inizio





長い冬休みを終えて、今日から再び学校生活が始まる。



長期休暇中って退屈なんだよね。
咬み殺す相手が学校にあんまり来ないから。

まあその分町内では活動するけど。
やっぱり学校が一番だからね。

生徒たちが登校してくるのを見ると心が自然と弾む。



そして始業式。



全校生徒が体育館に集まっていた。

僕は少しでも風紀を乱す連中がいないか目を光らせていた。

年末年始の浮かれ気分をそのまま残して学校生活始めようなんて輩がいたら速効咬み殺さないと。
既に何人か僕にやられてのびている連中を横目でちらりと見た。

「また楽しい学校生活が始まるね」

僕はとっても気分良く始業式を眺めていた。
校長の長い話の最中も、私語している者はいない。

僕が目を光らせているからね。
そんな事をする度胸なんてないよね。

その他冬休み中大きな事故がなく皆が無事に過ごせた事を喜ぶ教師の話の最中も、大人しく真面目に聴く生徒たち。

うん。
そうだね。
始業式をぶち壊すような真似をしたら僕が咬み殺すからね。

冬の体育館は寒くてじっとしていると凍えてしまいそうな程だけれど、それでも誰もこの冷え切った空間に文句を言う事はなくみな静かだ。



そしてやってきた僕の一番の楽しみ。

全校生徒が集められる時にはよく校歌を歌う場が設けられる。
この学校のためだけに作られた歌を歌う。
それはこの学校に在校する者に与えられた歌。

並盛中というこの学校のための歌だ。

それを歌う場が久しぶりに訪れる。

僕の胸が躍る。

冬休み中の退屈さをこの場で晴らしてくれる。



今、この始業式で校歌を歌う時がやって来た。



指揮者が壇の上に立つ。

伴奏者がピアノの前に座る。



指揮者がタクトを上げれば全校生徒がその先に集中した。

それから指揮者が伴奏者と合図を交わしてタクトが振り下ろされ、ピアノの前奏の音が体育館に流れ始める。

僕はそのピアノの音を目を閉じて静かに聴いていた。

うん。
やっぱりこのメロディは心地いいね。
久し振りだから余計にね。



そんないい気分に浸っていた僕の幸せな時間を突然ぶち壊された。



ぽろん



伴奏者が音を間違えたのだ。
しかも微々たる間違いではなくはっきりとした音の間違い。
一つの音を間違えたおかげでその後の音まで雑音だらけ。

せっかく気分がよかったのに今の音で台無しにされた。



不愉快だ!



がたん



「きゃあっ!?」


僕は伴奏者の座っているピアノの椅子を蹴り飛ばし、そのままその生徒にトンファーを突きつけてやる。
相手は女子であったけれどそんなのこの僕の機嫌を損ねたんだから関係ないよ。

「……あぁっ……」

僕の目の前にいる伴奏者はとても恐ろしいものを見るような恐怖の表情を浮かべ、がたがたと震えながら声にもならない叫び声を上げている。

「ねえ、君。僕が気持よく聴いていたのに間違えるなんて、咬み殺されたいの?」

ただでさえ寒い体育館の中の空気が一気に冷える。

伴奏を間違えたくらいで、それだけの事で酷くないか、そんな僕の行動を否定するような言葉がちらほらと聞こえた。

僕は伴奏者から視線を外して全校生徒へとギロリと睨みを利かせてみせる。

「ひぃ」というような声が聞こえたかと思えば一瞬にして静まり返る生徒たち。
どうやら僕に反抗しようなんて考える奴は誰一人としていないらしい。

じゃあ咬み殺しても文句はないね?

再び伴奏者に向き直る。

振り上げたトンファーが振り下ろされようとした。
その時、



「ヒ、ヒバリさん!!やめて!!」

ぴくり

突然僕の邪魔をするように誰かに名を呼ばれた。

沢田綱吉だ。

またあの強いんだか弱いんだかよくわからない草食動物か……。

誰も僕に歯向かってなんてこないだろうと思っていたけれど、どうやらそうでもないみたいだ……。
彼が出てくるとなると当然他の連中も出てくるね、きっと……



「おいてめぇ!ふざけんじゃねぇぞ!ちょっと間違えたくらいでがたがたぬかすなよ!」

やっぱり……

獄寺隼人。

イタリアからやって来たという不良少年。
黙っていれば綺麗な顔なのに、いつも眉間に皺を寄せて相手を睨みつけ、沢田以外の人間を敵視する騒がしい人物だ。



「そうだぜ、ヒバリ。相手は女だし、その辺にしとけって」

こちらは山本武か。

へらへらしているくせに食えない男。
僕に比べたら大した事ないけれど、油断していると少々危険ってくらいの実力はあるみたいだからね。



はあ……



さてどうしようか……

まずはあちらの3人から咬み殺しておこうか?



