屯所に帰る途中。
一番組と三番組が偶然鉢合わせをした。

「あれ?一君。三番組も今帰り?」
「ん?総司?」

沖田に声を掛けられて斎藤は振り向く。
そこには沖田が率いる一番組の姿があった。
愛しいと想う者が現れて思わず顔を緩ませてしまったが、近づいて来た沖田の姿を見てやや眉を寄せた。

「……何かあったのか?」

一番組の隊士たちの様子が少しおかしい事に気づき首を傾げた。
更に沖田の姿をじっと見つめていると。

「総司!?そんな格好で出歩いていたのか!?」

いつも以上に前を肌蹴させている事に声を荒げてしまっていた。

「……あ、ああ……これは……その……」

沖田は今頃気づいたといった風に襟元を正す。
やや気まずい表情で思考を巡らせている。

どうやら風間に捕まった時に着衣を乱してしまったようだ。
沖田は先程の嫌な出来事を思い出してげっそりしていた。
頭を左右に振って忘れる努力をする。

「ちょっと暑いなって思って……」

適当な言い訳をしてみた。
すると。

「だからといってそんな格好をするな!ただでさえいつも肌を出し過ぎているというのに!お前は無自覚で困る!どれだけ色香を振りまけば気が済むのだ!?」
「は?」

斎藤は珍しく大きな声で一瀉千里に捲し立てた。
言われている沖田はその勢いに思わず後ずさる。
一部斎藤の言いたい事が理解出来ず怪訝な顔をしながら。

「色香を振りまくって……誰の事?」
「……はあ……」

斎藤はまったく理解していない沖田の色恋沙汰に思いの外鈍感である事にため息をついた。

「まあ……あまり鋭くても困ると言えば困るからな。ちょうどよいのかもしれん……」

一人で納得し頷く斎藤。
沖田は小首を傾げながらそんな斎藤の様子を見ていた。

「変な一君……」

そう呟いても斉藤からは何の返事も返っては来なかった。



**********



巡察から戻った一番組と三番組が屯所で見た光景に息を呑んだ。

帰って来るなり入り口には隊士たちが大勢集まっていた。
それを見て何かあったのだと沖田や斎藤は慌てて中へと駆け込んで行く。

屯所内には鼻をつんと刺激する血の匂いが漂っている。

「一体何が……?」

沖田と斎藤は顔を見合せながら状況を理解するため、近くにいた隊士たちに話を聞いた。

そこで知ったのは屯所内で隊士が数名殺されたという事。
現場を教えてもらうとすぐさま二人は駆け付けた。

「土方さん!」
「副長!」

駆け付けた現場で、土方の姿を捉えた二人が同時に口を開く。

「お前ら……巡察は無事終えたのか?」
「……っ……」
「はい、こちらは問題ありません。それより俺たちが巡察に出ている最中に一体何が……?」

土方は巡察に出ていた二人の姿を見てほっと息をついた。
とりあえずは無事に戻って来たようで安心する。
本当は沖田が土方の問いに無言であったのが少し気になった。
だが斎藤の言う通り、今は屯所内で起きた事件について説明した方がよいのだろうと判断し、深く追求はしなかった。

事件の事を二人に告げれば沖田も斎藤も表情を曇らせる。

「まさか俺たちが巡察に出ている間にそのような事が……」
「……こんな事ならやっぱり、巡察の当番代わってもらえばよかったかな……」

沖田は殺された隊士たちを見つめながら、先程の巡察で起こった出来事を思い出し、そう呟いていた。

「殺されたのは皆入ったばかりの新入隊士だ……」

土方が重い口調で告げる。

「浪士が数人屯所内に侵入して来てやられたみてえだが……こんなに簡単に部外者の侵入を許すとは不覚だったな。しかも侵入者には全員逃げられちまった……」

切歯扼腕しながら土方は血に濡れた現場を見つめた。
その姿に斎藤も歯噛みする。
そんな中、沖田が瞳を揺らしながら言う。

「逃がしちゃったって事はまた犯人が同じ事を繰り返すかもしれませんよね?狙いが新入隊士だったってわけでもないでしょう?もしかしたら今度は新選組の幹部を狙ってくる可能性もありますし……用心した方がいいかもしれませんね」

