嫌いな程試される愛の力





「お〜い!カリガネ〜」

天鳥船の回廊で、気が急いていたため、オレは翼をろくにたたみもせず、ずかずかと早足で歩きながら大声で相棒の名前を呼んだ。

回廊を歩いていた兵たちが慌てて道を空ける姿がちらりと視界の隅に入ったがそんなのは構っていられねぇ。

早く外へと出かけたくてうずうずしているのだ。
この気持ちは誰にも抑えられねぇさ。

辺りを一通り見回してもカリガネの姿はなかった。
とすれば居場所は……



台所―――

料理上手な相棒は時々食事の時間以外でも研究のため、調理場に篭っている事がある。

今もそうではないかと踏んで台所へと向かえば、案の定、カリガネはそこにいた。



やっぱりな。



とはいえ、予想していなかった状況が目に飛び込んできて、軽く驚いてしまった。
驚いた次には疑問。



何でだ?



「……那岐……?」

基本的に面倒くさがりな少年の姿がそこにあったのだ。
しかもカリガネと二人きりで調理場にいる様子が今まで想像も出来ない光景だったため呆然としてしまった。

別にお互い嫌っているとは思ってなかったが、特別仲がいいとも思ってはいなかったしな。

「……何やってるんだ?」

不思議でならないオレは怪しむように問う。

那岐は調理場へとやって来た時にオレを一瞥したが、問いかけた瞬間あからさまに不機嫌顔でこちらを睨んできやがった。

だがその不機嫌な表情に負けてなかったと自分でも思う程に、イライラしたオレの周りの空気が相棒には伝わっているようだった。
流石に長年付き合ってきただけの事はある。

オレの感情の動きにカリガネは敏感だ。
そう。
オレは那岐に負けず劣らず不機嫌だった。

この調理場へと来る前までは心が躍り出す程に上機嫌だったにもかかわらずだ。

カリガネと那岐が二人きりだったという状況を見た瞬間に―――



何でだ?

何でオレはこんなにイライラしてるんだ?

いつも一人でいる事の多い那岐。
その那岐が誰かと一緒にいる。
いい事じゃないか。

ずっと那岐が一人でいる事を気にしていたはず。

それなのに……
何でオレはこんなにも那岐がカリガネと一緒にいる事に苛立ちを感じているのか……?

自分でもよくわからなかった。

ただカリガネは何かを感じたらしく、ほんのわずかだが一歩移動して那岐と距離を取ろうとしていた。

「……新作の菓子を作っていただけだ」

カリガネは何も特別な事はしていないと主張するようにオレの問いに答えた。

だが、それは言われなくてもわかっている。

調理場で甘い香りを漂わせているこの状況だ。
いつものように料理の研究をしているのだという事ぐらいわかるさ。

オレが聞きたいのはそんな事ではない。
いつもと違う風景。
カリガネと那岐がどうして一緒にいるのかという事だった。



「……僕は風早の代わりだよ……」

オレの心の中の問いに答えるように呟かれた言葉。
しかし意味がよくわからなかった。

は?風早?
彼が一体何の関係があるというのか……

「おい、風早の代わりってのはどういう……?」

説明するのが面倒くさい。
そんな表情で盛大にため息をついて頭をかく那岐。
それでもオレの質問の嵐がやむ事はないのだとどこかで悟っているようで、だるそうにしながらも重い口を開いた。

「千尋が余計な事を言ったせいだ」

ん?
今度は姫さんか?
さっきは風早で次に姫さん?
一体何だってんだ?

