恋敵は先代





「未来の東宮様とご一緒できるなんて光栄ですよ」



そう言って友雅殿は彰紋様の手を軽々しく手に取った。
そのまま軽く忠誠を誓うように手の甲に口づけを落とす。

彰紋様はその行為に頬を染めて少し困惑した様子を見せてはいたものの別段咎めるような事はなかった。

むっとした表情でその様子をちらりと窺うのだけれど、私の事には気づいていない様子の2人にがっくりと肩を落とした。

「僕も友雅殿と香のお話ができて嬉しいです。この天界に香合わせの材料がないのが本当に残念ですね」
「本当に、彰紋様の香の腕は素晴らしいですから……」
「そんな……、友雅殿こそいつも高貴な香りを纏っていて、そばにいると心穏やかになります。あなたと一緒に香合わせができたらどんなに素敵な時間が過ごせた事でしょう……」

しかも私の機嫌が悪い事に気づかぬばかりか2人は香合わせの話でますます盛り上がっている。



面白くない……



「彰紋様にお褒めいただけるなんて光栄の至りですね」
「そんな事はないですよ……。友雅殿はすごいです」

香合わせの話を初めてした時から2人は突然意気投合し出していた。
2人で使う術まで習得して……

その前から、友雅殿の彰紋様に向ける視線は意味あり気ではあったのだが……
あまりそれまで気にはしていなかった。

たとえ友雅殿が彰紋様に好意を持ったとてそれは一時の逢瀬でしかない夢の世界での出来事だ。
夢から覚めれば現実ではなくなってしまう世界。
そんな夢の世界の中で何をしようと彰紋様を手に入れるなんて事は出来はしないのだ。

しょせん生きている時空が違う。
彼は我々の生きる世界とは100年もの時間差がある世界で生きている人間なのだから。
本来ならば一生出会う事などない者同士。

不本意ながら連れて来られてしまった天界とやらでたまたま3代の八葉たちが一堂に会してしまっただけなのだ。
この天界から抜け出す事が出来ればもう会う事はないはずの人間。
だからそこまで注意せずとも大丈夫だろうと甘く見ていた。



いくらほんの少しの間とはいえ、こう目の前で2人が仲良く話をしている姿を見ると胸が痛む。

友雅殿は私の先代にあたる地の白虎であるというが……
姿も性格もどことなくこの私に似ていて気に食わない。
私と似ているという事はやはり好みも似ているという事なのかもしれない。
そうなると友雅殿が彰紋様に惹かれてしまうのも自然な事かもしれないのだ。

やっかいだ……

普段本気の恋などしない人物ほど、本気で人を愛した時は燃え上がるものだという事も自分でわかっているだけにとんでもない相手が恋敵になってしまったと苦笑いする。

たとえすぐに別れの時が来るのだとしても、僅かな時間であっても彰紋様を独占しようなんて許せはしない。



「翡翠殿?」



ようやく私の方を気にかけて下さった彰紋様はどこか心配そうな面持ちで、上目づかいにこちらの顔を覗き込んでくる。

私は今どんな顔をしていたのだろうか?

心配される程酷い顔をしていたのだろうか?

だとしたらまいったな……

ますます友雅殿がやっかいな相手だと認識させられてしまった。



「彰紋様が心配する事は何もありませんよ」

それまで硬くなっていた表情をふわりと和らげて大丈夫だというように微笑んで見せる。

「何でもありませんから。ただちょっと友雅殿と話がしたいと思ってね」

彰紋様に見せる柔らかな表情とは打って変わって、鋭い眼光を友雅殿にほんの一瞬だけ向ける。

「ああ翡翠殿は友雅殿に御用があったのですね。気づかずに話し込んでしまってすみません……」
「いえ、急ぎではないので彰紋様のお話が終わってからで構いませんよ」
「僕もただ香合わせの話をしていただけで急ぎとかではないんですよ。だから翡翠殿の御用をどうぞ。僕は失礼しますね」

彰紋様が2人だけで話をしたいという私の心を感じ取ったように、遠慮がちにその場をあとにした。
彰紋様の後姿を愛おしげに見送る私の横で、同じく何かを想いながら彰紋様を見つめる友雅殿。

姿が完全に見えなくなり周りの空気が何故か急激に温度を下げていた。

2人きりになり空気がぴりぴりと張りつめ出す。



さて……



この恋敵に何と言ってやろうか……



私も隣の友雅殿も何かを言いた気に横目でお互いを見つめている。

どちらが先に口を開くか……



はあ……
と言葉よりも先に軽い溜息が私の口から洩れてしまった。



やれやれ……

本当に先代を相手にしなければならないとは何とやっかいな事だろうか……





Fin.





携帯サイトの拍手お礼SSで過去に書いたものです。