無自覚に迷い込む恋の道





「なあ、近藤さん」
「ん?どうしたトシ」

西本願寺に新選組屯所を移してからしばらくが経ち。
大分この屯所にも馴染んで来たといった所だ。

将軍の護衛……表向き長州征討のため、色々と支度をして来たが。
ようやく少し落ち着き。
局長の近藤さんと休息のため縁側で茶を飲んでいた俺は。
晴れ渡った青い空の下。
境内で屯している集団に目を向けてため息をつく。

「ここは新選組の屯所のはずだよな?」
「何を言い出すんだ?当たり前じゃないか」

近藤さんに向かってわかりきった質問を投げかけて頭を抱えた。
その様子を見て近藤さんが心配そうに覗き込むが、俺は眉間に皺を寄せたまま、外にいるとある集団を見つめて指さしながら叫ぶ。

「何で新選組の屯所であいつらが遊んでいやがるんだ!?」

俺の示す先にはまず。
新選組一番隊隊長の総司がいる。
だが総司は新選組の一員なのだからここにいても何もおかしくはないだろう。
問題はその他の連中なのだ。

「ああ、皆元気で何よりだ」
「あのなぁ……ここは遊び場じゃねえんだぞ」
「まあまあ、たまには息抜きもせんとな」
「息抜きだとしてもだ。問題は他にもあるだろ!?総司はともかく他の奴らは部外者だぞ!?」
「うむ、まあ確かにそうだが……ゆき殿たちにはこれからも世話になる事だしな」
「そりゃあ可愛いお姫さんなら歓迎してもいいが……」

俺はもう一度盛大にため息を吐いた。

百歩譲って部外者を認めたとしてだ。
一応寺の境内でもある。
これから共に長州征討へと向かう仲間という事で受け入れたとして。
新選組が追っていたはずの獲物が屯所で呑気に遊んでいる姿を見るというのはどうなのだ?
いいのか?
おい……



「んじゃ、俺が鬼だな。みんな隠れてくれや」

先程まで長州征討に関する難しい話をしていたのだが。
話が終わって宿に戻ろうとしたら肝心のお姫さんがいなくて連れの連中は帰れないようで。

どうやらかくれんぼをしているらしい。
いい大人が揃って何してやがんだよ?

鬼は坂本龍馬。
俺たちが以前血眼になって捜し回っていたお尋ね者である。
それが今じゃ俺の目の前で堂々とかくれんぼをしているときた。
今すぐにでもとっ捕まえてやりたい衝動に駆られつつ。
長州征討が終わるまでは龍神の神子御一行の仲間として手を出すわけにもいかず。
何とか抑え込むと。
隠れる側の面々に視線を向けた。

総司の他に、赤毛の三つあみ小僧、金髪碧眼の異人、情報屋で有名な夢の屋。
そして何故か薩摩の御家老まで……

はっきり言って御家老がいるおかげで文句が言いづらい状況だったりするのだ。

「何だこの異様な光景は……」

呆れたような疲れきったような声で吐き出した俺の言葉を受けた近藤さんが苦笑しつつ。

「はは……確かになかなか見られん光景だろうな。だが、総司のあんな姿を見られる日が来るとは、正直嬉しさの方が大きいぞ」

そんな事をぽろりと言った。
俺は改めてかくれんぼをして遊ぶ集団の中にいる総司に目を向ける。

何者にも興味など示さなかった総司が珍しく他人をえらく気にしている様子で。
陽の光に照らされてキラキラと輝く金色の髪を靡かせている異人の腕を引いて木登りをし出す。
だが総司は難なく登ってしまうその木に登る事がどうやら困難らしい異人の兄ちゃんは木の下で困ったように総司を見上げていた。

「サトウさん。さあこちらへどうぞ。ここは僕の秘密の隠れ場所なんです」
「……あの総司くん、私にはちょっと……」
「大丈夫ですよ。この木は丈夫ですから」
「いえ、そういう事ではなく……申し訳ないのですが私には登れそうにありません」

