tornare a casa







「ツナ君、一緒に帰ろう?」





少し前までなら脳内でガッツポーズを取り、猛烈に喜んでいたに違いない今のこの状況。



まさか京子ちゃんの方からオレを誘ってくれるなんて……



最高に嬉しい事のはずだ。





なのに……





いつからなんだろう?





何かが変わり始めたんだ、オレの中で。





「獄寺君、山本、オレ今日は京子ちゃんと帰るから先に帰っていいよ」



いつも学校から家への帰り道、途中まで一緒に帰る2人にそう断わりを入れてカバンに教科書やらノートやらを詰め込み帰り支度をする。



オレが京子ちゃんに好意を持っている事を知っているため、獄寺君が「わかりました」と言って頭を深々と下げ、山本が笑顔で「そっか、頑張れよツナ」と応援の言葉を掛けてくれた。



「じゃあお先に失礼します、10代目!」



オレなんかを相手に獄寺君が丁寧に挨拶をし、教室から出て行く。

そんな彼の後ろ姿を思わず帰り支度する手を止めてぼ〜っと眺めてしまっていた。



ああ……

いつもなら一緒に帰るはずなのに、今日は一緒には帰れないんだ……



自分から断ったくせにこんな事を思うのは何故なんだろう?



獄寺君の姿が見えなくなった後もじっと彼が出て行った教室のドアをオレは見つめていた。



「んじゃ、オレも先帰るな」



山本がオレに向って軽く手を振ると、すぐに駆け足で教室を飛び出していく。

「待ってくれよ、獄寺ぁ〜!」という声が山本の出て行ったドアの向こう、廊下から響いてくる。



山本は獄寺君と一緒に帰るつもりなんだ。

きっと獄寺君は山本の事を嫌な顔で突き放そうとするんだろう。

でも山本のペースに結局最後は流されて一緒に帰っちゃうんだろうな。





オレはふと2人が一緒に帰る姿を想像した。





ものすごく嫌な気分だ。





どうしてだろう?





いつものようにオレも一緒に帰りたいと思ってしまう。

獄寺君と山本が2人きりで帰るなんて不快なんだ。



はあっと自然と溜息が零れてしまい、それを見ていた京子ちゃんが心配そうにオレの顔を覗き込んでくる。



「ツナ君、どうしたの?」



京子ちゃんの顔が思いのほか間近にあってどきっとした。



本当に少し前だったら幸せの絶頂といったところなんだろう。

それなのにオレはどうしてこんなにもやもやとした気持ちで胸がいっぱいになっているんだろうか。



「何でもないよ」



少し引きつってしまったかもしれないけれど、笑顔を作って京子ちゃんを安心させようとする。



「それならいいけど、無理しないでね」

「う、うん……」



オレを気遣ってくれる優しい声に以前ならやかんのお湯が沸騰したみたいに顔を火照らせていたに違いない。



けれど今はそんな感情が湧いてこないのだ。





オレどうしちゃったんだ?

おかしいよ……



あんなに京子ちゃんの事が好きだったのに、今ではどうして一緒にいても無感動なんだろう?

恋心が冷めてしまったみたいだ。





何で―――?





オレそんなに飽きっぽい?



好きな子が出来てもすぐに違う子に目移りしちゃったりするの?



もしそうだとしたら最悪な男じゃないか!



女の子を次から次へと取っ換え引っ換えだなんて!



まあオレの方は全然モテないからプレーボーイにはなれないけどさ……





ぐちゃぐちゃと考えていたら京子ちゃんがオレの目の前で笑顔を咲かせていた。

「困った事があったら遠慮せずに言ってね」と言われている気がする。



気遣ってくれるのは嬉しいけれど、今は京子ちゃんと一緒だと気まずいんだよなぁ……



そりゃあ京子ちゃんの方はオレの事なんて最初から気にしてないだろうけどさ。

ただ単に友達としか認識されていないだろうし……



オレの気持ちが京子ちゃんから離れたってそんなに傷つくわけもないよな。

でもやっぱりオレ的には京子ちゃんに悪い事してるみたいで落ち着かないよ。

一応告白だってしちゃってるしさ……

その告白も冗談だと思われてるけど……



やっぱダメツナだよなオレ……。





考え事をしながらの作業は少し遅くなってしまったけれど、何とかカバンに荷物を詰め込んで帰り支度を済ませた。



「待たせてごめんね、帰ろうか」



とにかくこんな気持ちのまま長居するのは嫌だ。

早く帰って家で一人になりたい。



オレたちはまだ何人か生徒が残っていてお喋りの声が絶えない教室を出ると、そのまま廊下を2人で並んで歩く。



うわぁ……

まるで恋人みたい。


って言っても可愛い京子ちゃんの横にいるのがこんなダメ男じゃあ釣り合わな過ぎて周りからはそんな風に見られる事もないだろうな。





他愛のない話をしながら階段を降りる。



その間ずっとオレはぼうっとしていて、会話の内容なんてわからない。

片方の耳から入っては逆の耳から出て行ってしまうみたいにどんどん抜けていっちゃうんだ。



自分自身、京子ちゃんに何て言葉を返しているのかわからないや。



今何の話をしているのかわからないなんて相当心ここに在らずだ。



リボーンと出会う前は女の子と話す機会だって皆無だった。

それが今では憧れの京子ちゃんと一緒に下校できる仲になっているんだ。

もっと喜ぶべきだろう、この状況。



それなのにオレの心は何故か晴れ晴れとしない。





本当に何で京子ちゃんへの想いがこんなにも薄れていってしまったんだろう?





先に帰ってしまった獄寺君と山本の事を思い出す。



ああ……

オレも2人と一緒に帰りたかった。



京子ちゃんと帰るよりもそっちの方が楽しいと思える。



それはどうしてだろう?





あれ?



そうだよ。

どうしてそう思うんだよオレ?



オレってば恋人より友達を優先させるタイプだったのか?





いやいや違う違う!



そんな事ない!



これはやっぱり京子ちゃんへの想いが薄れてしまったからだ。





何で?



京子ちゃんは別に恋心が冷めてしまうような事してないよな?

