫の気持ちを知って気が気ではなかった。

クリスマスを禁止したのも薫が言い出したせいだ。
何故そんな事を言い出したのか。
考えればその理由が沖田である気がしてならなかった。
斎藤と沖田がクリスマスを仲良く祝う事をよしとしなかった薫が邪魔をしようと企んだのだと。
厳しい土方に提案すればおそらく通るだろう意見だと思って言い出したに違いない。
そしてあわよくば斎藤が規則に縛られている間に出し抜き、沖田を誘う気でいたんじゃないだろうか。

まったく油断ならない相手だと思う。
既に斎藤と沖田はお互い愛し合っている恋人同士だというのに諦めるどころか引き裂いて自分の者にしようとあれこれ企むような奴なのだから。
気をつけていないと本当にいつか奪われてしまうのではないかと心配になる。

沖田自身は薫の気持ちにまったく気づいていない事を考えたら斎藤が注意深く見張っていないとどうなるか。

「まったく……面倒な奴に好かれてしまったな……総司は……」

ため息を吐きつつ。
斎藤は考える。

学園内での取り締まりについてどう言い訳しようか。
そしてこれからどうやって沖田をクリスマスの日に誘おうか。
薫などに先を越されぬよう。
恋人にとって特別な日をどう過ごそうか。

「大丈夫だ。総司は俺の恋人なのだから……焦る必要などないはずだ」

そう言い聞かせて沖田の姿を探し回る。
薫などに負けるはずがないと信じて。





Fin.





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