「ヒバリさん、間違えちゃうのは人間だから仕方ないですよ……」

おろおろしながらも僕に意見する沢田綱吉。
そんなに震えるなら黙っていればいいものを……。

「そうそう。もう一度仕切り直そうぜ。次は大丈夫だって。な?」

へにゃりとした笑顔が気に食わない山本武。
けど、せっかくの始業式をこんな奴らのせいでこれ以上台無しにするのも確かに余計に気分が悪い事かもしれない。

仕方ない。
さっきの伴奏の間違いには目を瞑るか……。

早く校歌を歌ってほしいしね。



「今回は見逃してあげるよ。だからさっさとやり直して」

僕は伴奏者から距離をとってトンファーを仕舞った。

「でも、今度間違ったらわかってるよね?」

そう吐き捨てながら伴奏者を睨みつけてやる。

「……っ」

今にも泣き出しそうな顔で震えていた。
相当この僕が恐ろしいのだろうね。
もうこの場で立ち上がる事もできそうになかった。

やれやれ……

これじゃあとてもじゃないけれどまともな伴奏ができるとは思えない。

「君、もう弾けないの?仕方ないね。誰か他に伴奏できる奴はいないのかい?」

そう言って僕は全校生徒を見回す。
誰一人として前に出てくる者はいない。

まあ誰が出てこようと今度間違えれば命はないからね。
怖くて誰も名乗りを上げる事ができないのだろう。

ほぼすべての生徒が身体を震わせて僕と目を合わせようとしない。
教師ですらこの僕に声を掛けてこないのだから。

しばらく伴奏者が立候補してくるのを待ってみたけれどこれ以上は時間の無駄だろう。
僕はそんなに気が長いわけじゃないからね。

もう待てないよ。

「誰も弾ける人いないの?じゃあやっぱりさっきの伴奏者を咬み殺すよ?」

先程収めたトンファーを取り出して全校生徒の前でちらつかせて見せる。

皆の顔が青ざめていたけれど僕はお構いなしにくるりとさっきの伴奏者を見下ろした。
まだ立ち上がれないらしい。
ずっと僕が倒した椅子と一緒に床に転がっている。
瞳からは涙がボロボロと零れているけれど、泣いたところで見逃しはしないよ。



「ちょっと、ヒバリさん!待ってください!女の子にそんな乱暴しないで!」

また沢田綱吉が僕の邪魔に入る。
本当に目障りだな。

「何?じゃあ君が代わりに僕の餌食になってくれるの?それともまさか君が伴奏してくれるとか?」
「えっ!?いやあの……俺ピアノなんて弾けないし……」
「じゃあ咬み殺していいんだ?」
「いや、違います!お、落ち着いて下さいヒバリさん!」
「伴奏者がいないと校歌が歌えないでしょ?僕がせっかく楽しみにしていたのにまさかこんな大事な日に録音されたテープでも使う気?」
「ええっ!?大事な日って何!?始業式がですか!?」
「文句あるの?」
「いえ!あ、ありません!ひぃいいっ」

僕はすっとトンファーを沢田綱吉の前に突き出して、黙らせようと握る手に力を込めていた。



もういいよ。
これ以上は時間の無駄だから。

本当に咬み殺す!

