逃げても追われて囚われる





タン、タン、タン、……と。



ゆっくり、でも確実に近づいて来る足音。
先程僕が走って来た道筋を静かに追って来る。

その耳に届く足音が大きくなればなる程、僕の心臓の音も大きくなってゆく。



ドクン、ドクン、ドクン……と。



滅多に焦ったりなんてしないのに。
滅多に恐がったりもしないのに。

今の僕はとても焦っているし、恐れもしている。

僕を追って来るその足音が。
僕を見つけてしまう事が酷く恐い。



―――お願いだからそれ以上近くに来ないで―――



自分の部屋の前。
廊下の柱の影に蹲りながら祈る。

けれどその祈りも空しく足音はやって来た。
その足音の主は僕の部屋の前まで来るとぴたりと動きを止めた。
そこが目的の場所だったから。
僕の部屋の前で立ち止まってじっと障子戸を見つめている。
まるで透視でも出来るんじゃないかってくらいじっと見つめていて。
部屋の中を確かめるように、視線が向けられていた。

やがて考え込むようにしながらその戸に手をかけて開いた。

部屋の中を見回してため息を吐いたのが僕の耳に届く。

「……いないか……」

呟いた声は少し悲しげで、けれどまだ諦めた様子もなく。
戸を閉めると再び歩き出した。

足音が遠ざかってゆくと僕はほっとして胸を撫で下ろした。
まだ安心は出来ないけれど。
一時的には去って行ったその足音の主。

「……これからどうしよう?」

そう小さく呟いて、足音が去って行った方角を見つめる。

いくら逃げ回った所で屯所の中にいたらいずれは見つかってしまうだろう。
かといってこんな夜更けに外へ出たらそれはそれで後々面倒な事になりそうだ。
大体外へ逃げたとしても新選組を脱走する気など更々ないのだから。
結局は戻って来なければならないわけで。
捕まるのは時間の問題だという現実に頭が痛くなった。

どうせ逃げられないなら隠れる事も無意味だ。
それでも、少しでも先延ばしにしたい気持ちが僕の中にはあって、少しでもその現実が訪れるのを遅らせたかった。



僕は足音が聞こえなくなると柱の影からそっと顔を出し、誰にも見られていない事を確かめながら自分の部屋へと潜り込んだ。

先程確認したばかりだから、すぐには戻って来ないだろう。
けれどここにいてもいずれ見つかるのは時間の問題である。

一日中逃げ回って見つかるよりは、ここで見つかるのを待つ方がいいのかもしれない。
半ば諦めの表情を浮かべて、敷かれた布団の中に潜り込む。

とりあえず寝てしまおう。
そうすれば今日一日は逃げられると思った。
明日、目が覚めた時の事を考えたら恐ろしいけれど……
今日だけは逃げられる。

そう思って布団を被ると瞼を閉じた。



そもそもの発端は、本日巡察の当番が一番組だった為に今日の夜報告に来るようにと言われた時の事だ。
僕は報告の為、夕餉の後土方さんの部屋へと訪れたのだ。
僕が部屋へと入った時、相変わらず忙しそうな土方さんは机に向かって書き物をしていた。
僕が報告をしている最中も、相槌を打ちながら手を休めずに仕事をしていた。

だから報告が終わるとすぐさま自室へ戻ろうと立ち上がる。
そうして土方さんの部屋を出ようとした時だ。

「もうすぐで仕事が終わる。だからちょっと待ってろ。話がある」
「え?だったら今すぐ話して下さいよ。よく仕事しながら話すじゃないですか」
「……いや……その……。たまには茶でも飲みながらだな……ゆっくり話をしたいと思ってな」
「僕は別に土方さんに話なんてありませんよ……」
「……まあそう言わずに付き合え。お前と一緒に食べるようにと近藤さんから茶菓子を貰った事だし……な?」
「え?近藤さんから?……それじゃあいただこうかな。食べなきゃ近藤さんに悪いし」
「おう。ちょっと待ってろよ」

