Once more







「私は……桜が嫌いです」



春を迎えた京の町。
いたる所で咲き誇る淡いピンク色の桜。

散り急ぐ様が、まるで生き急ぐサムライのようで。
美しいけれど儚くて哀しい。

はらりはらりと。
ひらりひらりと。

限りある命を。
削り続けてゆく。

それを望んでいなくても終焉は等しく訪れる、誰にでも。
それなのにどうしてそんなに生き急ぐのか……

頬を撫でる暖かい風が吹いて。
桜はまた、花びらを惜しみなく舞わせた。



「……サムライなんて嫌いです」



悲しむ者がいると知りながら、己の命を懸けて戦う。
国のため、主のため、志のため、と口にして。

桜の花が風に吹かれて舞い散るように。
刀で人を斬り赤い血飛沫を散らせる。

命は尊きもの。
失えば二度と戻らない。
サムライは何故奪い合う?

喪失感の中。
そんな疑問を心の中で呟いても答えは返らない。



目的もなく訪れた場所。
川辺に咲き乱れる桜を静かに眺めていた。

日本人は桜の花が好きらしい。
春になると一斉に周囲の色を変える程多くの桜が京の町に咲くものだから。
外を歩けば嫌でも目に入ってしまう。

桜の散りゆく様。
まるでサムライの散り際のようで。
その姿は。
ここにはいない誰かを思い出させる。

……そう。
大切な人だった。

今でもはっきり覚えている。
抱きしめられた時の温もり。
逞しい手が髪に触れた時のくすぐったさも。
耳元で囁かれた時の吐息も。
熱くて甘い口づけも。

彼に触れたその時の感覚がすべて私の中に残っている。
目を閉じればすぐそこにいるみたいに思い出せるのに。
あなたはもういない。
二度と触れる事は叶わない。

自分ではどうする事も出来なくて。
無力感でいっぱいになる。



出会いは最悪。
外国人だというだけで仲間は手酷くやられてしまい、私自身も殺されそうになった。

“攘夷”という思想に。
何度も苦境に立たされて来た。
何度も命を狙われて。
もう駄目かもしれないと思った事もあった。

それでも私は今、何とかこうして生きている。

縁とは不思議なもので。
“攘夷”の先陣を切る長州藩に属する彼と。
出会った早々殺されかけたにもかかわらず、行動を共にする事になって。
神子を守る八葉とやらに選ばれたかと思ったら、彼は己の対となる存在になっていて。

はじめは仲間というだけだったのに。
一体何が彼の気を惹いたのか未だにわからないのだけれど。
突然告白された。
男同士でそのような感情を抱くなんておかしいと思って断り続けたのに。
あまりにも真剣で。
恋愛なんて興味なさそうな彼がどういうわけか熱心に求めて来るものだから。
いつの間にか彼に心を許してしまって。
気づいたら恋人になっていた。
あり得ないと思っていたのに。
どんどん好きという気持ちが膨らんでいって……

息が苦しくなる。



「……高杉さんなんて嫌いです」



こんなに好きにさせておいて。
こんなに早く逝ってしまうなんて。

なんて酷い人なのだろう。

命を削ると知りながら玄武を使役した結果がこれだ。

泣いてなんてやるものかと思っていたのに。
やっぱり我慢出来なくて。

舞い散る桜の花びらに包まれながら。
己の肩を抱いて静かに涙する。



そんな時。

「アーネスト」

川辺に座り込む私に背後から。
ゆっくり近づく足音と共に。
誰かに声をかけられた。

泣いている姿を見られたくなくて。
慌てて涙を拭い立ち上がる。

一呼吸置いて振り返ればそこには八葉の一人。
龍馬さんがいた。

「龍馬さん……」

躊躇いがちに伸ばされた手がふわりと私の髪に触れる。

「桜の花びらがついてるぜ?」

そう言って一片の花びらを手に取って見せた。
何と言ったらいいのかわからなくて戸惑いながらそれを見つめていたら。

「綺麗だな」

龍馬さんはそんな事を呟いた。
そのまま黙ってまた私の髪に触れて。
優しく撫でる。

何がしたいのだろうか?
そう思って私は龍馬さんの目を見つめる。
すると哀しそうに微笑んで。

「……泣きたい時は泣いた方がいいぜ?」

そんな事を言われた。
龍馬さんは落ち込んでいる私に慰めの言葉をかけに来てくれたのだろうか。

誰かに甘えるなんて。
したくはなかった。
それなのに。

龍馬さんの一言が。
私の心の鍵を開くかのように響いて。
気づいたら再び涙が溢れ出す。

龍馬さんは泣き出した私をそっと抱きしめてくれた。
私は結局それに甘えて彼の胸に顔を伏せながら声を殺して泣いた。

まるで。
子どもをあやすように。
背中を擦る手があまりにも優しくて。
高杉さんに触れられた時とはまた違う心地よさを感じる。

しばらくの間。
何も言わず私の身体を包み込んでくれていた龍馬さんは。
やがて小さく震える声で呟いた。

「……忘れろなんて言わない……」

躊躇いがちなその声。
言っていいものか。
悩むように。
春風の中に言葉を乗せる。

「……お前さんの中に……他の誰かがいたとしても構わんさ……」

少しだけ私の身体を抱く腕の力が強くなる。

「でも、これからあんたを支えるのは……俺じゃ駄目か……?」

ああ……
どこまでも私を気遣う言動。
私の事なんてお構いなしで我が道を行く誰かさんとは大違いだ。
この人を好きになれたなら、きっと幸せになれるのだろう。

「You are too kind to me……」



あなたは優しすぎる―――



泣きたくなる程に。
この人の腕の中は温かい。

高杉さんを思い出させる春の風と、優しい龍馬さんの腕に包まれて。
二人の存在感に私は胸が熱くなった。

優しさに甘えてはいけないと思いながらも。
龍馬さんの腕が力強く私を繋ぎ止めようとしているみたいで。
離れられなくなる。



高杉さんを忘れる事なんて出来ない。
でも。
忘れなくていい。
そう言ってくれる龍馬さんとなら前に進んで行けるだろうか?

ふわりと私の髪を撫でる手が悲しみを掬い取ってくれるようで。
思わず私も龍馬さんを抱きしめ返した。



嫌いだと呟いたこの景色を。
春風に吹かれながら舞い散る桜の花びらを。
いつか笑顔で見られる日が訪れたなら。

もう一度好きになれるだろうか?

嫌いだと思い込もうとした日本という国が。
本当は……好きだったように。





Fin.





「桜」をテーマに書いた拍手お礼SS。
まさかの死ネタ…
ごめんなさい。