「10代目!」

……………

まったく……

沢田綱吉を咬み殺す前にまた邪魔が入った。
透き通るような翡翠の瞳が僕を睨みつける。
まあ、この緑色に睨まれるのは何故かあまり不快とは感じないけれど。

「おい、ヒバリ!10代目に何しやがる気だ!?てめぇ、ここで果たすぞ!」
「ふ〜ん、できるのかい?」
「んのやろぉ……」

相変わらずの一つ覚えか?
獄寺隼人はライターを手にし、煙草に火をつけようとしていた。
またダイナマイトを使ってくるつもりなのだろう。
本当にバカがつく程まっすぐな子だ。

いいよ、相手になってあげる。
かかってきなよ。
逆に僕が君を咬み殺すけどね。

そうして身構えた時だった。

「ちょっと待って獄寺君!駄目だよここでそんなの使っちゃ!仕舞ってお願いだから!」

沢田綱吉がまたしても止めに入る。
まあ今のは僕に対してじゃないけど。

「しかし10代目、こいつが……」

不満げに僕を見ながらも、沢田綱吉が駄目だと言っている以上は行動に出られずに動きを止めている獄寺隼人。

「ああもう何で新学期そうそうこんな事になるんだよ……もう帰りてぇ……」

沢田綱吉は何やらぶつくさ呟き……

「あ……」

とそこで突然何か思い出したように声を上げていた。

一体何だというのか。

「ねえそういえば獄寺君って……」
「は、はい?何ですか10代目」
「ピアノ弾けるんじゃないの?」



しばしの沈黙。



僕も沢田綱吉が何と言ったのかあまり理解できずにいた。



何だって?

獄寺隼人が……?
ピアノを……?



普段の態度の悪さ、気の短さ。
ダイナマイトを持ち歩いてはすぐに放り投げる。
そんな彼の姿からはとても想像などできはしない。

そうピアノを弾く姿など……



「いや、あの嫌なら断ってもいいけどさ……。もし弾けるなら弾いて欲しいなぁ……なんて……ダメ、かなぁ?」
「10代目……。いいえ!やります!やらせてください!10代目のご命令ならばこの右腕の俺が必ずややり遂げて見せます!」
「えっと……命令ってわけじゃ……ほら、獄寺君ピアノ弾くのトラウマだったりしないかな?無理しなくても……」
「……そんな、俺に気を使っていただかなくても……」



何だか沢田綱吉は無理に弾かなくてもいいと言い出している。
獄寺隼人もあまり弾きたそうではないな。
まあそれでも沢田綱吉が望むのならば何でもするのだろうけれど。

僕も気になってしょうがなかった。

いつも危険物ばかり扱う彼の手がピアノの鍵盤にどう触れて音を出すのかを。

あのいつも騒がしい彼がどんな音を奏でるのかを。



「僕も聴いてみたいね、君のピアノ」

気づいた時には言葉を漏らしていた。

「なっ!?だ、誰がてめぇなんかに……」

やっぱり僕にはものすごい反抗心だ。
本当にピアノが弾けるのか疑わしくなるばかりだね。
だからこそ気になる。

「君が伴奏を引き受けるなら沢田綱吉を含め、生徒全員見逃してあげるよ。でも君が引き受けないならここにいる全校生徒咬み殺すから」

「めちゃくちゃな事を……」なんて台詞がどこからか飛んできたように思えたけれど、今の僕は彼のピアノを聴きたいという気持ちの方が勝っていたから放っておいた。



「やっぱりできたらお願いしたいな……。ヒバリさんを怒らせないですむのはもうこれくらいしかないだろうし……」
「10代目……」
「獄寺君、伴奏してくれない?」
「わ、わかりました。10代目のためならこの獄寺隼人、やります!」





こうして獄寺隼人は僕が蹴りつけて倒した椅子を元の位置に、つまりはピアノの前に戻すと、彼自身がそこへと座る。

最初の伴奏者である女子生徒は床に座ったまま自分の代わりにピアノを弾く彼を心配そうに見つめていた。

他の生徒は指揮者と新たな伴奏者となった獄寺隼人とこの僕との間でびくびくしながら視線を彷徨わせている。

とりあえずは伴奏者が決まって先程よりは安心しているようだけれど。

まだ油断できないといったところだろう。

何たって次に間違えれば全員この僕に咬み殺される事になっているのだから。



指揮者がごくりと唾を飲み込み獄寺隼人の方を見やる。

ピアノの前に座った彼の手が僅かに震えていたのが見えて、本当に大丈夫なのだろうか、本当に彼はピアノなんて弾けるのだろうかと疑問に思った。

まさか彼がこの僕に怯えているってわけでもないだろうし……
寒さで震えているのか……それとも……
沢田綱吉に言われて渋々といった状況だったから、それ程自信がないのだろうか。
まあそうだよね、獄寺隼人とピアノなんて人から言われなければそうそう結びつかないし。