そう言って仕事の手を速める土方さんだった。
思えばこの時から挙動不審だったなと思う。
けど今更そんな事を考えたってどうしようもないんだけどね。

僕は土方さんが仕事を終えるまで大人しく待つ事になったわけだ。
仕事の邪魔をして困らせてやるのも楽しそうかなと思ったんだけど。
巡察の後だったから疲れていたし、早く終わらせて近藤さんから貰った菓子を食べさせて欲しいと思ったから、静かに待っていたんだ。
そうしたら思った以上に疲れていたらしくて。
うとうとし始めちゃってさ。
気づいたら意識を手放しちゃってたってわけさ。

つまり土方さんの部屋で眠りに落ちちゃったって事だね。



僕が意識を取り戻したのはそれからどのくらい経った頃だろう?
はっきりとはわからないけれど。
そんなに長い時間じゃないと思うんだ。

自分の頭にふわりと何かが触れる感触がして。
僕の意識は浮上した。
ただ感じられるのが殺気などではなかったから。

未だ頭の中は夢と現を彷徨うようにぼんやりとしていた。
瞳も開く事無く閉じたまま。
髪に触れる何かを感じていた。
優しく触れるそれは、僕の頭を撫でているようで心地よいものだったから、そのまま身を委ねていた。

するとしばらくして頭上から小さな声が降って来る。

「ったく……こうしていると可愛げもあるんだがな」

その声が耳に届いて、僕は理解した。
今僕の頭を撫でているのは土方さんの手なのだと。

「いつも俺に反抗的な態度ばかり取りやがって手のかかる奴だが……どうしたら起きていても懐いてくれるんだろうな?」

目を閉じたまま、今の状況を想像してみた。

土方さんが僕の頭を優しく撫でている様子。
とても普段の土方さんの姿からは想像出来なくて思わず口元がにやけてしまう。

そろそろ起きた方がいいかな?
今僕が目を開けたらどんな反応をするのだろう?

そう思ってちょっぴりわくわくした。
けれど、次の瞬間。

「……俺は、お前の事が好きなのに……」

へっ!?

不意打ちのように呟かれたその告白と同時。
僕の頬に何かが触れた感触。



バッ―――



僕は勢いよく驚愕の瞳を開ける。

「っうお!?」

同じく僕が目を覚ましたのを見て土方さんが驚きの表情を見せた。

「…………」

僕は慌てて身体を起こす。
すると身体の上に掛けられていた布団がするりと落ちた。
おそらく眠ってしまった僕に土方さんが風邪をひかぬようにと掛けたのだろう。

「……総司……」
「……今のは……?」

土方さんは困ったような顔をして僕の顔を見つめていた。
けれど僕はその視線を正面から受け止める勇気もなくて。



僕は思わず逃げ出していた。

そして自分の部屋へと向かって必死で走った。
けれど。
決して走っては来ないけれど。
僕の後を追って来る足音が聞こえて。
このまま自分の部屋へと入れば、やがて辿り着くであろう後ろの人物に追い込まれるだけだと思い、部屋の中へは入らず、部屋の前の廊下の柱の影に身を潜めてやり過ごそうとした。

とまあそんなわけで今に至るのだ。



思い出して、閉じた目を再び開く。

駄目だ。寝ている所を見つけられたらまたさっきみたいな状況になるだけだ。
さっきは頬だったけれど、今度はどこに何をされるのか……
わからない……。

すっと襖を開けて自分の部屋の外の様子を窺った。
もうすぐ就寝の時間になる。
辺りはしんと静まり返っていて、時折吹く風の音だけが無音の世界に響いていた。

土方さんはきっと一部屋ずつ中を確認しているに違いない。
特に僕が逃げ込みそうな幹部の部屋を真っ先に確かめに行っただろう。
だからこそ既に確認済みである幹部の誰かの部屋に潜り込んで匿ってもらおうと考えた。

