補習で訪れる幸福





僕はいつものように応接室でこの並盛に関する資料を眺めていた。
何故なら僕の並盛の風紀を乱すものがあれば即行で手を打たねばならないからだ。



特に今回は問題ないか?

半分程軽く資料に目を通しながらそう思いかけた。

が、次の瞬間僕の目にとある問題が飛び込んできた。

「……何……これ?」

思わず声を漏らす。

そばで控えていた風紀副委員長の草壁が「はい?」と疑問符の付いた返事を返した。
僕の手の中の資料を覗き見て、「ああ、この前行われた定期試験の結果ですね」と頷く。

そんな事はわかっている。
見ればわかる。
問題はそこではない。

「僕が聞きたいのはそんな事じゃないよ」

表情は変えず、けれど僕は不機嫌を隠す事なく草壁に向って言葉を投げかける。

「3年の平均点……決していい点数とは言えないけれどまあこの並盛のレベルとしては妥当なところだね。1年の平均点も同じ事が言えるかな」
「はあ……」
「けど……2年の平均点は何だい?」
「え?」
「僕はね、校歌の歌詞のように並盛は並でいいと思っているからね。別に優秀な生徒を求めているわけじゃないんだ。個人個人のレベルも同じわけがないから成績のよい者もいれば悪い者もいる、それも別に構わない。でもこれはあんまりだと思わないかい?」

草壁の前に今回の定期テストに関する資料のうち、それぞれの学年の平均点がまとめられた一枚の紙を差し出しながら2学年の成績を指摘した。

1年と3年の成績は決していいというレベルではないのかもしれないが、いたって普通、並の成績だと思われる。

しかし、それに比べ明らかに2年生の成績、今回のテストの平均点は悪かった。

これは並以下だ。
僕としては許せない。

「まったく……誰なの?2年の平均点を下げている奴は?」

個人の成績の詳細が書かれた資料をあさる。

個人情報になるかもしれないが、この風紀委員が見るのには問題ない。
この並盛においての秩序は僕だ。
僕がこの学校の生徒の個人情報を見ても誰にも文句は言わせない。

「…………」

パラパラと2学年の個人の成績を見た後、最後に成績順に名前が並べられた資料を見つけてそこに書かれた名前を眺める。

「ワオ」

今回の定期テスト結果においての最下位の人物の名前が僕の目に飛び込んできて思わず口元を吊り上げた。

「2年の成績を著しく下げているのはあの草食動物たちか……ちょうどいいから咬み殺す」

そう呟いて僕は草壁に資料をすべて押し付けると応接室を後にした。



まあ平均点を下げているのは一人二人のレベルではない。
それでもやっぱり最下位の奴は他の者からずば抜けて点数が悪い。

真っ先に制裁を加える対象にするのは当然だ。
まあその人物と運悪く同じクラスの者たちにもついでに制裁を加えるけどね。

僕は目的の人物がいると思われる教室を目指す。
まだ授業中のはず。
学校に来ている限りは教室にいるだろう。この時間の授業が移動教室でなければ。

そして、僕が丁度教室の扉の前に立った時、授業終了のチャイムが校内に鳴り響いていた。
計算通りだ。

僕の手によってがらりと開けられた教室の扉。
「ひっ」と僕の顔を見て怯えたような声を上げる教師には目もくれずずかずかと中へ侵入する。

授業が終わっているから余計な事に巻き込まれぬうちに退散するのが吉と判断した教師はあっという間に姿を教室から消していた。

生徒たちの方はと言えば皆震えあがりながら真っ白になって固まっている。

僕の用事が何なのかわからない以上逃げ出す事も出来ないのだろう。

僕の姿を見ても怯える事なく平然としているのは……
獄寺隼人と山本武くらいか……

今まで授業中だったため皆自分の座席に座ったままだ。

僕は今までそこに教師が立って授業をしていたであろう教壇に立つ。

し〜んと静まり返った教室内。
あまり時間を無駄にするのももったいないので要件を早々に伝えるため口を開いた。

「君たち、今回の定期テストの結果……最悪だよ」

教室内の温度が一気に下がった気がした。
けれど構わず続ける。

「僕は別に難しい事を要求しているわけじゃない。並盛中は並でこそ素晴らしいんだから。それなのに……並以下ってどういう事だい?」

さあっと青ざめる生徒たち。
当然この僕に反論出来る者はいない。
いや……
どうやら一人いたようだ。
時間の無駄だから少し黙っていてくれるとありがたいのだけれど……

「てめぇ、何が言いてぇんだ?」

ギロリと眉間に皺を寄せながらこちらを真っ直ぐに見つめてくる翡翠の瞳。
獄寺隼人だ。
その綺麗な緑色に見つめられるのは嫌いではないが今は早く目的を実行したいので僕はちらりと見つめ返しただけですぐに視線を逸らす。

