一寸総司物語〜序章〜




最近新選組隊内で病人や怪我人が絶えない。
そこで山南が考えた末。
作り出された薬があった。
それが“新石田散薬”である。

以前薬を完成させて自分で試した際は意識を失っておかしな夢を見てしまった山南だったが、どうやら懲りずに研究を続けていたらしい。

遂に改良版が完成したらしく、山南は完成品を眺めながらほくそ笑んだ。

「さて。この前は失敗してしまいましたが今度こそ完璧です!……完璧……のはずです……」

イマイチ出来に自信があるのかないのかわからない様子で完成した薬を高らかに掲げる。

そんな山南の部屋へとやって来る足音が聞こえてきて。

「山南さん、ちょっといいか?」

そう声を掛けて部屋へと入って来たのは新選組の副長である土方だった。

「おや、土方君。何か用ですか?」

山南は突然の訪問者に来訪の理由を尋ねる。
すると返されて来た答えは。

「ああ実は。今日の総司の体調があまり良くなくてな。薬を飲ませようと思ったんだが……石田散薬が見当たらねぇんだ。山南さん、薬がどこにあるか知らねえか?」

そう言われて山南は「ああ……」と頷き理解した。
そういえばと思考を巡らせて、完成したばかりの薬に目を落とす。
研究の為石田散薬を大量に持ち出していたのだった。

山南が視線をやった先に土方も目を向ける。
そして。

「何だ。山南さんが持ってたのか。よかった、じゃあこれちょっとばかり貰ってくぜ」
「……え?」

余程沖田の体調が悪いのか、急いだ様子で土方は山南の返事も待たずに薬を手にして部屋を出て行ってしまった。

「……あ……」

山南が止める暇もなく。
土方の足音は遠ざかる。

山南は少し焦っていた。
あれは今さっき完成したばかりの“新石田散薬”である。
まだ誰にも試してはいないそれを、体調の悪い沖田に服用して大丈夫なのだろうか?と心配になった。

「……何かあったら大変ですね……」

そう呟くと土方が出て行った後を追うように山南も部屋を出て行った。



**********



「…っけほ……こほこほっ」
「ほら総司。薬持って来たぜ。飲め」

土方は山南の部屋から新石田散薬を持ち出すとすぐに沖田の部屋へとやって来た。
何も知らない土方は、それがいつもと同じ石田散薬だと思い込んでおり、何の疑いもなく沖田に飲ませてやる。
沖田ももちろん何も知らない。
いつも通り、効果など大して期待出来ない不味いだけの薬を嫌そうな顔をしながらも諦めたようにそれを口にした。

「……んっ……不味い……」
「文句を言うな。とにかくこれを飲んだらゆっくり休め」

薬を口にした沖田を見届けて土方は立ち上がる。

「また後で様子を見に来てやるから大人しくしてろよ」

普段の振る舞いを考えて釘をさすように忠告して沖田の部屋を去って行った。
その直後……

「土方君!」

山南が慌てた様子で沖田の部屋を訪れた。

「あれ?山南さん。土方さんなら今さっき出て行っちゃいましたよ」

沖田は慌てた様子の山南にそう告げる。

「お、沖田君!もしかして土方君が持って来た薬を飲んでしまいましたか?」
「え?石田散薬ならさっき飲んだばかりですけど?」

それを聞いた山南は青ざめた。
「遅かったみたいですね……」とがっくり肩を落としながら恐る恐る沖田の方へと近づいて行った。

「……沖田君。どこか身体の具合が悪い所はありませんか?」
「え?そりゃあ具合が悪いから薬を飲まされて寝込んでるんですけど……」
「いえ、そういう事ではなく……いつもと違う所とか?」
「ん?山南さん、どういう事ですか?」
「いや別に変わった事がなければよいのですよ。気になさらず寝ていて下さい」

山南はどこかおかしな態度でそう言うとそそくさと沖田の部屋を後にした。
そんな山南の様子を小首を傾げながら眺めていた沖田だったが、考えていても何かがわかるわけでもなく、仕方がないのでそのまま眠りにつく事にした。



