聖なる夜、天使をさらう悪魔







すべての戦いが終わり、アーネストと高杉が神子であるゆきの世界で暮らす事となった。
こちらの世界へやって来てから然程日は経っていない。
そのためまだ二人共不慣れな事はあったがそれなりに馴染み始めたある日。
所謂クリスマス・イヴと言われるその日に。
祟の通う学校でクリスマス演劇をするらしく。
折角だからとみんなで見る事となったのだが。

「劇の主役級の二人が突然お腹壊してさ。もうすぐ開演なのに、ホントやってられないでしょ。というわけでアーネスト、高杉さん。代役、よろしくね!」

ゆきと共に演劇が上演される体育館に来てみれば。
アーネストと高杉に向かって祟が駆け寄って来ていきなりおねだりモード全開で話しかけてきたのだった。

学生でもない、劇の題目すら知らないと断ろうとする二人の腕を祟は無理矢理掴んで舞台袖に連れ込んでしまう。
ここまで来たらやるしかなさそうだと諦め台本を受け取ったアーネストと高杉。

「『オペラ座の怪人』……聞いた事ないな」
「残念ながら私もです」
「二人が知らなくても当然だよ。だって『オペラ座の怪人』は有名な話だけど幕末の人には早すぎる作品だもん」

祟がこの話は幕末より先の時代に出来たものだと解説しつつ、簡単に話のあらすじを伝える。

「それで?私たちは一体何の役をやればいいのですか?」
「うん、大丈夫。二人共ぴったりの役だからきっとすぐに役に入り込めると思うよ!」
「……俺たちにぴったりの役?」

自分たちにぴったりだという役が気になり台本と祟を交互に見遣り、役の指名を待つ。
そんな二人に祟が表向き無邪気に見える笑顔で言った。

「まずは高杉さん。黒衣に身を包んでまるで悪魔のように残虐非道な振る舞いで人々から恐れられる闇の化身、オペラ座の地下に住まう幽霊。たとえ拒まれようと愛する者を我がものにするためなら手段を選ばず身勝手に連れ去る強引さ。まさに高杉さんそのものって感じの怪人の役をよろしく!」
「……はっ、それが人にものを頼む態度か?さり気なく悪口を言われているようにしか聞こえん」
「ふふっ、確かに……言われてみればこの怪人は高杉さんにぴったりの役ですね」
「貴殿まで何を言う……。まあ、どこか似ている所があるというのは否定しないが……」

台本に目を通しながら時折頷いて見せる高杉。
怪人の行きすぎた行動に眉を顰めつつ、しかし共感出来る部分もあるのだろう。
やるからには真面目に取り組もうという気らしい。
台詞を頭に叩き込もうと声に出して読み上げている。
そんな高杉の姿を横目で見つつ、アーネストは自分の役について問う。
すると祟は悪戯を仕掛ける子どものような顔で言った。

「アーネストもぴったりの役だよ!特に高杉さんが怪人ならもうクリスティーヌの役はアーネストしかいないって感じだよね!って事で頑張ってね、アーネスト!」

一瞬何を言われたのか頭がついて行けずに、アーネストは固まった。
主役級とは言っていたがまさかヒロインの役を押し付けられるなど考えていなかったようだ。
アーネストは男であるのだからそんな考えに至らずとも当然だが。

「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでもあり得ないでしょう!?」
「え〜何で?」
「私は男ですよ?どうして女性の役がぴったりなんです?どう考えてもおかしいじゃないですか!」
「そんな事ないよ。アーネストは美人だし、衣装を着れば絶対その辺の女の人より綺麗に見えるだろうし」
「……冗談でしょう?」
「嫌だなぁ〜ボクは本気だよ。どんなに拒んでも聞いてもらえず、嫌がってるのに強引に手籠めにされちゃって、時には恐怖するくらい無理やり襲われて、もう本当に悪魔に囚われた可哀相なお姫様って所がぴったりじゃない?」
「なっ!?」
「瞬兄が言ってたよ。今でこそ相思相愛の恋人だけど、以前は嫌がってるアーネストが性欲旺盛な高杉さんの餌食になってたって」
「しゅ……瞬さん……祟くんになんて事を……」
「ふん、どうせ上手い事言って根掘り葉掘り聞き出したのだろう。でなければ桐生がわざわざ自分からベラベラ喋るとは思えん」
「とにかく代役は高杉さんとアーネストにしか出来ないんだからお願いね!ボクもラウルの役で頑張るからさ」

