星合いの空に願う





御陵衛士の情報を探るための間者として。
俺は新選組を離れた。

実際は新選組を抜けたわけではないが、間者として御陵衛士となった以上、簡単に新選組隊士と接触など出来はしない。

新選組と御陵衛士は交流を禁じられているのだ。
いくら自分は新選組のつもりでも、間者だと知っているのは新選組幹部の中でもごく一部の者しかいないのだから。

逢いたいと願ってもそう簡単には逢いになど行けはしない。



総司―――



俺が御陵衛士として出て行く前からずっと体調を崩していた。
その原因を俺は知っている。
総司は労咳なのだ。
だからこそ心配でならなかった。
死病と恐れられているそれがいつ総司の命を奪ってしまうのかわからないのだから。

だが今の俺ではそんな総司を見舞ってやる事さえ叶わない。

もしも御陵衛士との接触が禁じられていなければ今すぐにでも駆けつけて逢いに行くのだろう。
毎日のように押し掛けたかもしれない。

それが出来ないのだからとても辛い。



時折、報告の為に新選組局長や副長の元をこっそりと尋ねて、その折に総司の様子を聞き出してはいたが、やはり人からの伝聞だけでは不安でならない。
自分の目で総司の姿を見て確かめたかった。

副長から信頼されてこの任を任されたのだから、きちんとまっとうせねばならないという責任感で自分の感情を何とか抑えていたが。
日に日に増してゆく“逢いたい”という願望は消える事がない。

いつ何をしていても、俺の想いはいつだって総司へと続いているのだ。



心の中では新選組であり続け、総司への想いでいっぱいだった。

それでも。
俺は今日もまた。

御陵衛士の皆と共に食事を取り、御陵衛士として活動をする。

俺はいつもと変わらず任務をこなしていたが、ふと市中を歩き回っていると普段とは違う様子が目に入って来た。

色とりどりの飾りが町中を彩っている。



―――そういえば。



と思考を巡らせて行きついた答えがあった。

祇園祭か。

一人で納得しながら無表情のまま町が様々な飾りで彩られている様子を横目で見つめていた。

祭りなどには大して興味はない。
そう俺は興味などないが……

やはり思い浮かんでしまう顔があった。



総司……



きっと総司なら喜びそうな行事だろう。



以前総司は祭りの日に外出禁止を言い渡されて嘆いていた事がある。
いい大人が本当に残念そうに俯いたその様子が子どもっぽくて思わず笑ってしまいそうだった。

子どもの頃に子どもらしい事が出来なかったせいなのだろうか?
総司は子どもと遊ぶのが好きで、子どものような言動をよく取る。

京の町が賑わい、いつもと違った雰囲気を醸し出す。
祭りという行事はきっと総司にとっては楽しい事の一つなのだろう。

もし、総司を祭りに誘ったなら喜ばれるはずだ。
きっと満面の笑顔ではしゃいでくれた事だろうと思う。



ああ。
どうして。

俺は総司を祭りに誘ってやらなかったのだろう?

もっと早く。
俺が御陵衛士として新選組を出て行く前に。
総司が元気に外を歩き回れた頃に。

どうして俺は総司の手を引いて、いつもと違う京の町の煌びやかな祭りへと誘い出してやれなかったのだろうか?

