銃口が向かう先に
オレは何をしているんだ?
平泉に来て、彼の姿を見つけた瞬間、オレの決意が揺らいでしまった。
彼を守るために裏切ったオレの進むべき道は既に決まっているというのに……
毛越寺より先の奥大道に留まる事になっているため、そこへと向かっているはずだった。
それなのに足が重い。
それどころか反対方向へと今にも回れ右してしまいそうだ。
このままではきっと戦いになる。
あの様子では平泉がこちらの要求を呑むはずはないだろう。
ならば戦うしかない。
そして戦になればおそらく望美ちゃんや九郎たちだって黙って見ているはずがないだろう。
そうなれば当然彼とも敵同士としてまみえなければならない。
もう二度と彼に触れる事はできないのだろうか?
叶うのならばもう一度この手で……
引き寄せて……
腕の中に閉じ込めて……
力いっぱい抱きしめて……
温もりを感じたいと……
そう願って止まないオレの何と弱い心……
壇ノ浦で銃を向け、みんなと決別した時から、もう触れる事など叶わないのだと覚悟していたというのに。
想いが溢れて今にも彼の元へと駆け出して行ってしまいそうになる。
こんな事ではいけない。
政子様にこんなオレの心内を知られたらどうなる事か……
誰にも言えないオレのこの溢れる想いをどうしたらいいのだろう?
そんな想いに悩み頭を抱えている時に突然何者かの足音が聞こえてどきっとする。
一人二人のものではない。
複数の足音。
何となくそれらが誰のものなのかがわかってしまい戸惑う。
確かに会いたいと願って止まない人物ではあるのだが……
今ここで会うわけにはいかない人物でもある。
けれど……
逃げる事も叶わず、そのままその足音がオレの元へ辿り着くのを静かに待っていた。
「景時さん」
望美ちゃんの声がオレの耳に届き、びくりと肩を揺らす。
まさか全員そろってやってくるとは……
「景時さんの本心が聞きたいんです」
まっすぐオレを見つめる彼女の後ろに彼の姿を捉え、ごくりと唾を飲んだ。
彼の姿を見たらオレの決意はどんどん揺らいでしまう。
駄目だ!
このままでは……
これ以上は……
欲情を抑えきれなくなる……!
だから……
断ち切らなければ……
オレは冷たく鋭い目つきでみんなを睨んだ。
誰にともなく、銃を構える。
「オレはもう八葉ではなくなってしまった。宝玉もない」
なるべく強気な態度でと思っていたのに声は震えてしまっていた。
そんなオレが情けない。
「オレ達を繋ぐものはもう何もないんだ」
オレの銃が望美ちゃんに狙いを定めた。
引き金にかかる指の感覚がなくて怖い。
その時だ。
望美ちゃんを庇うように彼が目の前に飛び出してきた。
―――――どくん―――――
大きくオレの心臓が跳ね上がる。
―――――弁慶―――――!!
どうして―――――!?
理由なんてわかっている。
弁慶はオレとは違う。
宝玉にまで見放されたオレとは……
神子を守る八葉として当然の行動なんだ……
それでもここには他の八葉だって大勢いる。
オレ以外の八葉が皆揃っているじゃないか。
そんな時によりによって何故弁慶なのか……
「景時っ!望美さんは八葉だから君に会いに来たんじゃありません!」
銃口がまっすぐ弁慶を捉えて離さない。
それでも怯む事のない強い意志を持った玲瓏な瞳がこちらをじっと見つめている。
オレの守りたいものが目の前にある―――――
引き金にかかる指が震え出していた。
それでも敵としてまみえている今、簡単に退くわけにはいかなかった。
なぜならば見られているからだ。
政子様に……
すべてを……
ここで逃せば疑われる事は必至。
けれどオレが弁慶を傷つけるなんて出来るわけがない。
本当は誰も傷つけたくなんかないけれど……
せめてこの銃口を他の者に自然に向ける事が出来たなら……
そう思った時だ。
「そこまでにして下さい、景時さん」
ぎりりと弓を引く音が聞こえハッとする。
譲くんだ……
「退いて下さい」
そう告げる譲くんの言葉に素直に従いたいのは山々だった。
だがここで退いては政子様に何と言われる事か……
「オレもそう簡単に退くわけにはいかないよ」
深呼吸をして何とか心を落ちつけ、震えを止める。
迷いのある視線を弁慶に向ける事がどうしても出来なくてオレは弓を構える譲くんに視線を移した。
それでもまだ銃口は弁慶に狙いを定めたままだ。
譲くんがオレに向けて弓を引いている。
オレが引き金を引けば譲くんがオレを射抜くだろう。
心優しい譲くんに、ついこの前までは仲間として行動を共にしていたオレを射抜く事が出来るか疑問ではあるが……
「俺は本気ですよ景時さん。弁慶さんを守る為なら、たとえあなたでも……」
ぐっと弓を握るその手に力が籠ったのを感じる。
「できるのかい?君に」
「できます」
鋭い眼差しがオレの弱々しい瞳に刺さり……
「あなたが弁慶さんを撃つというなら、俺はあなたを射る」
はっきりと、迷いなく言い放った。
心を揺らしてばかりのオレとは大違いだ。
「二人ともやめて……っ」
望美ちゃんが悲痛な顔をしてそう叫んでいる。
「譲くん……景時……」
弁慶がオレ達二人の名を呼んだ。
銃口の先にある意志の強い弁慶の凛とした眼差しと共に、その声はオレの心を激しく揺さぶる。
それでもオレの進むべき道はこれしかないから。
だからせめて……
―――――パァン―――――
大きな銃声が響き渡った。
「……っ!!」
その刹那、
オレの腕に痛みが走り、もう少しで銃を落としそうになった。