頭を抱えるアーネストにクリスティーヌの衣装が差し出され、いよいよ逃げられない状況になってゆく。
まるで最初から二人が役を演じると知っていたかのようにサイズもぴったりな衣装を渡されて不審に思うが、開演時間は迫っていてあまり詮索している余裕もなかった。

アーネストは劇の開始を待つ観客を見つめ、やるしかないとため息をついた。

「……もうどうなっても知りませんからね。後で文句を言われても困りますよ」
「大丈夫だって、発表会の演劇なんて外見と雰囲気で何とかなるんだから」

そうして気乗りしないアーネストも渋々台本を読みながら、まるで天使が纏うような純白の衣装に着替えるのだった。

「うわあ、思った以上に綺麗だね……」
「……サトウ殿……まさかその姿で大衆の前に出るのか……?」

祟が感嘆を漏らす隣で高杉がいつもと違ったアーネストの姿に見惚れつつ複雑そうな顔をする。



―――こうして舞台の幕が上がった。



「私の愛するラウル。私はあなたの事を忘れた事はありません。ずっとあなたを愛しています」
「僕もあなたを愛している。けれどあなたはずっと僕を見てはいない。あなたは彼を恐れているのですか?」
「いいえ違います。彼はいつも闇の中にいる。ここにいるはずがない」
「でもあなたは震えている。とても怯えているように見える。大丈夫だよ、クリスティーヌ。彼がどんなに恐ろしい悪魔だとしても僕がついてる。僕が守るから」
「ええ、私は彼が恐い……。彼は私を愛していると言う。けれどとても嫉妬深くて何を仕出かすかわからないのです。ですからどうか私と一緒に逃げてください」

作品をまったく知らない二人が咄嗟に台本に目を通し、付け焼刃で舞台に上がったにしてはなかなか順調に話が進む。
しかしそれは途中までの事であった。

クリスティーヌとラウルが愛を確かめ合い、助けを求める場面。
愛する二人の様子を見て怪人が哀しみ嫉妬する場面。

高杉はこれが芝居である事を頭では理解していた。
が、ラウル役を演じている祟に対して愛の言葉を囁くアーネストの姿を見る事に耐えかねたらしい。
怪人の役に完全に入り込んでいた事もあってか二人が愛し合う場面を黙って見ている事が出来なくなった高杉は台本とは違う台詞で二人の間に割り込んだ。

「お前を誰よりも愛しているのはこの俺だ。お前をこんなにも求めている俺から逃れられると思っているのか?」

本来怪人の独白が入るはずだった所で二人の間に割って入って来た高杉にアーネストも祟もびっくりした様子で目を瞬かせる。

「……?高杉さん、台詞が違いますよ」

声を潜めながらアーネストはそう告げるが、高杉は構わず続けた。
それが劇の自然な流れであるかのように。

「この俺を選ばないというのなら、無理やり奪ってでもお前を手に入れよう」

そのままクリスティーヌを演じていたアーネストを暗黒のマントで包み、抱きかかえる。

「……ちょ、ちょっと!?」
「何してるのさ、今本番中なのに!」

細身であるとはいえ身長は高杉よりも高い自分が抱きかかえられてしまった事に恥ずかしさが込み上げ声を上げるアーネスト。
それを横で見つつ、台本にない台詞と行動に焦る祟。
だが高杉は観客席から聞こえるざわめきも、腕の中にいるクリスティーヌ役のアーネストが動揺する姿も、勝手に劇の流れを変えてしまった事に怒っているらしい祟の姿も気にせず。
そのままアーネストを抱えて舞台を降りて行く。