何やらその後小さくぶつぶつと呟いていたが俺に聞き取る事は出来ない。
雰囲気からして木登りなど無理だと愚痴っているんじゃないだろうか。

「やれやれ……ありゃどこの深窓の佳人だよ?総司も総司だぜ。一緒に隠れたいんならもっと相手の事考えて隠れ場所選べってんだ」

弟のような存在である総司の変化を喜びつつも心配になり、つい口に出してしまっていた。

総司が他人に興味を持つようになったのはいい事だと思う。
おそらく自分ではまだはっきり気づいていないのだろうが、確実に総司の心は一人の人間に傾いている。
俺の目から見て明らかだ。間違いないだろう。
あの総司が恋をし始めている。

相手は異人の男……ってのがちょっと引っかかるが……
俺の目から見ても綺麗だと思うのだから惚れるのもわからなくはない。
総司がいつ自覚するのかはわからないが、俺に出来る事は見守る事くらいだろう。
もちろん相談には乗ってやるし助言もしてやりたい所だが、まずは総司が自分の感情に気づかない事には始まらねえからな。

「いつ気づく事やらだが……」

総司の変化は素直に喜びたい。
喜びたいのだが、一つ問題がある。

俺は木の上で手を伸ばして誘う総司と。
総司に差し伸べられた手を困った顔で見つめる異人とを交互に見遣った後。
視線を動かす。
その視線の先には隅っこで目を隠しながら大きな声で数を数えている人物。

坂本龍馬。
あいつは油断ならねえ。
場合によっちゃ新選組の敵となる男。
「もういいかい?」とゆっくり尋ねた後くるりと身体を回し勢いよく走る。
そして程なくして。

「アーネスト見っけ!」

嬉々としながら異人の兄ちゃんに駆け寄って肩を抱く。

「りょ、龍馬さん……」
「へへっ、アーネストかくれんぼ下手だな」
「私はまだ隠れていません」
「返事がなかったじゃねえか」
「それはまあそうですけど……」

何気に身体に触れるその仕草。
奴の性格からしてそれはごく自然にも見えるが……
絶対に他の男にはしないであろう細かな仕草が目につく。

ありゃ好きな相手を構いたくて仕方ねえって感じだな。
呆れつつも苦虫を噛み潰したような気分になり舌打ちをした。

せっかく総司が変わり始めたってのに、まさか恋敵が存在するとは。
これはかなり分が悪い。
相手は自分の気持ちを自覚してああやって接触を図っているのだろうが。
総司はまだ自覚なしだ。
感情表現もまだまだといった状態でイマイチ上手く好意を表せていない。

あの異人の好みがどうかは知らんが。
あれじゃ勝負にならんだろう。
総司が自分の感情に気づく頃には坂本龍馬に掻っ攫われて終わっちまう。

男に興味はないが。
総司の一大事だ。
それに。
新選組の敵となりうるであろう坂本龍馬相手に負けるなんざ我慢ならん。

ここは何とか俺が力添えを……

「どうしたトシ?そんな恐い顔で睨みつけて」
「近藤さん。坂本龍馬は今すぐ排除しといた方が今後のためだと思うんだが」
「うむ……確かに油断出来ん相手だとは思うが、今すぐにというのはちと難しいだろう」
「少なくとも総司には邪魔な存在になる」
「総司?一体どういう事だ?」
「とにかく俺は坂本龍馬をこのまま野放しにしとくつもりはねえからな!この屯所内で好き勝手させてたまるか」

吐き捨てて俺は刀を取った。

「お、おいトシ!?」

慌てて止めに入る近藤さんを振り切り。
俺は刀を手に駆け出した。

そのまま勢いよく坂本龍馬を標的に走る。

「ん?何だ?」
「What’s happening?」
「サトウさん危ない!」

俺が刀を抜くと同時に。
総司がさっと木の上から下りて異人の手を取り坂本龍馬からその身を引き離す。
狙いを定めやすくなった所で俺は迷わず刀を振り下ろした。

「どわっ!?」

だがすばしっこい奴は間一髪で見事に俺の一太刀を避けきって見せる。

「くそっ!」
「おいおい危ないだろ!何すんだいきなり!?」

文句まで言う余裕があるようで腹が立つ。

「うるせえ!ここは新選組の屯所だぞ!てめえの好きにさせてたまるか!総司の邪魔すんじゃねえよ!」
「は?沖田の邪魔?一体何の事だかわからんぜ」
「すっとぼけんなよ!わかっていやがるくせに……」
「あ〜恐いのう……さすがは鬼の副長さんだ」
「おい馬鹿にしてんのか!?」

