2人の告白





その日珍しく兄さんも先輩も早くに目が覚めたらしく、俺が起きた時には2人共宿にはいなかった。
2人共こんな朝早くに一体どこへ行ったんだ?

胸がずきんと痛む。
2人きりで朝出かけて行った……
その事が悲しかった……

俺はいつも2人に置いてかれてばかりだ……
どうしたら2人に追いつけるのだろう?

俺は2人を探すために外へ出た。

どこを探せばいいだろうか……

そういえば昨日、那智の滝で兄さんとけんかになって……
その場を離れた俺を先輩は追ってきてくれた……

あの時は嬉しかった……
先輩はきっと俺の後を追うより兄さんと一緒にいる事を選ぶだろうと思ったから……

でもやっぱりあの時先輩が俺を追ってきてくれたのはただの気まぐれなんだ。
本当は先輩は俺なんかより兄さんの事を……

今日だってこんな朝早くから2人だけで出かけてしまうなんて……

俺がそんな事を考えていると俺の後ろから声を掛けられる。

「譲くん」

この声は……
振り返ればやさしく微笑んで近づいてくる弁慶さんの姿が見えた。

「こんな朝早くからどちらに行かれるのですか?」
「……弁慶さん……」

俺が立ち止まり、弁慶さんが追いつく。

「実は兄さんと先輩の姿が朝から見えなくて……探しに行くところなんです」
「そうですか……では僕もご一緒していいですか?将臣くんと一緒なら大丈夫だとは思いますが、もし望美さんに何かあったら大変ですからね……」

というわけで俺は弁慶さんと2人で探しに行く事になった。

昨日の那智の滝の事が頭にあったので真っ先に那智の滝にやって来た。
するとどうやら当たりだったらしく兄さんと先輩の話し声が聞こえてくる。
声を掛けようとした時―――

「しょうがないよ……人を好きになる気持ちは誰にも止められないもん。私だってそうだもん……」

先輩が兄さんに告げた。
一体何の話をしているのだろうか……?

「俺は……きっとお前らとはずっと一緒にいられない……それなのに……こんな気持ちを抱えたままじゃ……離れるに離れられねぇ……」
「将臣くん……。恋って……切ないものだよね……」



恋?
もしかして俺はとんでもない場面に居合わせてしまったのだろうか……

兄さんと先輩は両思いで……
聞いてはいけない話を盗み聞きしてしまったのではないだろうか……
俺がこんなところまで探しに来てしまったのは2人にとっては邪魔な事だったのかもしれない……

2人がもうとっくに恋人同士だとしたら……
俺なんか邪魔者以外の何者でもないだろう。

「譲くん?どうしたんですか?」

声をかけようとして駆け寄ろうとした俺がいつまで経っても動かないでいるのを見て首を傾げる弁慶さん。
弁慶さんには2人の会話は聞こえていなかったのだろうか?

とにかく弁慶さんが俺に声を掛けた事で2人に気づかれてしまった。

「譲!?――っ!?」
「わわっ!?ゆ、譲くんに弁慶さん!?」

ものすごい慌てようだ。
やはり聞かれてはまずい話をしていたのだろう。

「お前ら……いつからそこに……?」

恐る恐る聞く兄さんの姿にどう答えたものかと後ろ首に手を回して考えた。

「今来たばかりですよ」

俺が答えるより先に弁慶さんが答えてしまう。

「ええっと……私たちの話……聞こえました?」

先輩は俺と弁慶さんの2人を交互に見やりながら冷汗を浮かべている。

「いえ……僕には聞こえませんでしたよ。人の話し声がするのは聞こえましたけど何をお話していたのかはわかりませんでしたから安心してください。もしかして聞かれては困るお話をなさっていましたか?すみません邪魔をしてしまって……」

弁慶さんがそう答えると兄さんがため息を吐き少し安心した様子で俺の方を見て「お前は?」と聞いてきた。

「俺は!……。俺だって弁慶さんと一緒に来たんだ!大して聞こえなかったさ!ずっと一緒にいられないとか恋は切ないとか何とかってのは聞こえたけど……悪かったな!盗み聞きするつもりじゃなかったんだ……!」

俺がちょっと感情的に怒ったような口調で答える。
だが先輩は俺の口調よりも自分の言葉を聞かれていた事で頬を赤く染めて慌てた。

「やだ恥ずかしい……でもでもそれ以前の話は聞いてないんだよね?」

そんな先輩の問いに少々気を落ち着けて静かに頷く。

「ええ……大丈夫ですよ」
「よかった……」

先輩はふうっっと息を吐いて胸を撫で下ろす。

俺たちは余計な邪魔をしてしまったようだ。
心配して探しに来たけれど……
ここは2人きりにさせてやるのが親切ってものだろう……
悔しいが先輩が好きなのは俺じゃなくて兄さんなんだ……
だから俺は身を引いて……

