それはまるで『魔王』のように
「玄武を呼ぶ。貴殿の力を貸せ」
怨霊との戦いで。
高杉がアーネストに向かってそう言った。
だが。
「っ……」
アーネストは声をかけられた瞬間肩をびくっと震わせて怯える。
言葉を返せずそのまま俯いてしまった。
「サトウ殿!」
「…………」
「いつまで俺を避ける気だ?」
「…………」
「せめて戦闘では協力しろ」
「…………」
俺はしばらくそんなやりとりを他人事のように見ていた。
しかし今は怨霊との戦闘中だ。
気を抜けば危険な状況で、喧嘩などしている場合かとため息をつく。
いや。
ただの喧嘩ならばまだいい。
そうでないから困っているのだ。
つい二日前の事だ。
高杉は酒に酔った勢いでどうやらアーネストを襲ったらしい。
信じられない事だったが。
俺はその日、情事の後のアーネストの姿をこの目で見てしまった。
間違いなく高杉はアーネストを犯しているのだ。
しかも無理矢理。
おかげでそれ以来アーネストは高杉の姿を見ると怯えるようになってしまった。
気持ちはわからなくない。
実際襲われた所を見たわけではないが、その後の様子を見れば酔った勢いで激しく乱暴に抱かれたのだろうと想像出来る。
だからこそアーネストを責める事は出来ない。
冷たい瞳を高杉へと向けて睨む。
そう。
すべては高杉が悪い。
俺は怯えているアーネストの前に立ち、二人の間に入る。
高杉は俺が割って入って来た瞬間、邪魔者が来たと言わんばかりに嫌な顔をした。
だがそれには構わず鋭い視線でじっと睨みつけてやる。
ふと背後から何かが触れる感触。
それに気づいてちらりと後ろを振り返れば。
高杉に怯えたアーネストが俺の服の裾を握っていた。
「…………」
これは相当重症らしい。
しばらくは二人きりにさせられないだろう。
再び俺は高杉に視線を向けると。
「今は戦闘中だ。集中しろ。向こうに水属性の怨霊がいる、高杉」
そう言って高杉をアーネストから遠ざけるように追い払う。
高杉は俺の言葉に仕方ないとため息をつきながら怨霊のいる方へと刀を握り向かって行った。
玄武を呼ぶのは諦めたらしい。
「アーネスト。今は怨霊を片づけなければならない。手を放してもらえないか?」
「……あ……スミマセン、瞬さん……」
高杉に怯えて俺の服の裾を握る仕草も。
申し訳なさそうに手を放すその様子もまるで子どものようだった。
昨日は色々な意味で体調が悪かったため、心身ともに弱り切っている姿もこの目で見ている。
星の一族としての使命は神子であるゆきを守る事だ。
八葉に選ばれたのだから尚更ゆきを守る事が何より大事だろう。
だがそれとは別に。
何となく彼に対して庇護欲が生まれていた。
しばらくは気にかけてやる必要があるな。
「俺が斬り込む。援護を頼めるか?」
「はい。後ろは任せてください」
なるべく彼を前線に出さぬよう自らが前へと出て剣を振るう。
そうして怨霊を倒し、白龍の神子の力で浄化し終わると。
重苦しかった周りの空気も清められて明るくなる。
しかし怨霊の数がかなり多く。
浄化しきれなかった。
このまま戦い続けていてはこちら側の体力が持たない。
特にゆきの消耗が激しくなるばかりだ。
俺たちは一旦退く事となった。
皆それなりに戦闘で疲れている様子であったが特に怪我人はいないので。
俺も特別医者としての役目を求められる事はなく。
宿へと戻る道を歩いていた。
ゆきのそばには都がいる。
他にも八葉数人が囲んでいた。
だからゆきの事はとりあえず大丈夫だと判断した俺は。
さり気なくアーネストの横に並んで歩いた。
理由は。
昨日の不調に続いて今の戦闘で疲労したであろう事を気遣ってというのもあるが。
何より俺たちの一番後ろを歩いて付いて来る高杉に彼が酷く怯えていたからだ。
近くに俺が行くとどこか安心したように息を吐いたのがわかる。
一人でいなければ襲われる心配はないと思ったのだろうか。
高杉は後ろからじっとアーネストに視線を向けていて、まるで獲物を狙う肉食獣のように目を光らせていた。
あれでは相手を恐がらせるだけだろうと呆れたが、高杉はアーネストに避けられている事に傷ついているようにも見える。
何とか話をしたいとその機会をずっと窺っているのだ。
一応悪い事をしたという自覚はあるのだろう。
何度か謝罪を口にしていたのを聞いた。
それでもアーネストは心を開かない。
だがこのままではこちらも困る。
八葉は協力し合わなければならないのだから。
天海を倒すには八葉全員の力が不可欠。
しかもアーネストと高杉は同じ玄武の八葉。
対となる者同士だ。
いつまでもこの調子では天海を倒すどころではない。
何とかしなければ。
