Una festa speciale






5月5日。
それは「こどもの日」として、ゴールデンウィークという長期休暇の中に組み込まれている祝日だった。

学校や会社が休みになるという事で浮かれる者は多かったけれど、僕にとってはどうでもいい事だ。
平日だろうが休日だろうが僕には関係ない。
ただ並盛の秩序を乱すものがあれば排除する。
だからいつもと何ら変わりはないのだ。

たとえそれが自分の誕生日だったとしても。
そんなのは関係ない。
誰かに祝ってもらいたいと思った事もなかった。
群れるのは嫌いだったから。

誰かと特別な日を共に過ごしたいだなんて。
思った事などなかった。



そう、この僕に、恋人が出来るまでは。



独りが好きだった。
他人と群れる事を避けていた。
そんな僕にまさか恋人なんてものが出来るなんて思ってもいなかったのに。

今ではとても大切に想う人が出来た。
いつも共にいたいと想う相手がいるのだ。
きっと昔の僕がそれを知ったら驚愕するだろう。
くだらない、邪魔な感情だと嘲り嫌悪する自分の姿さえ容易に想像出来てしまうくらいだ。



フッと静かに口の端を釣り上げて自嘲気味に笑う。

畳が敷かれた部屋の壁に掛けられたカレンダーを見ただけでワクワクしてしまう。
4月のページを破り捨てたそれには5月の日付がずらりと並んでいる。
もうすぐ訪れる特別な日が待ち遠しいと感じているなんて。
そんな自分は、愛など知らなかった昔の自分とは大分変ってしまったんだろう。

僕を変えたのは“彼”だ。
僕の今の恋人。
初めて愛した人で、これから先も死ぬまで愛するであろうその人。
最初で最後の僕の運命の人。



―――獄寺隼人―――



僕は目を閉じて頭の中に最愛の彼の姿を想い浮かべた。
もう出会ってから10年経ったんだと過去を振り返りながら。



そんな僕の耳に部屋の外から廊下を歩く足音が聞こえて来る。
その音はちょうど僕のいる部屋の前でぴたりと止まり、一息ついた後、襖が開かれた。
でも僕にはその襖が開かれる前に誰が来たかという事をわかっていたから。
目を閉じたまま振り向く事もせず呟くように名前を零した。

「隼人……」

静かに目を開けて、今か今かと待ちわびていたその急いた気持ちを悟らせまいとゆっくり視線を動かして行く。
開いた襖の先に立っていたのは予想通りの人物で。
僕は滅多に人には見せない柔らかな笑みを湛えた。
そんな僕に同じように微笑み返してくれる隼人が僕の名を呼ぶ。

「ヒバリ」

出会った時よりも背が伸びた隼人はとても美人に成長していた。
日本人にはない銀髪と翆の瞳が揺れれば思わずため息が漏れる程に美しくて。
そんな彼に優しく名を呼ばれれば自然と鼓動が速くなり、身体に熱が籠もる。

僕をこんな気持ちにさせるのはこの世でたった一人だけだ。
世界中どこを探したって他にいない。

「やあ。遅かったね。約束の時間を過ぎてるよ」
「ああ……悪い……」
「別に責めているわけじゃない。ただ連絡がないから少し心配しただけ」
「悪かったな。……にしてもヒバリが心配ねぇ?本当かよ?」
「それどういう意味?確かに他の奴の心配なんてしないけど、君は僕にとって特別な存在だからね」
「……そりゃどうも」

少し遠慮がちに部屋の中へと足を踏み入れて襖を閉める。
そしてゆっくりと僕の座る場所へと近づいて、あらかじめ用意してあった座布団に隼人は腰を下ろした。
ちょうど僕と向かい合う位置。
二人で会う時は大体定位置といえる場所。
そこに座って落ち着いた彼の姿を確認すると、僕はお茶を二つの湯のみに注ぐ。
その一つを隼人に差し出し、自分の分を手に取りながら話を切り出した。

「最近仕事が忙しいみたいだね」

ボンゴレのアジト内が近頃慌ただしい様子だった事と隼人が今日の約束の時間に遅れて来た事を考えて導き出された台詞だった。

「ああ……他のファミリーとの取引があってな」
「まあそんなの僕は興味ないけどね」
「だろうな」

すっと静かに小さな音を立ててお茶を一口喉に通した僕に、やれやれといった感じでため息をつきながら目の前に置かれた湯のみに手を伸ばした隼人。
殆ど音を立てずにそれを口にしてそっと元の位置に湯のみを置く姿はとても優雅なもので、思わず見とれてしまう。
そんな隼人から少しばかり視線を逸らして俯くと、僕は小さくボンゴレに対する文句を零してやった。

「だけど……僕の隼人を扱き使うのは許せないかな」
「……ヒバリ?」
「僕と会う時間、最近減ってるよね。ボンゴレのせいで」

ボンゴレへの嫌悪感を隠しもせず非難をする僕の態度。
ボンゴレ全体のお小言から沢田綱吉個人を毛嫌いする発言まで零し出せば、ボンゴレに傾倒し続けている隼人の気分を害するのも無理はなかった。

