やさしい音色
ピアノに関してはいい思い出があまりない。
幼少の頃に発表会の度に食べる羽目になった姉貴のクッキー。
今でも姉貴の顔を見るだけで腹痛を起こすというトラウマだ。
ピアノを弾くような弱々しい奴をファミリーには入れられないと、そんな事を言われた記憶だってある。
ボンゴレの一員となる前はオレの事を仲間として迎え入れてくれるような所がなかったおかげでずっと一人だった。
だからピアノなんて不快な感情を呼び起こすものでしかない。
ないはずなのだけれど……
あの人と過ごした時間……
あの人と交わした言葉……
あの人と触れ合って感じた温もり……
それらを思い出させてくれる鍵にもなる。
不思議な感覚。
ピアノなんてもう弾きたくないと思う反面、ピアノを弾く事で穏やかな気持ちになれる自分がいて……
ピアノをやめてしまうなんてオレには出来なかった。
やめてしまえばあの人との繋がりが絶たれてしまうような気がしたのだ。
ピアノを弾いていればどこかで繋がっているような感覚になれる。
オレとその人が一緒に過ごした時間はそれ程多くはないのだけれど……
こんなにもオレの中で大きな存在になっていく。
あの時は知らなかった……
何も……
何も知らない子どもだった……
知らずにピアノを弾いた。
一緒に。
あの人の弾くピアノの音に込められた想いも、物心つく前の小さな子どものオレにはわかるはずもなくて……
あの人がオレの母親だと知った時にすべてが壊れた。
今までの生活のすべてが……
あの人が言った言葉を思い出す。
「ピアノを弾くのに最適な指ね」
その言葉が今も記憶に消えずに残ってる。
そしてその言葉を口にした時のあの人の笑顔が脳裏に焼き付いていた。
あの人はオレがピアノを弾く事をとても喜んでいた。
ピアニストとしての夢を断たれた彼女の唯一の喜びだったのだろうか?
そう思うと胸が締め付けられるように痛くなる。
あの人はきっとオレがこれからもピアノを弾き続ける事を望んでいる。
決して強制はしないだろうけれど。
愛する者へと想いを込めた演奏が今も忘れられない。
あの人が弾いて聴かせてくれたピアノのやさしい音色を―――
オレだって忘れたくはない。
あの人の事―――
自分の母親の事―――
何でもいいから少しでも一緒にいたという証が欲しい。
だから……
オレはピアノをやめられない。
母親の好きだったピアノを……
オレも好きになりたい……
オレもいつか愛する人へと想いを込めたやさしい音色を奏でたい……
*******
「とても素敵な演奏だね」
白と黒の鍵盤に指を滑らせながら母親との思い出に浸っていたオレが一曲演奏を終えた時、静かにそう声を掛けられた。
「10代目……」
「ねえ、もしよかったら今度はオレの為に弾いてくれるかな?」
にこにこしながらそうおっしゃられたボンゴレのボス。
人前で演奏なんて……
そう思っていた頃もあった。
けれど今は……
大切な人の為に音を奏でられる事がとても幸せで……
オレは微笑みを返しながら「はい」と快く了承する。
そうして再び鍵盤の上で10本の指を躍らせたのだった。
Fin.
以前ブログに投下したSS。
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