二人きりの補習授業
前回。
定期試験が行われた際。
赤点を取った者だけに訪れる補習授業。
今この薄桜学園のとある教室ではその補習授業が行われていた。
教壇に立つのは古文を担当している土方で。
教室内にいる生徒はといえば。
たったの一人だけだった。
どうやら今回古典のテストで赤点を取ったのは一人だけのようだ。
「…………」
土方は教室内をぐるりと見回すと大きくため息を吐いた。
「っはあ……」
そのまま呆れたような目つきでこの場にいるたった一人を見つめた。
「……今回のテストは、いつも多い赤点が出ないようにと配慮して問題を出したはずなんだが……」
眉間に皺を寄せ、語り出す。
「何でてめえは毎回毎回赤点なんだよ!?しかもご丁寧に俺の教科だけ!」
最後には怒鳴り声になっていた。
しかしそんな恐い顔をして責め立てる土方に、たった一人赤点を取ってしまった生徒は大して動じた様子もなく机の上に頬杖をついて教壇を見つめていたのだった。
今回赤点を取って今まさに叱責を受けているはずなのだが全く悪びれた様子もない。
「え〜だって……このテストだけ問題を見た瞬間やる気をなくしちゃったんですもん」
学生にとって大事なテストであるはずなのにそんな事をさらりと言ってしまうのは、この薄桜学園の生徒であり、今回古典のテストで唯一の赤点を取ったという沖田だった。
「てめぇは何でいつもそうなんだ!?頭が悪いってわけじゃねぇだろ!?」
「だって真面目に回答したって面白くないじゃないですか。ね?こうして土方先生が怒鳴り散らすのを見るのも楽しいですし」
「……あのなぁ……」
くすくす笑いながら教師の説教を聞く沖田に土方は疲れ切った表情を見せる。
それがまた楽しいらしく、沖田は満面の笑顔。
「俺を困らせるためだけに赤点を取ってんのかよおめぇは……」
「まあそういう事になりますね」
「…………」
土方はそのまま頭を抱えてしまう。
どうしたものかと考えるが、生意気な態度の沖田を更生させる手段など到底思いつかない。
補習の授業なのだから本来は生徒の弱点克服のため、みっちり勉強を教え込む必要があるのだろうが……
この場合は本来の補習を真面目にやったとしても無意味である事は明白だった。
何故なら沖田は別に古文が苦手で赤点を取っているわけではないからだ。
だからこそ厄介なのである。
赤点の者には補習授業をするという決まりがあるので、それに従ってこの時間が設けられている。
しかし、故意に赤点を取る者にどう教え込めばいいのやら。
土方は悩むばかりだった。
仕方なく補習のために開きかけた教科書を閉じる。
そして土方が取り出したのは今回の定期試験の答案用紙だった。
「おい総司。一つ聞くがこの答案用紙に描いてある落書きは何だ!?」
「え?ああそれは土方先生です。我ながら上手く描けたなって思ってるんですけどどうですか?」
「ふざけんな!てめえテスト用紙は落書き帳じゃねぇんだ!まったく何考えてやがる!?」
「え?土方先生の事を思って描いたんですよ。これを見た土方先生はどんな反応を見せてくれるのかなぁって……」
「あのなぁ……」
最早何を言っても無駄だった。
一体テストを何だと思っているのだと……
諦めの色を見せる土方。
その時ふと悪戯めいた考えが過る。
教師としてはいけないとわかっていたが、今の苛々した気持ちをぶちまけずにはいられなかった。
「おい総司」
「何です?」
土方が雰囲気を変えて落ち着いた様子で語りかけた。
「もし次のテストも赤点だったら……」
「……?」
急に様子が変わって口の端を釣り上げた土方を不審に思い小首を傾げる沖田。
「……てめぇ犯すぞ?」
「……はい?」
告げられた一言。
しかし理解が出来ずに呆然と沖田は土方を見つめていた。
「聞こえなかったのか?もう一度言ってやろうか?」
「……いや……あの……」
先程まで余裕の笑みを浮かべていた沖田は顔色を変えて口ごもる。
正直土方の言っている意味もよくわからない。
「今度のテストで赤点取るような真似しやがったらてめぇを犯してやるって言ってんだよ!」
土方はにやけた顔で怒声を浴びせ、とんでもない事を吐き捨てた。
正直普通の生徒なら一瞬で怯えて震え上がる事だろう。
「……先生が生徒に手を出していいんですか?犯罪なんじゃないですか?」
「うるせぇ!嫌なら赤点なんて取るんじゃねぇ!」
「……でもそれってもし僕が赤点を取ったら土方先生も困るんじゃないですか?……出来るわけないですよね?」
「俺は全然困らねえな。むしろ大歓迎してやる」
「……え?土方先生ってそういう趣味なんですか?知りませんでしたよ……」
「馬鹿野郎!そんなわけあるかよ!相手が好きな奴だから嫌じゃねえって言ってんだ!……って…………あ……」
「…………」
思わず勢いで告白のような台詞を吐き出した土方はうっかり滑らせた口を慌てて両手で抑え込む。
しかし一度吐き出した言葉が元に戻るはずもなく。
沖田は目を丸くして固まっていた。
「……いやその……これはだな……言葉の綾というか……何というか……」
何とか言い訳の言葉を探すも何も思い浮かばず。
「だあもう……!どうなっても知らん!」
やけになって席に座ったままの沖田の前までやって来てそのまま目線を合わせた。
突然目の前にやって来た土方と間近で目が合って沖田はどきっとする。
そのまま土方は吃驚した様子の沖田にキスをした。
軽く触れるだけの口づけだったが、沖田はますます驚愕した顔になる。
「おめえが卒業するまでは我慢するつもりだったんだぜ?一応教師と生徒だからな……」
そう言ってしくじったなと一人呟いた土方。
「教師が生徒に手を出したなんて知れたら、それこそ大問題だろうからな……だが俺は本気だぜ?」
普段は翻弄されている側だが、今回ばかりは立場が逆転したかのように沖田の方が混乱していた。
「とにかくそういう事だ。返事はおめえが卒業する時に頼む。だが……俺は本気だからな?もし次に赤点なんぞ取ってみろ。その時はいくらてめえがまだ学生だろうと俺は本当にやるから覚悟しろよ」
そう静かに、けれど威圧のあるような声で土方は告げる。
「わかったなら今日の補習は仕舞だ。じゃあな……」
そう言って固まったままの沖田の頭をポンと撫でると教科書一式、自分の授業のための道具を抱えて教室を後にした。
一人残された沖田は口を開けたまま呆然と土方の出て行った教室の扉を見つめていた。
しばらくその場を動けずに静かに一人。
Fin.
拍手SSとして書いたSSL版の土方×沖田。
教師と生徒っていう設定がまたいいですね。
またSSLでも色々かいてみたいです。
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