「おいてめぇ、ボンゴレに文句つける気か!?オレは10代目の右腕だぞ!お役に立つために出来る限りの事をするのは当たり前だ!」

今にも立ち上がって突っかかって来そうな勢いの隼人は片足を立てて拳を握り、ボンゴレの悪口をべらべらと喋っていた僕に向かって喚き散らす。
昔から比べれば大分大人っぽくなって落ち着いたのだけれど、彼のこういうところは昔と変わらない。

彼には彼の言い分があるのだろう。
けれど、

「君の立場は理解しているつもりだよ。でも……」

僕には僕の言い分がある。
だからそれを口にしようと言葉を紡いだそれは。



プルルルル―――



とある電子音によって遮られてしまっていた。

自分の携帯電話から出た音ではなかった。
もしもこれが自分の携帯への着信だったのなら、無視を決め込んでいただろう。
いや、僕の邪魔をした事に腹を立て相手に冷たい一言を浴びせて即行通話を切ったかもしれない。

だがしかし。
そのどちらも僕には出来なかった。

その着信音は僕の携帯ではなく隼人の携帯から流れたものだったからだ。
彼は僕の話の途中で「悪い」と小さく呟き、携帯のディスプレイの文字を目で確かめ、慌てて電話に出る。



「10代目」



ある意味で六道骸よりも敵対心を持っているその人物。
隼人が最も敬愛し、誰よりも最優先で、自分の身を挺して忠義を尽くす。



沢田綱吉―――



ボンゴレファミリーのボス―――



彼からの電話。



たまにはボンゴレよりも。
ボスの沢田綱吉よりも。
恋人である僕を優先して欲しい。

そんな事を言おうとしていた時に。
なんてタイミングで電話なんてしてくるのだ。



心の底で毒づいた。

けれど僕の心の中に吐き出された言葉など、もちろん隼人には聞こえない。



「はい。わかりました。大丈夫です。任せて下さい」



大人びた声で丁寧に。
電話だというのにわざわざ頭まで下げて会話をするその姿。
僕に対する態度と全然違う。
特別な態度。

ずきんと胸が痛む。
こんな気持ち、隼人を好きになる前には知らなかった。
認めたくないけれどきっとこれは“嫉妬”という感情。

僕とボンゴレとどっちが大事なの?

そんな事を聞いてしまったら隼人を困らせてしまうんだろう。
わかっている。

でも。
本当は僕が一番だと言って欲しい。
自分でも驚くぐらい僕は独占欲が強いみたいだ。

群れる事を嫌っていた僕が唯一そばにいて欲しいと思える存在だからこそ。
隼人にも僕だけを必要として欲しいという気持ちが強いのかもしれない。

そんな事を考えていた時。



「あ、……ええと……5日ですか?」



突然隼人の口から躊躇いの言葉が漏れて。
はっとした。

5日?
それってもしかして……

よりによって僕の誕生日に何か大きな仕事を入れるつもりなの?

ちらりと隼人の視線がこちらに向けられる。
しばらく無言で考え込んだ後。



「……いえ問題ありません」



承諾の言葉を口にした。

会話の内容ははっきりとわからないけれど。
ぶちっと僕の中で何かが切れた。

呑みかけのお茶が入った湯のみを少し乱暴に置くと僕はさっと立ち上がる。
そして携帯を耳に当て、そこから聞こえて来る声にぺこぺこしている隼人の前に立って見降ろした。

「はい……って……え?」

僕は眉間に皺を寄せながら無言で彼の携帯を取り上げ。

「ちょっと、僕に許可なく隼人を扱き使わないでくれる?」

突然の僕の行動に口を開けて見上げて来る隼人を無視して携帯の向こう側の人物へと冷たい口調で吐き捨てる。

「あんまり僕の邪魔をすると咬み殺すよ?」

一気に温度を下げた僕の空気が声のトーンさえもはっきりと変えて。
不機嫌を隠しもせず伝えてやった。

『あ、あれ?ヒバリさん?』

会話をしていたはずの相手が急に入れ替わり姿は見えなくともその動揺が滲み出た。
沢田綱吉が一瞬怯えたようなそんな声。
ただ10年前と比べるとその動揺の仕方も変わった気がする。
そして何よりその動揺は本当に一瞬だった。
すぐに冷静さを取り戻し。

『獄寺君と一緒だったんですね』

と平時と同じ調子で話していた。
ボンゴレのボスになったばかりの時は戸惑いも大きかったみたいだけど。
最近では割と落ち着きが出てきて。
優しさや大らかさの中に威厳とカリスマ性を醸し出している雰囲気を持つようになっていて。
嫌でもボスの素質を認めざるを得なかった。

もっともマフィアのボスである彼がひ弱で頼りなさ過ぎて実力も何もないような男だったなら、隼人をそんな奴の所に置く事を許さなかっただろう。
問答無用でボンゴレから遠ざけたはずだ。