**********



「総司……起きているか?」

日が傾き、空を赤く染める頃。
沖田の部屋を斎藤が訪れる。

「もうすぐ夕餉の支度が整うようなのだが……食べられるか?」

そう言いながらそっと襖を開けた。

だが、そこに寝ているはずの沖田の姿は確認出来ず、斎藤は眉を顰めた。

「……総司?……一体どこへ?」

体調が悪くて寝ていたはずだったのに部屋にいないようで、斎藤は頭を抱える。

「全く……。大人しく寝ていろと副長に言われたにもかかわらず、何という落ち着きのなさだ」

沖田がいない事に誰に向かってでもなく独り言として文句を漏らす。
だがしかし。

「一君酷いなぁ……僕はちゃんとここにいるのにさ」
「!?総司!?」

この場にいないと思っていた相手から突然言葉が返って来て思わず驚きの表情を見せる斎藤。

「まあ、こんな姿になっちゃったら見逃されちゃっても仕方ないかもしれないけどね」
「は?」

声はするのに姿が見えずきょろきょろと辺りを見回して混乱していた。
しかしどうも声の雰囲気がおかしい。
体調が優れないせいなのか随分小声で遠くから聞こえて来るような声だ。
しかも沖田の先程の言葉で“こんな姿”とはどういう事なのか……

疑問に思いながら沖田が寝ていたはずの布団をよく調べてみる。
するとそこにはちょこんと枕元に座っている沖田の姿があった。
確かに沖田はそこにいたのだった。
だがしかし斎藤はあまりの状況に目が点になる。

「……これは……随分と総司に似た人形だな……」

そう言って恐る恐る手で摘まみ上げた。

「うわっ!?一君急に摘まみ上げないでよ。この大きさだとちょっとした事でもすごい衝撃なんだから」
「……喋った……」

思わず驚いて落としそうになってしまった所何とか耐える。

「驚くのはわかるけど、あんまり手荒な事しないでよ一君。一応病人なんだから……」

沖田はそう言って斎藤に忠告した。
斎藤はまだ現状が把握出来ていないようだったが、このような現実を受け入れるには誰でも時間がかかるだろう。

「と、とにかく急いで副長に報告しなければ……」

慌てて沖田を手のひらに乗せ部屋を飛び出した。
小さな身体になってしまった沖田にあまり負担をかけぬよう歩きながら土方のいるであろう副長室に向かう。

「副長いらっしゃいますか?」

土方の部屋の前でしゃがみ込み礼をしながら尋ねる。

「ん?斎藤か、入れ」

中から土方の声が聞こえると「失礼します」と丁寧に断りながら戸を開けた。

「どうした?斎藤。何かあったのか?」

斎藤の困惑した表情を見るなりそう問いかけた土方。

「あ、いえその……実は……」

斎藤はどう切り出すべきか悩みながら自分の手のひらの上にいる沖田を見つめた。
土方がその視線に気づき、同じ所に視線を向ける。

「…………」

しばしの沈黙。

「……斎藤……すまねぇ……」

やっとの事で声を出した土方はこめかみ辺りを抑え込みながら苦々しげに言葉を漏らす。

「俺はどうも疲れてるみてぇだ……幻覚が見えやがる……」

軽く頭を振って再び斎藤の手のひらの上を見つめるが、現状が変わらない事に土方は嘲笑した。

「ははは……総司がえらく小さく見えちまう……」
「副長……現実をお認めになれない気持ちはお察ししますが……」

斎藤は困惑する土方に自分も困惑の表情を見せながら言った。

「これはどうやら現実のようです。何故このような事態になってしまったのかはわかりませんが……」

斎藤の言葉を聞いた土方がよろめいた。
ただでさえ最近は隊内で悩み事が多いというのに……
土方の悩みの種が増えてしまったのだ。

「……はあ……」

大きなため息と共に土方は再び斎藤の手のひらに乗っている沖田の姿を見た。

「土方さん、そんなに大きなため息をつきながら人の事見ないで下さいよ。僕だって好きでこうなったわけじゃないんですから」

初めて今の大きさで喋る沖田の姿を見た土方は目を見開いた。
これはもはや現実を認めるしかないようだ。
と諦めの表情を見せるのと同時に、いつもの皮肉面は同じでも小さい身体になった沖田はかなり可愛らしい姿になっており、思わず頬を赤くしてしまう。

斎藤もどうやら口では何も言わないが、自分の手のひらの上にいる沖田の姿に胸をきゅんとさせているようだった。

「と、とりあえず総司。その身体になってからどこか具合が悪い所とかはないか?普段と変わった所とか……」

この姿になる前の沖田の体調を考えて、まずその辺りが心配になった土方はそう尋ねてみる。

「ん?そうですね……いつもとあまり変わらないかな……咳も身体の具合もいつも通り……治ったというわけじゃなければ、この身体のせいで悪化したというわけでもなさそうです。後変わった事といったらこの2頭身のせいで頭が重く感じる事かな」
「そうか……もし体調が悪化したらすぐに言えよ。とは言えその身体じゃ医者にも診せらんねえかもしれねえがな……」