「君は黙ってて」
「んだと!?」
「君には関係ない話だから帰っていいよ。そうだね。今回のテストの平均点が50点以上なら帰る事を許可するよ。むしろ邪魔だからさっさと出てって」

先程のチャイムは本日最後の授業終了を意味する合図だった。
後残るはあまり重要性のないHRくらいだ。

ならば生徒を帰らせても問題はないだろう。
僕が言うのだから教師たちに文句など言わせはしない。

あえて言うなら今、僕が話をするこの時間こそがHRだ。
そして今話をする内容からして、成績優秀者にはこの場にいる意味は殆どないのだから帰らせても問題はないはずだ。

50点以上と定めたのは区切りがいいからというだけで特に意味はない。

「なっ!?ふざけるな!10代目をおいて帰れるかよ!」

獄寺隼人は成績優秀者に含まれる。
というより今回の定期テストでダントツの1位だ。
2学年の平均点を上げるという役目をきちんと果たしている貴重な人物ともいえる。

しかしそんな彼は僕が帰る事を許可したにもかかわらず、帰ろうとはしなかった。
反抗的な態度を取るばかりだ。

教室内の何人かはこれ以上巻き込まれるのはごめんだとばかりに帰り支度を始めては、そそくさと教室の外へと飛び出していく。
おそらくは僕が帰る事を許可した平均点50点以上の者たちだろう。
そう、自分に関係がないと判断したら次の瞬間には逃げるように去っていくのだ。

それでいい。
邪魔な人間はいない方がいいからね。

しばらくすると成績優秀者と思われる者たちが皆去っていき、残された生徒たちの青くなって固まっている姿が僕の目に映る。

まあ獄寺隼人は相変わらず帰ろうとしないけれど、仕方がないね。
話をさっさと終わらせるためにも続けよう。

「2年の成績があまりにも悪過ぎるから、今日から補習授業をさらに増やしてもらう事にしたから」

後で教師たちには言っておかないと。

「成績悪いくせに欠席なんて許さないよ」

僕はそう吐き捨て教室内を見渡した。

「ケッ……何でてめぇがそんな事勝手に決めんだよ」

また反抗的な態度の獄寺隼人。

やれやれ。

「平均点がこれじゃあ並盛の秩序が保てないからだよ。成績が悪い奴がいけないんだから文句言わないでくれるかい」

とりあえず間違った事は言ってないよね。
だからなのか彼も少しは納得して大人しくなった。

「ふん……」

いつもこのくらい聞き分けてくれるとありがたいんだけど……

「とりあえず今月は土曜日も日曜日もないって思っておいた方がいいよ。みっちり補習入れてあげるから」

ひいぃぃ〜

そんな声がどこからともなく聞こえてくる。

けれど誰も反抗なんてしない。
そんな事させやしない。

「え〜オレそれはちょっと困るぜ」

って、またしてもこの僕に歯向かおうっていうの?
誰?
何?

今度は山本武か……

まあ僕に歯向かえるのは獄寺隼人の他にはこの男くらいしかいないだろうけど。

「もうすぐ試合あるし、部活の練習の時間が減っちまうのは勘弁なのな〜」

この僕に対して呑気な声でそう言って来る。

「僕に反論する事は許さないよ」

へらへらと笑いながら頭を掻く山本武にぎろりと視線を向けた。

「補習をサボったら君たちの部活は今後活動出来なくなる事を覚悟しておいた方がいい」
「うわぁ……そりゃ困ったな……」

大して困ってなさそうな顔でそんな事を言う彼が非常に不快だ。
これ以上相手にしていたら僕の機嫌が悪くなるだけだろう。
そう思い、補習の詳細日時を告げるとさっさと教室を後にした。

僕が去って行くと教室内で盛大に安堵の息を吐く声が聞こえた。
それらを無視して僕は再び応接室へと戻って行くのだった。



**********



そして毎日放課後みっちりと詰め込まれた補習。
その時間、僕は無断欠席者がいないかを一クラスずつ自分の目で確認するために見回りをしていた。
そんな時だった。
問題児の多い補習が行われている教室の前で。
一人廊下に座り込んでいる男の姿が僕の目に入った。
遠くからでも目立つその容姿は見間違えるはずもない。
日本人の中に混じっては異色である銀色の髪を揺らしてぼんやりとしている。