けれどどうすればよいものか俺にもわからず。
頭を抱えるばかりだ。
ふと隣を歩くアーネストが俺に近づき距離を詰めた。
「瞬さん、……先程から高杉さんがずっとこちらを見ているのですが……」
俺の身体で高杉の視界から隠れるように顔を伏せて、ぼそりと呟くアーネスト。
「まるで私を睨んでいるようで……。その……少し恐いです……」
高杉にも困ったものだ。
高杉本人は無自覚なのかもしれないが態度が高圧的すぎる。
あれでは恐がられても仕方がないと感じてしまう……
少し時間を置いた方がいいと思うのに、何かと近づこうとしていて。
かえって警戒心を持たれ避けられている。
はあっとため息をつきつつも。
「高杉の事はしばらくいないものだと考えた方がいい。漂う霧だとでも思って無視をしろ」
そう言って震える身体に手を伸ばし。
落ち付くように背をさすってやる。
「……でも……」
とは言ってもアーネストは気になって仕方がないようで、躊躇いの言葉を零し。
身を小さくしたまま、ちらりと高杉の方を一瞥してまた顔を伏せる。
俺も後ろを歩く高杉を横目で見遣り、睨み付けた。
俺の視線に気づいた高杉がこちらを睨み返して来るが。
まるで火花が散っているかのようだった。
高杉から怒気が感じられる。
どうやら俺がアーネストの身体に触れているのが気に入らないらしい。
俺は別に疚しい気持ちなど何も持ち合わせていないというのに。
高杉はおそらくアーネストに好意を寄せているのだと思う。
直接問い質した訳ではないが。
たとえ酒に酔った勢いであっても嫌いな相手を犯すなどあり得ないはずだ。
もしも嫌悪する相手であれば。
酒の勢いで襲うとしても別の手段を取っただろう。
それこそ命の危険が伴うような……刃傷沙汰に及んだかもしれない。
高杉は元々俺と似ている部分がある。
本当の気持ちを隠し、押し殺して……想いを告げられずにいる。
その想いが酒で酔った拍子に表へと飛び出してしまったのだと結論付けた。
さて。
どうしたものか……
どうすれば二人の仲を元に戻せるか必死で思考を巡らせる。
元々最初はお互い敵同士のような状態で出会ったのだ。
アーネストは高杉に命を奪われかけた事があり、それに恐怖した経験がある。
それでも八葉として共に協力するようになったのだから。
今回もこのぎくしゃくした関係は一時的なものだと思いたい。
時間を置けばお互い冷静になれるはずだと。
そんな事を考えていた時だ。
高杉が少しだけ俺たち二人との距離を縮めて来た。
「サトウ殿、話がある。今日は俺が泊まっている宿の部屋に来てもらいたい」
鋭い眼差しがこちらへと注がれている。
主にアーネストを見つめるその瞳がまるで狂気を秘めているように見えて。
俺ですらぞくりとしてしまう。
一体高杉は何を考えているのだ?
「瞬さん……高杉さんが私に何か話しかけてくるのですが……」
「耳を貸しては駄目だ。部屋へ連れ込むなど何をされるかわからない。何を言われても風に舞う枯れ葉のざわめく音だとでも思え」
「桐生……余計な事を言うな。俺はただ……」
「しばらくお前たちは距離を置いた方がいい。話し合うのならもう少し落ち着いてからにしろ」
「俺はこれ以上は待てん。あれから二日経っている」
「まだ二日しか経っていないだろう。昨日は起き上がるのも辛そうだった」
「だから謝罪したいと言っているのだ」
そんなやり取りが宿へと戻る道中続けられる。
高杉はどうあっても今日はアーネストと二人きりで話したいらしく。
なかなか引き下がらない。
それどころか。
「俺は貴殿が好きだ。先日は酔った勢いで手荒な真似をしてしまったが、俺の気持ちに嘘はない」
不意に高杉が告白を始める。
ぎょっとして高杉を見遣ればごく真剣な顔をしていた。
間違いなく本気だ。
「酒に酔って事に及んだ事は謝る。だが、俺は……今度はきちんとした形で貴殿を抱きたい」
何て事を言い出すのだ。
頼むから俺を巻き込まないでくれ。
と思った。
ゆきたちがこの会話を聞いていない事だけがせめてもの救いか……
前方に小さく見えるゆきや他の八葉たちをちらりと見てため息をつく。
アーネストの方に視線を向ければ。
これ以上ないくらいに目を見開き固まっていた。
歩いていた足が止まって。
「Do you mean it?」本気で言っているのか?と零している。
もちろん高杉には通じないが。
俺としては高杉がアーネストに好意を持っている事をどこかで察していた。
けれどアーネストはおそらくこれっぽっちも高杉に好意を寄せられているなどと思っていなかったんだろう。
襲われたのは酒で酔っぱらって分別がつかなくなったせい。
そう思っていたんだろうから驚きもかなり大きいようだ。