沖田は風間が残していった忠告を思い出していた。
嫌な予感がして土方にそれとなく伝えてみる。
そうすれば。

「ああそうだな」

土方が頭を抱えながら頷いた。



**********



その日の夜。

道場には竹刀がぶつかり合う音が大きく響いていた。

その音に藤堂が何事かと覗けば。
そこには新入隊士たちが自主稽古をしている姿があったのだ。

「すっげぇな。めちゃくちゃやる気満々じゃん」
「もちろんです。仲間を殺されて俺たち悔しいんです」
「同じ同期の隊士として敵を取るためにももっと精進しないといけませんから」

犯人と刃を交えはしたものの、未熟な自分たちでは歯が立たず、結局誰一人捕らえられずに逃がしてしまった事が相当悔しいのだろうと藤堂は彼らの心中を察したように「そうか……」と苦い顔をして頷いた。

「本当は俺もお前らの稽古を見てやりたいんだけど、幹部で緊急会議をする事になっちまったから……ごめんな」

そう言い残して藤堂は道場を後にする。

藤堂が幹部会議の場に向かう背中を道場にいた男たちは静かに見送った。
やがて藤堂の姿は見えなくなって。
道場には新入隊士たちだけが残る。
ここにいるのは今日の事件で殺されずに生き残った新入隊士ばかり。
本来ならば同じ新入隊士たちが殺されて怯えたり、悔しがったりするのだろう。
現に藤堂が覗いた時には敵討ちに燃えている姿を演じていたのだから。

しかし、藤堂が去ってから男たちが見せるのは愉快そうで怪しげな笑みだった。

「幹部が一ヵ所に集まるって事は、その分動きやすくなるって事だな」

そう誰かが漏らせば一同皆頷いて道場を出て行った。

向かうのは……

幹部の部屋が集まっている区画。
会議が行われているであろう広間には決して近づかぬよう注意して。

彼らは気配を殺しながら、とある場所を目指した。

ある部屋の前の廊下で一斉に足を止める。
その部屋とは。

新選組一番組組長の沖田の部屋であった。

男たちが部屋の前に来ると、静かに中の気配を探る。
部屋の中には人の気配が確かにあった。
おそらくこの部屋の中に沖田がいるのだろう。

本来ならばこの部屋は沖田の部屋であるのだから沖田がいてもおかしくないはずだ。
けれど。
先程藤堂は言っていた。

これから幹部会議があって幹部の皆が集まると。
それならばその場に沖田も行かねばならないはずだ。
それにもかかわらずこの部屋にいるという事は。

幹部の中で一人仲間外れにされたという事か?