「すみませんね邪魔してしまって――っ!俺は先に戻りますから2人はゆっくりしていて下さい!弁慶さんも行きましょう!」

そう吐き捨てるように言ってUターンする。
ちょっと言い方が乱暴だったかもしれないが先輩が好きな俺が冷静でいられないのは仕方ないだろう。
2人の仲がこれ程進展していたなんて知らなかった……

俺は弁慶さんの腕をがしっと掴んで引っ張ってその場を去ろうとした。
感情が高ぶってしまっていたせいで俺は周りが見えなくなっていたようだ。

「ゆ、譲くんっ……い、痛いです……」

弁慶さんが顔を歪めているのにも気づかずそのまま思いっきり引っ張ってしまっていたらしい。
痛いという言葉すら聞こえず俺は宿へと向かうため早足で歩を進めていた。

すると―――

「譲くん!待って!お願い!」
「おい譲!待て!その手を離せ!」

2人が慌てて後をついてきた。
その声にも苛立って聞こえないふりをして歩く俺。
しかし2人がしつこくついてくる……というより差は広がるどころか狭まっていた。
2人は走って追ってきたのだ。



「追いついた!」
「譲!その手を離せ!」

俺に追いつくと兄さんが真っ先に俺の手を掴む。
その力強さにはっと我に返り立ち止まる。

「譲くん……そんなに怒ってどうしたの?」
「先輩……すみません……俺……」
「どうでもいいからこの手を早く離せよ!」

兄さんが弁慶さんの手を思いっきり強く掴んで引っ張ってしまっていた俺の手を軽く叩いた。
そこでようやく俺が弁慶さんの手を掴んでいる事に気づき慌てて放した。

「す、すみません!大丈夫ですか!?」
「ええ……びっくりしましたけど……大丈夫ですよ」
「……俺かっとして……結構強く掴んでしまっていたみたいですし……腕見せてもらえますか?」

俺が腕を見ようと手を伸ばすと弁慶さんは手を引っ込めてしまい言った。

「大丈夫ですよ。これくらい平気ですから」
「でも……」

俺はきっと赤くなってしまっているであろう腕を見つめる。
すると横から兄さんが吐き捨てた。

「まったく……何考えてんだよ!相変わらず嫉妬深い奴だな……。とにかく……譲は望美と一緒に散歩でもして頭を冷やせ!」
「え?」
「お前が頭を冷やすにはこいつと一緒にいるのが一番いいだろ?弁慶には俺がついてるからお前は2人でどっか行って来い」

兄さんがそう言ったので俺は驚いた。
2人のデート中だっただろうに先輩と一緒にいなくていいのだろうか?
それどころか他の男と2人きりにさせるなんて……
俺は一人の男として兄さんに認識されもしないってことか……
いつもいつもライバル視しているのは俺の方だけで兄さんは俺の事なんてライバルだなんてこれっぽっちも思っていないのか……

「はははっ……もういいですよ……俺は帰りますから……2人きりの時間を邪魔しては悪いですし……」
「はあ?お前何言ってんだ?」
「俺は邪魔者でしょうからね。退散するって言ってるんですよ」
「だから……何でお前が邪魔者なんだ?」
「俺の口から言わせるのか!?兄さん……」
「譲くん……私は譲くんの事邪魔だなんて思ってないのに……どうしてそんな事言うの?」
「先輩……無理しなくていいですよ。先輩は兄さんが好きで兄さんも先輩が……っ!」

はっ……
しまった……
つい口がすべって……
余計な事を言ってしまった…
どうしたらいいのだろうか……

こうなったら……

「隠さなくていいですよ!俺は両思いの恋人のデートを邪魔するような無粋な男じゃありませんから!」

相変わらず怒った口調は直らない。

「ええっと……そうだったんですか?望美さん?将臣くん?」

弁慶さんが俺の言葉に驚いて2人に問いかける。
その時2人はめちゃくちゃ取り乱し慌てて両手を振ってオーバーなリアクションをしながら否定した。

「ち、ちょっと勘違いしないでよ譲くん!私将臣くんとはそんな関係じゃないよ!」
「な、何でそうなるんだよ!?俺とこいつはただの幼馴染だ!勝手に両思いの恋人にするんじゃねぇ!」

ものすごい動揺の仕方だ……

「おい望美!こいつ勘違いしてるみたいだからちゃんと言ってやった方がいいぞ!」
「将臣くんこそこのままじゃ誤解されちゃうんじゃないの?さっさと自分の気持ち言った方がいいよ!」

お互い何やら言い合っている。
一体どういう事だろうか?