それでも何とか堪え、銃を握り締める。
撃ってしまった……
けれどこれでいい……
オレは弁慶を傷つけずにすんだのだから……
ただ……
きっとオレは譲くんにはもう勝てない。
オレはもう嫌われてしまったに違いないから。
こんな汚いオレを弁慶が受け入れてくれるはずないんだ。
譲くんを傷つけたオレを……
弁慶は許してくれないだろう。
「譲くん!?」
その場にいた皆が慌てて譲くんに駆け寄っていた。
「平気だよ。肩にちょっと掠めただけだから」
そう。
オレが撃ったのは弁慶ではなく……
譲くんの方。
睨みを利かせていた譲くんに隙なんてまったくなかった。
だからきっとオレが動けば譲くんはオレに向かって矢を放つだろうとわかっていた。
ただオレはそれでもよかったんだ。
もしも譲くんに撃ち抜かれるのならば……
この命がここで散ったとしても呪縛から逃れられるのなら……
ただ心残りがあるとしたらそれはこの手で弁慶を守れなかったという事。
この平泉を奪い取る事が出来たなら、みんなを……
弁慶を守れると……
そう思って心を殺し、裏切って敵としてみんなの前に立った。
それなのに、その望みを叶える事なくこの場で命を落とすなど、本当に駄目な男だ。
好きな人をこの手で守り抜く事も出来ない情けない男だ。
譲くんの方がきっとオレなんかよりずっとしっかりしている。
弁慶を守る役目もオレなんかよりずっと立派にこなしてくれるはずだ。
だからオレはここで弁慶を譲くんに託そうと思った。
譲くんがオレと同じように弁慶に想いを寄せていると気づいたから。
ここで譲くんに殺されて、オレは身を引こうと……
それなのに、やっぱり甘いんだね。
「譲くん……君も存外、嘘つきだ」
オレが弁慶に向けていた銃口を素早く譲くんへと移し、引き金を引いた瞬間……
オレの腕に走った痛み。
譲くんの放った矢が掠めたために訪れた痛みだった。
確かに譲くんは矢を放ちはした。
けれど―――――
オレを射抜く事なんてやっぱり出来なかったみたいだ。
弁慶を守るためなら……
オレだって殺してみなよ……
殺せるようになってよ……
そうすればオレは君に弁慶を託して安心してこの世を去れるのに。
「甘いのは景時さんも同じじゃないですか」
ぽろりと呟くその声は譲くんのもの。
ずきんと胸に痛みが走る。そして―――
「俺を殺しもしないなんて」
その言葉がぐさりと刺さった。
「……っ!」
そのままオレはその場を駆け出した。
もう限界だ。
そして今この時を逃せば去る機を逃してしまう。
これ以上この場に留まっては本当に戦の前にどちらかが命を落としかねない状況に陥ってしまうだろう。
そしてその危険性が高いのはどう考えても人数的に圧倒的不利なオレの方だ。
先程まで弁慶に銃口を向けていたためこちら側に分があったが、もう次はない。
次に銃を構える前に誰かの攻撃を受けてしまう。
ならばここで退くのが上策だ。
ここで退くなら政子様だってそれ程文句は言えまい。
何よりこれ以上弁慶の姿を見てはいられなかった。
オレの決意なんて、簡単に崩れてしまうのだ。
その姿を見た瞬間から、オレの心は揺れてばかりいる。
もうすべて投げ出して、弁慶の元へと駆け出して飛び込んでいきたい。
銃など捨てて、頼朝様の命すら捨てて……
ただ愛する者の元へと……
けれど、それをしてしまったら……
もう取り返しがつかなくなる。
だから押し留まらねばならないのだ。
平泉を奪い取る事でみんなを守れるのならば……
たとえここで敵対する事になっても……
―――――オレは独りこの道を突き進む―――――
「景時さんも俺と同じ想いだと思ったから……」
去り際に、譲くんの言葉が聞こえた。
「信じていたんです。弁慶さんを撃つはずがないと」
ああそうだったね……
オレたちは、たとえ進む道が違っても……
大切な人を守りたいと想う気持ちは同じなんだ……
Fin.
小話としてブログに投下しようと思って書いたのですが……
もうこれ普通にSSでいいんじゃないかって感じの長さになってしまったので頑張ってこっちにアップしました。
新曲の譲くんと景時さんデュエット曲が頭の中をぐるぐると回っておりまして、やっちゃいましたな譲→弁慶←景時。
話の内容としては読めばわかると思いますが、平泉ルートの景時さん十六夜イベント「二人の白虎」です。
譲くんの台詞が好きなんです。
あの「あなたが先輩を撃つというなら、俺はあなたを射る」って台詞の“先輩”ってとこを“弁慶さん”に変えたかったっていう……
ただそれだけな感じです……
ゲームでは望美と朔の二人で景時さんに会いに行き、後からみんなが駆けつけるって流れですが、弁受SSなんで最初から全員そろってやって来たという設定。
景時さん視点なのでどっちかっていうと景弁要素が強いですね……これ。
でも譲→弁慶←景時のつもりで書いてますので。マイナーSS……
景時さんの歌を聴きながら書いていると景時さんがどんどん可哀相になってしまいます……(汗)
ごめんなさい。たまには幸せいっぱいな景弁を書きたいものです……
「居待月」では裏切る前だから弁慶さんの姿見て守りたいって気持ちが強くなって決意が固まるって感じですが、こちらのSSでは裏切った後って事で弁慶さんを見るとそばにいたいって気持ちが強くなり決意が揺らぐっていう……
そんなSS……
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