心の中に落ちた恋の雷(いかずち)




中つ国の王族の生き残り。

反乱軍の者たちが希望としている唯一の中つ国王位継承者。
いずれ我々から国を取り戻す為に龍を喚び、常世の軍を滅ぼすという。

そんな噂を耳にした。

それが真実なのか。
本当に生き残った王族がいるのか。

それを確かめる事は出来ずにいたが……



その日俺はようやく噂の姫と対面した。



美しく、凛と佇むその姿はまさしく神子と呼ぶに相応しい。
思いの外この俺が目を奪われてしまう程。
焼き付けられた光景。
俺の興味を煽るのには十分すぎる。

だがそれはまだ、序の口だったらしい。



ふと龍の姫の少し後ろからゆっくりとこちらへ近づく人影。

暗い森の影から現れたその人物に、木の葉の隙間から洩れる月光が注がれた時、俺は息を飲んだ。

柔らかな光に包まれて、そこに立っていたのは一人の少年だった。
身なりは派手でなく、豪華な装飾品を身につけているわけでもなくいたって地味なもの。
けれどその飾り気のない服装が本来の彼の美しさを際立たせるようで、さらさらと流れる髪と、僅かに揺らめく翠の瞳に俺はくぎ付けとなった。



どくんと大きく鼓動が鳴り響く。



その音はまるで雷鳴のようだった。



誰にも聞こえてはいないだろうその音。
しかし己の身には激しく。
とてつもなく大きな音。

身体の中を電流が走ったようで。
心臓に雷が落とされたのではないかと錯覚してしまう。

このような衝撃を与えられた事は今までなかった。



それが俺と那岐という少年との出逢いだった。



もう一度あの少年に会いたい。
そう思っていた。

だが彼は中つ国の龍の姫と共にいた。
常世の国にとって敵となる存在なのだろう。

そんな相手にまさか一目惚れをしてしまうなど。
俺はどうかしている。

自嘲気味に笑みを零す。

「常世の国の皇子である俺が敵国の軍に属する少年に一目惚れか……」

笑えるな。

龍の姫を政略結婚という政治の一環として娶ろうと考えた事は確かにあったが……

あの少年はただ単に中つ国王族の最後の生き残りとされる姫のそばにいるだけで、特別な身分というわけでもなさそうだ。

常世の国の皇子としての目から見たら何の価値もなさそうなそんな普通の少年である。

だが俺の中の感情は一目彼の姿を見た瞬間からずっとかき乱され続けていた。
あれからあの少年の事を考えない日などない。

日に日に増していく興味は抑えられず。

「殿下……どうされたのですか?」

とリブに心配される事も多くなった。



俺がある日、とある村で村人たちと話をしていた時だ。
偶然見つけた金色に思わず息を呑んだ。

俺の視界の端でそれは確かに揺れていた。

あれは中つ国の姫?

彼女がここにいるという事は、もしかしたらあの少年もここにいるのかもしれない。
そう思って村人と話しながらも周りの気配を探るように気を張っていた。

「……見つけたぞ」

仲間たちから少し離れて歩く金色。
一人でぼんやりした顔をして退屈そうな目をしている。

仲間たちから距離を取って歩くのは、話の輪に入り込みたくないからだろうか?

笑いながら話に夢中になっている龍の姫たち一行。
そこから離れて一人歩く少年。

まあ何にしても都合がよかった。

俺は奴らに気づかれぬようそっと少年の方に近づいて行った。

気配を殺し、少年の後ろからぐいっと腕を掴むとそのまま引っ張った。

「ぅわっ!?」

驚いた少年はそのまま後ろに倒れて来て、俺の胸に飛び込んで来る。
腕の中に閉じ込めてしまえば、簡単には逃れられはしないだろう。

「いきなり何?」

そう不機嫌な口調で吐き捨てて後ろを振り返れば、敵国の皇子である俺の姿を目にして絶句した。
驚いた顔が目の前で見られて俺は大層満足する。

だがそれと同時に腕の中に閉じ込めた身体から体温が伝わってきて、俺の中に再び電撃が走った。
びりびりとまるで感電しているようで。
身体が熱くなる。

まさかここまで俺の心を揺さぶって来るとは思っていなかった。
知らず口元が吊り上がり笑みが零れる。

この鬼道使いをこうして捕らえても、離れた場所を歩く他の仲間はまったく気づいていない。
もしも少年が大声で叫んで助けを求めたなら仲間たちが振り向き駆けつけた事だろう。

けれど、少年は決して助けを求める素振りを見せなかった。

「……僕をどうするつもりだ?」

静かに睨みつけながら問うてくる。
その鋭い眼差しがまた綺麗で吸い込まれそうだった。

「別にどうもしないさ。とりあえず今はな……」

思考しながら意味ありげな口調でそう返して。

「ただまったく手を出さないというのもつまらなくてついこうして悪戯をしてみたくなっただけだ」

腕の力をさらに強くして抱きしめる。

俺のしたい事がわかっていない少年はまだ俺に何かを問いたそうに瞳を揺らしていたが。
口を閉ざして固まっているだけだった。

そっと腕の中から解放すると流石は鬼道使い。
呪文を唱えて攻撃してこようとした。

まあ俺は戦うつもりがなかったのでさっさとその場を去って行ったがな。

最後に少年の舌打ちが聞こえた気がしてにやりと笑った。

俺はいつかこいつを手に入れたい。

そう思ってしまった。



**********



「那岐様は中つ国の王族の血を引いているお方です」



俺が龍の姫と手を組んでしばらくしてからの事だった。

熊野の地へとやって来た俺たちが狭井君によって聞かされた事実。

あまりの事に皆が驚愕していた。

一番驚いて困惑しているのはおそらく真実を告げられた那岐自身であろう。
だがしかし……

俺の心もまた大きく揺れていた。

出会った時の衝撃が再び俺の身体を駆け巡って暴れている。
俺の中に稲妻が走り、心臓を打つ。



常世の国の皇子であるこの俺が恋に落ちた相手はやはり……



―――中つ国の王族なのか―――



外は晴れているというのに。
俺の心の中ではいつまでも雷鳴が響いていた。





Fin.





企画で前回の「夫婦な関係」続編を書こうかどうしようか悩み……
結局続編というより前段階の話という感じで……
仲間になる前のアシュが那岐に絡める場面が少なすぎるのがちょっと悲しい所です。