いつも通り、何も変わってないし、優しいし、可愛いし、恋醒めする理由が思いつかない。





オレはそっと唸りながら、もうあと数段で1階に辿り着くくらいに階段を下りていた。





その時だった―――





「うわあっ!?」

「ツナ君!?」



突然廊下から走って来て階段を上ろうとする人影が目の前に現れて、オレはびくっと驚いてしまう。

そのまま階段を踏み外し、勢いよく階段を上ろうとしていた目の前の人物に向って落ちていった。

その人物もどうやら階段を降りようとしていたオレとぶつかりそうになったためびっくりして動きを止めていたみたいだった。



でも、動きを止めても駄目だよ。



だってオレの方が止まらないもん。



止められないんだからしょうがないだろ。



踏み外して階段から落ちてるんだから。





ドサァァっ―――!!





オレは重力に逆らう事もできずにそのまま目の前の人物に突進するようにぶつかって、巻き込む形で下へと落ちていった。



思いっきりその人物を下敷きにしたよオレ……

まるで落ちた時の衝撃を軽くするためのクッション代わりみたいな形で押しつぶしちゃってるよ……



うわぁ……

どうしよう……





そ、それにもう一つ最悪な事態がぁ……



オレの唇に何かぷにっとした柔らかくて生暖かい感触がぁ……



うそぉ〜!?



何この状態!?



オレ、この下敷きにしちゃった人の唇に自分の唇押しつけちゃってる!?





ガ〜〜〜ン





まだ一度もキスした事ないのに……

これファーストキスなのぉ!?



マジで勘弁してくれ〜!!





とりあえずオレは落っこちてしまった時の衝撃で強く瞑っていた目をおそるおそる開ける。





運悪くキスしちゃってオレのファーストキスの相手となってしまった人物がどんな奴なのかも気になるけど……



それよりとりあえずは思いっきり下敷きにしてしまった相手の無事を確認しないと……



いくらそんなに高い位置からではないといっても階段から落ちてしまい下敷きにされたのだから心配だ。



頭とか強く打ってないといいけど……



どうしよう……



オレのせいで大怪我とかしてたら……





って……





あれ……?





ええぇぇぇっ!?





「ご、獄寺君!?」



目をゆっくりと開けた先、オレの目の前にいたのは何と獄寺君だった。



「うぅぅっ……」



オレに押しつぶされて苦しそうに顔を歪めている。



いくら相手が獄寺君だっていったって、こんな唇と唇が触れ合うくらいの至近距離で顔を見る事なんて普段はない。



密着したこの状況に思わずどきりと心臓の音を跳ね上げる。



「ツナ君、獄寺君、大丈夫!?」



階段の上から慌てて駆け降りてくる音が聞こえた。

京子ちゃんだ。



うわぁ〜

キス見られたかなぁ?



でも今はそんな事よりもっと心配しなきゃいけない事があるよな……



って苦しそうな獄寺君にいつまでも乗っかってちゃダメじゃん!



「ごめん、獄寺君!!」



急いで身体を動かして彼の上から退く。



あ、階段から落ちた割にあんまり痛みがないや。

やっぱり獄寺君がクッション代わりになっちゃったんだ。



大丈夫かな?

獄寺君……





「い、いえ……オレの方こそスミマセン」



痛みに耐えながらゆっくりと上半身を起こす獄寺君が口を開いて辛そうにオレに謝罪の言葉を述べる。



「オレのせいで、10代目を……危険な目に……」



きっとオレが落ちた衝撃を一身に引き受けてしまったのだから相当な痛みを感じているだろうに、そんなのはお構いなしに土下座をしては自ら床におでこを何度も何度も打ちつけた。



「申し訳ありません!」



見てるこっちが痛々しい。



せっかく綺麗な顔なのに自分で傷つけるなんてやめてほしいよ。



「獄寺君、やめてよ!そんな事しなくていいから!それよりオレ、思いっきり下敷きにしちゃったけど大丈夫!?どこか怪我とかしてない!?」

「え?……オレなら平気っスよ……。10代目が心配する事は何もありません」

「そ、そう?ならよかった。本当にごめんね。痛かったよね」

「そんな……元はと言えばオレの不注意で……」

「そういえば慌ててたみたいだけど、どうしたの?先に帰ったはずだよね?」



オレより先に帰ったはずの獄寺君がなぜこの場にいるのか疑問に思う。

獄寺君や山本と一緒に帰りたいなんて思っていた時だったから余計に……



「ああ、携帯を忘れちまったみたいで……教室に取りに行くとこだったんですよ」



そっか。

忘れ物を取りに戻って来たのか。



ああ、びっくりした。



でも何故か獄寺君が戻ってきた事が嬉しいと思ってしまう。

京子ちゃんには悪いけど、やっぱり獄寺君と帰りたいかも。



とりあえず、いつまでも階段の下で座ってるわけにもいかないよね。

オレは立ち上がると、階段から落ちた時に自分の手から離れて落下してしまったカバンを拾い上げようとした。

そしたら京子ちゃんが先に拾ってくれてオレに手渡してくる。

「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と笑顔が返され、つられてオレも少しばかり笑む。



そんなやりとりをしている間に獄寺君の方も右手を痛む頭の後ろに回して摩りながら立とうとしていた。



「……っ!」



立とうとしていたけれど、ふらりとして顔を顰めるとまたしゃがみ込んでしまった。



もしかして……

やっぱ怪我してる?



うわ、どうしよう……



「獄寺君、大丈夫!?」

「……だ、大丈夫ですよ、これくらい……」



全然大丈夫そうに見えないんですけど……

何度か自分で立とうとしても失敗してるし……



ほらまた、足に激痛が走ったって感じの顔してる。

あ、今度は後頭部を押さえて僅かに呻き声が……



「でも……痛そうだよやっぱり」



一応指摘してみる。

そしたら予想通りの反応。



「この程度で音を上げていたら10代目の右腕の名が廃ります!」



ああもう!

獄寺君てばやっぱ無理してるよ!



すぐに右腕右腕って!

そればっかり!



もっと自分の身体を大事にしてほしいと切に思う。



もっと我が儘言ってもいいし、もっとオレに甘えてほしいし、もっと自分の気持ちをオレにぶつけてほしいし、オレの事優先させるより獄寺君が感じている事ちゃんと言ってほしいし、獄寺君の好きなもの、喜ぶ事、教えてほしい。



ってあれ?



