ちくしょう5題 1







「オレはお前の事なんて嫌いだ」

突然。
何の前触れもなく。
チナミに正面に立たれ、まっすぐに見つめられて。
アーネストに放たれたのがこの言葉だった。

「嫌いなんだからな!」

もう一度、念を押すように大声で叫んでそう告げると。
そのまま、むすっとした顔で踵を返す。
駆けるようにその場を去って行った。

「……突然何です?」

別にチナミに好かれているなどとは微塵も思っていなかったが、特別共に会話をしていたわけでも共に何かをしていたわけでもなく、ただ神子と八葉皆が一緒に歩いていただけの何気ないその時に、わざわざ口に出して面と向かってあんなにはっきりと告げられるなんて不快だった。
元々アーネストとの出会いは最悪なものであったし、最初の内は姿を見ただけで武器を向けられる程だったのだ。
仲間として行動を共にするようになってから、命を奪われる心配はなくなったが、決して二人の仲はよくない。
大体はちょっとした事でチナミが一方的にキャンキャン吠えたてて、アーネストが面倒くさそうにそれらをかわすのだが。あまりにもしつこいとアーネストも我慢出来ずに皮肉で返す。
大人びているように見えるが意外と子どもっぽい部分もあるアーネストなので放っておくと言い争いが止まらない事もあるのだ。
好かれているなどと思える要素がないのだから。
わかりきった事であって今更面と向かって言う言葉だろうか。
しばらくチナミが何故そんな事を真剣な顔でわざわざ告げてきたのかについて考える。
そんなアーネストのそばに歩み寄って来る人物がいた。
くすくすと笑いながら、とても楽しそうに。

「小松さん?」

何がそんなにおかしいのだろうか。
アーネストが首を傾げながら己の前に立った小松を見た。
にやにやと笑みを浮かべる小松に率直な疑問を投げかける。

「一体何がそんなにおかしいのですか?」

自分は何かおかしな行動をしただろうか?
それとも何かおかしなものがついていたりするのだろうか?
思わず髪の毛に触れたり、自分の着ている服におかしな所がないかを確認してしまう。

「ああ、大丈夫だよ。私が笑っているのはチナミの行動だからね。君がおかしいわけじゃない」
「はあ……チナミくんがどうかしたのですか?」
「ふふっ。君、さっきチナミに嫌いだ≠チて面と向かって言われたでしょ?」
「ええ、まあ。それが何か?」

小松はまたくすりと笑って何もわかっていないアーネストの顔を覗き込んだ。

「あまりにもチナミが君の事を見つめているものだから言ったんだよ。余程サトウくんの事が好きなんだね≠チて」
「え?」
「そしたら何を言い出すんだと軽く否定してたんだけれど、私がもう一言だってとても熱い視線を送っていたじゃない?≠チて言ったら顔を真っ赤にして声高に私に言うんだよ、そんなわけがないと」
「…………」
「だから私がじゃあサトウくんにはっきり嫌いだと言えるの?≠チて言ってあげたんだよ。そしたら一直線に君の元へ向かって行ったというわけ」
「……それでですか。チナミくんをからかうのは確かに楽しいですが、私まで巻き込まないでいただけますか?チナミくんが私を好きだなんてそんな冗談……ありえないでしょう?」
「冗談……ねぇ?」

小松は軽く思考を巡らせて何かを考え込むような仕草をした。
そしてすぐにふうっと小さなため息を吐くと、

「まあ君にとってはありえない事なんだろうね。でもチナミの方はどう思っているのかな?」

そう言ってまたくすくすと笑う。

「どういう意味ですか?」
「チナミは色恋沙汰には疎そうだから……なかなか認められないかもしれないけどね」
「何をですか?」
「自分の想い……好いた相手への恋心かな」
「はあ……確かに、ゆきとの接し方を見ても女性に不慣れのようですからね。けれどそれが今の話と何の関係が?」
「君は知らなくていいよ。まだね。……私が教えてしまったらつまらないじゃない」

意味深な笑みを浮べられ、ますますアーネストは不審に思う。
チナミをからかっているようではあるが、自分も無関係というわけではない事を何となく感じ取っていた。

「そこまで言われては気になります」
「なら一つだけ。これからはチナミの言動を気にしてみるといいよ。彼が何を見て何を言いどんな仕草をするのか、ね」

それだけを言うと小松はその場を去った。
まだ何かを聞きたそうにしているアーネストであったが、これ以上は聞き出せそうにない。
仕方なく諦めて歩き出す。龍神の神子であるゆきの元へと。



