お前を守る決意





京の町を特に何の目的もないまま歩いていた。



少し前までは絶望が満ち、生きる気力を失ってしまったような暗い顔をした人々がただただ今浄土を求め、祈る事しか出来ずに滅びの時を待っていた。

けれど、伝説の龍神の神子と言われる花梨がこの京にやって来てからは少しずつ変わり始めている。

最初は院にいる龍神の神子が本物で、あいつが龍神の神子だなんてちょっと信じられなかったけれど、今ならあいつこそ本物の神子なんじゃないかって思える。

まだこの京には怨霊も出るし、五行の力も正しく巡ってはいない。
人々も絶望から逃れたわけじゃなく、未だに暗い影が残っている。
それでも前と比べると町には活気があるような気がしてふと花梨の顔を思い浮かべた。
あいつが頑張ってるおかげなんだよなと考えると嬉しくなった。
八葉の一人として少しでもあいつの助けとなれればいいと思う。

オレがこんなにやる気になるなんて初めは思ってなかった。
どうせ無理だ、どうせこの京は滅んじまうんだと諦めていたから。

でも八葉に選ばれて、半信半疑で花梨と共に行動して、他の八葉の仲間とも繋がりが出来て。
八葉の半分が帝側の人間だなんて知った時は驚いたけれど……何より勝真が八葉だったのがびっくりだったけれど、オレはみんなと一緒に過ごす内に変わっていった。
みんなで力を合わせれば、まだこの京を救う方法があるんじゃないかって思えた。
それに、うしろ向きなオレの思考の中で、この世界が滅びる事を考えた時、ある頃からすごく怖くなっていたのだ。

彰紋……

八葉の一人でオレと同じ朱雀。
貴族であり帝側に属する人間。
けれどオレにとってとても大切な存在。

オレにとって彰紋がいなくなる事がすごく怖い事だった。
この京が滅んじまうって事は彰紋も……
そんなのは嫌だ、あいつだけは何としても守りたいって思っちまう。
彰紋を守る事はどんなに絶望的だと思われる状況になっても絶対諦めたくないって思っちまうんだ。



(一緒に頑張りましょう、イサト)

オレの頭の中で彰紋の声が響いた。
今のオレの元気の源とも言える彰紋の存在。
柔らかく優しい声に名を呼ばれる度にオレの心は癒されていく。

滅びに向かう京で希望という光を見つけられたのも花梨と……彰紋のおかげだと思う。

出逢った頃は貴族なんてと言いたい放題罵って、拒絶して、いっぱい傷つけた。
けれど彰紋は優しく差し伸べる手を突っぱねるこんなオレに必死で歩み寄ろうとしてくれて……
オレはいつの間にか彰紋が貴族だって事気にしなくなるくらい気を許していた。
彰紋と一緒にいる時間がすごく幸せな時間に感じられるようになっていた。
彰紋が気軽に接してくるからオレも気軽に言葉を交わして……
彰紋が無邪気に笑顔を向けてくるからオレもその笑顔が嬉しくて曇りのない笑顔をいっぱい返した。
気が付いたら彰紋はオレの中で特別になっていた。
他の誰とも違う特別な存在。

この気持ちが『好き』ってやつなのか?
この感情が誰かに恋するって事なのか?

一人になるといつも思い浮かぶのは彰紋の顔。
考えれば考えるほど今すぐ逢いたいって気持ちが押し寄せてくる。



(あいつは今どこで何してんだろうな?)

そう思った瞬間だった。

オレの目に彰紋の姿が映ったのは。

夢?
幻?

なんてちょっと思ったけど……

ちゃんと消えずにいつまでもオレの瞳に映し出されている姿にこれが現実だと確信する。

逢いたいと思ったら目の前に現れるなんて……

嬉しい偶然だ。

人ごみの中でも一際目立つ容姿の彰紋に向かってまっすぐ駆け出した。

「彰紋―っ!!」

ちょっと離れた所から走りながら名を呼んだ。

けれど少々距離があって声が届かなかったようで彰紋はオレの方を振り向いてはくれなかった。
オレの呼び声に反応した様子はない。

早く彰紋にオレの存在に気づいて欲しくて気持ち駆け寄る足が速くなる。

もう一度、その名を呼んで、今度こそこちらを見て欲しい。
再び口を開いたオレ。
大好きな彰紋の後姿に向かって名前を呼ぼうとした。

だがオレの口から彰紋の名を声に出す前にある事に気づいて口を閉ざした。
笑顔で彰紋を呼ぼうとしていたオレの顔が険しくなる。

たくさんの人が行き交う大通り。
人ごみに紛れ、きょろきょろと周りを警戒するように見回しながら怪しい動きで彰紋に近づく人影を見つけてしまったから。
オレは彰紋の後姿から視線をその怪しい人物に移して注意深く睨むようにして見つめた。
何をしようとしているのかはわからないがこの人ごみの中で怪しいと感じる動きをするその人物には注意が必要だと何かが告げていた。