高杉に告白された事に瞠目し。
頭を真っ白にしているアーネスト。
固まったまま口をぱくぱくさせている。
やがて首を横に振りながら嘘だと呟き出し。
また怯え出したように身体を震わせた。
男に好意を寄せられ。
いきなり好きだなどと告白され。
しかも抱きたいなどと真剣な顔で言われて。
二日前の出来事を思い出しているのだろう。
ただ酒に酔っていたため起こった一夜限りの悪夢。
そう思いたかったであろう出来事。
再び素面で求められれば当然恐ろしくもなる。
「俺の意識がはっきりとした状態で貴殿を抱かせてもらいたい」
「……な、何を馬鹿な事言っているのですか!?」
「ふっ。俺が恐いか?随分と可愛いらしいな」
「か、…かわっ?」
「じたばたしても無駄だ。逆らっても俺は貴殿を連れて行くぞ」
高杉が無理矢理アーネストの腕を掴み、引き寄せた。
襲った事を悔いているはずの高杉はアーネストに許されるまで身体に触れる事はないと油断していた。
しまったと思った時には遅かった。
「……嫌です!止めて下さい!」
「諦めて俺のものになれ。俺は無理矢理奪ってでも手に入れる。それ程に貴殿に焦がれているのだ」
「……瞬さんっ!」
俺に助けを求めるかのように手を伸ばしてくる。
だがその手すらも高杉は封じ込めて己の外套でばさりとアーネストの身を包み閉じ込めた。
「高杉!お前、何を考えている!?正気か!?」
どうするべきなのか俺にもわからず。
ただ慌ててそう問いかける。
「望むものがあれば行動を起こさねばなるまい。ただ待っているだけではこの手に落ちて来ないだろう?」
言いたい事はわかる。
けれどあまりにも強引すぎる。
こんな狂気に走る男に好かれたアーネストには同情にも似た感情が芽生えてしまう。
外套に包まれ抱きしめられたアーネストは。
その腕の中で必死にもがいていた。
しかし。
「大人しくしろ。でないと宿へ着く前にこの場で襲うぞ」
「Phew!?」
高杉のとんでもない台詞の後。
ひゃぁっと声を漏らし身悶えるアーネストの様子に。
外套の中で何が行われているのか大体想像がついてしまう。
あくまで想像だが。
服の下に手を忍ばせたのだろう。
それは脅しの意味も込めているのだろうが。
いくら外套で隠しているとはいえ俺の見ている前で堂々とする行為ではない。
頼むから止めてくれ。
「高杉、止めろ!」
俺は低く冷たい声で非難する。
だが。
「あれ?瞬兄?どうしたの?」
少し前を歩くゆきがこちらの不穏な様子に気づいたのか足を止めて振り返っていた。
都や他の八葉たちもそれに倣いこちらを見る。
一気に俺たちに視線が向けられ。
嫌な汗が額に滲み出た。
高杉がふっと鼻で笑った気配がする。
そして。
「蓮水に知られたくなければ見逃せ。いいな?」
「なっ!?」
「俺は別に皆の前で事に及んでも構わんが?」
昨日のアーネストの不調の理由を他の者は知らない。
特にゆきに余計な事を知られたくない俺としては。
これ以上ない脅しだ。
この国を変えるため狂気に走る高杉は。
恋においても狂気の沙汰を貫くというのか。
「瞬兄?」
俺の名を呼び、心配そうにこちらへと歩いて来るのを見て俺は慌ててゆきに駆け寄る。
余計な場面を見られるわけにはいかない。
俺がゆきに気を取られた隙を狙い、そのまま高杉がアーネストを連れ去って行く。
「…………」
心の中でアーネストに「すまない」と呟くも。
俺にはどうする事も出来ないと諦め。
これから彼が高杉にされるであろうあれこれについて。
なるべく考えぬように頭の隅へと追いやった。
頼むからこれ以上玄武の八葉である二人の仲を悪化させないでくれ。
そう願うが。
高杉の強引な行動を考えれば。
アーネストが高杉の告白を受け入れる状況にならない限り難しい気がしてくる。
星の一族としての使命を果たすため。
八葉として力を尽くすため。
大切なゆきのため。
無理な話かもしれないが。
高杉の告白を受け入れて仲良くしてくれ。
そうアーネストに対して願うしか俺には出来なかった。
Fin.
高杉さんがみんなから「魔王」だとか「悪魔」だとか言われていたので…
シューベルト作曲、ゲーテ作詞の「魔王」ネタ…
でもネタやるなら単発のネタSSにした方が面白かったですね。
そうすれば風邪をひいて熱を出したアーネストを看病する瞬兄という設定まで入れられた気が…
前回の話の続きに無理矢理ネタ入れたんでなんだかよくわかりません。
「無理矢理奪ってでも〜」とか本当に恋のさやあてCDで高杉さん言ってましたからね(笑)
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