最後の果実





朝、まだみんなが夢の中にいる時間。
オレは目を覚ました。

いつもこの天鳥船は人々の声で溢れている。
夜、皆が床に就く時間だけはそれがない。
オレが目を覚ました時間は皆の起床時間には早く、とても静かで誰の声も聞こえなかった。

けれどまた再び眠りにつくほどの眠気はなくて……

ちょうどよいと天鳥船をこっそり抜け出していた。

この辺りの森には珍しい果物がたくさん生っている。
だからずっとこの森の果物を取って来てみんなに食べてもらいたいと思っていたんだ。



*********



「ん〜、遠夜が取って来てくれた果物、すごくおいしいね」
「ええ、熟していてちょうど食べ頃のようだし」
「はい、口の中で程良い甘味が広がります」

神子たちがオレの取って来た果物を喜んで食べてくれる。

そんな姿が嬉しくてオレは自然と笑みを零していた。

自分も一つ手に取って口へと運ぶ。

「遠夜、ありがとう。こんなおいしい果物、わざわざ朝早くから出かけて取って来てくれるなんて……」
『神子が喜ぶと、オレも嬉しい。だから……』
「でも一人でこんなにたくさん……大変だったでしょ?」
『そんな事はない……』

オレは神子が笑顔でオレの取って来た果物を口へと運ぶ様子に嬉しくなった。
朝早くに天鳥船を抜け出し、森へと探しに行った甲斐がある。

しかしぐるりと周りを見渡してふと気づく。



一人……足りない……?



おいしそうに果物を食べてくれる神子の隣で風早が穏やかに笑っていた。見守る様に神子を見つめて。
神子の目の前で勢いよく果物にかぶりついているのは足往。
そんな足往と同じように豪快な食べ方をするサザキ。
そして行儀の悪いサザキを咎めているのはカリガネだ。
対照的に行儀よく食べている布都彦。
神子に話しかけながら果物の皮をむいて、むき終わるとそれを神子に差し出す柊。
夕霧が「私にもむいてくれないんどすか?」と首を傾げている。
そんなみんなと少し距離を置いて静かに一人果物を口にしているのは忍人だ。

神子だけじゃない。
オレの取って来た果物をおいしそうに食べてくれる。
とても嬉しかった。



けれど……

満足できない……

何かが足りない……

みんながおいしそうに食べてくれるのは嬉しい事のはずなのに……

何故か寂しい……



どうして?



オレの望みは神子の笑顔だったはずなのに。
この果物は神子の為に取って来たはずなのに。
神子に果物を渡しても満たされない。



「お〜これが最後かぁ?」

サザキの大きな声が辺りに響く。
はっとしてオレはそちらに目を向けた。

そこには先程まで山ほどあった果物が見事になくなっていた。
残っているのはたったの一つ。

その最後の果実にサザキの手が伸びる。

「いっただきぃ〜っ!」



―――駄目だ―――!!



咄嗟にオレは身体が動いていた。

『これは駄目だ!』

サザキの手に渡るよりも早く、オレは最後の実を手にした。
守るように必死で果物を両手で包みこむ。

「何だよ遠夜!?」
「と、遠夜!?どうしたの!?」

みんながオレの行動に驚いていた。

神子にはオレの声も聞こえている。
たとえ聞こえていなくてもオレの慌てた様子には皆気づいているだろう。

オレはただこの最後の果物を誰にも渡したくなかっただけだ。
だから必死で守った。

オレのいつもと違う様子に皆が視線を向けてくる。
その視線にびくっとしながらもオレは果物を取られたくなくて両手で必死に隠すような仕草をした。
特に果物を取り上げようとする者がいたわけではないのだけれど。
気持ちが無意識にそう身体を動かしていた。

『これは……駄目だ……』

神子だけに届くオレの声。

「遠夜、何が駄目なの?」

神子が優しくオレに問いかけてくる。

けれどオレはそんな神子の問いかけにすら答える余裕がなくて……

気づいたらオレはその場から逃げ出すように去っていた。

「遠夜!?どこ行くの!?」

神子の声を背にオレは振り向きもせず走った。



*********



そうして向かって行ったのはとある部屋の前。

みんなが騒いで食事をしていたあの場所に比べて随分と静かな空間だ。

ゆっくりと部屋の戸を開ける。
そこには未だ夢から覚めず、静かな寝息を立てている少年が一人。

なるべく音を立てないように戸を閉めて、中へと侵入した。

「寝ている那岐を起こすと機嫌が悪いんだよ」という神子の言葉を思い出して起こそうと伸ばした手を止めた。

その代り、オレは寝ている那岐の横へと座って寝顔を覗きこむ。

いつもは不機嫌な顔をしているけれど、寝ている時はとても穏やかで柔らかい表情をしている。



そんな那岐の綺麗な顔を眺めているととても満たされた気持ちになっていくのがわかった。



何かが足りないと感じたオレの心。

足りなかったのは那岐の存在。

オレが求めていたのは……

那岐の喜ぶ姿。



だからオレは……

取って来た果物を那岐に食べてもらいたかったんだ。



慌てて最後に残った果物を守った。
無意識だったけれど……

それはこれを那岐に食べてもらいたかったから……



オレが本当に喜ばせたかったのは……

オレが本当にそばにいたいのは……

那岐だったんだ……



もやもやとした気持ちが晴れていくようだ。



―――那岐―――



―――お前なのかもしれない―――



―――オレのワギモ―――





Fin.





何故か突然の遠那岐……
そして遠夜視点の小説は思いのほか難しい……
遠夜×那岐好きだけど小説は難しいですね……
まあその時の気まぐれで何を書くかわからない人ですから。