「はあ……やれやれ、しょうがないな……」
「でも……いずれ告白しなきゃって思ってた事だし……」
「時期が早まっただけって事か……まだ心の準備ができてねぇのにな……」

2人は何かを決意したようにお互い見つめ合って頷いた。
そして2人は俺と弁慶さんの方に向き直り……

「……じゃあまずは……俺からか?」
「私が先でもいいよ……」
「レディーファーストってか?……でもこういうのは男がまずびしっと決めるもんだろ?まあ別に男だとか女だとか差別するつもりはねぇけど……」

2人は一体何をするつもりなのだろうか?
わからず俺と弁慶さんは2人の言葉を待った。

「よし!大丈夫!じゃあ私から!」

先輩は決意を固めた様子で兄さんより先に切り出す。

「私……春日望美は、有川譲くんの事が好きです!」

……………えっ?

突然の言葉に何を言われたのかわからなかった俺は呆然としていた。
先輩は恥ずかしそうに「きゃあぁっ」っと言いながら両手で自分の頬を覆う。
俺の鼓動が徐々にスピードを増し、これは夢なのではないだろうかと思った。
先輩があまりにも恥ずかしくなったせいか視線を俺から外し、兄さんの後ろへ隠れるように移動した。

「こりゃまたストレートな告白だな。よしよし、頑張ったなあ望美。よくやった!大丈夫だって……譲はさっきの態度でもわかるとおりお前が好きなんだから。これからの俺の方がよっぽど恥ずかしいんだから心配すんなよ」

兄さんのセリフで兄さんの方が恥ずかしいとはどういう事なのか気になったが今の俺はそんな事を冷静に考えていられる状況ではなかった。

先輩が俺の事を……?
信じられない気持ちがいっぱいだったが、もし夢であったとしても嬉しい事だ。
まさか先輩の口からそんな言葉が聞けるなんて……

「さて……譲はびっくりしてるみたいで言葉が出ないってか?けどこいつが頑張って告白したんだから何か一言くらい言ってやれよ」

兄さんが俺にそう言った。

「あ……」

うまく言葉が出ない。
どう答えたらいいのだろう?
先輩も俺と同じ気持ちでいてくれたんだと本当に思っていいだろうか?

「先輩……本当に俺の事を?」

恐る恐る聞いてみる。兄さんの後ろで顔を赤く染め上げている先輩に向かって。
すると先輩が恥ずかしそうにゆっくり頷いた。

本当に……

「先輩!」

俺は思わず兄さんの後ろにいる先輩に駆け寄った。
そしておもいっきり抱きしめる。

「俺も……ずっと先輩の事が……!」

俺と先輩はお互い見つめ合い、両思いであった事に喜びはしゃぎあった。

そんな様子を兄さんと弁慶さんが静かに見守る。



2人だけの世界に入ってしまった俺たちから少し離れ、今度は兄さんが弁慶さんと向き合う。

「……次は俺の番だ」
「将臣くん?」

兄さんが普段のいい加減な態度とはまったく違い真剣そのものの表情で弁慶さんを見つめていたので弁慶さんも真剣に聞く姿勢で言葉を待つ。

「俺たちはあの2人と違ってお互い男同士だからな……しかも出会ったばかりだし……お前には迷惑な話かもしれねぇ……。だけどこの気持ちは変えられそうにねぇ……。俺はあんたが好きだ」

普段は物事にあまり動じない弁慶さんが目を見開いて兄さんを見つめた。
何を言われたのかはっきり理解するのに時間がかかったらしくしばらく声も出さずに目をぱちくりさせていた。

「望美さんや譲くんの仲睦ましい様子を見て……からかっているんですか?」

どうやら簡単に信じられる話ではなかったらしく本気だと受け取ってもらえなかったようだ。

「……あのな……そりゃあ信じがたい話かもしんないけどな、こんなに俺が真剣に告白してるってのに、からかってるはないだろ?」

兄さんは少し脱力して次にどう言ったらいいのかを一生懸命考えていた。
だがうまく伝えられる言葉が他に見当たらず考えた末に出した結論は……

「じゃあ本気だって事をわからせてやるから覚悟しな」

ぐいっと肩を引き寄せて弁慶さんの体を兄さんの腕の中に収めると、そのまま弁慶さんの顎を右手で軽く上げ、そのまま唇を重ね合わせる。

「―――っ!?」

声にならない驚きの声が2人の唇の間から微かに漏れる。
突然の口付けに完全に思考が停止してしまったかのように動かない弁慶さんに兄さんは容赦なく噛み付くような熱い接吻を浴びせていた。