何考えてるんだ、オレ?





「とにかくオレの事なら大丈夫です。ほらちゃんと立てました」



ようやく階段の手すりに掴まって何とか立ち上がったらしい獄寺君は、無理やり笑顔を作ってこちらに向けてきていた。



「これからお帰りになるところなんですよね?邪魔してしまってスイマセンでした」



震える足を一生懸命抑えようと手すりを握る手に力を入れたのが何となくわかる。



「オレの事は気になさらず、笹川とお帰りになって下さい」





きっと獄寺君はオレが京子ちゃんと2人きりで帰りたがってるって思っててそんな事言ってるんだろう。

自分なんかが2人の邪魔をしちゃまずいって思ってるんだ。



まったく、どうしていつもそうなんだよ!



どんなに辛い時も一人で抱え込んで我慢して、自分の事は二の次で俺の事ばっかり気にしちゃってさ……



オレが本当に一緒に帰りたいって思ってるのは君なのに!



2人きりで帰りたいって思ってるのは獄寺君なんだってば!





ん?



え?



オレ友達として獄寺君や山本と3人で帰りたいって思ってたんじゃないの!?



何で獄寺君と2人で帰りたいなんて思ったの?



えぇぇっ!?





ちょっと待って……



そういえばさっきオレ、獄寺君とキスしちゃったんだよね?



うわ、思い出しちゃった!



でもさ、あの時は最悪だって思ったけど、相手が獄寺君だってわかったら全然嫌な気分じゃなくなったんだ。



目の前に獄寺君の綺麗な白い肌があって、オレの唇に触れた柔らかくて生暖かい感触が心地よくて、ものすごくドキドキしちゃってた。



前に京子ちゃんを想っていた時の感情と似たような、ううん、それなんかよりもっともっと大きくて熱くて激しい感情がオレの中で渦巻いてて……





あれ?



それってまさか……



いやありえないよ!



だって相手は獄寺君だし!



男の子じゃないか!!



ないないない!!



でもだったらこの気持ちはどう説明すればいいんだ!?





「嘘だ……絶対違う……」



青い顔をしてオレは呟く。



「え?10代目?」

「ツナ君どうしたの?顔色悪いよ?」



2人がオレを心配そうに見つめてくるけど、今はもう頭の中がぐちゃぐちゃでそんな事構ってられないよ。





オレはどうしたいんだ?



自問自答。



オレは京子ちゃんの事どう思ってる?

好きなのか?

それとももう恋醒めしちゃったのか?



じゃあオレ獄寺君の事どう思ってるの?

山本と何か違うの?

他の人とどう違うの?



京子ちゃんと獄寺君の2人、どちらか1人を選ぶとしたらどっちなんだ?



友達を天秤にかけるなんておかしいけどさ……

普通どっちかなんて選べるわけないし……



じゃあ何で天秤にかける必要があるの?



もしどちらかを選ぶとするならそれは……

友達以上の何かがあるって事なんじゃないのかな?



それはつまり……

友情を超えた何か……





―――恋心―――





―――愛情―――





―――恋愛感情―――





どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん―っ





心臓の音が徐々に大きく激しく鳴り響く。



全身が震えて今にも心臓が外へ飛び出すんじゃないかって本気で心配になった。



ゆっくりオレの顔を覗き込んでいる2人を見つめる。

京子ちゃんと獄寺君2人の間で、交互に視線を移して。





オレが今一緒にいたいって思うのは……



どっちなの……?





そっと手を伸ばした。



答えを見つけようと空気中でその手が戸惑いながら震えている。



迷いがまだあって何度か空気を掴むように拳を握った。



それでも答えを掴もうと更に手を伸ばす。





「……じゅ、10代目?」





はっとして目を見開いたら、オレの伸ばした手が獄寺君の頬にぴたりと触れていた。



獄寺君はおろおろしながら、それでもオレの手を振り払う事も出来ず困惑の表情だけを浮かべている。



京子ちゃんもオレが何をしたいのかイマイチわからなくて首を傾げているようだった。



そうだよね。

オレだって自分で何をしてるかよくわからないもん。



でも、はっきりわかった事が一つ。



それは、オレが京子ちゃんよりも獄寺君を選んだって事。



きっと山本と比べたって結果は同じ。



じゃあそれはどうしてなんだって聞かれたら困るけれど……



認めたくないだけでその答えも多分オレの中で出ている。



京子ちゃんへの想いが薄れてしまった理由がだんだん見えてきた。



それはオレに京子ちゃん以上の人が出来てしまったから。





やっぱオレ飽きっぽいの?



好きな人がころころと変わってしまうような浮ついた男なの?



いやそうじゃない、ってそう思いたい。



何となくだけど……

超直感ってものがオレにはあるらしくてその直感みたいな何かがずっと囁いてるみたいに言うんだ。





これが本当の恋だって―――





憧れとかそういうものとは違う、誰かを大切に想う心。





この感情が―――?





今獄寺君に向っているこの気持ちが―――?





もう認めるしかないんだよね?

だってオレ、今京子ちゃんより獄寺君を確かに選んだんだもん。



ありえないって思うような事だけれど、それが答え。




「獄寺君の頬っぺた柔らかくて暖かくて気持ちいいね」



「えっ!?///」



何も考えず思った事を口にするオレ。

びっくりしてみるみる内に獄寺君の顔が赤くなった。



「なっ、急にどうしたんっスか?」



口がパクパクしてる。



獄寺君って表情豊かで可愛いよね。



あれ?

男に可愛いって変かな?