少し悲しそうな顔をしながら土方は沖田を見つめる。
自分にしてやれる事がないという歯がゆさがその表情を作り出していたようだ。

「ところで総司。こうなった原因、本当に心当たりはないのか?」
「ええ、僕にはさっぱり……あ……もしかして……」
「どうした?何か心当たりでも?」
「いや違うかもしれないんですけど……そういえば土方さんが石田散薬を持って来てそれから部屋を出て行った後すぐ、山南さんが僕の部屋に来ておかしな事を言っていたなと……」
「山南さんが?」
「いつもと違う所はないかって聞かれたんです……どうしてそんな事聞くのかなって疑問に思ったんですけど……」
「おい斎藤、山南さんを呼んで来てくれ!」
「はい」

斎藤は手のひらの上にいる沖田をそっと土方に手渡して一礼するとそのまま小走りで山南の部屋へと向かって行った。



**********



「……というわけで沖田君が飲んだ薬は、私が石田散薬を改良して作った新石田散薬なのです。まだ誰にも試した事がないのでどんな効果が出るのかわからなくて……まさかこんな事になってしまうとは……」
「……石田散薬を飲んでこのような?さすがは石田散薬と言ったところか?」
「斎藤……一応言っておくがこれは石田散薬の本来の効能じゃねぇぞ……」

斎藤が山南に説明を求めた後。
幹部が集められ緊急の会議が行われる事になった。

そして語られたのは、山南が石田散薬を元に新しい薬を作り出した結果。
沖田の身体に異変をもたらしてしまったのだという事だった。

「とにかくその新石田散薬を今すぐ全部集めて処分だ!間違って誰かが飲んじまったら取り返しのつかねぇ事になる!」
「それは私の責任ですので私が処分しますよ。おそらく沖田君の部屋にある物と私の部屋にある物で全部だと思いますから大丈夫です」
「そうか。それじゃあ薬の処分は山南さんに任せる」
「薬の成分を調べれば解決策が見つかるかもしれませんので、研究の為に少しだけ残しておきますが……」
「ああわかった。それは構わねえ。だが頼むから誰にも飲まれないよう気をつけてくれ」
「ええ、わかっていますよ」

山南さんは会議の最中いそいそとその場を去って行った。
今回の事件の原因を作り出してしまった本人であるからこれ以上の犠牲者を出さぬよう努める必要があるのだろう。

「さて……被害の拡大はこれで阻止出来るとして……総司の事はどうするか……」

土方が今は自分の手のひらに乗っている沖田を見つめながら呟くように言う。
このような姿の沖田を一人放っておくわけにはいかないだろう。
となれば誰か面倒を看る者が必要となる。

「仕方ねぇな。解決策が見つかるまで総司の面倒は交代で看る事にする」
「別に僕は一人でも大丈夫なんですけど……」
「おめぇは黙ってろ。何が大丈夫だ。放っておいたら何をしでかすかわかんねぇだろうが!第一体調だってよくないてめえを一人にしておけるわけがねぇだろ?」

土方は小さくなっても相変わらず生意気な沖田を睨みつけながら、それでも随分と愛らしい大きさの姿に内心どきどきしながらそう言った。

「それにしても本当に随分と小さくなっちまったもんだな」

興味津々で近づき覗き込んで来た原田がそう言えば。
原田の後ろから続いて。

「不思議な事もあるもんだな……」

と藤堂が目を丸くして沖田を見た。

「しかし本当に可愛くなっちまって、これはこれでいいんじゃねえか?」

そう言って他人事のように笑うのは永倉だった。



こうして沖田の異変の原因はわかったが、解決策はわからぬまま。
幹部の話し合いの中で決まった事は。
沖田の面倒を看るのは幹部の中での当番制になるという事だった。

これが手乗り沖田と新選組幹部たちの珍生活の始まりである。





Fin.





「遊戯録」限定版のドラマCD、「一寸隊士」からのネタでやらかしております。
更新のろのろサイトですのでどこまで書けるのかわかりませんが……
チビキャラが書きたくなった時に書き散らしているかと思います。