俺自身、一人だったなら祭りなどどうでもよかった。
けれど。
総司と一緒なら。

きっと俺も楽しかっただろう。

今そんな事を言ってもどうしようもない。

俺は今、総司には逢えない。
たとえ逢えたとしても総司の体調次第では連れ出す事も叶わないだろう。



時は移ろうもの。
時の流れと共に様々なものが変わってゆく。

俺と総司が共にいられる時間も、以前は当たり前の時間だった。
それが今では焦がれても共にいられる時間はない。
どんなに願ってもその姿を見る事すら叶わないのだから。

どんなに時が移ろったとしても、俺のこの総司に対する想いだけは決して変わる事はないだろうに。



そっと目を閉じて。

総司の姿を思い浮かべてみる。

笑った顔も、怒った顔も、悲しそうな顔も、照れた顔も、子どものように可愛い寝顔も全てが愛おしくて仕方がない。

今俺の一番近くにいて欲しい相手。
けれど現実には遠い存在。

徐々に閉じた瞳に映るその姿が儚げに見えるようになって。
今にも消えてしまいそうになる。

そして突然、咳き込む総司が喀血する姿が脳裏に過った。



はっとして目を開けば。



俺の目に映るのは祭りで浮かれた賑やかな町の風景だけだった。

俺は暫く歩く事さえ出来ぬまま。
その場に立ち尽くしていた。



ある夜、俺はとうとう我慢出来なくなって無意識に新選組の屯所近くまでやって来てしまう。

こんな所へ来て俺はどうしようと言うのか……

そう簡単に屯所に入れるわけはない。
今日は副長に直接報告に参る予定もないのだから。

俺はどうする事も出来ず、ただ屯所のある方向をじっと見つめて。

「総司……」

その名を口にした。

その時。
さらさらと揺れる笹の葉が俺の目に入る。

風が笹に吊るされた5色の短冊の存在を誇張させていた。

今まで気にしていなかったがどうやら今日は七夕らしい。

空を見上げれば、そこには一面の星空が広がっていて。
星が作る川の両岸に、ひと際存在感のある輝きがあった。

お互い愛し合っていた者同士が天の川を隔てて引き裂かれたという伝説がある。

おかしな事に、まるで新選組と御陵衛士で引き裂かれてしまった己と総司のようだと思ってしまった。

織姫星と牽牛星。
そんな引き裂かれた二人が年に一度だけ逢える日があるという。
それが七夕という日なのだと。
どこかで聞いた話を思い出していた。

俺が新選組を抜けて御陵衛士として生活を始めてからまだ一年も経ってはいないが。



もしも今日。
引き裂かれた二人が唯一逢瀬を許される日だというのなら。

俺が総司に逢いに行く事も許されるだろうか?



俺は天の川の両岸に輝く星を見つめながら。

「総司に逢いたい……」

願いを一つ。
いつの間にか零していた。



もし御陵衛士の俺が、総司に逢えたとしたら。
総司は今でも以前と変わらず俺を受け入れてくれるだろうか?
総司は今でも以前と変わらず俺に微笑みかけてくれるだろうか?



夜空に輝く星はただ静かに瞬いていて。
俺の問いに答えてはくれない。
その代わりに星が一つ流れて。

まるで俺を誘っているかのように風が俺の背を押していた。

風に導かれるように俺の足は新選組の屯所へと向かう。







**********







僕はぼんやりと自分の部屋の天井を見つめていた。

最近は体調が思わしくなくて、一日中寝込む事も少なくなかった。
今日も朝から熱があってろくに動けなかったし。

土方さんの言う事を大人しく聞くのも癪だったけれど。
仕方なく部屋で一日眠っていた。

陽が落ちて。
涼しくなった頃。

少しだけ動けるようになって。
部屋の障子戸を開けた。

ゆっくりと縁側に出れば、遠くから祭りの音が聞こえて来る。
僕はそのまま縁側に座り込んで祭りの声に耳を傾けた。



ああ。
今日はそういえば七夕だったっけ。

お祭り……
行きたいな……



そんな事をふと思う。



空を見上げれば散りばめられた星々が瞬いていて。
悲しい程に綺麗だなと思う。
見飽きてしまった部屋の天井よりずっと心地よい景色だ。

思わず七夕の主役である星を探してしまう。

天の川に隔たれた二つの星。

二人が唯一逢う事を許された日。



一君―――



君は今どこで何をしているのかな?

あの一君が新選組を出て行くなんて、聞いた時は驚いた。

理由を問い質したかったけれど。
答えを聞くのが少し恐い気がして。
結局まともに聞く事は出来なかった。

ただ僕が別れ際に何か言いたそうにしていた時。
そっと僕に耳打ちした言葉。

“必ずお前の元に戻って来る”

そして口づけされた後。

“それまで待っていてくれ”

震える声で呟かれた。
あの言葉の意味をずっと考えていた。

一君は新選組を抜けて御陵衛士になったのに。
新選組と御陵衛士は交流が禁止されているのに。

一体いつ僕の元に来てくれるというのだろう?
どのくらい待てばまた逢えるというのだろう?

半年後?一年後?それとも……

僕にはもうそんなに時間が残されていないのに。

どうして一君は僕を置いて伊東さんの元に行っちゃったの?



“僕の事なんて嫌いになっちゃった?”