おかしいなぁ……



出会ってすぐの頃はすごく怖い人だって思ってたのに……



「うん、獄寺君に急に触りたくなっちゃったから……ごめんね。嫌だった?」

「い、いえ……嫌だなんてそんな事は……」

「そう?ならよかった」



にっこり微笑んで見せれば、獄寺君も少々困惑し首を傾げつつだったけれど笑顔を返してくれる。



オレいつまでもダメツナのままじゃいけないよな。

自分の気持ちはっきりさせなきゃ。



獄寺君の笑う顔を見たらそう思えてきた。



獄寺君の頬に触れていた手を名残惜しげに離す。



そうしてオレは視線をまっすぐに京子ちゃんの方へと向けた。





「京子ちゃん、ごめん……オレ……やっぱり今日は一緒に帰れないや」



オレの口からそう告げられて、京子ちゃんは一瞬キョトンとする。



「えっ!?10代目!?」



でも京子ちゃんよりも驚いていたのは獄寺君の方だったみたいで、声を上げたのも獄寺君だった。

でもオレは構わず話を進める。



「オレのせいで獄寺君怪我しちゃったみたいだからさ、今日は獄寺君と一緒に帰るよ」

「なっ!?10代目!?オレなら平気ですって!」



それでも獄寺君は口を挟むから「ちょっと黙っててくれる?」って釘を刺した。



ごめん、今の言い方はちょっと自分でも怖かった。

京子ちゃんと一緒に帰るのを断るにも結構勇気がいるからすごく真剣なんだよね。

だから邪魔されたくなくて必死だったからさ。

言い方が怒っちゃってるみたいになっちゃった。

多分いつもより大分トーンが低かっただろうし。

かなり目も据わってたかも。

獄寺君が「はい」って少し怯えながら黙った様子を見て後悔した。

だけどここで話を止めるつもりもないけどね。



「本当にごめん、だけどオレ今獄寺君と2人きりで話したい事とかもあるからさ……」



そこまで言うと、今度は京子ちゃんの方から口を開いてきた。



「そっか、ツナ君は獄寺君の事心配なんだね。私なら大丈夫だから気にしないで。じゃあまた明日学校でね」



笑顔でそう言われた。

嫌な顔なんてまったくしなくて、本当に京子ちゃんっていい子なんだなって思う。



それでもオレは京子ちゃんを選ばないなんてなんて贅沢なんだろう。



「獄寺君も無理しないで、お大事にね」



そう告げると手を振りながら下駄箱のある昇降口へと歩いて行ってしまった。



オレは慌てて手を振り返すと「ごめんね」ともう一度謝って、そして別れの挨拶を口にした。





京子ちゃんの姿が見えなくなったらオレはまた獄寺君の方に向き直る。



さっきの態度を謝りながら、彼の落したカバンを拾う。

獄寺君のカバンはオレの宿題がいっぱい詰め込まれたカバンなんかよりずっとずっと軽かった。



「10代目……オレのせいで本当に申し訳あ……」

「もう!謝んなくていいよ!」

「……っ、は、はいスミマセ……あ、いや……その……」



オレが京子ちゃんと帰らなかった理由が自分の怪我のせいだと思っているらしい獄寺君は謝罪の言葉を口にしようとしていたけれど、オレは大声でそれを止めた。

そしたらまた獄寺君はびくっと肩を揺らしてしまっていた。



あ、せっかくさっきの事謝ったのにまたやっちゃった……



でもさ、オレが京子ちゃんと帰らなかったのはオレがそうしたいって思ったからであって、オレが獄寺君と2人で帰りたいって思ったからであって、決して怪我のせいなんかじゃないんだ。

まあこれがきっかけになってくれたと言えばそうかもだけど。

でもオレがそうしたいって思って獄寺君と帰るんだから謝らないでほしいんだよね。



「大きな声出してごめん」



また謝罪の言葉を口にして、今度こそ心を静める。



「……だけど、オレが獄寺君と帰りたいって思ってそうするんだからさ、謝らないでほしいんだ。オレがそう望んだんだよ。だから、ね?」



できるだけ優しく、そう心がけたらまるで幼い子どもに言い聞かせるような口調になってしまっていたかもしれない。

それでも獄寺君は素直にオレの言葉を聞いて頷く。

うん、他の人にはものすごい敵対心剥き出しなのに、オレにだけはものすごく従順だよね。



それが嬉しいって思う時もあるし、ちょっと悲しいって思う時もある。



でも今はそんな彼の性質を利用させてもらおうかな。





「ねえ獄寺君、正直に言って。オレに嘘つかないで」



そう静かに言葉をかければ相変わらず困惑しながらも「はい」と返事が返ってくる。



「身体は大丈夫?どこか痛むところない?辛かったらちゃんと隠さずに教えて?」



オレの視線がじっと宝石みたいな翠の瞳を縛り付けて拘束するように見つめた。



「オレに迷惑をかけたくないとかそんな変な気遣いなんていらないんだ。いつだってオレの事振り回して厄介事運んでくるくせにさ、どうして望んでいる時にはオレの事頼ってくれないの?」



瞬きする度に揺れる瞳をじっと射抜くように捕らえて問い質す。



「ねえ言って。オレにちゃんと教えて」



自分でも無意識の内にオレは獄寺君との距離を詰めていて、気づいたらびっくりするくらい間近にお互いの顔があった。



きっと視線を刃のように突き刺してじりじりと詰め寄ってくるオレの姿に獄寺君は恐怖してしまっているんだろうな。

また謝んなきゃいけないかも。



でも逃がさない。



自分の気持ちに気づいちゃったからには尚更ここは引けない。





だってオレにとって獄寺君の痛みは自分の痛みでもあるんだから。

それを彼にもちゃんと理解してほしい。



オレの大切に想う人は獄寺君だから。

誰よりも愛しく思うのは君だから。



その白くてすべすべの綺麗な肌に触れたいって思っちゃうこんな感情を抱くのも君にだけなんだ。



京子ちゃんに憧れていた時にも持ち合わせていなかった鼓動を高鳴らせて胸を熱く焦がす感情も、醜くて誰にも知られたくないようなドロドロとした感情も、止める事の出来ない激しく波打つ感情も君にだけ。