間違えるとか以前にちゃんと校歌の伴奏として聴こえるかも怪しくなってきた。

そんな震える手で校歌を弾くつもりかい?
そんなに震えていたらまともな伴奏は期待できそうにないね。

そう思って最初にちょっとだけ期待してしまった自分自身に溜息をついた。

けれど、やがて彼が息を大きく吸ってゆっくりと吐き出せば、何やら落ち着いた様子で手の震えが止まっていた。



……もしかしたらちょっとは楽しめるかもしれない。





獄寺隼人が指揮者と目を合わせてこくりと頷く。

指揮者がその合図でタクトを振り下ろす。

続いて獄寺隼人の白くて細い指が、ピアノの鍵盤を優しく、けれど力強く押していった。

体育館に鳴り響くのは、僕の愛する並盛中の愛すべき校歌の前奏。

前奏など時間にしていえば10秒にだって満たない。

ほんの僅かな時でしかない。

それなのにほんの数秒であっという間に全身に電撃が走ったようだった。

鳥肌が立つとでも言うのだろうか?
この僕がそんな感覚を味わう事になるなんて思いもしなかった。

ピアノの音だけでこれ程までに周りの空気を振動させるなんて……

プロのレベルだとは言えないのかもしれない。
別に僕はプロのピアニストに興味があるわけでもないからよくわからないけれど。

それでも今まで僕が実際に聴いたどの演奏よりも美しい音だと思ってしまった。
いや、確かに思った以上の腕だった。

けれど、僕が言いたいのはそう言った技術的な事だけじゃないんだ。
そう、そんな事じゃなくて、ただ、僕の目に映る光景が衝撃的だった。

いつもの獄寺隼人からは想像できない姿だったから。

普段の荒々しい気性とは打って変わって落ち着いていて、群れている時の雰囲気とは180度違うどこか孤独感の漂う空気。
眉間に皺を寄せてすべてを敵視している顔でも沢田綱吉に見せる屈託のない笑顔でもなく、全く見た事のない優しいけれどどこか憂いを秘めた表情。
いつもはダイナマイトなんていう危ないものを扱うその手が、滑らかな動きでピアノの鍵盤の上を踊っている。
いつも騒がしい彼がどことなく儚げに見えるばかりか、外から差し込む日の光が色素の薄い銀の髪をキラキラと輝かせていたため、その姿に目を奪われ、全身を震わせるピアノの音に恍惚と聴き惚れてしまっていた。



もっとこの音を楽しみたい。

ピアノを弾く彼の姿と共に。

そう思わずにはいられない。

しかし、今は校歌を歌う時。

いつまでもピアノの音だけで曲が流れるわけではない。



“緑たなびく 並盛の 大なく小なく 並がいい”



僕の好きなこの学校の校歌。

全校生徒が口を開いて歌い出す。

ああ……

もっとピアノの音だけで楽しみたかったのに残念だ。
10秒にも満たない短すぎる前奏だけでは物足りない。

そう思う自分がいて僕自身が驚いた。

元々はこの校歌が聴きたかったはずなのに、いつの間にか僕は獄寺隼人のピアノの音が聴きたいと思ってしまっていたようだ。

信じられない。

ここまで僕の興味を引く事ができるなんて。

胸のあたりがどくんと大きな音を立てた。

何やら熱いものが込み上げてくる。

僕は今までこんな感情を味わった事などなかった。

何だいこの感情は?

わからない、知らない、こんな感覚、まるで僕が僕じゃないみたいだ。



生徒たちの歌う声から必死でピアノの音だけを耳で拾う。

僕の好きな校歌。
だけど、ここまでこの曲を聴いて胸が躍ったのは初めてのような気がしていた。

いつもと同じ曲のはずなのに……

いつもと変わらない旋律のはずなのに……

獄寺隼人という人間が伴奏者であるというただそれだけでここまで違ってしまうものだなんて……



そんな事を考えている内に、気づけばもう校歌も終わりに向かっていた。

ああ……

この時が終わってしまうのか?

この校歌を歌うという時間の終幕を迎えるのがこれ程悲しい事だとは思わなかった。

もっと聴いていたいだなんて。

本当にどうしてしまったのだろうか?