「千尋が風早にプリンが食べたいって……そう漏らしたんだよ、まったく」

那岐の口から聞き慣れない単語が飛び出してくる。
それは今に始まった事ではない。
時折姫さんや那岐と会話をしていると二人の口から自然と混じってくる不可解な言葉。

風早の場合、二人と話をする時にはそれらを混ぜる事もあるが、異世界を知らぬこちらの住人との会話ではほとんどない。
あったとしてもごく稀だ。
風早が相手によって言葉を選んでいるからなのか、会話の内容で無意識に二人との会話にだけそれらの言葉が飛び出すのかはわからないが。

兎も角だ。
オレにはわからない言葉を使って説明されても理解なんて出来ねぇ。

那岐の言う“ぷりん”とは一体何だというのだ?
姫さんが食べたいと言っていたらしいからそれはきっと食いもんだという事は何となくわかったが……

どんな食いもんなのかはちっとも想像が出来ねぇよ。

「なあ那岐」
「はあ?」
「その“ぷりん”ってのは何なんだ?」

率直に疑問をぶつける。

すると、

「あ〜説明するのも面倒だ……そうだな……」

そう文句を言って悪態をつく。
けれど言葉とは裏腹に、きちんと考え込んでは返事を返してくれる。
口では色々言いながらも、本当は那岐は優しいんだ。

興味なさそうな顔をして、そっけない態度をとって、時には冷たい言葉も平気で吐いて……
けれど、そんな言動を取ったとしても、那岐は他の奴の事をものすごく気にしているんだ。
相手を気遣って、さり気なく、見えない所で困ってる奴にそっと手を貸そうと努力する。
世話焼きな自分の事が誰かに気づかれるのを恐れるように、言葉に無理やり棘を持たせているような時もある気がした。

「……プリンっていうのは向こうの世界にあったお菓子の事だよ。黄色くて甘くて柔らかくてぷるぷるしてる……」
「ぷるぷる?」

那岐の口から面白い表現が出てきて、どんな食べ物なのかを想像してみた。
それは四角い形なのか、それとも丸いのか……
どんな触感でどんな味なのか……

未知の食べ物に再び胸の高鳴りが戻ってくる。

いやいや待て待て。

オレは那岐とカリガネが何故一緒にいるのかについてまだ、きちんとした回答を得られていないではないか!

余計な事を考えて余計な質問ばかりをしていたら、その回答になかなか辿りつけない気がした。
だから“ぷりん”という物について気にはなったが、話の続きを促す事にした。

「で。それを姫さんが食べたいって言った事とここに那岐がいる事とどんな関係があるんだ?」
「はあ……僕がどこで何をしていたって別にいいだろ?何でいちいち気にするんだ?放っておいてほしいよ……」

オレの質問に那岐がぶつくさと小声で文句を言っていた。だがそれは聞かなかった事にして更に問い正せば、渋々と答えが返ってくる。

「千尋が食べたいって言うから何とか作れないかって、風早がカリガネに相談したんだよ」

ああ、確かに料理の事ならカリガネが一番頼りになる。
風早が相談したって言うのも納得のいく話だ。

「……それがどんな物か、詳しい情報がわかれば何とかなるかもしれないと答えてやったら……那岐が来た」

無口な相棒も会話に混じり二人きりになった経緯を弁明する。

「あいつが自分で説明すればいいのに、僕に押し付けたんだ。まったく、迷惑な話だよな」
「……風早は岩長姫に呼ばれていた。だから代わりに那岐を寄越したのだろう……」

成程。
そういう事か。

やっとすっきりしたぜ。

姫さんが食いたいと言った菓子。
だがカリガネはそれがどんな物か知らない。
そこで本当は風早がカリガネに説明して作るはずだった。
けれど風早は用事があって時間が取れなくなった。
だから風早の代わりに那岐がここでカリガネに“ぷりん”という物について教えていたという事なんだな。

風早に押し付けられたと文句を言いつつもちゃんと引き受けている辺りが那岐らしい。

「んで……その“ぷりん”とやらは出来そうなのか?」

オレは甘い香りを放っている台の上に並べられた黄色い塊を覗き込みながら聞いた。
やっぱり食べ物と聞いたら食べてみたくなる。
試作段階であってもカリガネの作る物は上手い。
それに今回は那岐も関わっているのだからオレとしては真っ先にあり付きたくてたまらない。

「まあ……プリンなんてそう難しい物でもないからね。こっちの世界だと少し面倒ではあるけれど……それなりの物は出来ると思うよ。風早も自分で作ればいいのに……何でわざわざ他人に押し付けるんだ?」