衝動的に湧き上がる欲念を抱くのも君にだけ―――





さっき気づいたばかりの感情なのに、気づいた途端次から次へと止めどなくいろんな欲求が溢れてくる。





そっと手を伸ばしてさっき獄寺君が押さえていた後頭部に軽くふれて優しく摩った。



「ここ、痛い?」



そう問えば、



「……は、はい……」



躊躇いがちに、だけど正直に答えてくれる。

だから俺は頭を摩っていた手をゆっくり下へと動かして彼の項に滑らせてそのまま背中でぴたりと止めて再び問う。



「じゃあ背中は?」

「……少しだけ……」



背骨の辺りを辿りながら更に下方へと手を下ろしていく。



「ここは大丈夫?」

「えっ……あ、腰は大丈夫です……」



獄寺君が段々恥ずかしそうな顔でオレを見つめてきていたから可愛くなって余計に何かを刺激させられそうだったけれど、何とか抑え込んで更に手を下へとずらしていった。



「足は……聞かなくてもわかるけど一応聞くよ?」

「スミマセン……右足を捻ったみたいです」



ほらね。



やっぱり無理してたんじゃん。



まったくしょうがないなあ……



「保健室行く?」

「いえ……大丈夫です。それにあそこ行ってもまともな手当なんて期待できませんし……」



まあ確かにこの学校の保健室行っても男じゃろくに診てもらえそうにないか……

相手が獄寺君だったらあのシャマルも口では色々言いつつ診てくれそうな気もしないでもないけど……



自分の気持ちに気づいてしまった今はシャマルが獄寺君だけを特別扱いしてる姿を見るのも嫌だし。



病院ってのも考えたけれど、そこまでは大袈裟でもないかな?

相手は獄寺君だし、ちょっとした怪我なら自力で治しそう。



でもちょっとした手当くらいは必要だよね。



「じゃあ、オレの家来なよ。手当って程でもないかもだけどさ、母さんとかもいるし、オレも少しくらいなら力になるからさ」

「え?でも……」

「言っただろ?オレがそうしたいって思ってるからそうするんだって。オレの右腕ならオレの望みをちゃんと叶えてくれるよね?一緒に帰ろう?で、今日はウチに泊まってって?」

「……は、はい」



うん、今度は素直でよろしい。



じゃあ早速帰ろうか。



「待ってて、オレが獄寺君の携帯取って来てあげるから」

「え!?そんな、10代目にそんな事……!オレが自分で……」

「いいからいいから!足辛いでしょ?」



言うが早いか獄寺君がおろおろしている間にさっさとオレは階段を駆け上っていった。



教室にはまだ残っている生徒がちらほらいて、だけどオレが戻って来ても誰も気にする事なくお喋りを続けている。



そんな中、獄寺君の席に近づいてそっと机の中を覗き込む。

するとほとんど何も入っていないその場所に彼の携帯電話がちょこんと伏在していた。



何だかそんな携帯電話の姿を見ても、獄寺君の物だと考えるだけで愛しく思えてくるから不思議だ。



ははは……



オレ頭おかしくなっちゃったのかな?



その愛しい携帯を手に取って肩に掛けていた獄寺君のカバンにそっと仕舞う。



一仕事終えたといった感じでまた駆け足で教室を出ると、そのまま一直線に獄寺君の元へと戻った。



オレの言いつけ通り、大人しく待っていた獄寺君。



ふふっ



何だか背中を丸めて壁に寄りかかってる。

やっぱ可愛いな。



俯きながら表情を曇らせていたけれど、きっと自分の事情けないとか思ってるんだろうなぁ……

そんな事気にしなくていいのに……



「お待たせ!じゃ帰ろうか。オレの肩に捕まって?」

「え!?だ、駄目です!そんな事できませんって……」



ああもうまた遠慮して……

せっかく素直になってくれたと思ったのにすぐに戻っちゃうんだ。



「オレなら自分で歩けるんで心配いりません。わざわざ10代目のお手を煩わせるような事はありませんから」

「ねえ、さっきも聞いたけどさ、どうしてオレの事頼ってくれないの?いつも君はオレの為に一生懸命だけど、オレは君の為に何かしたいって思っちゃいけない?」

「オレは10代目の右腕としてあなたのお力になりたいんです!それなのにオレが10代目の足を引っ張るわけには……」

「だったらオレだって!君の力になりたい!ボンゴレの10代目にはなりたくないけど……でもオレが獄寺君のボスだって言うなら、少しくらいボスのオレを頼ってよ!」



もう最後の方は力の限り叫んでいたかもしれない。



今までもちらほらとオレたちの横を何気なく通りかかる生徒がいたけれど、オレが段々声のボリュームを上げていったせいで何人かは振り返ってこっちを見てた。



ちょっと恥ずかしかったけれど、そんなの獄寺君にオレの気持ち伝える事に比べたら何でもないよ。



これは大事な話なんだから。



「10代目……」

「そりゃあオレなんか頼りないボスだろうけど……」

「そんな事はありません!!」

「オレは君に頼ってもらいたいんだ!オレなんかが君にしてあげられる事なんてそんなに多くはないだろうけどさ。君に頼ってもらえたらオレすごく嬉しいんだ!」

「……オレが迷惑掛けてるのに……う、嬉しいんですか?」

「うん」

「……本当に……?」

「うん」



厄介事持ち込んで来られるのはちょっと困るけどって笑いながら付け足した。

でも本当に肩貸すくらいなら全然OKだよ。

怪我してる人がいたら手を貸してあげたいって思うのは当然でしょ?

それが大切な人なら尚更ね。

そうオレが言えば、獄寺君がぱあって顔を輝かせて見せた。



「10代目は心が広いっス!この獄寺隼人、どこまでもついて行きます!」



ああ、またコロコロと表情を変える。

そんな顔見せるのはオレの前だけにしてほしい。

だってこんなに可愛い姿、誰にも見せたくなんてないんだもん。



あれ?

何この感情?

これが俗に言う嫉妬とか独占欲ってやつ?





「じゃあ獄寺君、オレの肩に掴まって?」

「は、はい……それでは……失礼ながら10代目の肩をお借りさせていただきます」

「うん遠慮しないで」

「ありがとうございます」

「じゃあ一緒に帰ろうか」



ようやく獄寺君がオレの肩に手を掛けて、少しばかりの体重を掛けてきた。

やっぱり遠慮がちだったけれど、それでもあの獄寺君がオレの事頼ってくれたって思うと嬉しくて自然と笑みが零れる。

左肩には俺と獄寺君2人分のカバン。

右肩には獄寺君の重みがオレに伸し掛かる。



体力には自信ないけど、相手が獄寺君だと何だか力が湧いてくるみたいで辛いとは全然思わなかった。



それどころか密着した身体から獄寺君の体温が制服越しに伝わってきて、それだけで幸福感を感じずにはいられない程ドキドキしていたんだ。





学校の敷地内から出るまでしばらくの間は生徒たちから注目されていて、気まずそうに獄寺君が俯いたけれど、オレは周りの事なんてどうでもよかった。



獄寺君と2人で帰るこの時間がとても幸せな時間だったから。



恋人同士で下校するのってこんな感じなのかな?

