主の命令
「白龍の神子の事とは別にお前に頼みたい事がある」
そう泰衡様が私におっしゃったのは私がまだ神子様たちに出会う前の事だった。
神子様たちをこの平泉にご案内する事を申し付けられた後、付け加えるように、しかし決してどうでもいい事ではないようにすごく真剣なまなざしと口調で……
泰衡様はあまり感情を表に出さぬお方なので普通の者にはきっとわからないであろうその真剣さが私には伝わってきたのである。
私は一体どんな頼み事であるのか気になり、今まで以上に泰衡様の言葉に意識を集中させた。
「…その…」
珍しく言いにくそうに瞳を泳がせていらっしゃる。
「何なりとお申し付け下さいませ、泰衡様」
「九郎と……べ、弁慶殿の事だが……」
ようやく口に出した頃にはこれまた普通のものにはやはりわからないくらいの小さな変化が表れた顔でこちらを見つめておられた。
「2人には特に注意を払え。大切な客人だ」
泰衡様の頼みとは神子様たち一行の中でも特に九郎様と弁慶様の2人の身の安全を考えるようにということらしい。泰衡様がわざわざ頼むほどなのだからきっととても特別な人たちなのだろう。
いや2人というよりはむしろ……
「九郎は大将として力もあり己の身を守れるくらい剣の腕もたつ。見た目ではわからないかもしれないが平家から恐れられるくらい強い。だが弁慶殿は九郎とは違う。ある程度戦場に出て戦っているとはいえ彼は軍師で元々最前線に立って戦う立場ではない。九郎などのような力の強さは持ち合わせていないのだ。それなのに昔から頭はいいが自分の力を知りつつも無茶ばかりする方だ。こちらが注意して見ていないととんでもない事をしでかす。己の身を犠牲にしてまで意思を貫こうとする。だからいいな銀……九郎以上に弁慶殿には細心の注意を払え」
九郎様の事も気にかけてはいるのだろうがどうやら一番重要なのはその弁慶様の方であるようだ。
あの泰衡様がそこまで気にされる方が一体どのような方なのか……
気になってしまう……
そうして私は泰衡様に命じられるままに神子様たち一行を迎えに行き、ちょうど追われて逃げている一行と出会った。
私は大切な客人であるという一行を無事平泉へご案内するためにも追っ手から逃げるための手助けをする。
初めて会ったはずの方々ばかりだというのに何人かが私を見て驚いていた。白龍の神子様にいたっては『知盛』という名前で私を何度も呼んだ。
私は『銀』と名乗ったのだが…
出会ってからすぐは追っ手から逃れるためばたばたしていたため、泰衡様がおっしゃっていた九郎様と弁慶様の姿を一目確認するだけで一行から離れてしまったが…
一目見た印象として弁慶様はとても美しく綺麗な方だと思った。
たった一目見ただけだったにもかかわらずいつまでも心にその姿が焼きつくように胸が熱くなるほどに。
早く一行の元へ戻ってその姿をじっくり眺めたい。そう思った。
しかし私の役目をきちんと果たすまではそれはできない。私の役目は皆様を無事平泉へと送り届けることなのだ。
早くと急げば急ぐほど時間は長く感じられ、再び一行と合流する頃にはやっとという思いだった。そこでようやく弁慶様の姿をゆっくり眺めることができた。
他のものに比べあまりにも弁慶様にばかり視線を向けていたため皆が首を傾げるように私を見ていたが…
見られている本人はどうしてよいかわからず困ったような表情をしておられた。
「あの……、銀殿……僕に何か?」
無言の視線に耐えられなくなったのかついに私に問いかけられる。
困惑交じりではあるがふんわりとしたやわらかい微笑を浮かべられ私を見ておられるその姿と、ほんわかしていて心地のよい声に私の胸が苦しくなるのを感じた。
この気持ちは一体何なのだろうか…?
「いえ。何でもありません」
「そう……ですか……」
「ただ……」
「ただ……?」
「野に咲く一輪の花のように可憐で美しくこの中で秀でて目を引くお方でしたものでつい……無意識の内に見つめてしまっておりました」
「はぁ…?」
『ぶ―――っ』
私が思ったままに言葉を述べれば、弁慶様は首を傾げよくわからないといった表情をなされていた。
その他の者にいたっては何やらものすごい勢いで噴き出されておいでのようだったが……
おや?