一方、一人顔を赤らめて駆ける少年は。
アーネストの元から大分離れた所でようやく足を止めた。

「っ……オレがあいつを……あいつを好きだなんて……そんな事があってたまるものか」

チナミは過激攘夷派である天狗党の首領格であった。
今となってはもう同志たちと共にこの時代を駆け巡る事は出来ないけれど。
それでもまだ彼らの意志を受け継ぎ、その志を貫くつもりでいるのだから。
異人であるアーネストは同じ八葉という事で行動を共にしているが、それでも排除するべき異人の一人である事は変わらないはずだ。
さすがにこれだけ一緒にいればその命を奪う気にはなれないが、それでも。
好意を抱く事などあるはずがない。
チナミは己に言い聞かせる。
男相手に何をそんなに心惹かれるというのか?
ましてやあいつは異人であり好意を持つ相手ではないと。

「オレはあいつの事なんか……」

ぎりりと拳を握る。
とある可能性に気づきかけては否定したくて違うと言い聞かせ、それでもどこか否定しきれない事に苛立っては頭を振る。
ずっともやもやとした気持ちでいっぱいだった。
だからこそ小松にそれを指摘されて動揺したのだ。

決してありえないはずで、きっとこの感情は何か別のもので、好意などと呼べるものではなく、もっと他の何かであるはずだと。
そう思い込みたかった。ふとした瞬間頭を掠める可能性はすべて気のせいだと。

だというのに――

自分ではない他の者の目から見てもそれがはっきりわかるくらいだと言うのなら……
今まであやふやにしてきた己の感情。
認めるのが怖くて否定して、それでもその感情を消し去る事も出来ずに、ただ目を逸らした。

サトウくんの事が好きなんだね

小松の言葉が胸に刺さる。

ずっと認めたくなくて気づかないふりをし続けていた。
ずっと認めたくなくて否定し続けていた。
ずっと認めるのが怖かった。

認めてしまえば何かが壊れてしまうようで。

同じ志を持って共に戦った同志たちの意志を継ぐ者としても、 同じ八葉として神子を守り共に戦う仲間としての関係も……

壊したくなかった。
今のままの自分でいたかった。
けれど己の中に生まれた複雑な感情を消す事も出来ず、気づかないふりをして必死で蓋をしようとしていた。

その蓋を突然小松によって開けられてしまったような感覚がした。
一気に中に詰まっていた感情が外へ出ようとするのをチナミは再び閉じ込めるように慌てて。
小松に言われるまま。
アーネストに面と向かって否定の言葉を叫ぶようにぶつけた。

今は八葉として神子と共に皆で行動をしている最中であるにもかかわらず。
その場を逃げるように走って一行から離れてしまった。
きっとゆきなどは突然どうしたのかと心配になっているかもしれない。
チナミは呼吸を整えるため深呼吸をし、心を落ちつける。
つい感情的になって考えるより先に行動してしまうのは悪い癖だと反省しつつ、仲間の元へと戻る為、来た道を引き返そうとした。

するとそこにはチナミを心配して探しに来たのかゆきをはじめ八葉たちが歩いて来るのが見えた。

  「チナミくん、急に大きな声で叫んで走って行っちゃうからびっくりしたよ?何かあったの?」

ゆきが不安そうな顔で尋ねる。

「……い、いや別に。お、お前が心配する事は、何もないから安心しろ」

そう言いながらゆきと共に歩いて来る他の者の姿を見やる。
ゆきのすぐ近くを常に歩いているのは瞬と都。
更にその後ろをぞろぞろと他の八葉が続いて歩く。

その中にいて一際目立つ金の髪。
陽の光を浴びてキラキラと輝くその髪を風で揺らしながら。
先程ぶつけられた暴言を思い出しているのか不機嫌そうな、しかし何か自分が悪い事をしたのではないかと不安そうな表情ともとれる微妙な顔をしてアーネストは歩いて来る。

その姿を捉えてチナミの鼓動がまた暴れ出す。
走ったせいで少々速くなっていた鼓動は、今度は別の理由で速度を上げていた。

その感情を自覚してしまえば、もう止められはしなかった。
もう己の感情に嘘をつく事も出来ず、認めるしかないのだと思い知らされる。

チナミはただ立ち尽くして、仲間の中の一人の姿をその瞳の中に入れて。
誰にでもなく、己の心の中で叫ぶ。





ちくしょう、オレはお前が好きなんだ





Fin.





お題サイト様からお題をお借りしました。
これを見た瞬間にあ、チナサト書けそう?と思いまして…
しかし完成させるまでに大分時間がかかってしまいましてひとまず一つ目。
のんびりぼちぼち続きを書きたいですがいつになるでしょうね?(苦笑)

お題サイト 「Cubus」様より