春の花





春。

寒くて冷たい季節も終わりを告げて少しずつ暖かい空気が流れ込む。
眠りについていたものたちが目を覚まし、動き始める季節。

昨年の秋はいつもよりも長く、冬の到来をまだかまだかと待ちわびたが、ようやく訪れた冬ももう終ってしまった。
新しい季節が来たのだ。
春という暖かな季節が……

季節の変わり目というのは何だか落ち着かない。
今まで寒かったのに急に暖かくなったり、かと思えばまた寒くなったり……
それに何だか仕事も忙しい。

院と帝の争いも無くなり、真っ二つに分かれてしまっていた派閥も次第に歩み寄るようになっていた。
京に住む者たちも、絶望に満ちていた暗い雰囲気は徐々に薄れ、希望に満ち、町に出れば活気にあふれていた。



そんな春の訪れを喜ぶ人々が行き交う京を見回りながら考えるのは一人の男の事。

はあ……
最近ちっとも会えねぇな……

この京に伝説の龍神の神子が現れて、その神子を守る八葉の一人に俺が選ばれた。
そしてあいつも……八葉の一人となった……
もしもどちらか一人でも八葉に選ばれていなければ今のような関係には決してならなかったはずだ。

何しろあいつと俺とでは身分が違うのだから……

戦いが終わって、八葉としての役目も終わったのだから本当はわきまえなければいけないのかもしれない。
八葉としての役目があった時は、身分は関係なく同じ八葉同士として対等に話もできた。
だが今はもう八葉としての役目は終わったのだ。
いつまでも同じ八葉同士ではいられない。
頭ではそう考えるのに……

ずっとあいつと一緒に笑いながら話ができる立場にいたいと願ってしまう。

『……彰紋……』

誰にも聞こえない小さな声にもならぬような声で名前を呟く。

そうただ俺はあいつの事を考えながらその名を口にしてしまっただけ……
それなのに……

名を呟いた瞬間、目の前に本人が現れたのだった。
思わずどきりとしてしまい、心臓が跳ね上がっていた。

「なっ!?」
「あ、勝真殿!」

彰紋は俺の顔を見てぱあっと笑顔を咲かせた。
その無邪気な様子が可愛くて俺はまた鼓動を速めてしまう。

「ど、どうしてお前がここに?」

最近京職の仕事でばたばたしていたし、彰紋は彰紋で色々と忙しくしていたらしく、俺たちが二人で会うのは久しぶりの事だった。

嬉しい偶然だが突然で少々焦っていた。

「はい。この京が平和になって皆が幸せに暮らしている様子を見て回りたくなって……」
「お前一人でか?」
「ええ」
「……いくら平和になったって言っても中には野盗やら不逞の輩がうろついているかもしれん。お前一人でふらふらしていていいものなのか?」
「……確かによく注意されますが……いつも連れの者がいてはゆっくりできませんし……それにこういった人の賑わう場所では警護の者が見回りをしているので安心して歩けます。現にほら、こうして勝真殿に会えました」

ああ、こうやって変わらず微笑みかけてくれる。
八葉としての役目は終わっても変わらない態度で接してくれる。
俺はそれに甘えて同じように変わらない態度で接している。
このまま変わらず、気軽に話ができる間柄であり続けたい。

「まったく……お前の世話をする奴らは大変だな。けどまあ、いつも人に付きまとわられるのも鬱陶しいよな」

俺はそっと微笑み返して彰紋の頭を撫でた。
身分違いなのはわかってる。
でも、俺はこのままでいたいんだ。
このまま……
そう、彰紋が許してくれるのなら……このままで……

「そうだ。お前と一緒に花見をしたかったんだ。今年の桜は見事なものだからな。これも龍神の加護かもしれん。これから見に行かないか?」

俺は可能な限り、この京で、彰紋と一緒の時間を過ごしたかった。
同じものを見て、同じものを聞いて、同じものを感じる……
そんな時間が少しでも多くあればと心から願う。

せっかくの春の訪れ。
一緒に春を感じたい。

「そうですね。……でも勝真殿……あの……」
「何だ?」
「桜の見頃はもう……」
「あ……」

俺はずっと京の見回りをしながら美しい桜の姿を見て、この美しい景色を彰紋と共に見たいと思っていた。
しかし、桜が美しく咲き誇る時期は短くて……
あの美しい景色はきっと今はもう見る事はできないのだろう。
先日は風も強かった。
舞い散った花びらの多さは想像できる。
京を毎日見回っているのだから桜がもう見ごろを過ぎている事に気づいてもいいはずなのだが、俺はどうやらきちんと周りを見ていなかったようだ。
いつも仕事をしながら余計な事を考え込みすぎていたのかもしれない。

「すまない。そうだな……。花見は……また来年だな……」

俺は気まずそうに頭の後ろを掻きながら視線を遠くへと逸らした。

「……勝真殿……」

彰紋は悲しそうな顔をして俺の名を口にする。
しかし少し考え込んでから再び柔らかい微笑みを俺に向けた。

「あの……確かに桜は見頃を過ぎてしまったかもしれませんが、春の花は桜だけではありませんよ。だから……一緒にこの京の春を探しに行きましょう」

そう言って俺の手をそっと掴んだ彰紋の柔らかい肌が心地よくてまじまじとその手を見つめる。
静かに視線を彰紋と合わせると「ね?」と首を傾げたので思わず顔を赤く染めてしまった。

ああ……
なんて幸せな時間なのだろうか。

こうやってこれからも二人一緒に過ごす事ができたならどんなに幸福だろうか……

俺は彰紋の手を握り返して「ああ」と笑顔で答えた。



身分なんて関係ない!
とは胸をはって言い切れない自分がいる。



けれどこの想いは身分なんて関係なくあふれ出していくのだ。
どうしたって止められない。



だから……



俺はこの手を放したくない。
いつまでも彰紋と共に生きていきたいと、そう願ってしまうんだ。





Fin.





携帯サイトの拍手お礼SSで過去に書いたものです。