私の気のせいだろうか?
何だか周りから殺気が感じられるのですが……
「おいおいお前…そういうセリフは男に対して言うもんじゃねぇだろ?」
将臣様が私の肩に手をおいてそうおっしゃった。気のせいだろうか肩におかれた手の力が少しずつ強くなっているような……
「あの……しげ……いや銀殿……。そう言われる気持ちもわかる……。しかし私が口出しする事ではないのだが弁慶殿はやめておいた方が身のためかと……」
「それはどういう意味でございますか敦盛様?」
「い、いや……敵を増やす事になるだろうと……(ぼそぼそ)」
「おい敦盛……お前までまさか……!?」
「いや将臣殿、私は……!」
「ふざけるな!弁慶は俺の物だ!誰にもやらんぞ!」
「九郎落ち着きなさい」
「しかし先生……こればかりは誰にも譲れません!」
「だからと言ってここで言い争ってもしかたあるまい。恋の戦いは正々堂々と……よいな九郎」
「はい……って先生……?そんなに睨まなくても……」
どうやら弁慶様に想いを寄せている者は複数いるらしい……
「ちょっとみんな!いい加減にしてよね!弁慶さん狙ってるのはわかるけど私がいるのを忘れないでよ!こんな獣ばかりの中から弁慶さんは私が守るんだから!」
「獣って……先輩それはちょっと……」
「譲くんさっきから黙ってるけど私は知ってるんだからね!ただみんなからライバル視されるのを避けてるだけで譲くんも実は弁慶さん狙ってるんでしょ」
「ぶっ……せ、先輩どうして……!?」
「私には隠しても無駄なんだから〜」
これはどうやら泰衡様も相当苦労されるのではないかと思われる。まさかこれほどまで弁慶様が皆に慕われているとは……
人事のようだが私がその中の一人になるのも時間の問題ではないだろうか……
はっ……
それはいけない……
主の泰衡様を差し置いてこの私が弁慶様をどうにかできるはずなどないではないか……
しかしこの想いはどうすればよいのだろうか……?
溢れ出る想いは一体誰に止められるというのだろう……
「あ、あの……一体何の話をしているのですか?僕にはよくわからないのですが……」
頭のよい方だとは聞いていたが……
どうやら自分に向けられている好意に関しては鈍感なようだ……
「皆様が弁慶様をとても好いてらっしゃるという事ですよ」
「はあ……」
「この私もあなたのお姿を一目見て心を奪われてしまっただけなのです。だからどうかお気になさらずに。決して悪い意味で見つめていたわけではないのですから」
「は、はあ……」
皆の殺気立った視線が再び私に注がれるが気にしていてはこれから先、この一行と同行する事はできないだろう。
私は弁慶様の手を取り「さあどうぞ。平泉まで私が皆様をお連れいたしましょう」と言って目的地を目指した。尤も私が取った弁慶様の手はすぐに他の方々によって放されてしまいましたが……
記憶をなくし、何も思い出せず、泰衡様に拾われて……
泰衡様の言葉に従う事だけを考えてきたはずの私がなぜここまで心を動かされてしまったのだろうか?
一目見ただけでここまで胸が熱くなる事など考えられなかった……
私は泰衡様の命でここへ来て一行を導いているだけのはず……
余計な感情を持ってはいけないことは重々承知している……
私は泰衡様の道具なのだから……
まして主である泰衡様が想いを寄せている方なら尚更私が想いを寄せていいはずがないのだ。
私はただ命令に従っていればいい。
自分の意思など持ってはいけないのだ……
今は主の命のためこの方を守りましょう。
今まで感じたことのないこの胸の高鳴りを抑えて……
私はそんな事を考えながら泰衡様の命に従い一行を連れて平泉を目指したのだった。
Fin.
泰衡→弁←銀のつもりで書き始め、書いてるうちに総受方向になっていった代物です……
泰弁とか銀弁とかも結構好きらしいです……
なのでその辺もまた書きたいですね……
|