Eternal Snow




「……恋なんてするつもりじゃなかった」

皆が寝静まる頃、自分の部屋で明りもつけずにベッドへと沈みながら。
ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも入る事はなく。
ただ己の胸に深く重く沁み込んでゆく。

恋などしているつもりはなかったし、果たしてこれが恋などと呼べるものなのかもわからない。
ただ会いたいという気持ちが膨らんでゆくばかりで。

「こんなに苦しい思いをするのなら、いっそ出会わなければよかった……」





俺はずっと、龍神の神子を守る使命だけを考えて生きてきた。
だからたとえ使命を果たした後、この身が消えるのだとしても構わないと思っていた。
それなのに、ゆきは俺の想像を越えてずっと諦めていた未来をくれた。
生きたいと強く願っていた祟もまた、生きている。

異世界での戦いを終えてこちらの世界へと戻って来たゆきは祟と恋人の関係になっていた。
俺はそれを少し寂しい気持ちで遠くから見守る事しか出来なかった。
元々戦いが終わった後の未来などないと思っていたのだ。
それがこうしていざこの先、生きられる未来を与えられると喜びと共に戸惑いも生じてしまう。
ゆきのそばでゆきの事を守り支える役目も終わってしまった今、俺はどうしていいのかわからなかった。
俺はゆきに恋をしていたのかもしれないが、役目を終えた後はこの身が消えると思っていたためその想いを必死で封じていた。
今更未来が与えられたからといってゆきに想いを告げられるだろうか?
いや、ゆきは今祟と共に幸せな日々を送っているのだ。
だから俺はもう、彼女に必要以上の世話を焼く事は出来ないのだ。

しかし今俺の胸に込み上げる想いは本当にゆきに対する恋心だろうか?
確かに今でもゆきは大切な女性である。
だがこれは恋心と言えるだろうか?
何かが違う。
ゆきと祟が共にいる姿を見て、少しの寂しさを感じはするものの。
特別嫉妬心が湧くわけでもなく胸が痛む事もなかった。
ただ兄離れしていく感覚……子離れしていく我が子を見守るような親の気持ちになった。

それよりももっと苦しくなる事がある。
何故……?
異世界から戻ってきても最初の頃はそこまで感じはしなかった。
けれど日に日に増してゆく胸の痛みの正体は何なのだろう?

わけがわからない。
自分の事なのに、どうしてこんな気持ちになるのか。

ふと異世界での出来事を思い出す。
そうして他の八葉たちの姿を思い浮かべるとほっとする自分がいた。
それだけではない。
その中でもある一人の人物を思い描く時、俺の心は激しく揺れ動くのだ。

どうして?

答えは見つからない。
ただ彼を思うとどこか心に火が灯り……
穏やかな気持ちになったり、逆に心の中を掻きむしられるように苦しくなる事もあった。

この気持ちは何だ?

ゆきに対して抱いた感情とも似ているようだが少し違う。
会えない時間が増える程、それに比例して大きな欲求が生まれる。

会いたい……今すぐに。

どうしてこんな願いを抱くのかわからない。
俺は男で彼も男である。
恋と呼べるものなのか、判断に迷う。

今までこんな気持ちになった事などなかった。

そして思い返してみる。
八葉の仲間と過ごした日々を。
俺はゆき以外の者に対してそれほど会話をした事などなかった。
対の八葉である坂本は一方的にべらべらと喋っていたが俺から言葉を返すのは本当に必要最低限の事であった。
最初の頃に比べたら大分俺も打ち解けてきたとは思うが。
それでもそこまで会話を楽しむ関係ではなかった。

だが彼とは……
アーネストとは不思議と言葉を交わしていた気がする。
俺自身も気づかないくらい自然に色々な話をしていた。

彼が母国語で話せば俺も自然と英語で返答していた。
その会話内容は英語を知らぬ者には伝わらないだろう。
そばに他の八葉たちがいても気兼ねなく会話を楽しんでいた。
思い返せば俺は知らぬ内に会話中笑みすら浮かべていた気がする。

大人びてはいるがどこか子どもっぽい部分もあり、時には兄弟のような関係だとも思った。
普段はしっかりしているはずなのに時折甘えるような言動を見せる。
それが俺にだけ見せる姿であるならばよいと思った。

日本の事が嫌いだと言いながら日本の事を知りたがる彼が何だかおかしかった。
本当は日本の事が好きだとわかるから、こちらの世界の日本について語るのも楽しかった。
口では皮肉を言いながらも目を輝かせて心躍らせながら俺の話を聞く彼の姿を見るのが好きだった。