しばらく2人だけの世界に入ってしまった俺と先輩がふと視線を向けた時には弁慶さんが苦しくなって必死で体を離そうともがいているところだった。
もっとも兄さんの馬鹿力に対抗する力はないようで、弁慶さんがいくらもがいても兄さんの体はびくともしていないようだが……

俺と先輩は2人の熱いキスシーンを見て顔を真っ赤に染め上げてしまった。

兄さんの気持ちを知っていた先輩でさえこれには驚いていたんだから、何も知らない俺がこの場面を見た時は口をあんぐり開いて目を見開き、言葉を失ってしまった。

弁慶さんが苦しくなって足元がふらついて脱力していくのがわかった。
立っていられなくなって倒れ込む。
それを兄さんの腕が支えながら、兄さん自身もゆっくり倒れ込んだ。
まさか男が男を組み敷くシーンを見る羽目になるとは……
しかも上に乗っかってる人物は俺の兄だ……

「兄さん……?まさか……兄さんの好きな人って……」

俺が何とか言葉を搾り出した。

倒れ込み組み敷く体制になったところでようやく唇を離す兄さん。
俺の言葉が聞こえたようでその言葉に答えるように弁慶さんの顔から数センチしかない距離から言い放つ。

「ああ……俺が好きなのは弁慶だ」

兄さんは自分の下にいる人物を真っ直ぐ見つめた。
そして下で組み敷かれている弁慶さんはそんな兄さんの視線を受け止められる余裕などない程に涙目で息を乱していた。
強引なキスが余程辛かったらしい。

「はあはあ……っ」

可哀相なくらい苦しそうに息を吐く弁慶さんの姿は確かに男の俺から見ても色っぽいものだった。
きっと兄さんにはもっと魅惑的に見えた事だろう。

「わあ……すごいなあ……将臣くん……。よかった先に告白しといて……」
「……先輩……?」
「だってあんなすごいの見せられた後に告白するなんて……私には無理だよ……」

先輩は兄さんを尊敬の眼差しで見ていた。
すごいというより強引といった方がいいのではないだろうか……
大体相手が了承もしてないのにあんな無理やり……

「ま……将臣…く…んっ!いき……なり……何…する……んですかっ!?」

ほら……怒られた……
凄みはこれっぽっちも感じられないけど……
息がまだ整わずに声が掠れている。
しかも組み敷かれたままだ。

「言っただろお前が好きだって。信じてないみたいだったから信じさせてやったんだよ」
「……まだ……そんな……ふざけた事を……」
「ふざけた事って……ここまでやったのにそりゃないぜ!……そこまで言うなら俺は構わないぜ、キスの次に進んでもな?」
「き…す???」



ぶ―――っ!?

キスの次!?
キスの次って何だ!?
兄さんまさか……!?



「弁慶さん!将臣くんは本気だよ!信じてあげて!」

兄さんの手が弁慶さんの外套を外し、帯を外そうと手を伸ばした時、先輩がそう言い放つ。
それによって兄さんの危険な手が止まる。
俺は少しほっとした。

「ずっと……熊野で会ってしばらくしてから私、将臣くんに相談されてたの。代わりに私は譲くんの事で相談に乗ってもらってたんだけど……」

兄さんが先輩の方を見やると、さすがにここで行為に及ぶのはまずいと判断したのかゆっくりと弁慶さんの上からどいて立ち上がった。
その後「悪い、やりすぎた……」と言いながら手を差し伸べ弁慶さんを立たせる。

「とにかく将臣くんは弁慶さんの事が好きなんだよ!」

先輩が弁慶さんに向かって一生懸命言った。
ずっとお互い相談したり乗ったりで協力しあおうと言っていたらしく、俺と先輩だけがうまくいって、兄さんの方は駄目だったというのでは悲しいという気持ちがあるのだろう。

「望美さんがそこまで言うのなら……嘘ではないという事でしょうね……」
「やっとわかってくれたか……やっぱ告白ってのは難しいな」
「……わかりました……君が真剣なら僕も真剣に聞かねばなりませんね……。では将臣くん、聞きますが……なぜ僕なんです?」