何だ?
あいつ、何してんだ?
あんなに周りを気にして……

彰紋にそっと近づきつつオレはその怪しい人物から視線を外さぬよう警戒した。

この距離なら声をかけてちゃんと気づいてもらえるだろうという所まで近づいた時に突然怪しい人物が今までと違う動きを見せる。

周りを警戒しつつ彰紋の横にぴったりとくっついて歩き、人の波が引き、人の数が少なくなった時を見計らい……

その怪しい人物が彰紋の方へと手を伸ばした。



オレははっと息を呑む。



こいつ―――――

まさか―――――!?



―――――盗賊か!?



っ野郎!!

させるか!!



伸ばされた手が彰紋の衣を勢い良く掴む。
知らない人に突然衣を掴まれてさすがに驚いたのか彰紋がびくっと身体を震わせていた。
その人物は彰紋の手を乱暴に掴み取って動きを封じる。

「なっ!?」

掴まれた手を慌てて振り解こうとして身を捩るが力の差からかうまく行かない。
あれほど振り向いて欲しいと思っていた彰紋の顔が恐怖の表情をまといオレの視界にちらりと入ってくる。

「やめろ!!」

彰紋の手を掴むその手をがしりと力強く掴み取ったオレはそのままその人物を睨みつけた。

下品そうな男の顔が同じ様にオレの方を睨み返してきたが怯むつもりはない。

「彰紋に手ぇ出すんじゃねぇ!!」
「何だてめぇは!?」
「イ、イサト!?」

大声で叫んだオレに周囲の人たちがこちらを注目しだす。

「あんた盗っ人か!?これ以上妙な事したら役人に突き出すぞ!!」

さすがに周囲の目が多くなりすぎて分が悪いと感じたのか大して騒ぎ立てる事もなく慌てて彰紋から手を離し、オレの手を振り払うと「くそっ!!」と悔しそうな声を上げながら走り去っていった。

とりあえずあんまり大事にならず撃退できたのでよかったとほっと息をつく。



「大丈夫か?」
「……は、はい」
「まったく……だからいつも言ってるだろ?ぼ〜っとしてると危ないって」
「すみません……」

あんなに逢いたいと願っていた彰紋との出逢いだったのにいきなりこんな事になっちまって焦ったぜ……
けど、ここでオレが彰紋に出逢わなければ今頃……
そう考えると恐ろしい。
本当に助けられてよかったぜ。

「彰紋」

届けたかった名を呼ぶ声。
今なら届くこのオレの声。
オレが名を呼べばこちらを向いて顔を見せてくれる。

いつもは優しい微笑みで振り向いてくれるのに、今は少し震えていて表情は曇っている。
それでも……

「よかった……無事で……」

あの男が彰紋の衣を掴んだ時はひやっとしたけれど、何事もなくて本当によかったと安堵した。

「イサト……ありがとうございました」

オレの顔を見て彰紋の方も安堵したらしくふわりと微笑んで見せた。



ずっとオレは誰かに助けられてばかりで、オレは何も出来ないって思ってた。
オレの力じゃどうしようもないんだって……
オレなんかが頑張ったって結局何も変わらないし変えられないって……
オレには誰かを守るなんて無理なんだって……
そんな事ばっか考えて諦めてた。

だけど……
本当は出来るはずの事まで無理だと決めつけてやらなかっただけだ。

全ての厄災から人を守りきるなんて難しい事だ。
それでも、小さな事から少しずつ、出来る事をやっていけばそれが誰かの助けになるんじゃないのかって思えるから。

今日だってオレ、ちゃんと彰紋を助けられたよな?

だからこれからだってきっと……

オレはこれからもちゃんと彰紋を守っていけるよな?

今こうしてオレに笑顔を見せてくれたのだから。

オレにだってこいつを守っていく事はできるよな?



いや、オレは守ってみせる。

八葉としてこの京を……
そして一人の男として彰紋を……

そう決意してオレは笑顔を返し、そっと彰紋の手を握り締めた。





Fin.





イサトくんのお誕生日だ☆
と思ったらついつい書いてしまいました……
本当はもっと他にやるべき事があったはずなのに何してるんだか……
イサトくんは某相方様の一番好きなキャラだからお誕生日ばっちし覚えてるのでした☆