「ふっ、クリスティーヌは怪人に連れ去られた。多少台本からずれたが何とか話は繋げられるだろう?」

唖然とするラウル役の祟に小声で告げて。
まるで美しい天使をさらう悪魔のようにその場を去って行った。



演劇の衣装を纏ったままアーネストを抱えて学校の敷地外へと出てきた高杉。
人目を気にして降ろして欲しいと喚くアーネストだったが、高杉はどうやら降ろす気はないらしく。
せめて人気のない場所へと身を隠した。
高杉がアーネストを降ろす気などさらさらないとわかると疲れるだけだと諦めたのか大人しくなる。

「……まったく本当に、あなたはあの怪人に似て強引ですね」

皮肉だけは忘れずに口から洩れたが。

「あの怪人に似ている……か。まあ、否定はしないが。貴殿がそのような姿を大勢の前で晒すのが俺には耐えられなかった」
「そうですね……男の私に似合うはずないのに……恥ずかしい限りです」
「いや、逆だ。その衣装は貴殿に似合っている。だからこそその美しい姿を俺以外の者に見せたくはないのだ」
「あんまり恥ずかしい事を言わないでください」
「実際観客の中には貴殿の姿に見惚れている輩がいた。貴殿を邪な目で見つめていた者もいたのが許せん。あの場に“しゃんでりあ”というものがあったなら落としたいくらいにな」
「もちろんいつもの冗談ですよね?あの劇の怪人が嫉妬の炎を燃え上らせて荒れ狂う姿を想像すると何だか恐いです……本当に悪魔のようで……」
「だが俺には怪人の気持ちがわかる気がする。愛する者が誰かに奪われるくらいならばいっそ……そう思っても不思議ではない」
「……そういえば高杉さんは悪魔のような恐ろしい人でしたね……」
「貴殿が俺以外の者に心を奪われさえしなければ、俺が嫉妬で狂気に落ちる心配などないだろう」
「それはつまり、私が他の誰かに心惹かれるような事があれば、あなたも怪人と同じように嫉妬に狂い、愛する二人を引き裂いて無理矢理さらって闇の中へ閉じ込めるという事ですか?」
「……そうだな。貴殿をみすみす他の者に奪われるつもりはない。今この手の中にある温もりを手放すような真似はしたくないからな」
「……愛の告白をされているはずなのに、何だか恐いですね……」

少し不安げな顔でアーネストは高杉を見つめた。
とても愛されているという事が伝わって。
それは嬉しい事なのだけれど。素直に喜べないのは複雑な気持ちだった。



そんな二人にひらひらと舞い降りた粉雪。
ふと高杉が思い出したように言う。

「今日はクリスマス・イヴという日だと聞いた」
「ええ、そうですね。雪が降ってきましたし、今日はホワイトクリスマスかな」
「クリスマスは恋人と共に過ごす日だと……」
「まあ間違ってはいないかな」
「だから俺は貴殿を独り占めしたかったのかもしれん。あのような大勢の目に美しい天使を晒していたくはなかった」
「本当に悪魔は嫉妬深いんですね……」

心配しなくても私が愛するのはあなただけだと。
そっと耳元で囁いて。
アーネストは高杉に優しい愛の言葉を贈る。

「……今日は夜まで帰さん」

このまま天使を連れ去り二人きりのクリスマスを。
誰にも邪魔される事のない聖なる夜を共に過ごしたいと。
抱きかかえたまま、愛しさを込めて高杉はアーネストに口づけを贈る。



それは二人が初めてこの世界で共に過ごすクリスマスだった。





Fin.





「クリスマス」をテーマに書いた拍手お礼SS。
恋のさやあてネタです。
本当はもっと加筆修正したいSSだったりします。