ああ、そうだ。
あの二人だけで話をしている時間は不思議と心地よかった。
それは己の使命以外の事を考える事が出来る時間だった。
自分でも気づかない内に、俺は彼との時間が大切なものになっていたのだ。

それがすべての戦いを終え、別れの時を迎え、それぞれ別の世界で生きる事となった。
当然もう二度と会えないだろう。
異なる時空に生きる彼は本来決して交わる事のない場所で生きているのだから。

会えない時間が長くなればなる程、それに気づかされる。
ずっと気づけなかった想いに嫌でも気づいてしまう。
どうして今更こんな気持ちが込み上げるのだろうか。

せめてもっと早く自分の気持ちに気づいていれば、彼に何かを伝える事が出来ただろうか?
伝えていれば彼のそばに今でも居られただろうか?

いや。
本当はとっくに気づいていて気づかぬふりをしていたのかもしれない。
俺には未来がないのだと思っていたから。
その手を掴んではいけないと。

どちらにしても今となってはもう遅い。

遠い時空の彼方にいる彼に会いに行けるわけがない。
俺には時空を越える力などありはしないのだから。

もう二度と会う事はない。
その事実がとても重く圧しかかる。

この先、会えない時間が長くなればなる程、この想いは降り積もるというのだろうか?
今よりこの先、もっと苦しくなるというのだろうか?
いつまで耐えればこの想いは消えるだろうか?
永遠に消える事がないというのだろうか?

まるで雪が降り積もるように心の中が真っ白になり冷たくなってゆく。
未来を与えられ一時は希望の光が射したような気がしていたというのに。

ゆきに対してこんな気持ちを抱いた事があっただろうか?
わからない。
これは恋なのだろうか、それさえも。
ただ認めるのが怖いだけなのかもしれない。
恋だったとしても、もう叶わないのだ。
それならば忘れるしかない。
忘れてしまいたい。何もかも。
こんな想いを抱いた事などまるでなかったかのようにすべてを消してしまいたかった。

それなのに消えるどころか日に日に想いは強くなるばかりで。
どうして手に入らないと諦めた未来を手に入れたというのにこんなに苦しいのか。

「……こんな事ならいっそこの身ごと想いもすべて消えてなくなってしまえばよかったのかもしれない。未来など俺にはない方が……」

そんな事を言ってしまってはせっかく俺の命を救ってくれたゆきに申し訳ないのだけれど。

「ゆきにさえこんな強い想いを抱く事はなかったのに……。使命が果たせるのならば未来さえ求めなかったのに……。何もいらないと思っていたはずなのに……。どうして……どうして今になってこんなに誰かを求める?」



そして俺は日々、彼を想い、心の中でその名を呼び続ける―――





************





「ん?どうしたアーネスト」
「いえ……。ただ……今誰かに呼ばれた気がして……」
「誰かって?俺には何も聞こえんかったがなぁ」
「わかりません。でも何だか不思議な気持ちになるんです……。とても遠く……そう、まるで異なる時空から語りかけるような不思議な……」
「そりゃお嬢が俺たちの噂話でもしてるのかもしれんな!」
「そうでしょうか?」
「ああ、きっとそうさ!」
「……それならいいんですけど。でも何だか時々とても切なくなるんですよね……」
「んん?……まあ確かに、会えなくなって寂しい気持ちはあるかもしれんなぁ」
「私は……本当は……。彼に手を差し伸べてほしかったのかもしれません」
「彼?一体何の話だ?」
「……ああ、何でもないですよ。気にしないでください。ただゆきたちにもう会えないのが寂しいだけです」
「そうだな。だが俺たちはたとえ離れていたって永遠に大切な仲間だぜ」
「ええ、そうですね……永遠に忘れられない人たちです」
「お、雪が降ってきたな」
「ふふっ、噂をすれば雪(ゆき)ですか?まるでみんながそばにいるみたいです。異なる世界にいても、呼びかければ声が届くでしょうか?」
「ああ、気持ちは届くかもな」





Fin.





アニメ「満月をさがして」でタクト、めろこの死神コンビ演じられていたお二人が亡くなられてしまって……
久しぶりにアニメのED曲をじっくり聴き入ってしまいまして。

それで「ETERNAL SNOW」のイメージから何となく浮かんだお話がこれでした。
ちょうど瞬兄の歌の曲名が「永遠に降る雪」だったのでCPもわりとすんなり決まった感じです。
しかし相変わらずマイナー路線突っ走りのため一体誰得なお話なんだかわかりませんね(苦笑)
ちなみに最後アーネストと会話している相手が龍馬さんなのは瞬兄の対で同じ青龍の八葉だから八葉代表でチョイスした感じです。