耐え切れずに再び刀の柄に力を込め振りかざす。
しかし奴は動じるどころか鼻で笑って余裕の態度。
俺の怒りの熱がどんどん上昇して行くのがはっきりわかる。

「ここは寺の境内だろ?あんまりうるさく言わなくてもいいだろうに心が狭いなぁ」
「ふざけるな!新選組を舐めるなよ!」

再び振り下ろした刃もやはり軽く避ける坂本龍馬に苛々が頂点に達し。
本気の殺意が芽生え始めた。
もう勘弁ならねえ。
と本気で刀を構えるとその気配を察したのか坂本龍馬も表情を改めて真剣になった。
が。

「ちょっと。君、鬼のくせに何さぼっているの?せっかく隠れたのに張り合いがないじゃない。この私がわざわざ付き合ってあげたのにどういうつもり?」

どこからか現れた薩摩の御家老。
呆れた顔でこちらへと歩いて来る。
さすがに御家老の前で坂本龍馬を斬り伏せるわけにもいかず。
俺は舌打ちしながら心を落ち着けると刀を収めた。
それを見て坂本龍馬も緊張を解く。

「ああすまんすまん。って別にさぼってなんかないだろ?帯刀は気が短くていかん」
「これからさぼりそうだったでしょ?まったく、いなくなったゆきくんを探しに行った瞬と都くんが戻るまでの暇つぶしのつもりだったけど、鬼がさぼっていたら隠れているのも馬鹿らしいしね」
「俺は悪くないだろ?新選組の副長さんがいきなり斬りかかって来たんだから」
「どうせ君が何か粗相をしたんでしょ?まったく……」

それに続いて他の面々も隠れるのをやめたのかぞろぞろと姿を現す。
どうやら今まで姿が見えなかったお姫さんも見つかったらしい。
かくれんぼに参加していなかった面々も集まり、龍神の神子御一行が勢揃いした。
これでとりあえず屯所からは出て行ってくれる事だろう。
坂本龍馬を睨みつけながらも斬る機会を逸して息を吐いた。
ちらりと見遣れば総司はまだ異人の手を取ったままだった。
手を離すのが名残惜しいのだろうか。

あれが無意識の行動だとしたら……
自覚したらどう化けるのかねぇ……

坂本龍馬に先を越されんよう早く気づくといいんだが。
気づいたら気づいたでどうなるのか楽しみなような恐いような。

「おい総司」
「はい、何でしょうか」
「坂本龍馬なんかに負けたら承知しねえぞ」
「はあ?……それは斬れという命令でしょうか?」
「違えよ!」
「何だかよくわからないですね。……どういった意味なのでしょう?」
「……早く気づけよ」
「?」

結局総司が恋を自覚するまでは、見守る事しか出来ない歯痒さが募る。
まあ俺は所詮第三者だ。
総司の事は応援してやりてえが。
人の色恋沙汰にやたらと手を出すのも野暮かもしれん。



しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道



今は無感情な人形のような総司。
命令に忠実で、何ものにも執着心を見せない。
そんな総司が恋を知った時。
恋敵を相手にどうするのかある意味かなりの見物だ。



お姫さんを中心に集まった不思議な組み合わせの一行を見送りながら。
この恋の行く末を思い俺は再び縁側で静かに茶を啜るのだった。





Fin.





第三者視点で書いた拍手SS。
総司さん絡みは第三者視点が楽しい気がします。
いや、でも総司さん絡み以外でも楽しいかもしれません、第三者視点…
また色々な人を絡めてみたいです。