最後のメロディーが流れる。
歌詞の終わりと共に、ピアノの最後の音が体育館に響き渡る。
しばらくは音が完全に消えるまでその余韻に浸った。





無事に最後まで歌えた事で全校生徒がほっと胸をなでおろし、安心したような溜息をつくのを感じた。
指揮者も今まで振っていたタクトを突如脱力したようにだらしなく下へと降ろす。
床に座り込んでさっきまで震えていた元伴奏者の女子生徒はといえば完璧に演奏を終えた獄寺隼人の姿をまるで救世主のような目で見ている。
そのままようやく震えを止めて立ち上がったかと思えば、真っ先にピアノの前に座っている彼の方へと向かっていった。

「あ、あの……」

女子生徒が声をかける。

「あ?」

ピアノを弾き終えた彼は既にいつも通りの獄寺隼人に戻っていた。
眉間に皺を寄せて声を掛けてきた相手に振り向く。

それでもその女子生徒は怖がる事なく言葉を続けた。

「ありがとうございました」

ぺこりと丁寧に頭を下げる。
そうして顔を上げた次の瞬間には彼女が獄寺隼人の手を取っていた。

「あの、私なんかよりずっとすてきな伴奏で、感動しました」

彼女の顔を見れば微かに頬を赤く染めており、目をキラキラと輝かせているのがわかって、僕は無性に腹が立ってしまった。
何に対して腹を立ててしまったのかイマイチ自分でもわからない。

ついさっきまで僕に怯えて恐怖していたくせに突然の変わりようにむかっときたのだろうか?

いや、何だかそういうわけでもない気がする。
何故か獄寺隼人が実はもてるという事実をふいに思い出してしまっていた。

「別におめぇのために弾いたんじゃねぇし」
「それでも、ありがとうございます」

未だ彼女は彼の手を掴んだまま離しはしなかった。
それを見ているとますますイライラが募る。

本当に今日の僕はどうしてしまったのだろうか?



「獄寺君!よかった、伴奏してくれてありがとう」
「いいえ、これくらい何でもないっスよ」

女子生徒に対しては不機嫌顔で対応していたのに、相手が沢田綱吉になった途端表情ががらりと変わって満面の笑顔となった獄寺隼人。

その光景も何だか気に入らない。

「これでヒバリさんも機嫌直してくれるといいけど……」

沢田綱吉がこちらへと視線をおそるおそる向けてくる。

確かに獄寺隼人の演奏は聴いていて気分がよかった。
校歌も無事歌い終えた。

だけど。

何かがおかしくなって居心地が急に悪くなってしまった。

こんな事今まで経験した事がないからどうしていいかもわからずに、自分の中で焦りとなる。



何なのだろう?

この感情は?

わからないよ全然。


とにかく一つだけわかる事があった。

群れる彼らを見ていたくない。

だったら咬み殺せばいいじゃないか?

でも、獄寺隼人が伴奏をすれば見逃すと約束をしてしまったわけだし……

いや、この学校において物事を決めるのは僕だからそんなのは関係ないといえば関係ないけれど……

今は何となく彼らを咬み殺したい気分でもなくて……



「まあ、演奏は悪くなかったから約束通り見逃してあげるよ」



そう吐き捨てて僕は体育館を後にした。

始業式が無事に終わるよう見張るのを、他の風紀委員に任せて。



そうして体育館の外に出た僕が目を閉じれば、思い浮かぶのは先程のピアノの音とそれを演奏する獄寺隼人の姿だった。



この何だかわからない感情は、いつの日か理解できる日がくるのだろうか?

それすらわからないなんて……



とても厄介な感情だね。





Fin.





獄のお誕生日から始めた銀髪祭(9月にお誕生日な銀髪キャラが3人もいたので突発的に始めた企画…)で小説書きやるって決めてから最初に書いたのがこれです。
つまりこれは初の雲獄SSであると同時に初のリボーンSSだという事ですね。

今までも無意識のうちには気になっていて、自分でもあまり気付かない程度で獄寺君を目で追っていて……
でもこの話でちょっと変化が……
そんな感じです。
これをきっかけに意識し始めると。

しかし雲雀さんの場合付き合い始めるまでにもう少しかかりそうな感じですね。

最初夏休み明けの話として書いたんですが、今後のSSの都合上冬休み明けの話に書き直しました。

題名はイタリア語で「始まり」