斎藤君の所へ行こうか?
いや駄目だ。
斎藤君は土方さんの味方をするに決まっている。

じゃああの三人組の所へ行こうか?
そう考えた時。

「おいてめえら!こんな時間まで何やってんだ!?」

土方さんの怒声が響き渡った。
何をやらかしたのかは知らないけれど、きっとまた門限破りで遊び歩いていたんだろうと思う。

「そんなに切腹してえのか!?あぁ!?」

あの三人組には助けを求められる状態じゃなさそうだ。
逆に向こうから助けを求められそうだし。

「……どうしよう?」

一人そう呟く。
そしてため息をついた時。



ドタドタドタドタドタ―――



大きな足音が勢いよくこちらの方へと向かって来た。

何事かわからず開いていた襖を慌てて閉めたが。
その後すぐに何者かによって大きく戸が開かれた。

「おい総司!」
「なっ!?」

突然の事に驚いて目を丸くしながら後ずさる。
しかし部屋に逃げ場などない。

僕の部屋の前に立っていたのは先程土方さんに怒られていたと思われる三人組だった。

何でこの三人が僕の部屋に来るのかさっぱりわからない。
けれど勢いよく僕の所に向かって来たその様子を見るに決していい状況じゃないと認識していた。

「……みんな揃って何しに来たの?」

恐る恐る尋ねる。

「土方さんがおめぇを探してたぜ」
「総司を見つけてきたら今日の門限破りはお咎めなしだって言われたんでな」
「総司、悪いけど観念してくれよ」

やっぱり最悪な状況じゃないか。

僕が答えるより先に。
三人が飛びかかるように部屋へと入って来て。
僕はあっという間に取り押さえられてしまう。

「ちょっ!?何すんのさ!?離してよ!」

暴れてみるがさすがに三人から抑え込まれてしまうと身動きが取れない。

「大人しくしろよ総司」

左之さんが僕の後ろから脇に抱えるように腕を回して来る。

「俺たちの命がかかってんだ」

平助が僕の右足の上に乗っかりながら、必死になって僕の右腕を彼の両腕で掴んだ。

「頼む、俺たちの為にも土方さんの餌食になってくれ」

僕の正面から抱きつくように腹の上にまで乗っかって来たのは新八さんだ。
正直重くて苦しい。

勝手な事ばかり言う三人を睨みつけても効果はなく。

「何をやらかしたかは知らねぇが……」

左之さんが呟き。

「俺たち三人より総司の方が許せねえって事だよな?」

平助が勝手な解釈をして。

「総司を連れて来れば俺たちはお咎めなしだなんて、余程の事をしたんだろう?」

新八さんが見当違いな事を言う。
三人とも大きな勘違いをしているようだ。

「何でそうなるわけ?僕は何もしてないってば!いいから離してよ」

必死の抵抗も空しく。
やがてゆっくりと一つの足音が近づいて来た。

「総司……」
「……あ……」

時間の問題だとは思っていたけれど。
こんな捕まり方は最悪だよ。

土方さんが三人組に抑え込まれている僕の姿を静かに見下ろしていた。
何だか上から目線って感じですごく嫌。

土方さんはじっと僕を見つめていて。
ものすごく怒ったような表情を見せていた。
睨みつけるようにこっちを見るから。
僕は視線を下に向けて俯いていた。

「おい」

低く重苦しい声が辺りに響く。

「原田、新八、平助」

土方さんが三人の名を呼ぶ。

「総司を捕まえたのには感謝するが……」

まるで気分が悪いと言っているような声音で土方さんは言う。

「総司から離れてもらおうか?」

ああ……
睨みつけられてるとは思ったけど。

どうやら睨んでいたのは僕に対してというより、僕の身体を捕まえていた三人に対してって事か。

その理由は……
あまり考えたくはない。

さっきの土方さんの部屋で呟かれた事とされた事が思い出されて自然と頬が赤くなるのがわかる。

土方さんの言葉でゆっくりと抑え込まれていた身体が解放されて。
三人組はやっと離れてくれた。

「総司。話があると言っただろ?俺の部屋に来てもらおうか?」
「……もう就寝の時間ですけど?」

無駄だとわかっていたけれどそう言えば。

「構わないから来い」

そう返されてがくっと肩を下ろした。

ほらやっぱり。
強引なんだから。

「僕はもう眠いから寝たいんですけど?」

そう言ったところで、

「俺の部屋で寝ちまっても構わねえから来い」

きっぱりと切り捨てられる。

「大事な話があるからな。それだけは聞いて欲しい」

その部分だけは、今までの土方さんとは違って切なげな声で告げられた。