那岐の返事を聞いて目を輝かせる。
珍しい菓子が食べられるという期待にわくわくしていた。

実は先程上機嫌でカリガネを呼んでいたのはお宝探しの情報を手に入れたからで、これから日向の一族の連中を引き連れて、宝探しに出かけようとしていたからなのだ。
けれどある意味こっちの世界では馴染みのない菓子を口に出来るなんて貴重な経験になるのではないだろうか。
そう考えると今は宝探しよりも未知の食いもんの方が重要だ。

「なあ、カリガネ。ここに並んでるやつは試作品か?」

今にもつまみ食いをしそうな程、手を伸ばして返事を待つ。
食べていいかなどと聞くより先に手に取って口へ運んでしまいそうな勢いだ。

カリガネが答えるまでもなく、これはカリガネが作った“ぷりん”とやらの試作品だ。
そう確信していたから、なかなか返事が返って来ないので待ち切れず、断りもなくひょいっと一つを手に取った。
そのまま口へと放り込む直前のところでカリガネが「待て!」と制止の声を上げる。

「うぉぉっ!?」

滅多に声を張り上げないカリガネの存外大きな声の制止に、手に取った“ぷりん”とやらを落っことしそうになった。
何とか堪えて、“ぷりん”を死守する。

「ふぅ……あっぶねぇ〜」

安堵のため息をつく。
そして制止したカリガネの方を恨めしそうに見つめた。

「何だよカリガネ……落としそうだったじゃねぇか」
「勝手に食べようとするのが悪い」

非難の声を上げればカリガネがぴしゃりと切り捨てる。
そしてその後、間を置いてカリガネは言い放った。

「言っておくが……それを作ったのは私ではない……」



…………………………



…………へっ?



「おいおい何言ってんだよ?それじゃこれは一体誰が作ったってんだ?」

カリガネが台所にいて。
そこに菓子が置いてあったなら。
カリガネが作った物だと思うだろ普通。



「……残念だけど……それを作ったのは僕だよ」

遠慮がちに、そう告げたのは那岐だった。



はい!?



しばらく黄色い菓子と那岐とを交互に見つめる。



これを那岐が作った?



「まじかよ!?」

あまりの事に大声を上げたオレ。
その声を聞いて鬱陶しげに目を細めた二人にはお構いなしで更に叫ぶように問いかけた。

「那岐がこれを作ったのか!?」

興味を湛えた目を向けて見つめれば。
那岐は相変わらずの面倒くさげな表情で頷いた。

「そう。だから味の保証はしないよ。食べてもいいけど、文句は受けつけないからよろしく」

そう言いながら、自分も作った“ぷりん”というらしい菓子を一つ手に取っていた。
やはり自分が作った物の完成度は気になるんだろうな。
と思いながら、那岐がそれを口に含む様子を見守った。

そしてごくりとオレは喉を鳴らして那岐が言葉を紡ぐのを待つ。

「……まあ、こんなもんかな。ちゃんとプリンだって言える代物だとは思うよ」

那岐がそう漏らした瞬間。

「そうか!?んじゃオレも頂くとするか」

もう待ちきれないといった勢いで菓子を口へと運ぶ。

「あんたの口に合うかどうかは知らないけどね」

那岐がそんな呟きを零したが構わず、口へと放り込んだ。

何だっていいさ。
那岐が作った物なら。
何だって美味いに決まってる。

そんな考えが何故かオレの頭の中にあった。

それが何故なのか。
オレにはまだわからなかったが。



ぷるりと口の中の感触が心地よい。
程良い甘さが口内に広がって蕩けるような味がした。
若干不快なもんを感じた気もしたが、何より那岐の手作りである食いもんを食べているという事が嬉しくて笑みが零れる。

今まで食べた事のない不思議な食べ物に感嘆を漏らす。

「はぁ……美味いじゃねぇか!」

夢中で頬張ると、台に並んだたくさんのそれを見つめて、やがては二つ目に手を出していた。
三つ目、四つ目……

オレの胃袋におさめられてゆき、どんどんなくなっていく。

とても幸せそうな顔をして食っていたと思う。
カリガネが呆けて口を開いたまま、固まったようにオレを見つめていた。
何か言いたげではあったが……
オレはそれには構わず那岐に笑いかけた。