別れる前にそう尋ねたら、

“そんなわけがなかろう”

と返されたのを覚えている。

“たとえ離れていても、いつもお前の事を想っている”

そう告げた一君の瞳はとても澄んでいて、決して嘘偽りを口にしているようには思えなかった。
だから信じていたい。

信じていたいけれど……

僕には……

あとどれだけの時が残されているのかわからない。



だから……



「一君に逢いたい……」



早く逢いに来てよ―――



そっと星空に向かって零れた願い。



零れた僕の言葉に答えるかのような頃合いで。
天の川に橋を架けるように流れた星は瞬間的に光を放ち消えてゆく。

星が落ちるように、僕の身体がふらりと揺れた。

ずっと寝てばかりいたのに、ちょっと無理をして起き上がっちゃったからだろうか。
僕の身体はすぐに体力の限界を迎えてしまう。

そろそろ布団に戻ろう。

そう思って床に両手をついて僕は立ち上がろうとした。
けれどきちんと立てたのは一瞬で。

力が入らずにくらりと倒れ込む。

縁側から足を踏み外し、そのまま落ちると思った。



ぽすん―――



「……え?」

来ると思っていたような衝撃は訪れず。
身体に感じたのは浮遊感と温もりだった。

身体が熱い。
頭が痛くて意識が朦朧として。

何が起きたのかわからなかった。

ただ僕の虚ろな瞳が見つめる先に映ったのは。

逢いたいと願っていた一君の姿。
ここにはいるはずのない人。

「一君……」

遠くなる意識の中で彼の名を呼んだ。

倒れ込んだ僕の身体は一君が受け止めてくれて。
抱きしめてくれている。

ああ、きっとこれは夢なんだと。
僕は瞼をゆっくり閉じながら思った。







**********







「総司っ!?」



新選組の屯所へとやって来た俺は、副長に無理を言ってここへ立ち入る事を許可してもらった。

少しだけ。
遠くから姿を見られればそれでいいと思った。

だが。

総司の部屋の前に来てみれば。
部屋で寝ているはずの総司が縁側に出ていて。
今日は調子がいいのだろうかと思った瞬間。
その身体が揺れて俺は慌てた。

立ち上がろうとした総司の身体はそのまま傾いて。

俺は必死で駆け寄ってその名を呼んだ。

地に伏せる既の所で俺はその身体を抱き止めた。
受け止めた身体は熱く、熱があるのだとすぐに察する。

俺が新選組を離れた頃よりもまた更に痩せてしまった身体に胸が締め付けられた。

「一君……」

弱々しげなその声が俺の名を呼ぶ。
揺れる瞳が俺をじっと見つめている。

総司はそのままゆっくりと瞼を閉じていった。

意識を手放して。
俺の頬に触れようと伸ばされた総司の手が、まるで息絶えたかのようにだらりと力を失くして垂れる。

俺はその手を取って、自分自身の意思で総司の手を己の頬に押し当てた。



大丈夫だ。

まだ総司は生きている。

今俺の腕の中で。



だから落ち着け。



己の乱れる心にそう言い聞かせて。

俺は総司を抱えたまま総司の部屋へと入って行った。

敷かれた布団にそっと横たえてやると寝息が洩れて俺の手に総司の息がかかる。



熱に浮かされたその息は熱く、苦しそうで、少しでもその苦しみが和らぐようにと祈るように手を握ってやった。

眠りに落ちてしまった総司が無意識にであろう。
俺の手を軽く握り返してくれて。
遠くから姿を眺めるだけのつもりで屯所を訪れたはずなのだが。
今日はこの手を離したくないと思ってしまった。



普段は逢う事を許されない恋人が。
今日だけは逢う事を許されている日なのだから。

どうか今日だけはそばにいさせて欲しい。
こうして手を握って、総司の温もりを感じていたい。
愛しい者の眠る姿を一晩中見つめていたい。

静かに閉じられた瞼に口づけを落とす。



総司は意識も朦朧としていた。
だからこれは夢だと思ったかもしれない。

俺はそれで構わなかった。

本来は接触を禁じられている身。
一夜の夢だと思ってくれた方が都合がよいのかもしれない。



今はお前の夢の中で構わない。

こうしてそばにいてお前に触れる事を許して欲しい。

夜が明けて夢が醒めるまでは。
こうして隣で眠る事を。



明日、夢から覚めるまではずっと。





Fin.





七夕で何か書こうと思い。
書き始めたらシリアス路線まっしぐら。
本当は拍手用に書こうとしたのですが、それぞれの作品で一つずつ書いてたら七夕に間に合わないだろうと断念しました。
まあうちのサイトは季節がずれても構わずupする事多いですけどね……(苦笑)
これは何とか七夕当日に完成しました。
よかった……