「全員揃ったようですね」

藤堂が広間に姿を現すと、山南がそう言ってこの場にいる幹部の面々を見回した。

「あれ?総司は?」

藤堂が姿の見えない沖田の事を問う。

「沖田君はまた体調を崩したみたいなので……今回は呼ばなかったんですよ」

山南が少し悲しげな顔でそう答えた。

「それに……あいつの事でも話をしたい事があるしな」

まるで付け加えるように土方が吐き捨てれば。
すっと土方の横に山崎が姿を見せていた。

「山崎……今日お前が見た事を話せ」
「はい……」

土方はそんな山崎に視線を送ってそう言った。
山崎は頷いて重い口を開く。

「実は……今日の巡察中、一番組と風間千景が顔を合せてしまったのです」
「何だって!?」
「風間と!?」

山崎の口から告げられた出来事に幹部の皆は驚きの表情を見せた。

「それで!?総司は無事だったのか!?」

焦ったように山崎の胸倉を掴んで問い詰める藤堂に、原田が「落ち着け」と言ってゆっくりと二人を引き離す。

「総司はちゃんと帰って来てるだろうが……」

呆れた口調で原田は藤堂を宥めた。
しかし原田も顔は笑っていなかった。

「だが全く何事もなかったというわけではなさそうだな……」

一見落ち着いて見える斎藤も口調は刺々しいものだ。
山崎に圧力のある視線を送り、続きを話すように促している。

「……風間は……沖田さんの背後から動きを封じ……『こいつはいずれ俺のものになる』と言ってそのまま……」

幹部全員から恐ろしい形相で睨みつけられ、山崎は身を縮めた。
おそらくここにいる幹部全員が沖田に好意を持っているだろう事は承知していたから余計に恐ろしかった。
それでもこの先を続けなければならないと唾を飲み込み。

「沖田さんに口づけをしていました……」

本日起こった出来事を告げる。

その言葉に幹部全員が大声で驚きを表す。

この場に風間がいたならば間違いなく一斉に飛びかかって行くのだろう。
広間にはこの場にいない風間への殺意で満ち溢れていた。

「やっぱりあいつを巡察に行かせるべきじゃなかったぜ!」

判断を誤ってしまったと嘆き舌打ちをする土方はまさに鬼のように恐ろしい顔をしていた。
幹部からこれ程までに愛されている沖田を称賛したくなるが、山崎もまた、何だかんだと言いながら沖田に好意を持っていたりするので仕方がないとも思ってしまうのだった。

「風間千景……今度会ったらただじゃおかねぇぞ……」

土方の震える呟きに他の幹部たちも頷いていた。



重い空気が暫く消えずに広間に漂っていた。
風間に対する怒りがいつまでも抑えきれずに幹部たちは黙ったままそれぞれ考えに耽っている。

そんな時、広間の外の廊下からバタバタと大きな足音を立てて駆けて来る音が聞こえて何事かと幹部の面々が顔を見合わせた。

屯所内で騒げばそれこそ鬼の副長と言われる土方が黙ってはいない。
それをわかっている平隊士たちが理由もなく大きな足音を立てて廊下を走るはずもないだろう。

一瞬だけ悪戯好きな沖田の姿を思い浮かべるがその考えはすぐに消える。
何故なら沖田は今体調がよくないらしく寝込んでいるからだ。
回復して走り回っているとも考えにくい。