「那岐も料理出来たんだな」などと感心した気持ちを素直に伝えてやれば「煩いな……僕が出来るのは基本的な事だけだよ」と恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。

うんうん。
照れてやがるんだな。

一人頷いて自分の指についた一口をぺろりと舐めた。

そうして落ち着いたオレにようやくカリガネが声をかけて来た。

「サザキ……」

躊躇うように。
先を告げるべきか逡巡した後。

「その……今食べた“ぷりん”は美味しかったのか?」

困惑した表情を浮かべながらカリガネに問われた。

「何だよ?勿論美味かったさ。那岐が作ったって聞いたら余計に美味く感じたぜ」

特別自分が偉い事をしたわけでもないのに得意げに胸を張ってそう告げてやる。
那岐がやや頬を赤く染めて下を向いたのが視界に入ってきておかしくなった。

「…………」

カリガネはオレの言葉を聞いて、次に何を話そうか悩んでいるようで、考え込むような仕草をしていた。

一体何なんだ?
オレが“ぷりん”を美味いって言ったら何か問題でもあんのかよ?

そう疑問に思った時。
カリガネが“ぷりん”を一つ手に取った。
それを少しずつ口へ運んで、味わうように食っていく。

時々向けられる視線が気になったが。
最後の一口を呑み込むまでオレは何も言わずにカリガネを見つめていた。

そして。

「サザキ……」

カリガネが静かにオレの名を呼んだ。
次に続けられた言葉は……

「この“ぷりん”の材料には卵が含まれているのだが……?」



へっ!?



あまりにも衝撃的だった。
カリガネの言葉に固まったオレ。

そんな馬鹿な。
いつもだったら……
そんなもんが入ってたらすぐにわかるはずなんだが……

何故オレは気づかなかったのか……?
それどころか美味いと感じてしまうなんて……

ありえない。

口に含んだ時の感覚を思い出して。
そう言われてみればそんなような味がしたような……

考えれば考える程その味が思い起こされて。
思わず吐き出しそうになるのを堪えた。

せっかく那岐が作ってくれた物を……
吐き出すなんて真似は絶対したくない。



「……嫌いな物でも……那岐が作ると美味しく感じるようだな……。すまないが那岐。今度から君が料理を作ってくれないか?」

カリガネが那岐の方を向いてそんな頼み事をしている。

「はあ?冗談だろ?そんな面倒な事はごめんだよ」

返って来る返事は当然断りの言葉だったが。
なおもカリガネは頼み込んでいた。

「たまにでいい。サザキの好き嫌いを克服してやってくれ」
「……何で僕がそんな事……大体僕が作ってもロクな物は出来ないよ。あんたの方が料理の腕はいいんだし……」
「技術的な事ではなく、感情的な問題だろう……。おそらくサザキは那岐の事が……」

カリガネが何かとんでもない事を漏らしそうになった。
オレはどきっとしてカリガネに視線を向ける。

カリガネはうっかり口を滑らせようとしたのを堪えて言葉を止めた。
言うつもりはなかったのだろう。
気まずい顔で那岐に向かって「いや、今のは気にしないでくれ」と告げていた。

いやいやいや!
気にするって!
今のは何なんだ!?
オレが那岐の事を何だって!?

そんな言い方をしたらまるでオレが那岐に……

ん?

オレが那岐に……?

………………

あれ?
オレは那岐の事をどう思ってんだ?

オレは何で那岐の手作りって聞いて喜んだんだ?
何で絶対美味いって確信してたんだ?

いつも料理上手なカリガネの作る物を口にしているオレが、どうして那岐の作った物に特別な感情を抱くんだろうか?

カリガネが言おうとしていた言葉。
その続きは一体……?

オレ自身が気づいていない何かにカリガネは気づいている。

そして今。
オレ自身がその感情に気づき始めていた。

おいおい。
マジかよ!?