10年前はまったくわからなかった。
それでも今は少しだけ認めざるを得ない。
隼人が沢田綱吉を敬愛する理由。
ただ素直に沢田綱吉という男を評価してやるつもりもないので口にはあまり出さないけどね。

そんな風に考えていると電話越しに優しいけれどボスとしての威厳を持った声で語りかけられた。

『オレは獄寺君に無理をさせたいわけじゃない。ただ一番頼りになる右腕だから代わりが利かない存在なんです』

僕が持っている恋愛感情とは違うかもしれない。
だけど。
沢田綱吉もまた、隼人を特別な存在だと思っている事は確かだった。
今ではファミリー内外で広くボンゴレ10代目の右腕という存在として知られている。

そう考えると僕たち三人の関係は複雑なのかもしれない。
とっても不愉快な事だけは確かだ。

『でも恋人の誕生日くらいは休ませてあげようかと思って、5日は仕事しなくていいよって言ったら獄寺君が困惑しちゃって』
「は?」
『ここ最近ずっと忙しかったから丸一日休日貰うのが申し訳ないみたいでした』
「…………」
『確かに獄寺君の代わりは誰にも出来ないけれど。だからこそ根を詰めて倒れられると困るし』
「…………」
『それにボスとしてじゃなくて、友達として獄寺君の事心配してるんです』
「…………」
『そういうわけなんで誕生日は獄寺君に息抜きさせてあげて下さいね』

僕のためじゃなく。
隼人のために休日を与えたのだと。
まるで僕の苛立ちを皮肉めいた口調で笑うようにそんな事を言う。

本当に10年前とは随分変わったよ。
沢田綱吉。

「君に言われなくても5日は先約済みだから、余計な気遣いはいらないよ」

僕は電話の向こうに吹雪を吹かせるように凍てついた声音で告げるとそのままブチっと通話を切った。
沢田綱吉の電話からはおそらくツーツーと何の感情も持たない電子音だけが鳴り響いている事だろう。

「おいヒバリ!何勝手に電話切ってんだよ!?まだ話の途中だったんだぞ!」
「……話は終わったよ。5日の仕事は休みだ。僕と一緒に一日過ごせる事になった」
「はあ?」
「せっかくの誕生日なんだから、ボンゴレの事じゃなくて僕の事だけを考えてよ」
「なっ!?」
「いつも我慢してるんだからそれくらいいいでしょ?」

他の奴らには絶対に見せない表情で。
他の奴らには絶対出さない柔らかい声音で甘える。

僕は我慢するのが苦手だ。
自分の思った通りにならない事は許せない性質だ。
己のプライドにかけて何が何でも我を通そうとする。

それなのに恋人である隼人に対しては。
なかなか思い通りにいかない事が多くて時々息が苦しくなる。
誰かを愛するなんて感情を知らなかった僕は恋愛においては不器用なのかもしれない。

僕が感情のままに求めたら、彼を壊してしまいそうで恐いけれど。
沢田綱吉にばかり奪われるのはとても許せない。

大事にしたいけれど我慢の限界だってある。

僕のこの醜い“嫉妬”に気づいているのかいないのか。
おそらく気づいてなどいないだろうけれど。

隼人がため息をついて僕にそっと笑いかける。
やれやれ仕方ない。そんな感じの苦笑だ。
だけどそれは優しくて恋人の僕だけにしか見せない表情だと思うから。
少しだけ優越感を取り戻す。

沢田綱吉にしか見せない表情があるように。
僕だけにしか見せない表情も確かにあるのだと思うと。
どろどろした感情も溶けて軽くなって行く気がした。
そして。

「どんなに仕事が忙しくたって。たとえ誕生日じゃなくたってオレはちゃんとお前の事想ってるぜ?」

そう言ってそっと僕の着物の裾を引く。
軽く触れるだけのそれ。
唇に残る感触がじんと熱を持って心臓の音が跳ね上がる。

こんな甘い言葉を囁くのも僕にだけなのだと考えたら。
それだけで嬉しさが込み上げた。



僕は何年孤独な誕生日を迎えて来ただろう?
隼人に出逢うまでずっと冷たい孤独の闇に身を置いていた僕。
隼人に出逢って僕は優しく温かい場所を知った。

これから先の事はわからないけれど。
死が二人を分かつまで。
僕はずっと愛しい恋人と共に、年を重ねていけたらいいと思う。



「僕もいつだって君の事を想ってる。愛しているよ」



時に苦しくなる恋も。
大好きな人と一緒にいられる甘い時間が何より幸福だと思えるから。
孤独よりもずっといい。
君に出逢えてよかったと心から思えるよ。





Fin.






久しぶりの雲雀×獄寺SS。
お誕生日に書き始めて一年間放置されてましたが……
一年後のお誕生日に何とか完成です(苦笑)
題名は「特別な休日」って感じのつもりでつけましたが間違ってたらすみません。