ずっとドキドキしっぱなしで、でも苦しいってわけじゃなくて、目の前の存在がただ愛しくて、心の中が暖かいもので溢れてく感じ。

冬の寒い日に目の前で火を灯すとそこだけぽかぽかと熱が心地よく伝わる、そんな感じにも似てる。

灯した炎から熱が伝わるように、獄寺君の存在からオレの中に熱が伝わってきて、それがとても甘美な夢のよう。




「毎日、こうやって帰れたらいいのになぁ……」



思わず口に出してしまった。



「え?」



下ばかり見つめて歩いていた獄寺君が顔を上げてオレの方をきょとんと見つめる。



「オレ、獄寺君と一緒に毎日こうして帰りたいなって思ったんだよ」



隠す必要のない内容だったから、はっきりと気持ちを伝えようと思った。



もしも叶うのなら明日も明後日も、ずっとこんな風に一緒に帰りたいって思うから。

オレが獄寺君と一緒に帰る事を望んでいるってちゃんと伝えたかったんだ。



「……えっと……10代目?今日はどうかしたんっスか?」

「そうだね。どうかしてるかもね」

「だ、大丈夫ですか!?御気分がすぐれないとか?だとしたらオレやっぱり自分で歩きますから!」

「違うよ獄寺君、むしろ逆だって。気分がいいんだよ今」

「へ?そうなんですか?」

「こうやって君と一緒に帰れるのがすごく嬉しくってさ」



う〜ん……



いつまでもダメツナのままじゃ駄目だし、自分の気持ちにも気づいちゃったわけだからちゃんとはっきり本人にこの気持ちを告げないといけないかな。



まだ気づいたばかりだから心の準備が出来てないんだけど、獄寺君って頭いい割に鈍そうだし、それでいて結構モテるからもたもたしてたら誰に取られちゃうかわかったもんじゃないし……。



だから、オレにしてはかなり勇気のいる事だけれど……



死ぬ気になったつもりで何とか告白とか出来ないかな?



京子ちゃんに告白しちゃった時はリボーンに死ぬ気弾撃たれてだったけれど、そんなものの力を使わず、自分の力で告白したい。





ごくっと唾を飲み込んで深呼吸する。



「オレ、獄寺君の事……好きだから……」



本当に呟くように零した告白。





うわあ……

どうしよう……

言っちゃったよ……





獄寺君の反応はどうだろう?



ちらりと肩に抱えた彼を横目で見やる。



「そんな……オレには勿体無いお言葉です……」



ものすごく感動的な表情をしていた。

涙まで零してるし。



「オレも10代目を誰より尊敬してますから!10代目が望まれるなら、右腕としてお守りするために毎日一緒に帰らせていただきます!」





あ、あれ?



何か違う……



せっかく頑張って告白したつもりなのに……





全然伝わってねぇ……





好きって……

友達としてだと思ってるよこの人……

いや友達よりもっと悪くてファミリーや部下としてだと思っているに違いない……



「お、オレは別に守ってもらいたいわけじゃなくて……ただ君と少しでも長く一緒の時間が過ごせたらなって思ってるんだけど……」



告白がうまく伝わってなかったという事からかなり脱力気味でそう告げた。



「だから守るとかじゃなくて……オレと楽しく他愛もない事で笑い合うためにこれからも一緒にいてほしいな」

「10代目……そんな風に言っていただけるなんて光栄です」





獄寺君って本当に鈍感なんだね……



いやまあ男のオレからいきなり告られるなんて想像できない事だろうけどさ……

オレもあんましはっきりと告白だと言えるような告白してないし……

自信なさげで小声で呟くように「好きだ」なんて軽く言っただけじゃ伝わらないだろう。

そうだよね、普通恋愛対象として想われてるなんて微塵も考えるわけないよな……



はあ……



結構勇気出したと思ったんだけど……



やっぱ駄目か……





脱力したまま獄寺君の顔を覗き込んだ。



さっきからずっと至近距離にあるこの顔をまじまじと見る事が出来ず、ちらりと見ては視線を逸らし、またちらりと見ては逸らしの繰り返しだった。



告白後の反応を見ようとした時も、横目でちょっと覗き見る程度だったし。



意識しすぎて心臓がやばい……





ふとオレがやたらと彷徨わせている視線の先に、形の整った獄寺君の唇が飛び込んできて、その瞬間今までのドキドキが最高潮に達したみたいに弾けて、まるで心臓が破裂したような衝撃が走った。





再び階段から落ちた時の記憶が脳内を駆け巡って、オレを目一杯刺激してくる。



あの時、確かにオレは獄寺君の唇に自分の唇を押し当てていた。

柔らかな感触がまだ微かに残っているから間違いない。



そう考えたら途端に顔が火照ってきてしまう。



けど……

同時に疑問に思った。





あの時の事、獄寺君はどう思ってるんだろう?





刹那、無意識の内に身体が何かに動かされるように獄寺君の唇に、自分の物を押し付けていた。



自分自身で驚いてしまう。





何やってんだオレ!?





目を見開いて彼を見れば、オレと同じように驚きの顔を見せる獄寺君の顔が目と鼻の先にある。



うわぁぁぁ〜



何これ!?



めちゃくちゃ身体が痺れる。



体内に電撃が流れ込んで来てるんじゃないかって思う程に。





それと同時に何とも言えない欲望が心の中を駆け巡っていく。





もっと触れたい。





もっと色んな場所に。





頭がおかしくなって壊れそうだ。



好きな人に触れたいって思って欲望のままに触れる。

そうしてそれを喜ぶ自分がいて。





ひいぃぃ〜





恋の力って恐ろしい……





こういうのを悦楽とか快楽って言うのかな?