ずっと気にはなっていた。

同じ朱雀の仲間というのもある。
いつも一人でいる事が多いから心配になる事もあった。

だがまさかオレがそんな特別な感情を那岐に抱いていたなんて今まで全く気づいちゃいなかった。

そりゃあ那岐は確かに綺麗な顔立ちしてるし、美人だとは思うが……
一応男なわけだし……
年だってそれなりにオレとは離れているし……
愛想もよくないし……

どうしてそういう感情を抱くに至ったのか?



「ちょっと……気にするなって言われても……今のは気になるだろ?何だよ?」

少々沈黙が続き、オレもカリガネも那岐の方をじっと見つめていたからか。
耐えられなくなって那岐が話を切り出した。

「……すまない……私の口から言う事ではなかった……」
「はあ?」
「サザキの口には……君の料理の方が合うらしいと言いたかっただけだ」
「それって味覚がおかしいんじゃないの?」
「……だが、別に君の料理が下手というわけでもないと思う……」
「何それ……」
「この“ぷりん”は美味しかった」
「それはどうも。じゃあプリンの事はもうわかっただろ?僕の役目もお仕舞いって事でいいよね?」
「ああ、ありがとう。これから姫のためにもっと研究してみようと思う」
「そう。せいぜい頑張って。僕はもう疲れたから寝るよ」

ひらりと手を振って背を向ける那岐。
自分の作った菓子を褒められて恥ずかしそうにしながらいそいそと台所から去ろうとしていた。

「ちょっと待った」

オレは思わず去ろうとする那岐の手首を掴んで引き寄せた。

「何だよ?」

ぎろりと睨まれてしまったがいつもの事なので気にしない。

「“ぷりん”美味かったぜ。卵を使ってるなんて信じられないくらいに」
「そう……それはよかったね」
「本当にたまにでいい。また何か作って食わせてくれ」

笑顔でそんな頼み事をしてやれば。

「あんたのために何で僕がそんな事しなきゃならないんだ?お断りだよ」

掴んだ手首を振り払われて。
きっぱり断られてしまった。

そのままスタスタと出口に向かって歩いて行く。
そして去り際に。
聞き耳を立てていないと聞き逃してしまいそうな程小さな声で。

「……まあ……気が向いたら考えてやってもいいけどね……」

そう呟いて姿を消していった。

そんな姿が可愛らしいと思ってしまったオレはもう……
かなりの重症なのだろうか?



「サザキ……」

那岐が去って行った後。
カリガネが残っていた“ぷりん”を差し出してきた。

「……何だよ?」

怪訝な顔をして問えば。

「もっと食べたらどうだ?」

そう返されて。
差し出された“ぷりん”を受け取ってしまった。

「美味しかったのだろう?」
「うっ……」

確かにあの時は美味かった。
卵が入っている事に気づかぬくらい。
だがしかし今は知ってしまった後だ。
今食べたらどう感じるのか……
正直わからない。
那岐が作ったもんだと考えればそれは貴重な食いもんに見えもするが。

「い、いただきます……」

恐る恐る口へと運ぶ。



これは那岐が作った物、これは那岐が作った物、これは那岐が作った物……



まるで呪文のように何度もそう唱えるように心の中で呟きながら食べた。

甘く蕩ける不思議な感触と卵の味。
美味しいのだけれど嫌いな卵の味を感じる。
美味しいのだけれど吐き出したい衝動にも駆られてしまう味。
矛盾する二つの感覚が襲う。
もはや美味しいのか不味いのかわからない。

それでも吐き出す事だけはしたくなくて、必死に呑み込んだ。

「……吐き出すかと思ったが……食べられたな」
「うるせぇ……吐き出せるわけないだろうが!」

嫌いな卵が入っていると知っていながら差し出して来たカリガネに文句を言って睨みつけた。

「あの時……。那岐の前で吐き出してしまうのではないかと心配した」

そう呟いたカリガネ。

ああ、だから制止の声を上げたのか。

「私が作った物なら構わないが、那岐の作った物を那岐の前で吐き出しては失礼だと思ったからな……」
「そりゃどうも」
「……だが美味しそうに食べていたから驚いた」
「オレも驚いたぜ。気づかなかった自分にもな」
「……だが、知った今も吐き出さずに食べた」
「そりゃ那岐が作ったもんを、たとえ那岐の前じゃなくたって吐き出せるわけねぇだろ」
「ならば何故食べた?」
「はあ!?おめぇが差し出してきたくせに!」
「……無理強いはしていない」
「……那岐が作ったもんだったら何だって美味いって思うのは本当だ。好きな奴が作ったもんを食べたいって思う気持ちも普通の事だろ?」
「サザキ……やはり君は那岐の事を……」