だから僕も思わず息を飲んで土方さんの顔を覗き込むように見つめた。

土方さんの必死に懇願するような瞳が揺れていて、僕は無意識に頷いてしまっていた。

頷いた僕の腕を土方さんがそっと掴む。
そのまま促されて土方さんの部屋へと連れて行かれる。

残された三人組は何が何だかイマイチわからないと言った表情で僕たち二人を黙って見送っていた。



土方さんの部屋の中は僕が飛び出した時のまま。
布団が一枚そのまま、畳まれずに畳の上に落ちていて。
嫌でもあの時の事が思い出された。

僕が飛び出した後すぐに土方さんも僕を追って部屋を出て来たのだろう。

「さっきの事だが……」

僕が無言で布団を見つめていたら土方さんの方から話を切り出して来た。

やっぱりもう逃げられないのだと観念して、僕は小さく息を吐いた。

「突然の事で混乱しているのはわかる……だが……」

土方さんも言い難そうに頭の後ろを掻きながら僕を見ている。
僕は布団から視線を外してゆっくりと土方さんの方を見つめた。
視線が交わって。
お互いがどきっとしたような表情になる。
けれど土方さんはそのまま視線を逸らさない。
だから僕も気まずかったけれど視線をそのままにしていた。

「俺は……」

土方さんの目がとても真剣で、僕を射抜くようなそんな目で見つめていて、僕はそんな土方さんの瞳の中に吸い込まれてしまうんじゃないかって思ってしまう。

そして遂にその言葉を告げられてしまった。

「俺はお前が好きだ」
「……っ……!?」

何を告げられるのか想像はしていたけれど、実際にその言葉を聞くと心臓がどくんと跳ねた。

土方さんが僕を……?
何で……?

だって僕は男だし……
いつも土方さんには意地悪ばかりしていて……
生意気な事ばかり言って……
困らせてばかりなのに……

どうして……?

頭の中がぐちゃぐちゃになって混乱してしまう。
土方さんにそんな事言われて、僕はどう返事をすればいいのかわからない。

あたふたとしている僕に静かに土方さんが顔を寄せる。

土方さんが何をしようとしているのかわからず僕はそのまま立ちつくしていたら……

僕の唇に土方さんの唇が重ねられて。

「……んっ!?」

更に驚愕してしまう。
何が起こっているのだろう?
頭が真っ白になってそのまま力が抜けてへなへなと座り込んでしまったが、土方さんもそれに合わせて動くから唇は重ねられたままだった。
しばらくして唇が離れて行くと僕は肩を揺らして息を吐いていた。
目は涙が溜まったように潤んでしまっているのがわかる。
そして、つうっと口の端から涎が零れるのを感じて、恥ずかしくなる。
自分の手で拭おうとしたら、土方さんがそれよりも先に親指の腹を使って拭ってくれた。

「口づけしただけだってのに随分色っぽいじゃねぇか。慣れてねぇって事か?」

囁くように耳元でそう言われて。
ますます僕は赤くなってしまった。

「……っ!僕は……左之さんみたいに遊んでないし……!それに突然こんな事されたら誰だってびっくりするじゃないですか!?」

むきになって言い放つ。
すると土方さんはくすりと笑ってこう言った。

「怒るなよ。悪い事じゃない。むしろそのくらい純粋な反応の方が俺としては嬉しいしな」
「なっ!?」
「もしかして初めてだったか?口づけは」

まるで子ども扱いされているような気分になりむっとする。
そのまま立ち上がって再び土方さんの部屋を飛び出しそうになった。

けれど今度は飛び出してしまう前に土方さんの腕が僕を捕らえてしまって、僕は動けなくなった。

「総司。俺は別にお前をからかっているわけじゃねえ。真剣なんだ。本気でお前の事が好きなんだ。だから逃げないでくれ」

土方さんの声が僕の中に重く圧し掛かって来る。

今まで恋愛感情なんて持った事はない。
尊敬し、憧れの気持ちを抱いている人はいる。
もちろんそれは近藤さんだけど。
恋をするのとは違う。

だからわからない。
急に好きだなんて言われたって困る。
どうしていいのかわからないから。

「……僕は……土方さんなんて嫌いですよ」

そう零してしまっていた。

その時の土方さんの悲しそうな顔がとても印象的だった。
いつも彼の事を見て来たから。
あんな表情をする事があるなんて思ってもいなかった。
僕はズキンと胸が痛んだ。
あんな顔をさせたのは僕のたったの一言。
そんなに傷つくような事を言ったのだろうか?
だっていつも僕は土方さんに対して酷い事を言っているはずだ。
それなのにどうして今回だけこんなに傷つけてしまったのだろう?