キスなんてした事ないから、オレには子どもっぽい、本当に唇と唇を合わせるだけのものしかできないけど……



それでも獄寺君とのキスは全身が蕩けそうな程に甘かった。



別に口の中で甘い味がしたとかじゃない。



獄寺君の柔らかい唇に触れた瞬間、オレの周りの空気が一瞬にしてピンク色に染まっていくみたいに感じて、その空気がオレの身体を包んで溶かしていくみたいな感覚が襲って来たんだ。



甘ったるい空気ってイマイチ意味がわからなかったけれど、こういう雰囲気の事を言うんだね。





それにしても……



獄寺君の反応薄いなぁ……



ていうか目を見開いたまま固まってるっていうか……

驚きすぎてフリーズ状態?



そりゃそうだよね……



だっていきなりキスだもんね……

しかも男であるオレから……



誰だってびっくりだよな……





オレだっていきなり山本とか辺りにこんな事されたら驚愕しちゃうもん。

実際に山本にそんな事されたらいくら親友といえど気持ち悪い。

そうだよ気持ち悪いよな。



ううっ……



許可も取らずにいきなりキスはやっぱまずかったかも……





恐る恐る唇を離してそっと視線を合わせる。



本当は顔を合わせづらくて仕方がない程今、獄寺君の顔を見るのは恥ずかしいのだけれど……




獄寺君が今のキスをどう思ったのか気になるし……



もし不快な思いさせたなら謝らないと……



嫌われたくなんてないから。





「ご、獄寺君……ごめん……」

「……い、いえ……」

「大丈夫?びっくりしちゃったよね?」

「……お、オレは平気です。それより10代目の方こそ大丈夫ですか?何か今日は様子がおかしいみたいですし……やっぱり具合が悪いんじゃ?」





あ、獄寺君ってばこんな時でも自分の事よりオレの事を気にするんだ?



オレを心配してくれるのは嬉しいけど、自分が嫌だって思う事されたらちゃんと嫌だって言ってほしい。

オレ気付かない内に獄寺君を傷つけてるかもしれないなんて嫌だよ。



「オレは大丈夫だよ。それより獄寺君。言ったよね?オレに嘘つかないでって。正直に教えて? 」



また階段下でのやりとりのように静かに獄寺君を問い質す。



「本当にさっきのキス平気なの?何とも思わなかった?」



どうしよう、これで本当はすごく不快でしたなんて言われたらしばらく気まずくなっちゃうかなぁ……



ああ答えを聞くのがものすごく怖いよ。



獄寺君がオレの事をじっと見つめて、躊躇いがちに口を開いた。



ああまだ心の準備が……



嫌われたらどうしよう……



「た、確かに驚きました……」

「そうだよね……」

「頭が真っ白になって……何が起こったのか判断できなくて……何も考えられませんでした」

「うん」



ドキドキが止まらない。



静まれオレの心臓!



ってそんな事言っても無理だ!



こんなの心臓に悪過ぎる……



「……しばらくして10代目とキスしちまってるって気づいたら……オレ……」

「ど、どう思ったの?」



恐る恐る問う。

怖いけれど答えを聞かずにはいられないから……



はあ……

めちゃくちゃ緊張する……



「……10代目には笹川という大切な人がいらっしゃるというのに、オレなんかがなんて怖れ多い事をしてしまっているんだと……。しかし10代目からされた行為なので振り払う訳にもいかなくてどうしていいかわからず混乱してしまいました……スミマセン……」

「へ?」

「10代目の望む事をきちんと察知して完璧にやり遂げてこその右腕なのに、何を求められているのかがわからずただ呆然と突っ立ってる事しかできなかったオレが情けなくて悔しいです」



あ、あれ……???

何これ……?



何かまた変な方向に……



獄寺君の頭の中はいつでもボンゴレ10代目としてのオレ中心なんだ……



ここまでくるとまたかって呆れちゃうよ……



いい加減にしてほしいな……





「何で……君はすぐ右腕右腕ってそればっかりなの?いくらオレがした事とはいえ獄寺君自身が嫌だって思ったらちゃんと拒否してくれなきゃ困るよ!」



また怒り気味な口調になっちゃった。



でも何とかオレの気持ち伝えないと、獄寺君全然わかってないまんまだ。





「何を求められてるかわからないだって!?ふざけるな!!事故ならともかく、普通キスするって言ったらそんなの好きだからに決まってるだろ!?」

「…え…?…じゅ…だ……ぇ……?」





ああ告白って難しい……





どうして伝えたい事、こんなにも伝わらないんだ!





「オレは獄寺君が好きだからキスしたんだよ!」



今度こそ……



今度こそ……



今度こそ伝わったかな?





獄寺君がぽかんと口をあけたままこちらを凝視してる。



「そりゃあオレたち男同士だしおかしいって思うけどさ……」



思いっきり拒絶されたらどうしよう……



いくら獄寺君でも男から告白なんてされたら気持ち悪いって思うかも……



ほら、動揺しまくってる。



「でも、オレ、目の前に京子ちゃんと獄寺君の2人がいて、2人の内どちらか1人を選ぶとしたら無意識の内に獄寺君を選んじゃうんだ。だから……ああオレは獄寺君の事、恋愛対象として見てるんだって気づいちゃったんだよ」