そこまで言ってハッとする。

「カリガネお前……」
「そうなのだろう?」

カリガネに隠し事は出来そうになかった。

「ああ……どうやらオレは那岐の事が好きらしいな」

観念して認めた。

「いつからなのか自分でもわかんねぇけど……オレ自身よりカリガネの方が気づくのも早かったみてぇだし」
「サザキの態度を見ていれば大抵の者は気づくと思うが……?」

え?

「わかりやすいからな」
「何だと!?」
「事実だ。私以外にも気づいている者はいると思うが……」



おいおい。
そりゃないだろ?

ってちょと待てよ。
それって……

「おい、それってまさか那岐にも……?」

恐る恐るカリガネに問う。
しかし返って来た答えは。

「……那岐は気づいていないと思う……」

安堵する答えにほっと息を吐いた。

「……那岐はサザキに興味がないだろうからな……」

余計なひと言も添えられて、今度は盛大にため息をつく事になる。

確かに那岐は無関心だろうな……

「サザキ……」
「何だ?」
「……頑張れ……」

励ましの言葉と共に差し出されたのは……

「おい何だこれ?」
「ツクシと卵だ」
「見ればわかる!」
「ならば聞くな」
「何でそれを差し出すのかって聞いてんだよ!」
「好き嫌いを克服してもらおうと思ってな……」
「那岐が作ったもんでもないのに食えるか!!」
「そうか……では今度那岐に頼んで作ってもらうか……」

何でそうなるんだ!?
那岐の料理はものすごく食いたいが。
出来ればオレの好きな食べ物にしてくれ!

そう願わずにはいられなかった。



―――が、数日後。

再び那岐が台所に立つ事となる。

夕餉の時間。
並べられた食事。
それは那岐の作ったキノコたっぷりの卵料理だった。
何故かオレの皿にだけツクシが山盛りで添えられている。

「おい何だよこれ!?」

流石に文句を言いたくなる。

「何って……キノコソースたっぷりのオムレツだよ。文句あるの?」
「おむっ……!?何だそりゃ!?いや那岐の手料理が食えるのは嬉しいが、これは酷くねぇか!?何でオレの皿にだけツクシが大量に入ってんだよ!?」
「煩いなぁ……嫌なら食べなくていいよ……残せば?」

面倒くさそうに言葉を返す那岐に尚も反論するオレ。

「馬鹿野郎!那岐の作ったもんをこのサザキ様が残せると思ってんのか!?」
「はあ?カリガネが作った時には残すじゃないか……」
「カリガネと那岐の料理じゃ違うだろ!」
「何で?」
「……うっ……いや……その……何でって……」

結局言い負かされるのはオレの方だった。
那岐の問いに答えられなくなったオレはごにょごにょと言い淀む。

「私が那岐に頼んでサザキの皿にツクシを入れてもらった」

カリガネが横から説明した。

余計な事するなよカリガネ!
せっかくの那岐の手料理なのに素直に喜べねぇだろ!
大体何で主食が卵料理なんだ!?

