confessione
大嫌いだった。
ずっと……
ずっと……
小さくてわがままで、自分が世界の中心だったから周りの事なんて何も見えてなかった頃。
意地悪で乱暴ですぐに怒る彼が、幼くて小さな自分にとっては恐い存在であると同時に、世界一のヒットマンを目指す自分の敵対心を湧かせる存在だった。
そう、嫌いだったんだ。
大嫌い。
それなのにいつからなのだろう?
大嫌いが大好きに変わってしまったのは……
境界線なんてどこに引けばいいのかわからない。
きっとそれは長年かけて変化してきたものだから。
好きと嫌いの感情が混じり合って葛藤を繰り広げていた時期もあったんだろう。
けれど、
今ならはっきりとわかる。
オレの気持ち。
大嫌いなんかじゃない。
大好きという気持ち。
ふと外気の冷たさの為にポケットの中に入れられていた自分の手を外へと出して目の前に掲げた。
左手薬指に嵌められたごつごつとしたシルバーの指輪。
それを見つめながらオレは遠い記憶をぼんやりと思い出していた。
**********
昔、まだオレが子どもだった頃、若きボンゴレの家に世話になっていた時の事だ。
その日はボンゴレの部屋でいつものように獄寺氏と山本氏を迎えて学校の宿題をしているようだった。
「いいかランボ。オレ達これから勉強するんだから邪魔はするなよ」
そんなボンゴレの言葉をはじめの内は了承し、大人しく聞いていたオレだったけれど、子どもの頃のオレがそんな言いつけを長時間守っていられるはずもなくて……
結果……
宿題の邪魔をして暴れまわり、教科書やらノートやらが広げられていた机の上をぐちゃぐちゃに散らかしてしまっていた。
もちろんそんな事をすればせっかく宿題をしていた3人は怒るだろう。
けれどその中でも沸点が一番低いのが誰かなんて、言わずと知れた事だ。
「おい、アホ牛……」
低く静かな怒りを込めたその声が、部屋の空気をわずかに震わせて……
「てめぇふざけんな!!邪魔してんじゃねぇ!!」
怒声が鳴り響く。
その後いつもの如くこてんぱんにやられてしまっていた。
抵抗なんて出来ないし、ましてや一撃さえも反撃出来ず、ただただぼこぼこにされて、そしてその痛みに耐えきれなくなるとわ〜わ〜と泣きわめくしか出来ない。
今思えばなんてうざったい餓鬼なんだろうかと自分でさえも思う。
いつもいつも迷惑ばかりかけていた。
「獄寺君落ち着いて!」
「まあまあその辺にしとけって獄寺〜」
泣きわめくオレに尚も突っかかっていきそうな勢いの獄寺氏を、本当は自分たちだって怒りたい気持ちだったであろうボンゴレたちが止めに入る。
山本氏の言う事はともかく、ボンゴレの言う事には渋々といった表情で引き下がる獄寺氏。
「ったくしょうがねぇ……今日はこれくらいにしといてやる」
そんな事を呟きながらオレの胸倉を掴む手が緩められていった。
その時だった。
獄寺氏の怒気が収まりかけて気が緩んだ瞬間。
子どものオレはその隙を狙って一矢報いようと必死に胸倉を掴んでいた彼の指にがぶりと噛みついていた。
「…っい!?痛ぇっ!!」
悲痛な叫びが上がる。
あの時は必死だったけれど今でも彼の痛みに眉を寄せ、苦痛な表情を浮かべて目を閉じたあの顔はぼんやりと頭の中に残っていて忘れられない。
「…っの…アホ牛がぁ〜〜〜!!」
オレが噛んでいる手とは逆の拳を使ってものすごい勢いで殴られた。
それでも泣きながらその手にしがみつき指を噛んでいた。
子どものオレが敵うはずはないのに、負けたくなくて、殴られたらもっと更に強い力で噛んだ。
口の中で血の味がしたのを覚えている。
それだけ強い力を込めて噛んだのだ。
さぞかし痛かった事だろうと思う。
「離れろコノヤロウ!!」
獄寺氏が身体を引っ張って手にしがみつくオレを引き剥がそうとした。
オレは何としてでも負けまいとその力に抗って……
彼の手を必死で掴んでいた。
まあオレの努力なんてほんのわずかな時しか有効ではなかったけれど……
そう、頑張ってしがみつくオレの身体は結局彼の手から離されてしまった。
必死で反抗していたオレはその時に獄寺氏の指に嵌められていた指輪にしがみ付く形になっていたようで。
離されてしまった時に一緒にその指輪も引き抜いてしまっていた。
指輪を盗もうとしていたわけでもなかったからわざとではなかったけれど。
オレは指輪を返す前に激怒した獄寺氏に勢いよく投げ飛ばされ、その後はもう我慢が出来ずに泣きわめいて10年バズーカを使って逃亡だ。
未来の自分と入れ替わり、元に戻った時には既に獄寺氏はボンゴレの部屋にはいなかった。
聞いた話ではオレが力いっぱい噛んでしまった指の手当をママンにしてもらっていたようだった。
**********
懐かしい記憶。
大嫌いだった。
ずっと……
ずっと……大嫌いだった。
だけど。
今は違う。
オレの気持ちは幼き日からどんどん変わっていって。
大嫌いなんかじゃなく。
大好きという気持ちになった。
オレの左手薬指に嵌められた指輪。
小さい頃のオレが獄寺氏の指に嵌められていたリングを喧嘩の最中抜き取ってしまいその後返す機会がなくてそのまんま。
このオレがずっと隠し持ったままになっていたものだった。
子どものオレには指に嵌めるには大きすぎて、まるで宝箱の中に入れるみたいに大事に仕舞い込んだ。
あの頃は大嫌いだった獄寺氏のものだったから、多分彼のものだからではなく、単純に綺麗な銀色のリングに惹かれて宝物のように扱ったのだろう。
まさか今、こんなにも恋い焦がれる相手になるとも知らず。
ずっと長い間宝箱の中に仕舞い込まれていた指輪。
ようやく自分の指に嵌められるくらいに成長した。
彼が昔、その指に身につけていた指輪を。
そっと指輪に口付ける。
大嫌いが大好きに変わった。
そのおかげでこの指輪の価値が変わった。
愛しい人がその指に嵌めていたものをオレも今身につけている。
それが嬉しくて自然と笑みが零れた。
勝手に自分のものにしてしまった事を知ったら彼は怒るかな?
それでも……
これはオレの宝物。
まるで結婚指輪みたい。
この指輪がオレの指に嵌められるくらい成長して、あの頃の獄寺氏に追いついたら告白しようと決意した。
だから今がその時。
小心者のオレだけど……
この勝負だけは負けられない。
そう思うのだけれど、今の彼は更にあの頃より成長してしまった。
オレがどんなに追いかけても追いつけない。
彼に追いつこうと必死になるのにオレはどうしても辿り着けない。
そんなのは当たり前だ。
オレと彼の年の差を埋める事なんて出来るわけがないのだから。
それでも……
もう子ども扱いされるのは嫌だから……
一人の男として見てもらいたいから……
今からオレのこの想いを伝えに行きます。
――― Ti amo. ―――
Fin.
以前ブログで投下したラン獄SSを加筆修正。
題名はイタリア語で「告白」
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