少しずつ落ち着いてきた息遣いで問えば兄さんは腕を組んで笑いながら答えを返した。

「まあ恋ってのは理屈じゃないからな。なぜって言われても俺自身よくわからねぇけど……止めようとしても止められねぇんだからしょうがねぇだろ?一目見た時から綺麗な奴だとは思ってたけど……いつからかお前のその姿を見るたび、その声を聞くたびに心地いいと感じるようになっちまってたんだよ」
「将臣くん……」
「将臣くんは本気なんだよ弁慶さん。だから……今は突然で驚いているかもしれないけど、すぐに答えを出さずにちゃんと考えてあげてくれないかな?」

俺だって兄さんの気持ちを知って驚いてしまったのだからきっと告白された本人はもっと驚いた事だろう……
今すぐに答えを出すとしたら断られる確率の方が高そうだ。

しかし以外にも弁慶さんはあっさり答えていた。

「……そうですね……将臣くんが本気なのはよくわかりましたし……僕たちも譲くんや望美さんを見習って仲良くしましょうか。熱烈な口付けまでされてしまいましたし……僕には特に心に決めた方はいませんからね」
「マジ?」
「よかったね将臣くん!私も嬉しいよ!」
「あ、でも九郎に恋人になったなんて知れたら何を言われるかわかんねぇなぁ」
「ふふふっ、九郎さんは弁慶さんにめろめろだもんね」
「確かに……九郎が俺のライバルだな」
「九郎は……めろめろ?らいばる?」
「何でもない何でもない!気にするな」

兄さんが今度は軽く弁慶さんの頬にキスを落とし、先ほど組み敷いたときに脱がせてしまった外套が地面に落ちたままだったので拾い上げて汚れを叩いて落とした後にふわりと弁慶さんに被せた。
それから兄さんは先程俺が強く掴んでしまった腕をそっと持ち上げて袖を捲くる。
案の定赤くなって痕がついてしまっていた。

「まったく……嫉妬深い奴は怖いねえ……」

じろりと俺を睨みながらぶつぶつ言い始める。

「わ、悪かったよ……でも好きな人の事になると感情を抑えられないのは兄さんだって同じじゃないか……」
「確かにあのキスはすごかったね」
「ば、馬鹿!蒸し返すなよ!俺だって必死だったんだから……」
「あの……先程から気になっていたのですが……きすとは一体何なのでしょうか?」
「ああキスってのはな、こういう事だ」

兄さんは赤くなっている弁慶さんの腕に口付けを落とした。
頬を染め上げる弁慶さんの表情をちらりと見やれば、口付けた腕を今度は舌で嘗め出す。

「うわあぁぁぁ……」

それを見ていた先輩の表情が赤くなりながらもきらきら輝いていた。
先輩はこういうのが好きなのか……?
って先輩がその表情のまま俺の方を向いたんですけど……
まさか俺にも兄さんみたいなラブ展開を期待してるんだろうか?

仕方ないのでさすがに兄さんのようにはできないが、先輩の頬に俺は軽く触れるようにキスをした。
すると先輩は満足したように照れながら微笑んだ。

「キスってのは口付けの事だ」
「ま、将臣くん……よ〜くわかりました……わかりましたからそろそろ嘗めるのはやめて下さい……」

恥ずかしそうな顔で弁慶さんがそう言うとようやく兄さんは舌を離し、袖を元に戻す。





**********



「さてと……そろそろ戻るか?」
「そうだね。みんなに黙って出てきちゃったし、心配してるかもしれないもんね」

そういえば今がまだ朝で、ここにいる4人以外まだ宿にいるんだったと思い出す。
神子として八葉として……そして源氏に身を寄せる者としてやるべき事がある。
熊野の協力を得るためにも頭領に会わねばならない。
そのためには熊野川の氾濫をなんとかしなければならないのに……
もう何日も勝浦の宿で足止めされてしまっている。
早く解決策を見つけなければならないだろう……

しかし……
この世界に来てから色々な事があったけれど……

今日はまた何だかすごい一日の始まりを迎えてしまったな……
ずっと兄さんは先輩が好きで、先輩も兄さんの事を好きなんだろうと思って悩んでいた日々が一転したのだから。

2組のカップルが誕生した日の朝の空は祝福するかのようなとても明るい色をしていた。

朝日を浴びながら俺は先輩の手を握り、兄さんは弁慶さんの肩を抱き寄せながら宿へと歩いていく。





Fin.





譲くんが将臣くんに嫉妬してたけど実は将臣くんは望美ではなく弁慶さんが好きでしたってのを書きたかっただけなんですが……
うまくまとまらなくて……
こんなものになってしまいました……