居待月









オレは一人、頼朝様に呼ばれてみんなとは別行動をしていた。

ようやくみんなの元へと帰ってくると暖かく迎え入れてくれて、「おかえり」と言われる。
それがとても嬉しくて笑顔で「ただいま」と言う。
けれどオレは本当に心からの笑顔を浮かべる事は出来なくて……

少し胸がちくりと痛んだ。



オレは……
オレの事を暖かく迎えてくれるこのみんなを……



―――裏切る―――



頼朝様の命令を思い出しては絶望する。



平家との戦いに決着がついたら……
その時オレは……



永遠にその時が来なければいいと願ってしまう。

平家との戦が終わらなければいい……

ずっと今のままの日常を繰り返す日々が続けばいい……

そうすればみんなと一緒にいられるから……

好きな人のそばにいられるから……



*******



夜が更け、皆床に就く刻限。
この日オレは眠れなくて一人、濡れ縁で腰を下ろし星の瞬く夜空を見上げていた。



あの幾千もの輝きのたった一つにでも手が届くなら……



そう思いながらそっと手を伸ばす。

届くはずなんてない事はわかりきってる。
あんなに遠い空の上にある星を掴み取るなんて出来るわけがない。



ふと輝く星に囲まれて、優しく光を放つ居待月を眺めた。



欠けては満ちるあの月は、どこか君に似ている……



闇を照らし導く存在。
だけど時にその光が見えなくなってオレは道に迷ってしまうんだ。

そう……

君のためなら何だって出来る。
君のためならどこへだって行ける。

そう思ってどんなに辛い道でも突き進めると迷う事なく歩き出すけれど、いざ進み出すと不安になってしまう。

本当にこの道を進んでしまってよいのかと。

オレの弱い心が君という道標を見失って迷いを生み出す。



ごめん……
本当にごめん……

オレには君を愛する資格なんてない。

こんなにオレは弱くて情けなくて、本当に駄目なやつなんだ。

「弁慶……」

思わず零れる君の名前。
君を呼ぶために零してしまったわけではないというのに。

「何ですか?景時」
「え?」

ああ……
名前を呼んだ瞬間、目の前に君の姿が見えるなんて……



返事が返ってくるとは思わなかったオレは呆然とその姿を見ていた。

やがてオレの隣に来ては同じようにその場に腰を下ろす。



どうしてだろうね。
オレは君という月を座って待っていたわけではないのに……

君の姿が見えた瞬間まるで待ちわびていたかのように喜びを感じてしまう自分がいるんだ。

君の姿が見えればたちまち迷いが晴れて、強い決意に変わる。

たとえみんなを裏切る事になったとしても、君さえ守る事が出来るなら、オレは何だってするよ。



「眠れないのですか?」
「……ああ……うん。弁慶はどうしたんだい?」
「僕も眠れなくて……」

そっと微笑まれるとオレはその柔らかそうな唇に思わず触れてしまう。
弁慶の方は驚いた顔を見せたけれど、やがては同じように軽い口づけを返してくれた。

そうしてしばらく2人で静かに夜の風を感じながら月を眺めていたけれど、やがて風が冷たくなってきたようでふるりと身体が震えた。

そろそろ寝ないと明日に差し支えるかもしれない。

そう思い、オレは口を開きながら弁慶の方に手を伸ばしていた。

「ねえ弁慶」
「はい?」
「眠れないならオレと一緒に寝てくれないかな?」

オレの伸ばした手がそっと君に触れる。

あの空に輝く月には届かなくても……
オレの目の前にいる君という月に、たとえ今だけだとしても触れる事が出来た。



不安な夜も君がいれば、途端に安心できるから。

こんな日は、どうかそばにいてと。
そう願ってしまうんだ。

オレの願いなんて、誰も聞き届けてはくれないと思っていたけれど……

こんな些細な願いなら無理ではないのだと思うと、まだ希望はあるのではないかと思ってしまう。

少しはオレも、何かを願う事を諦めなくていいんじゃないかと思えたんだ。





Fin.





携帯サイトの拍手お礼SSで過去に書いたものです。