ならば何かよくない事が起きたのかもしれないと緊張が走った。

嫌な予感がする。
幹部の誰もがそう感じていたに違いない。

足音は広間に向かって徐々に大きくなっていく。
そしてやがては広間の前で止まる。

「大変です!」

隊士たちの切羽詰まった叫び声が聞こえて土方が慌てて戸を開けた。
平隊士に姿を見せられない山南がさっと身を隠した。

「何事だ?」

眉間に皺を寄せながら土方はやって来た隊士を問い質す。

「実は……沖田組長が……」

沖田の名を口にすれば幹部全員が動揺の色を見せる。

「総司……?総司がどうしたって!?」

土方は動揺を抑えきれずに叫ぶ。
その形相に隊士は怯えるように一歩下がってしまう。

「そ、それが……何者かが屯所内に侵入したらしく、沖田組長が連れて行かれるのを目撃いたしまして……」
「何だって!?」

狼狽えながら隊士が報告すれば、土方を始め幹部全員がどよめく。

「それでてめえらまさか黙って見てただけってわけじゃねえだろうな!?」
「は、はい……もちろん追いかけましたが……警備の者たちが皆殺されていまして……」

隊士の告げた言葉に土方たちは更に目を見開いた。

「あっという間に逃げ出されてしまい見失ってしまいました……」

そこまで聞いて、いても立ってもいられなくなり土方は広間を飛び出して行く。
山南を除く他の幹部たちもそれに続いて走り出した。



まっすぐに沖田の部屋へと向かう。
だが辿り着いて中を見ればそこはもうもぬけの殻だ。

少しだけ乱れた布団と沖田の刀が残されているだけ。
寝ていたはずの沖田の姿はない。

布団に触れればまだ温もりが残っていて、思わず握り締める。

しかしこの場に留まっている時間はない。
すぐに沖田の部屋を飛び出して再び外へと飛び出す。

以前の屯所とは違い、西本願寺の屯所は広くなった。
けれど広くなったおかげで屯所内の状況をすべて把握するのも大変な事になっていた。

「くそっ!」

沖田の生死すらわからずとにかく走る。

屯所の入り口には報告通り本日警備を担当していた隊士たちの無残な姿が転がっていた。

昼間の騒ぎに続いてもう何人目だろうか?
新選組の屯所内でこう何回も部外者の侵入を許してしまうとは情けない。
こうして何人もの犠牲者が出ているのだ。
今後このような失態を繰り返さないためにも今の状況を把握しなければならない。

幹部たちは地に伏している血まみれの隊士たちのそばに駆け寄り傷口を見つめた。
一突きで急所を突かれている。

本当に部外者の仕業なのだろうか?

その疑問が何人かの幹部の頭にはあった。

「……間者がいる可能性がある……」
「仲間を疑いたくはないんだが、この状況では仕方ないだろうな」

殺された警備担当の隊士たちは刀を抜いた形跡すらなく背後から隙をつかれてやられたように思えた。

ぽつりと土方が呟けば近藤が苦い顔をしながら零す。



そんな時。



ヒュッ―――



ただならぬ気配を感じて土方と近藤の二人は迫りくる何かを避けるように飛びのいた。



ザクッ



今まで二人が立っていた先にどこからか飛んで来た弓矢が刺さる。

「なっ!?」

慌てて矢が飛んで来た方を見るがそこには身を隠せる障害物が多すぎて誰の姿も捕らえる事は出来なかった。

新選組局長と副長に向かって矢を射るなどなかなか度胸がある奴だと舌打ちしつつ。
地面に刺さった弓矢を見下ろす。

「トシ……これは……?」

そこには何やら紙が巻きついていて。
土方は慌てて矢を引き抜くとその紙を見つめた。

「矢文か……?」

巻きつけられた紙を手に取って広げる。
そこにはほんの一文だけが大きく記されていて。



“新選組一番組組長沖田総司の身は我々長州が預かった”



それを読んだ瞬間土方は文をぐしゃりと悔しそうに握り締めるのだった。

「総司……」

唇を噛み締め、これでもかという程拳には力が込められていて。
怒りと悔しさと不安で全身が震えていた。

そんな土方を近藤もまた同じ心情で拳を握りながら見つめていたのだった。



屯所へ部外者を侵入させてしまった悔しさと、何人もの隊士を殺された怒りと、そして間者がいるかもしれないという緊張と、沖田の身の心配が消える事はなく夜が更けてゆく。



相手の目的はわからない。

沖田の命だけが目的だったのならわざわざ屯所の外へ連れ出すなど面倒な事はせず、この場で斬り伏せていただろう。

しかしそれをせずに沖田を屯所から連れ出したのだ。

ならば他にも何か目的があるはずだ。



新選組に対して人質として使うつもりなのか?

それとも……

憎き新選組の一番組組長を見せしめに大勢の前で派手に嬲り殺そうって魂胆なのだろうか?



何にしてもいいようには転ばないだろう事だけは確かだ。

一刻も早く助け出さなければ命に係わるかもしれない。



夜の巡察当番の組には情報収集を頼み、幹部たち自らも寝る間を惜しんで沖田を捜しに外へと飛び出して行ったようで。

屯所は夜中だというのにすっかり人が減ってしまっていた。
門限も就寝時間もこの日は気にしていられなかった。

さすがに全員が屯所を出てしまうわけにもいかず、近藤と土方はこの場に残っているが。
そして土方に従って殺された隊士たちの埋葬を手伝っている斎藤もまた、沖田の身を案じながら必死で飛び出したいのを我慢して屯所に留まっている。

「畜生……総司の身を考えて部屋に残しておいたってのに……」

斎藤の耳に土方の苦しげな呟きが届く。

「あいつを一人にさせるべきじゃなかった……」

今更後悔しても過去へ引き返す事など叶わない。

未来を視る術などないのだから。
何が最善だったかなど、その時を実際に迎えなければわからない事なのだ。

それでも悔しさは決して消えずに。
自分を責め立てる。

今はただ願う事しか出来なくて。

「総司……頼む、無事でいてくれ」

天に祈るように零れた言葉は不安で震えていた。





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