魔法よ、どうか解けないで





みんなでクリスマスパーティーを楽しく過ごした次の日。
弁慶を連れて街へと出かけた。

クリスマスは恋人と一緒に過ごす日だと聞いたから。
迷わず弁慶を誘っていたんだ。
断られたらどうしようかと思ったけれど……
微笑んで優しく頷いってくれたからもうそれだけでオレは嬉しくなっていた。



街は昼間から恋人同士で仲良く並んで歩く男女のカップルがたくさんいて。
そんな人混みの中はぐれないように弁慶の手を自然と繋いでいた。
賑やかなのは嫌いじゃないけれど、弁慶とはぐれたら困っちゃうからね。

そうやって歩いていたら道行く人に「美人の彼女さんですね」なんて言われちゃってオレも弁慶も驚いた。

そうか、オレたち他の人の目から見てもちゃんと恋人に見えるんだ。
そう思うとやっぱり嬉しい。
男なのに女性と間違われるのが不本意らしい弁慶は複雑な表情をしていたけれど。
オレの惚れた欲目がなくても弁慶はやっぱり美人なんだなって思う。

そんな時だ。

「あの!そこのお似合いのカップルさん」

そんな風に呼びとめられた。

「え?オレたちの事?」

一瞬別のカップルの事だと思って考え込んだけれど呼びとめた女の子が明らかにこちらを見ていたため自分たちの事なんだと認識する。

「そう!仲良さそうに歩いているから素敵だなって思ったんです」
「そ、そうかい?ありがとう」
「あの、それでもしよかったらこのチケット貰って下さいませんか?彼氏と行くはずだったんですけど急に仕事で来られなくなってしまったみたいで……このままチケットを無駄にしてしまうのも勿体ないので」

そう言って望美ちゃんと同じくらいの歳の女の子はオレにチケットを差し出した。
急に知らない子から高そうなものを貰うのも躊躇われて断りの言葉を言おうとしたけれど。
オレの手にチケットを握らせると風のようにあっという間に走り去って行ってしまった。
手を振りながら人混みの中消えて行ったその女の子を呆然と見送った後。
手に握らされたチケットを見つめる。
弁慶も一体何のチケットか気になったようで覗き込んで来た。

「ディナーパーティー……ですか?」
「う〜ん夕食の宴って事かな?」

何やら豪勢な雰囲気のホテルが会場らしく華やかなパーティーだ。
こんな場所に弁慶を連れて行けるならどんなにいいだろう?
突然舞い込んで来た滅多にない機会に心が躍る。
でも乗り気じゃない所を無理に誘うのも気が引けるし。
弁慶はどう思ってるのかな?

「どうしようか?」

自分の意見を言う前に彼の意思を探ってみようと尋ねた。

「無駄にしてしまうのが勿体ないと仰っていましたし……せっかくだから行ってみますか?」
「え?いいの?」
「ふふっ……景時、とても興味があるって顔してますよ?」
「まいったな。確かに素敵な所みたいだし、弁慶と一緒に行けたらいいなって思うから……君さえよければ行きたいかな」



意外と快い返事が貰えて、このパーティーへ行く事が決まった。
さっそく会場へと足を運ぶ。

けれど。

いざ会場のホテルへと辿り着くと正装してびしっと決めている人たちばかりだった。
弁慶の服は元々スーツなのでともかく自分は明らかに浮いている。

このままの服装でパーティー会場へ入って行くのはさすがに人目も気になるだろうし……
どうしようかと弁慶が頭を抱えていた。

「やはり残念ですが諦めましょうか?さすがにこの格好では中へ入りづらいですし」

そう言ってオレの手を軽く引っ張った。
帰ろうという事なのだろう。
でもオレはこのまま帰るなんて寂しいと思ったから。

とある事を思い付いて弁慶の耳元で囁いた。

「大丈夫だよ。オレがとっておきの魔法をかけてあげるからさ」

そう言って意識を集中させる。
いつもは戦いの時に使う事が多い陰陽術。
それでもこんな風に穏やかで温かい時を過ごすために使える術がある。



弁慶に似合いそうな柔らかい萌黄色のドレス。
煌めく星々のように散りばめられた小さな宝石たちがきらりと光る。
そんな普段と違う衣装を身に纏った弁慶は本当に綺麗だ。
対するオレは黒いスーツに赤いタイを締めてびしっと決めてみた。
きっと周りの人から見たら完全に男女のカップルだろう。
ますます恋人として人の目に映るであろうその姿。

