特別授業





「おや……珍しいですね」

夜を共に過ごす誘いをしない限り、いつもなら3人の中で一番早い時間に就寝してしまう那岐が珍しく千尋が眠った今も起きている。

俺は那岐の部屋の明かりが未だ消えずに煌々とつけられている事に首を傾げた。

俺ももうそろそろ寝ようかなぁなどと思って自分の部屋へと向かう途中だったのだが……

ふと那岐の部屋の前で立ち止まってしまう。

彼が自分の部屋で何をしていようが構わないはずなのだけれど、普段と違うとやはり気になってしまうもの。
面倒くさがり屋な那岐がこんなに遅い時間まで起きていて一体何をしているのだろうか?
確かめずにはいられなくなってしまう。



コンコン



一応ノックを軽くして部屋の中の人物の返事を待つ。



…………



間が長い……



別に中にいる人物が突然の来訪者に驚いているわけでも慌てているわけでもない。
見られたくないものがあるから咄嗟に隠すといったわけでもない。

そんな音は聞こえない。

おそらく俺がやってきた事に不機嫌になり、嫌な顔をして返事を渋っているのだろう。

静寂がしばらく流れていった。

そうして静かに待っているとやがて気だるそうな声が部屋の中から聞こえてくる。

「……何?」



がちゃり



その声と同時に俺はゆっくり扉を開けた。

部屋の中では机に教科書とノートを広げて面倒くさそうに勉強している那岐の姿があった。

珍しく遅くまで起きていると思ったら、テスト勉強をしていたのか……

「那岐、テスト勉強ですか?感心ですね」
「何?邪魔しに来たわけ?」
「とんでもない。ただ那岐がこの時間まで起きているのが珍しかったもので……」
「あっそ……じゃあもういいだろ?邪魔だから早く出てって」

鬱陶しそうな目でこちらを見つめてきた那岐。

思いっきり俺の事を邪魔者扱いしているのがわかる。
彼の勉強の邪魔をするつもりもないから今日はさっさと退散しようか。
そう思った時、ふと考えた。



これはこれでいい時間が過ごせるかもしれない。

「……ちょっと、何!?」

出ていくどころかずかずかと部屋の中に侵入し、那岐の隣へと立った俺に驚いている様子だ。

「いえ、勉強なら俺も付き合おうかと思ってね」
「いやいらないから。1人でやるから」
「そんな事言わないで。俺も那岐に勉強を教えられるなんて嬉しいんですよ」
「はあ!?」
「だって今那岐が勉強しているのって日本史でしょ?俺の教えている教科なんだからちょうどいいじゃないですか」

いつも学校で生徒たちに勉強を教えるのも嫌いではない。
千尋に教えるのもとても楽しい。

けれど、那岐に教えるのは……

誰に教える時とも違う。

特別な時間。

時間を共有できるだけで幸福感を感じずにはいられない。
その上彼の為に何かできるというならこの上なく幸せな事だ。

那岐も豊葦原にいずれは帰る時が来るのだろう。
望む望まないに拘らず……

だから少しでも知っておいた方がいい……

俺が今教えている日本史はちょうどあの時代に大きく関わる所だから。

少しでも多くあの世界の事を……

俺が那岐にしてやれる事は少ないから……

せめてできる事は何でもしたい。

「……まったく誰のせいでこんな遅くまで勉強していると思ってるんだ?」
「え?」

一緒に勉強する気満々で机の上に開かれた日本史の教科書を手に取った俺に、じと目で軽く睨むような視線を那岐が送ってくる。

誰のせいで?

それは一体どういう意味だろうか?

「……あんた、まさか忘れてるのか?いや覚えてないならその方が僕も嬉しいけど……」
「覚えて……?何の話……ああ……」



俺はしばらく那岐の言う言葉の意味を考えた。
そうして最近の出来事を整理してみる。





すると、ふと思い出されたのは放課後、授業で使った道具を元の場所に戻すため、1人では困難なそれらを運ぶのを手伝ってもらうため那岐を指名した時の事だった。
授業ではちょうどテスト範囲が発表された時。
授業中の話の延長で荷物を運ぶ最中那岐と2人でテストの話をしていた。
しかし俺が楽しく笑顔で話しかけるのに対して那岐はどうでもよさ気に流すような生返事ばかりだった。
資料室に荷物を運び終えてふうっと息をついた那岐。
あまりのそっけない態度に俺は少しむっとして誰もいない2人きりの資料室で那岐の腕を掴み身体を引き寄せていた。
当然抗議の声を上げる那岐だったけれどそんな事はどうでもよくて、睨みつけるという目であってもやっと俺の事をちゃんと見てくれた事に喜びを感じる。
そのまま俺は制服のブレザーの下、更にYシャツの下、下着の下に手を入れて直接那岐の肌に触れた。

「何してんだよ先生!?ここどこだと思ってるの!?信じられないんだけど!?」

いくら今は誰もいないとはいえ、いつ誰がやってくるかわからない、しかも学校という場所でいかがわしい行為に走る教師の俺を非難する那岐。

俺だってわかっている。
こんな状況を他の生徒や教師たちに見られてはまずい。

だから要件だけをそっと那岐の耳元で囁いた。

「那岐が俺の話をちゃんと聞いてくれないから悲しくなったんです。だから……那岐が授業中ちゃんと俺の話を聞いているか今度のテストで試す事にしました。今度のテストで満点取れなかったら、放課後に特別授業でいけないお勉強を教えてあげますよ」
「はあぁぁぁあ!?」





回想終了……



思い出して思わず吹き出して笑ってしまう。

そういえばそんな事を言ったなぁ……

忘れていたわけではないけれど、まさか本当にあの面倒くさがりの那岐がここまで真面目に勉強するとは……

「もしかして、満点取る気なんですか?」
「……………」
「いやぁ、それで勉強をねぇ……」
「……………」
「ふふっ、じゃあ俺も簡単には満点なんて取れないような意表をつく問題考えないといけませんねぇ……」
「何それ!?あんた最初から特別授業やる気満々って事かよ!?うわっ最低……」



そう、俺の話をちゃんと聞いて欲しくて言い出した事だけれど……

やっぱり簡単に満点を取られたら面白くない。

ちょっと意地悪かもしれないけれど、俺はずるい男だからね。



「今から俺と一緒に勉強すればテストに出る問題のヒントになるかもしれませんよ?満点も夢ではなくなるかもしれません」
「……………」
「どうします?一緒に勉強します?それとも俺は邪魔者ですか?」

ものすごく嫌な顔で見つめてくる那岐がものすごく可愛い。
けれど可愛いなんて言ったらまた怒らせてしまうかな?

しばらく無言が続くがやがて悔しそうな顔をしてぼそりと小さく呟いた。

「……仕方ないから一緒に勉強してやるよ……」

本当に可愛い教え子だ。





Fin.





携帯サイトの拍手お礼SSで過去に書いたものです。