「獄寺隼人……」

小さくその名を呟いた。
すると少々離れていたにもかかわらず、彼が僕の方に気づいて振り向いた。

「ヒバリ……」

彼も僕の名を呟いた。
多少睨まれたけれど、いつものようにやたらと突っかかって来るような素振りはなく。
静かにこちらを見ていた。

「こんな所で何してるの?」

他人になど興味がない僕が珍しく気になってそう問いかけていた。

「何って……10代目をお待ちしているに決まってるだろ」

刺々しい口調ではあったが、どこか静かでいつもの彼らしくないと思った。
だから余計に気になって話を続けた。
いつもならきっとこんな会話もしないだろうに。

「補習ならまだ始まったばかりだと思うけど?まさか終わるまでその体勢でここにいるつもり?」

廊下に腰を下ろしてぼんやりとしているその姿に近づきながらそう問う。

「……本当は屋上にでも行って昼寝をしようと思ったんだけど……」

普段の彼なら僕の問いに真面目に答える事もしなかったかもしれないが、特に僕に反発する様子もなく答えを返して来た獄寺隼人は座り込んだ体勢のまま、窓の外を見つめた。

ザアザアと音を立てて空から落ちて来る雨。
雲は暗く不気味な姿で渦巻いていて。
とても屋上で寝転べるような状況ではない。
もしも屋上へと出たならばたちまちずぶ濡れだ。

「雨か……それで。寝つける場所がないからここに座り込んでるってわけだ」
「……まあそんなとこだな。保健室に行こうかとも思ったんだが、シャマルが煩かったし……」
「ふ〜ん」

正直どうでもいい事だった。
僕には関係のない事。
誰が何処で何をしていようと、並盛の秩序を乱しさえしなければどうでもいいはずだ。

それなのに何故か獄寺隼人の事が気にかかる。

イマイチ強いのか弱いのかわからない沢田綱吉に異常な忠誠心を持っていて。
今もこうして補習が終わるのをわざわざ待っている。
やる事がないならさっさと帰ればいいのにそうしない彼が不思議でならない。

いっそ彼も頭が悪かったなら沢田綱吉と同じ場所にいられただろうに。
そんな考えがふと過る。
そして、いやそれでは困るとどこかで思う。

いつも沢田綱吉に付き従っている獄寺隼人が一人になる時、どこか惹かれるものがあった。
群れるのを嫌う僕が群れていない彼を見るのがとても心地いいのだ。

だから不思議と僕は獄寺隼人の前に立つと、彼を見下ろして呟いた。

「だったら応接室に来なよ。ソファーがあるからそこで寝るといい」
「へ?」

獄寺隼人は僕の言葉に驚いて目を見開いた。
僕も自分で言っておいて驚いていた。
何故そんな事を言ってしまったのかと。
けれど今更自分の言葉を取り消すつもりもなくてそのまま言葉を続ける。

「あそこは風紀委員のための部屋だけど、補習の時間は特別に、君に使う権利をあげる」

そう告げて僕は獄寺隼人の手を引いた。
座り込んでいた彼が僕に引っ張られて立ち上がる。
彼の事だからここで反発してくるかもしれないと思ったりもしたけれど。
どうやら今日は大人しいようだ。
随分と珍しい。
まあ今日は僕も珍しい事をしていると思うけれどね。

「……ヒバリ……?」

不思議そうに僕の瞳の中を覗き込む獄寺隼人。
僕の漆黒の瞳と獄寺隼人の翡翠の瞳がお互いの姿を映している。
二人の視線が交わって。
ごくりと唾を飲む。

普段の自分では考えられない程、気持ちが穏やかになってゆくようで。
こんな気持ちになる自分は今まで知らなかった。

「……おいで。補習が終わるまで眠らせてあげるから」

自分でも驚くほど柔らかい声音でそう促して。
戸惑う彼を見るのも何だか楽しくなって来た。
そんな自分自身も戸惑いがあって、おかしな日だと思う。

立ち上がった獄寺隼人の腕を引いて。
僕は歩き出す。
何故か心地よくて、足取りも軽い。

いつもの応接室。
だけど。
扉を開けばいつもより明るく感じた。

「……おいヒバリ、本当にいいのかよ?」

怪しむように獄寺隼人は恐る恐る足を踏み入れる。

「構わないよ。部屋を汚さなければね」

僕はソファーを指差して案内をすると彼もゆっくりとこちらの様子を窺いながらそこへと導かれてゆく。

「そ、それじゃあ……遠慮なく……」

そう言って横になる彼だったが。
どうやら僕の視線が気になってなかなか寝付けないようだった。

それが始まりだ。

この日から。
補習の日は決まって獄寺隼人が応接室へとやって来た。

最初はおろおろとしながらだったが、やがて慣れたのか無防備に寝顔を晒すようになっていた。
そんな彼の寝顔を見つめながら風紀委員の仕事をするのも僕の日常になりつつあった。
けれど。
不思議と嫌ではなく。
むしろ幸福感を感じている自分がいるのだった。



この感情が何なのか、僕はまだ知らない。
だが、補習の日がたまらなく楽しみになってしまった事は確かだった。

このきっかけを作ったのがあの沢田綱吉だというのなら。
彼の頭の悪さに少しは感謝をしてもよいかもしれないと思った。





Fin.





「定期試験」をテーマに書いた拍手お礼SS。