ねえ獄寺君。



どうかオレの事、変な目で見ないで……



軽蔑の眼差しを送ったりしないで……



たとえ受け入れられなくてもどうか今まで通りで……



「オレは獄寺君の事好きなんだよ!」

「……じゅ……」

「今までこんな想い抱いた事ないってくらい大好きって気持ちが溢れて来るんだ!」

「なっ……///」



どんなに鈍くたって伝わるであろう言葉で叫ぶ。

とても勇気のいる事だったけれど、言わずにはいられない程次から次へと感情が噴き出して来るから抑えられない。



「獄寺君はオレの事嫌い?」

「……そんな事……」

「こんな事言うオレは気持ち悪いって思った?」

「……い、いえ……」

「本当に?」

「オレが10代目を嫌うはずありません」



と、とりあえずほっとした。



よかった……



獄寺君のオレを見る目は今まで通りだ。

いやちょっと困惑気味なのは確かだけど……



それは突然告白されたら(しかも男からだから余計に)当たり前の事だよね。



ただ軽蔑されたようなそういう目ではない事がわかるから……



本当によかった……



今まで通りの関係で我慢できるかどうかはわからないけれど……

今までの関係すら保てない程気まずい関係になるのは嫌だもん。



「ねえ獄寺君。オレたち男同士だから変だって思うかもしれないけど……」



言わなきゃ。

オレの気持ち。

好きだって伝えたんだから。

最後まで。



「オレ、獄寺君の事好きだから……」

「……///」

「だから君にオレの恋人になってほしいんだ!」

「…じゅっ……ぇ!?」

「オレと付き合ってくれる?」

「は!?へ!?えぇっ!?」



ますます混乱したように視線が空中を彷徨った。

オレの肩に触れている獄寺君の身体がさっきから震えていて……

顔はみるみる内に赤く染まって白い肌に映える。



「…ま、待って下さいっ」



制止の声を上げる獄寺君。



その後で「……な、何が起こってるんだ?落ちつけオレ!状況を整理しろ!」とか何とかぶつぶつと小声で呪文のように唱えていた。



ああ。

すっごく動揺しているみたいだ。



でも獄寺君が小声で紡いだ言葉の中に「これはもしや夢では…」とか「聞き間違い…」とか聞こえてきて悲しくなる。



そりゃあ信じられない状況かもしれないけど……



オレすごく勇気出して告白してるのに……



まあしょうがないよね。

急に受け入れるのは難しいのも確かにわかるし。





「じゅ、10代目……あの……」

「ん?」

「それは……本気で……?」

「当り前だろ?こんな事冗談で言うわけないし」

「わ、わかりました……10代目のお望みであればこの獄寺隼人、何でもいたします」



ええっと……

何?

これは付き合ってくれるっていうOKの返事かな?



でもこれってやっぱり……?



オレの事ボンゴレ10代目としか見てないよね、明らかに……



「10代目のお望みならばオレは恋人でも愛人でも何でもこなしてみせますから」



はあ……

絶対間違ってるよ獄寺君……





しょうがないなあ……





「あのさ……獄寺君」

「は、はい」

「オレものすごく勇気出して告白したんだから。ちゃんと君の気持ちを考えた上で真面目に答えて欲しいんだけど」

「それは……」

「嫌な事は嫌だってはっきり言ってほしいんだ」

「オレは10代目のする事を嫌だなんて思ったりしません……オレの事、笹川以上に好きだって言ってもらえた事も望外の喜びでいっぱいです。しかし……」



獄寺君はオレから視線を逸らせて俯く。



「オレは恋愛方面の事はどうも苦手というか……わからないんです」

「うん」

「だから告白された時の返事の仕方もよくわからなくて……」



心底申し訳なさそうな声でそんな事を言ってくる。



「オレ……ずっと家を飛び出してからは1人で生きてきました。だから誰かを想ったりとかそんな恋愛の対象になるような相手とかもいなくて……」



ものすごくあたふたしててその姿がまた愛らしいなんて思った。



「いいよ、そんな事気にしなくても。急だからどう答えていいかわからないなんて当たり前だよ。ただオレ、君に10代目として見られるんじゃなくちゃんと沢田綱吉として見てもらいたいんだ。だからボンゴレとか関係なく獄寺君自身の気持ちを考えて答えてほしいんだよ。急がなくていいからさ」

「10代目……」

「オレ、待つよ。獄寺君がちゃんと考えて答えを出すまでさ。だからとりあえずお試し期間ね」

「え?……お試し?」

「さっきオレと付き合ってくれるって獄寺君言ったけどさ、まだちゃんとオレの事見てくれてないみたいだから……お試し期間かなって……」

「そんな!?……10代目をお試しだなんて……」

「いいんだよ。だってオレが獄寺君と付き合いたいんだもん」

「10代目……」

「いつか君がオレを沢田綱吉として見てくれる日がくるといいな……なんてね」

「わかりました。オレ、10代目の事もっとよく考えてみます」




うん、ありがとう。

そう言ってもらえるとうれしいよ。

獄寺君がいつもボンゴレのボスとしてしかオレを見てくれないの寂しいから……



「……あの、でもオレ……これだけは言えます!10代目とするキスは……決して嫌ではありませんでした」





え?

今何て言った?



う、嘘?



「ほ、本当?」

「は、はい……」



うわどうしよう。



拒絶されるかもって思ってたからそれ聞けただけでホッとしちゃったよ。



別に獄寺君もオレの事好きだって言ってくれたわけでもないのに……



いいんだ。


だって男同士だもんオレたち。



急に告白したってそうそう簡単に行くわけないもんね。

これからが勝負なんだ。



キスが嫌じゃないって事は、それなりに好意を持ってはくれてるって事だし……

てかある意味それって好きって事なんじゃ……?

いやいやオレ自分にいいように解釈しすぎ?





「獄寺君……オレは君が好きだよ」



そっと優しい声音で獄寺君の耳元で囁く。



にっこり微笑んで見せれば、獄寺君の顔がみるみる内に朱に染まっていった。

それが夕陽の赤と混じり合って艶麗な姿をオレの瞳に映し出す。



「10代目……」



オレは獄寺君を支えるために彼の脇腹に添えていた手に軽く力を込めた。



再び軽く触れるだけのキスを唇に落とす。



「だからさ……これからは毎日出来る限り、オレと一緒に帰るって約束してくれるかな?」



更に真っ赤に染め上げられた顔が茹でダコみたい。

なんて可愛い生き物なんだろう。



「は、はい……喜んで」



獄寺君の照れくさそうな声がオレの耳に届くと、まだオレの一度も見た事のないような優しげな微笑みを向けられて、心臓を鷲掴みにされた。






家まであともう少し。





今日は一日ずっと獄寺君と一緒にいられるから嬉しい。



そしてできるならこれからもずっと、毎日一緒にいられたらいい。



朝学校へ行く時も、学校で授業を受けている時も、授業の合間の休み時間も、そしてこうして学校が終わって家へと帰る時も……





いつでも君を感じていられる距離で……




Fin.





軽い気持ちで書き始めたのに、いつの間にか長くなってしまいました。

初のツナ獄小説。

題名はイタリア語で「帰宅」