「卵料理を希望したのも私だ」

オレの心の叫びを知ってか知らずか、そんな説明が追加される。
カリガネ……
何て事を……

目の前に出された料理に目を向けながら盛大にため息を吐く。
那岐が作ったもんじゃなけりゃとっくに反抗してひっくり返してる所だ。
食いもんを粗末にするなと言われてしまうだろうが、オレが嫌いだと知っていながらそれらを出すカリガネが悪い!
オレにとっちゃこれは食いもんじゃねぇ!
いや那岐が作ったらたちまち食いもんだが……
そんな事を口に出して言ったらカリガネに那岐が作らなくても食いもんは食いもんだって怒られそうだけどな。

「それにしても……何で今日は那岐が食事当番なんだ?いつもそんなの面倒くさがって、頼まれたって引き受けそうにねぇだろ?」

那岐の作ったという料理を珍しそうに見やれば、風早がニコニコと人の良さそうな笑顔でやって来た。

「ははっ。実はカリガネに相談されたんです。サザキの好き嫌いを克服するために那岐に料理を作ってもらいたいのだけれどどうしたらよいかってね」
「で?どうやって那岐に作らせたんだよ?」
「風早に相談したら、しばらく那岐の嫌いな料理を作ればよいと言われた」
「…………は?」
「那岐は偏食で好き嫌いが多いからね。結構難しい子なんですよ。それを利用したんです」
「……だがそのおかげで3日目に台所に来た。自主的に自分が作ると言って私から材料を奪ったくらいだ」
「うん。今日は那岐の好物のキノコがいっぱいですから、余程食べたかったんですね」

風早の笑顔は絶える事なく優しげで、穏やかにそんな会話をカリガネと続けていた。
何て恐ろしい奴だ。
好青年のふりをしながら人を操るような真似をしやがって……

ここ数日の食事を思い出して身震いする。
確かにこの3日間、那岐の食欲はかなり低迷していたから心配していたが……
そういう事だったのか……

オレだって毎日卵とツクシが出された日には自分で料理したくもなる。
まあオレに料理なんて出来はしないから、せいぜいその辺の果物にかじりつくぐらいしか出来ないが……
それでも卵とツクシを毎日食べるよりはいい。

那岐が自分で作ると言い出した姿が目に浮かぶ。



「那岐……風早って結構酷い奴だな」
「……まったくだよ……」

カリガネと風早の二人で企んだ結果がこの料理なわけか……

目の前に並ぶ料理を遠い目で見つめながら再びため息を一つつく。

「嫌なら残せばいいよ。そうすればもうこんな企みもしなくなるだろ?」
「そんな事出来るわけねぇよ……」
「何で?」
「那岐が作ったもんは残したくねぇ……」
「だから何でだよ……僕が作ったからって別に特別な物でもないだろ?何でカリガネも僕が作った方がいいだなんて言うのかわからないし……。嫌いな物は僕が作ったって嫌いな物だろ?」

それは違う……
那岐が作ったもんはオレにとっては特別だ。
他のどんな好物を並べられたって敵わないくらいに。
嫌いな物だって好きな奴の手で料理されたら魅力的な料理に変わる……
心ではそう思う。
どんなものでも魔法がかけられたかのように半分美味くなるんだ。
そして半分は元々の感覚で身体がどうしても嫌がっちまう。
だから矛盾する二つの感覚が行き来する。

これはオレに課せられた試練なのか?

那岐が困惑しながらオレを見ている。
食べるつもりなのか。それとも残すつもりなのか。
自分の作った料理の行く末を見守っていた。

いつもは無関心な那岐がオレを見ているという事がちょっぴり嬉しくて。
その喜びを噛みしめるように料理を口へと運んだ。



めちゃくちゃ美味い。
美味いが……
何故か涙が零れてしまうのは、美味すぎて感動しているからだと自分に言い聞かせた。



「いやあ……本当に食べましたね」
「ああ。これでサザキの好き嫌いがなくなればよいが……」
「いつも愛しい那岐が作れば可能かもしれませんね」
「ツクシをあんなに美味しそうに食べるサザキを見るのも初めてだ」
「はは……那岐も好き嫌いを克服出来る方法があればいいんですが……それは難しいかな」

食事の最中、少し離れた所で食べているカリガネと風早の会話がちらりと耳に入って来たが……
オレは無視をした。
せめてこの会話がオレの隣にいる那岐の耳に入っていない事を祈るだけだった。





Fin.





サザ那岐。
単独のCPでSSは初です。
以前書いたSSは1〜4までの朱雀CP入れていたので……
サザキは楽しいキャラなので、ギャグ路線とかも書きやすいかもしれませんね。