男たちは静かに気配を探っていると。

やがて小さく聞こえてくる。

「こほっ……けほけほっ……」

沖田の咳の声。

昼間に無理をして巡察に出たせいか。
それとも屯所内で大きな事件の騒ぎがあったせいか。

どうやら沖田は体調を再び崩しているらしかった。

これは好都合なのかもしれないと男たちは念のため、近くの部屋の中を確認する。
他の幹部たちの姿はなかった。
他の者はおそらく幹部会議とやらに出ているのだろう。

今この場で沖田が一人取り残されたような状態になっているのだった。

男たちはお互いに視線を送り、にやりと笑みを浮かべる。

こくりと無言で頷いて。
まるで前々から段取りをしていたように素早くそれぞれが動いていた。



新選組屯所の入り口に。
警備の者が二人ほど並んで立っていた。

その背後から静かに新入隊士である二人の男が近づいて行った。

本当に未熟な者であったなら、警備の者に気配を察知されて見つかってしまっていた事だろう。

だがこの新入隊士の男たちはどうやらかなりの実力を持っているようで。
気配を消して敵に近づく事も難なくこなしてしまう。

間近に迫った二人にも警備の者は気づかずに、外部にばかり目を光らせていた。



ザクッ



男二人がほぼ同時に警備の者を背後から刀で突き刺す。

「ぐぅっ!?」

突然の事に何が起きたのかもわからず警備の二人は地に伏してしまった。
心臓を見事に貫かれ、ほとんど即死であった。

騒ぎの音もなく静かに行われたその殺しは、すぐに他の者に悟られる事もなく、刺し殺した男たちを咎める者はこの場にはいない。

そのまま一人の男が外へと駆けて行く。
そしてその後、暫くすると男は更に仲間を引き連れて警備のいなくなった屯所の中へと侵入を果たした。

そのまま迷わず新入隊士として潜り込んだ間者であろう男が勝手知ったる屯所内を静かに走り抜ける。
連れて来た浪士たちを案内するように引き連れて。

迷う事はなくまっすぐ向かう先。

それは。

「ここだ」

間者の一人である男が小さく呟けば。
屯所に侵入した浪士たちが一斉に頷く。

目的の部屋の前で障子戸を睨み。
呼吸を整えるとそのまま戸を開く。



バンッ―――



勢いよく開かれた戸。
部屋の中に急に外の空気が流れ込み。

「……っ!?な、何!?」

部屋の中で寝ていた沖田が慌てて飛び起きる。

眠りにつく前は静かだったはずの表には何人もの不穏な空気を纏う気配。
そして自分の部屋に無断で押し入って来た人物たちに流石の沖田も慌ててしまう。

枕元に置いてあった刀に手を伸ばし、握り締める。

けれど、身体は重く沖田は上半身を起こす事しか出来ない。

このままではきっと殺されてしまうと思った。
風間の残した忠告と、屯所内で新入隊士が何人も殺されていた事件が頭を過る。

狙いが何であるにせよ、屯所内に侵入してきたのだから幹部の命を奪える絶好の機会を逃すはずもない。

そう考えた沖田は息を呑んだ。

一番組組長という矜持が力の入らない身体に鞭を打ち、何とか立ち上がろうともがく。
それでも立ち上がる前に一人の男によって身体を抑え込まれてしまった。
再び沖田の身体は床に伏せられてしまう。

「くっ……」
「大人しくしていて下さい、沖田さん」

沖田の身体を押さえつけた男が笑みを浮かべながらそう告げてくる。

その男に沖田は見覚えがあり、思わず目を見開いた。

「……君は……」
「はい。昨日ご挨拶致しました。新入隊士の一人です」

子どもたちと遊んでいた時に沖田の前に現れた男が今、この部屋に侵入し、沖田の身体を押さえつけていたのだ。

「……間者だったんだ君……」
「ええ」

呟く声に頷かれ布団を握り締める。
大した抵抗をする事も出来ない悔しさが手に籠められているかのように。

「……で、僕をどうするつもり?」

下から睨みつけながら沖田は男に問う。

周りを囲む浪士たちの手には刀が握られていて、それらがいつ自分に向けて振り下ろされるのかと冷や汗をかく。

もしも本気で殺す気があれば逃れられないと悟って。
睨みつける瞳を更に鋭くした。

けれど睨まれている間者の男から笑みは消えず。
静かに沖田の耳元で囁くように言った。
男の吐息が否応なく沖田の耳を擽り。

「新選組から貴方を奪う。それだけです」

その言葉の最後に耳たぶを舌で舐められて、突然の感触に寒気が走ってびくっと身体を震わせてしまう。

「…っひゃぁ!?」

思わず上げてしまった小さな悲鳴に周りの者が嫌な笑みを零したのが見えて恥ずかしくなった。

沖田に向けられているのは確かに殺気などではない。
昨日の男とのやりとりで感じた不思議な空気がこの場には大きく渦巻いていて。
沖田は吐き気を感じる程に気持ちが悪くなった。

一体何がしたいのだろうかと疑問を浮かべたがこのまま大人しくしていたら次に何をされるかわからないと、沖田は出来る限りの力で再びもがき始める。

しかし上から押さえつけられる力の方が大きく、やがて別の男が横から入り込んで沖田の口元を布で覆った。
するとその布からは強烈な薬の匂いがして、沖田はもろにそれを吸い込んでしまう。

途端に力が抜けて腕が上がらなくなり頭はくらくらとして視界がぼやける。
瞼を完全に閉じた瞬間意識は途切れ、沖田は暗闇の中へと落ちて行ってしまうのだった。

「おやすみなさい沖田さん」

眠ってしまった沖田の髪を撫でながらそっと呟いて。
身体を抑え込んでいた一人の間者の男は意識を手放した沖田を静かに抱え込む。
薬で強制的に眠らせたため起きるはずもないのだが。
それでもまるで起こさぬよう配慮するかのように壊れものでも扱うかのように優しくその身体を持ち上げた。

長身の沖田だが男は特に重たそうな顔も見せずに楽々と沖田を運んで行ったのだった。





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