fiori di ciliegio
―――夢を見た。
それは暗い暗い闇の中。
己の姿さえほとんど見えない程の暗黒。
けれどその闇が一瞬で景色を変える。
何もなかったそこに。
鮮やかに咲き誇った桜の花。
まるで花びらが光を放っているかのようにはっきりと目に映る。
僕を囲むように咲き乱れたその景色に。
力が抜けてゆく。
立っていられなくなり。
やがて地に膝を付くと。
「クフフ……」
どこかでそんな僕の姿を嘲笑うかのような声が響いた。
僕を笑うなんて許せない。
そう思って立ち上がろうと手を付いた。
それでもやはり力が入らず唇を噛み締める事しか出来なかった。
力が入らずに座り込む僕に背後から誰かが近づいて来る。
嫌な独特の笑い声が聞こえて来て、顔を見なくても誰だかわかってしまう。
冗談ではない。
あんな奴にこんなみっともない姿を晒すなんて。
二度とごめんだ。
気力で何とか立ち上がり後ろを振り向く。
そこには予想通りの人物。
六道骸の姿。
そしてもう一人。
何故か獄寺隼人の姿があった。
何で六道骸なんかと一緒に?
そんな疑問が浮かんだけれど、問いかける前に思いっきり蹴飛ばされて地面に転がされてしまう。
情けない。
せっかく立ち上がったというのに。
膝を付くどころかそれ以上の屈辱だ。
何とか半身だけ起こし、憎き相手を睨みつけた。
彼は憐れんだような目でこちらを見下ろしていた。
「おやおや。まだ立ち上がるつもりですか?大人しくそこで寝ていればいいものを」
桜の花びらがひらひらと僕の目の前に落ちて来る。
忌々しい。
そう思って花びらを払うようにトンファーを振った。
まあ無駄な行為ではあったけれど。
「クフフ……可哀相に。桜に囲まれただけで膝を付く無力な男に獄寺隼人は渡せませんね」
そんな台詞を吐いて六道骸は獄寺隼人を抱き寄せた。
「なっ!?」
そう。
獄寺隼人は僕の恋人。
そのはずだった。
それなのに何故か彼は六道骸と共に現れて。
そして桜に囲まれて動けない僕の前で六道骸と……
こんな無力な自分を認めたくはない。
「隼人!」
思わず叫んで手を伸ばす。
だけど僕の伸ばした手は届かずに空を切る。
寄り添う二人がどんどん遠ざかって。
闇の中に消えて行く……
隼人―――
僕のそばから離れないで―――!
そんな事を心の中で叫んだ。
―――そこで夢は終わる。
「……あ……」
気づけば僕はベットの中にいた。
窓から差し込む眩しい朝日に照らされて目を細める。
「夢か……」
そう呟いて。
夢であっても六道骸なんかに嘲笑われたのが許せなくてむっとする。
「……いつか咬み殺す」
殺意の籠った決意を口にして。
僕は素早く着替えた。
今日は隼人との約束がある。
僕らは10年経った今も恋人同士だ。
相変わらず沢田綱吉に心酔していて、僕よりマフィアの仕事が大事みたいな所はあるけれど。
一生懸命な彼が愛おしいと思うから。
そんな所を含めて好きなんだろう。
「ヒバリ!」
待ち合わせの時間より少し早かった。
出かける支度をしていた所で彼がやって来る。
「おはよう、隼人」
「おう!」
どこか楽しげな隼人の様子に和みながら。
僕は呑みかけの緑茶を飲みほして湯のみを片づける。
「なあヒバリ、桜が満開だぜ。今日は最高の桜日和だ」
嬉々として“桜”という言葉を口にした彼に僕はぴくりと反応した。
そうか。もうそんな季節なのかと。
冬が終わりを告げて、暖かい風が春を運んで来る時期。
だからあんな夢を見たのだろうか?
「というわけで花見に行かねえか?」
「へえ、いいね。おかしな夢を見て気分が悪かったんだけど……君となら花見も楽しいだろうし」
「夢?」
「……ああ、昔の夢をね。本当に最悪だった」
「昔の?もしかして桜クラ病にかかった時のか?」
「なかなか鋭いね。まあ他にも胸糞悪いパイナップルがいて反吐が出る夢だったかな」
「……それって骸か?」
「君の口からその名前を聞くのも気分が悪いからやめてくれる?」
「何だよそれ?」
本当にわかってなさそうに首を傾げる隼人。
六道骸が隙あらば僕から隼人を奪おうとしているなんて気づいていないのだろう。
まあ僕は絶対に奪わせたりしないけど。
夢の中であっても許せなかったから、まるで奪い返すように隼人の手を引いて抱き寄せた。
「ヒバリ?どうしたんだ急に?」
「はい、おはようのキスだよ」
「は?」
軽く触れるだけの口づけを与える。
いつもはしないような僕の行動にきょとんとする隼人の姿が大人になったというのに可愛らしい。
照れたように俯いた彼の肩を抱き寄せて。
「じゃあ行こうか?」
「……あ、ああ」
今日一日、二人の時間がはじまる。
その日の桜は確かに満開で。
見応えのあるものだった。
以前は誰にも邪魔をされず一人で桜を見るのが好きだった。
おかしな病にかけられて嫌な思いをしたけれど。
今でも桜が好きでいられるのはきっと。
隼人と二人で一緒に見られるからだ。
今は二人で見る桜がとても好き。
大切な人と見る桜は……
一人で見る桜よりもずっと……
「綺麗だね」
「ああそうだな」
「ふふっ。桜もだけど……もっと綺麗なものが見られるからね」
「は?何だそれ?」
「内緒」
10年前から可愛らしかったけれど。
大人になるにつれて色気まで増してきて。
これが大人の魅力ってやつなのかもしれない。
満開の桜の木の下で。
僕に笑いかける隼人の姿が何よりも美しいなんて言ったら。
君はどんな反応をするんだろうか?
こんな姿が見られるのは、恋人である僕だけの特権だよ。
残念だけど、諦めてよね?
夢の中に現れた恋敵に向かって。
僕は心の中で吐き捨てた。
Fin.
「桜」をテーマに書いた拍手お礼SS。
久しぶりに「リボーン」SS書いた気がするので何だかおかしいかもしれませんがお許しを…
題名はイタリア語で「桜」
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