弁慶はしばらく唖然としていた。
そんな彼の手を引いてパーティー会場へと誘い込む。

「ちょっと景時。何ですかこれは?」

会場へと入ってからしばらくして我に返った弁慶が抗議し始めた。
男の僕にどうして女性のドレスを着せるんだとか。
僕は元々スーツを着ていたのだからそのままで十分だったとか。
こんな格好恥ずかしいだとか。
言いたい事は色々あるんだろう。

けれどドレスを着た弁慶は本当に綺麗だったから文句は聞こえないふりをした。

「まあまあクリスマスの夜くらいいいじゃない、こんな風に周りの人からも恋人として見て貰える幸せを感じるのもさ」

まあドレスなんて着てなくてもカップルにちゃんと見えていたようだけれどね。

「一夜限りの魔法だよ。明日になれば解けてしまうほんの一瞬の夢だ」

少しだけ、夢を見させてほしいなんて我が儘な事を思ってしまった。
別に弁慶が男だからって不満なわけじゃない。
けれど男としての欲望はあるわけで、そんな願望を一時叶えたいと思ってしまったから。
後で怒られる事は覚悟の上でドレスを着せてしまった。
やっぱり思った通り弁慶は女性のドレスを着ても似合う。
オレなんかじゃ釣り合わないなぁって思ってしまうくらいに綺麗だ。

「聖なる夜にだけでいいから、オレのお姫様になってよ」

そう囁いて頬に口づける。
魔法が解けないように、少しでも長くこの時間を過ごせるように願いを込めて。

「……やれやれ。困った魔法をかけられてしまいましたね」

恥ずかしさからなのか照れながら頬を赤く染めて。
少し視線をずらしながら。
だけどまんざら嫌そうでもない様子でオレの手を握る。

「でも……ドレスはともかく君とこうして華やかなパーティーで踊る時間はとても幸せな気持ちになれます。戦から遠く離れた平和な世界で甘やかな調べに身を任せられるこの幸福は、ただの夢なんかではないと思いたいですね」

弁慶は言う。

「この胸に込み上げる幸せな気持ちはきっと解ける事はないのでしょう。君にしかかける事の出来ない特別な魔法です。他の誰でもない、君と共にこうしていられる時間こそが一番の幸福ですから」

たとえ煌びやかなドレスは消えてしまっても、この一夜限りのパーティーが終わってしまっても。
オレたちがお互い愛し合う気持ちはなくならない。

こうして口づける事で君が幸福になれる魔法がかけられるなら何度だって口づけるよ。
抱きしめる事でずっとずっと魔法が続くというのならいつでも抱きしめる。
オレは陰陽師としては駄目な奴だけど、君に対しては立派な魔法使いでありたいと思うから。

「ねえ弁慶。目を閉じて」
「はい」

優雅な音楽に合わせて踊っていたオレたちはふと動きを止める。
ゆっくり目を閉じて顔を少し上向けてくれる弁慶。
何をするのかなんてわかっているんだろう。
だからオレもその身体を抱きしめて、迷わずに口づけを贈る。
唇という場所に。



ああどうかこの幸せな魔法よ、解けないでくれ―――



聖なる夜は一夜限りの特別な夜だけれど。
この幸せはいつだって感じていたいんだ。





Fin.





「クリスマス」をテーマに拍手お礼SS。
景時×弁慶で景時さんがいつも可哀相なものばかりだったのでたまには幸せなお話も書いてあげたいなと思いまして。
たまにはこういう幸せな景弁もいいなと。