土方さんに掴まれていた腕が解放されて。

「……そうか……すまなかったな」

土方さんは俯いてそう言った。
掴まれた腕は解放されたというのに。
僕は何かに掴まれたままのようにその場を動く事が出来なかった。

土方さんをじっと見つめる。
まだ土方さんは俯いたままだった。
涙を流しているわけではなかったけれど、まるで泣いているかのように見えて息苦しくなった。

どうして?
何で僕なの?

そりゃ新選組は男所帯だし。
男の人にでもそういう感情を持っちゃう例もあるかもしれないけれど。
土方さんは色街に出ればもてるんだし、そういう事に関しては不自由しないと思う。
それに今は男装をしているとはいえ女の子が一人屯所の中にいる。

それにもかかわらず何故僕なのだろう?

もしも相手が従順な一君や山崎君辺りだったらまあ納得するかもしれないんだけど。

どうして僕なのか……
わからない。

「……僕は……土方さんなんて嫌いです。いつも勝手な事ばっかりで威張り散らして。こちらの了承も得ずに口づけなんかして困らせて。でも……」

僕は俯いたままの土方さんに何を言ったらいいのかわからなかったけれど。
このまま部屋を出て行く事も出来なくて、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「あなたのそんな今にも崩れ落ちそうな悲しい顔を見たいとは思ってませんから」
「……総司……」

土方さんが静かに顔を上げた。
まだ少し寂しそうな表情をしていたけれど、構わずに続ける。

「だから僕は……逃げないでいてあげますよ」

そう言って僕は落ちている布団を拾い上げた。
先程うたた寝してしまった時に土方さんが僕に掛けてくれた布団だ。
それを手に取って、僕は部屋の隅へと移動すると、その場で横になって布団を掛けた。

「今日はここで寝かせてもらいますね」

そう言って返事を待たずに目を閉じた。

沈黙が流れる。
土方さんは困惑しているようでうろたえた。
しかしやがて布団を敷く音が聞こえてきて……

僕の上から声が掛けられた。

「そんな所で寝ないでこっちへ来い」

声はとても優しげで穏やかだった。

「ほら布団敷いてやったからここで寝ろ」

僕は閉じた瞼を再び開けて声の主を見上げた。

「土方さんはどうするんです?」

そう問えば。

「俺が畳の上で寝るから気にするな」

と返された。

僕は敷かれた布団を見つめる。
ここには一人分の寝具しかないのだから仕方がない。
掛け布団は何とか二枚あるようだが敷布団まではないようだ。

「僕やっぱり自分の部屋に戻った方がいいですか?」

そう聞くと。

「いや、ここにいてくれ」

と即答されたので僕は敷かれた布団の中に潜り込んだ。
そんな僕の様子を見て、土方さんも表情を和らげた。
悲しそうなあの顔が変化した事に僕は安堵して微笑むと。

「仕方ないから一緒に寝ますか?ちょっと狭いけど……」

何故かそう漏らしていた。
土方さんは驚いたように僕を見つめて「いいのか?」と遠慮がちに尋ねてくる。

「本当に寝るだけなら。おかしな事はしないで下さいね」

そう釘を刺して布団の端っこに身体を移動させると再び目を閉じた。
その後しばらくして。
悩みに悩んだ末なのか、ゆっくりと布団の中へと土方さんが入って来る気配を感じた。
けれど、僕はそれを目で確認する事もなく眠りに就いた。



「おやすみ総司。ありがとな」

何故か感謝の言葉を呟かれて、何だかくすぐったい気持ちになりながら。
僕は夢の中へと落ちて行った。





Fin.





初土方×沖田SS。
逃げ回る沖田さんが書きたかったのですが……
最後は話が違う方向へ……

土方さんは沖田さんに完全に拒絶される感じではなかった事に安堵して、諦める事無く今後もアタックし続けるのでしょう。